【苺】
昨日は、伯母の葬儀で大阪まで行ってきた。
最後に会ったのはいつだっただろうか。
何年も前のような気もするし、最近会ったような気もしている。
でも、時間などとは関係なく物心ついた
子どもの頃からずっと遠からず、近からずの距離にいた。
たくさんおしゃべりをした記憶もないが、
でも私の人生の節目節目に、すーっとそばにきては
励ましてくれていた。
「がんばりや!」
記憶にあるのは、ただそれだけの短い言葉。
たくさんの説得力のある話よりも、
気の利いたセリフよりも、
そして会話のキャッチボールよりも、
満タンの愛情がこもっていた。
彼女と私の間に、たくさんの言葉は必要なかったのだと思う。
背筋の通った、シャキっとした関西人で
とにかくいつもカッコよかった。
娘家族や、息子たちと夜遅くまで
楽しくお酒を飲んだ翌日、突然倒れて
そのまま24時間も経たないうちに
息を引き取ったのだそうだ。
77歳という年齢を考えると、
「短すぎる」という年月でもなく、
「かなり長寿」というには及ばない。
実に彼女らしい幕の引き方で、
生き様そのもののような気がする。
母や伯母の姉妹たちは、一同に口を揃えて
「そこそこの年齢の者にとっては本当に理想的だわ~」と
悲しみ半分、心底うらやましがっていた。
深い悲しみに包まれる、というよりも
「お疲れさまでした。ありがとう!」の言葉があふれていた。
**********************
…でも、やっぱり旅のお別れはいつも寂しい。
“また会える”ってわかっていてもやっぱり涙が出るものだ。
今回のように、伯母と姪のシチュエーションで
しかも日本で、この肉体で会えることはもうないのだ。
あの凛とした声で私の背中を押してくれることは、二度とない。
人間として生まれる時、前世の記憶が消える意味はここにもある。
忘れているからこそ毎回、毎回涙する。
そして思い出とともにその愛の深さに、
改めて気づくことができるのだ。
すべてを覚えていたら、すっかり慣れてしまって
別離から学ぶ大切なことを見落としてしまう。
だから、悲しい気持ちを封じ込める必要もなく、
逃げることもなく、ちゃんと向き合って、たくさん泣いていい。
そしてチャンスがあるなら、見送る番に当たったほうが、
しっかりと旅立ちを見届ける。
前回は案外見送っていただいたかもしれないのだ。
**********************
葬儀の読経のあと、お坊さんの説教の中で、
「人は皆、生まれた瞬間から“死”が約束されている。
それは、どんな人でも平等な決まりごと」なのだと
おっしゃていた。最近色々なところでその言葉は耳にする。
そうなのだ。だから今日を精一杯生きる。
そして人との出会いや会話を大切にすること。
丁寧に毎日を過ごしていこう。
シンプルだけど、それが「生きる」ことの原点。
ひとつの旅が終わったけれど、絆はきっと永遠。
たくさんの愛をありがとう。元気でね!
また会える日が来るまで、私は精一杯生きていくね![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hearts_pink.gif)
昨日は、伯母の葬儀で大阪まで行ってきた。
最後に会ったのはいつだっただろうか。
何年も前のような気もするし、最近会ったような気もしている。
でも、時間などとは関係なく物心ついた
子どもの頃からずっと遠からず、近からずの距離にいた。
たくさんおしゃべりをした記憶もないが、
でも私の人生の節目節目に、すーっとそばにきては
励ましてくれていた。
「がんばりや!」
記憶にあるのは、ただそれだけの短い言葉。
たくさんの説得力のある話よりも、
気の利いたセリフよりも、
そして会話のキャッチボールよりも、
満タンの愛情がこもっていた。
彼女と私の間に、たくさんの言葉は必要なかったのだと思う。
背筋の通った、シャキっとした関西人で
とにかくいつもカッコよかった。
娘家族や、息子たちと夜遅くまで
楽しくお酒を飲んだ翌日、突然倒れて
そのまま24時間も経たないうちに
息を引き取ったのだそうだ。
77歳という年齢を考えると、
「短すぎる」という年月でもなく、
「かなり長寿」というには及ばない。
実に彼女らしい幕の引き方で、
生き様そのもののような気がする。
母や伯母の姉妹たちは、一同に口を揃えて
「そこそこの年齢の者にとっては本当に理想的だわ~」と
悲しみ半分、心底うらやましがっていた。
深い悲しみに包まれる、というよりも
「お疲れさまでした。ありがとう!」の言葉があふれていた。
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…でも、やっぱり旅のお別れはいつも寂しい。
“また会える”ってわかっていてもやっぱり涙が出るものだ。
今回のように、伯母と姪のシチュエーションで
しかも日本で、この肉体で会えることはもうないのだ。
あの凛とした声で私の背中を押してくれることは、二度とない。
人間として生まれる時、前世の記憶が消える意味はここにもある。
忘れているからこそ毎回、毎回涙する。
そして思い出とともにその愛の深さに、
改めて気づくことができるのだ。
すべてを覚えていたら、すっかり慣れてしまって
別離から学ぶ大切なことを見落としてしまう。
だから、悲しい気持ちを封じ込める必要もなく、
逃げることもなく、ちゃんと向き合って、たくさん泣いていい。
そしてチャンスがあるなら、見送る番に当たったほうが、
しっかりと旅立ちを見届ける。
前回は案外見送っていただいたかもしれないのだ。
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葬儀の読経のあと、お坊さんの説教の中で、
「人は皆、生まれた瞬間から“死”が約束されている。
それは、どんな人でも平等な決まりごと」なのだと
おっしゃていた。最近色々なところでその言葉は耳にする。
そうなのだ。だから今日を精一杯生きる。
そして人との出会いや会話を大切にすること。
丁寧に毎日を過ごしていこう。
シンプルだけど、それが「生きる」ことの原点。
ひとつの旅が終わったけれど、絆はきっと永遠。
たくさんの愛をありがとう。元気でね!
また会える日が来るまで、私は精一杯生きていくね
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/hearts_pink.gif)