大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・063『いきな姐ちゃん立ちションベン』

2019-06-15 07:18:04 | ノベル2
時空戦艦カワチ・063   
『いきな姐ちゃん立ちションベン
 
 
 攘夷と書くと猛々しいでしょう。
 
 来輔は幼子に対するように優しく言う。
「漢字には酒精分が入っています」
「お酒でございますか?」
「はい、ですから漢字で表してしまうと、本来の意味以上に酔っぱらってしまいます。攘夷と口にすれば、刀を抜いて異人に切りかかったり、黒船に乗り込んで暴れたくなってしまいます。じっさいペリーの来航以来、そんなことばかりです」
「では、どのように?」
「いこくにまけぬくにづくり」
「は……異国に負けぬ国造り?」
「はい、そうです!」
「では、軍艦の甲板を清掃せよは『いくさぶねのふないたをはききよめよ』でしょうか?」
「そうですね……」
「いささか長くはございませんか?」
「慣れの問題ではないかと思います」
「そのお言葉は、こうなりますね『なれのもんだいではないかとおもいます』……倍ほども字数が要ります。手紙や本を書きますとバカにならぬ量になりませぬか?」
「それは、新しく単語をつくれば良いと思います。アルファベットの二十八文字には及びませんが、平仮名ならば四十八文字でです。漢字は商家の帳面を付けるだけで五千字ほど覚えなければなりません。時間の無駄になるでしょう、諸外国に追いつき追い越すためには、短時日のうちに読み書きのすべを教えなければならないのですから」
 もう少し言ってやりたい奈何だったが、それ以上は来輔の顔も機嫌も損なうことになるので止した。
 
 数日後、所用のため神田あたりを歩いていると、野師の啖呵売りを熱心に聞いている勝安房守を見かけた。
 
「おう、来輔のカミさんじゃねーか」
 軍艦奉行ともあろう者が、口を開けて啖呵売りを聞き入っているのも……と思い、黙って通り過ぎようとすると、逆に勝に呼び止められた。
「あ、これは……(名を出すのが憚られ、間が開いてしまった)気が付きませんで申し訳ございません」
「いいよ、気を使わなくっても。いや、大したものを売ってるわけじゃないんだが、あんまり小気味のいい口上なんで聞き入っちまってさ。おいちゃん、その飴ふたっつくれろや」
 啖呵売りから飴を買い求めると、一つを奈何にやって歩き出した。
「『物の始まりが一ならば島の始まりが淡路島。泥棒の始まりが石川の五右衛門なら、博打打ちの始まりは熊坂の長範、ねえ、兄さんは寄ってらっしゃいは吉原のカブ。産で死んだが三島のおせん、そう、ハイ、四谷赤坂麹町チャラチャラ流れる御茶ノ水、いきな姐ちゃん立ちションベン!』ハハ、憶えちまった。こういう生きのいい啖呵は四角四面のカミシモ着てちゃ言えないね」
「は、はい……」
「あの啖呵売りのオヤジも四角い顔のブ男だが、歩下駄叩いて口上言ってる時は粋なもんだ、言葉ってのはああでなきゃいけない」
「さようでございますね……💦」
 この時代の習慣で、奈何は三尺下がって勝の後についている。そのためか、元々の地声なのか、勝の声は伝法な上に大きい。小なりとは言え直参旗本の娘としては恥ずかしい。
「そうだ、来輔もここんとこ働きづめだから……これでも観てくるといい」
 勝は一通の手紙を出した。
「芝居茶屋の女将からなんだけどね、この文を持っていけば升席で芝居を見せてくれるんだ。あいにく野暮用でオイラはいけねーんだけど、代わって義理を果たしてくれりゃ大助かりなんだ」 
 
 勝の野放図な伝法から逃げたいこともあって、奈何は素直に頂いて帰った。
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