くノ一その一今のうち
大層な賑わいだ。
内郭と外殻を分ける城壁、その上にいくつかある物見櫓の中で思う。
皇居で言えば、二重橋の奥にある富士見櫓にあたる。
眼下には商業区域、居住区域、そして、その混在区域が広がっている。
東京で言えば丸の内に当るのだろうが、丸の内よりも広く、猥雑雑多な気に満ちている。長大な城壁に囲まれているせいだろうか、街行く車や店や人々のさんざめきが、煮え立つ鍋の底のように沸き立っている。
ついさっきまで、横で居眠っているミッヒといっしょに街を歩いてきた。
自分の目と耳と肌感覚で草原の国の鼎の重さを測っている。
草原の国をぶちのめすという大目的に変わりはない。
高原の国をはじめ、周辺の国々を蹂躙してきた草の国を放っておくことはできない。まして背後には我々の宿敵である木下豊臣家が付いている。
木下豊臣家は世界征服、控え目に見ても東アジアの四半分ほどを手中に収めようとしている。地理的にはロシアと中国の中ほどに楔を打つように進出しようとしている。
やがては、それを背景に日本を木下豊臣家のものにしようと画策しているのだ。
少し前までは、草の国にも期待を寄せていた。上忍である社長自らが下忍を引き連れて草の王子救出を図ったが、囚われの王子は猿飛佐助が化けたものだった。
つまりは、そこまで木下豊臣家の浸透が進んでいる。
――もう、王家共々滅ぼしてしまわなければ鈴木豊臣家にも等々力百人衆の末裔たる徳川物産にも明日は無い――
しかし、王家そのものを倒してしまったら、この眼下に広がる草の国の人たちはどうなるのだ。経済的にも文化的にも草の国は大きな経済圏文化圏の中心の一つなんだ。生かすにしろ殺すにしろ、高原の国やA国B国、その他の中央アジアの国々も巻き込んでしまう。おそらくは混乱の末に南北の大国に呑み込まれてしまうだろう。
よし、まずは見極めるか。
決意すると、足もとのドイツ人も目を覚ました。
「決心がついたようだな」
「ああ、中忍の分際を超えるが、王子を見極めるところからやる」
「そうだな、できることなら、ソノッチに修羅場は踏ませない方がいい」
「ノッチに気付いていたのか?」
「ああ、さっき街で見かけただろう……いまは、北側ヤードの天井裏で敵とにらみ合っているようだがな」
「……いくぞ」
「Alles ist gut !」
「横文字で返事するな」
「桔梗さん schnuckelig! 」
「かわいい言うなぁ!」
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
- 豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
- ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
- アデリヤ 高原の国第一王女
- サマル B国皇太子 アデリヤの従兄