すぎなの風(ノルウェー編)       ∼北欧の北極圏・トロムソから∼

北欧の中のノルウェー、
北極圏でも、
穏やかで住みやすいトロムソから
お届けいたします。

アンティークで God jul(Merry Christmas)⭐️

2024-12-16 | ノルウェーの文化
I
今月は、Jul(クリスマス)で、
EDELも大忙し。
もともと品物いっぱいなところに
赤色が増えて賑やかになります。

クリスマスというより
太陽が見えないjulの時季、
気分を明るくする昔からの知恵だと
私は思います。

ほんの少しですが、EDELから
アンティークなJulをお届けしますね。

まずはウインドウ越しに。

1950~70年代のコーナー。



北欧に古くからいるニッセ。
サンタクロースではありません。

さあ、入ってみましょう。





入ってすぐ目につくのが
球状のオーナメント。
1920年~50年代の超薄いガラス製。
今日にない軽さとデザイン。


自分の誕生年を買う人が多いです。


毛糸の刺繍。
ノルウエーで50年代に流行った模様。
この色合いが、JULにいいな。


この壁掛けは、Vardres地方の織物
昔から赤ちゃんの儀式に使われてきた。
でも、この色合い、JULにもぴったり。


この時季のヒーロー・ニッセ
このデザイン、かわいい~。

これも私のお気に入り。



julに作るお菓子の型が並ぶ。
左の壁のベルトはお盆掛け。
これもJUL柄に。


今どきのシンプルモダンな仕様に 
ほっこり映えそう。

小物から大判テーブルクロスまで
大量のクロスが二階で控えてます。(笑)



ノルウエーは銀製品が多いのです。
光物もJUlにはですねえ。

と、このへんで、
お終いにしますね。

24日も私はEDELです。

では、皆さん

★★★ God jul ★★★

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古く新しい楽器・ランゲレイクの波を予感して(その②)

2024-12-02 | ノルウェーの文化
●300年前のランゲレイクでも演奏

500周年祭のコンサートは
盛沢山でした。

この祭典の中心になったのが、
Ingrid。

彼女は、自分のコンサートで、
10台のランゲレイクを演奏。


その中には、
200年前、
300年前の物もあって、
びっくり。


300年前のランゲレイク。
右手の当たる部分が、
すり減っている。


若者、「見ろよ、すげぇー」。

博物館に保存されていた物を
専門家の管理の元、
弾いたそうです。

それは、
彼女のレコード(CDでなく)にも
収録されています。
楽器の説明付きです。
貴重な保存版ですね、これは。


YouTubeから、
このレコードを紹介いたします。


Odrunnのお勧め
OleとKnut兄弟も生で聞けました。


他にも
古い曲から、創作曲
歌や、
ギター、笛、
フィドル、ジョーハープ(口琴)、
とのコラボ。






美しいハーモニーに
涙腺が緩んだのは、
私だけではないようでした。

弾き手も聞き手も、
若者もたくさんいたのに、
正直驚きました。


古いようでオープン。
ランゲレイクの可能性は、
まだまだ、ありそうです。

「ランゲレイクを
 楽しんで弾く人がいて、
 喜んで人に伝える人が
 一人でもいる限り、
 1000年祭もあるでしょう」。

Ingrid の言葉が心に残ります。

「伝わる」って、
こういうことなんだなあ。

ランゲレイクは、
ダンスの伴奏も
他楽器とアンサンブルもできます。


初日の夜は、コンサートの後
ダンス!

でも、騒音にもならず、
一人小さな部屋で、
自分だけで音を楽しむのにも
ぴったりだと思います。

繊細で優しい音色は
セラピー作用もあるかも?

ランゲレイクの静かな波が
やって来ているような気がします。

それにしても、
こういう楽器、日本だと、
どの楽器になるんでしょうね。

思い当たる方があれば、
教えて下さい。

では、機嫌よくいましょうね。
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古く新しいランゲレイクの波を予感して(その①)

2024-11-30 | ノルウェーの文化
Vi 11月23、24日は、オスロに、
ランゲレイク500周年祭に
行ってきました。



オスロの中心部
この中央部にあるRiksscnenで。

7年前Nordic Harp Meetingで
出逢ってから、
その音色、その歴史に
興味を持ってきたランゲレイク。

私の相方さんは、
生まれも育ちもノルウエー。
でも、その存在は知っていても、
音色を聞いたことがない。
それは、彼だけでなく、
私の知る人は皆同じです。

それだけに、彼の関心は私以上。

今年NHMで出逢った
Oddrun(オッドゥルン)が、
この祭典のことを教えてくれました。
「500年に一度なんて
 貴重なチャンス!」
と相方さんと参加。

その内容が想像以上で、学び多く、
まだ感動が続いています。


チューニングするOddrun
彼女は弾くだけでなく
ランゲレイクを作り修復し
作り方を指導し
ランゲレイク第一貢献者で
表彰されました。

●ランゲレイクとは?

かつてはヨーロッパ全域で、
ランゲレイクに似た楽器が存在しました。
そもそも民衆の音楽は、
「ダンスのための音楽」が主流。
素朴な地味な楽器で始まっても、
フィドル、アコーディオンなど
音量がある楽器の登場で、
影が薄れていく。

しかし、
「音楽はダンスだけじゃないだろ」と
楽器の形態、演奏方法、曲想が
変遷していくのです。
(実はケルトハープもです)

ランゲレイクは、
ノルウエーに限らず消滅状態だったのが、
ノルウエーに戻ってきて、
一部の地域
(Valdres,Telemark,Hallingdal)だけで
継承されている、
という希少な楽器なのです。
(ランゲレイクを弾く人は他の地域にもいるが)

私にはノルウエー語の話が
全部はわからないので、
相方さんの様子でレポートします。

●ランゲレイクの体験

もう相方さん、イキイキですよ。
展示場では、
ランゲレイクを弾かせてもらえました。
ギターと似ており、
彼には親近感アップ


フィンランドから来た女性は
ジョーンハープ(口琴)で。
「いいね!」と二人で満足げ。

メーカーが3人来ており、
相方さんは
従来の物から現代の改良形の
作り方まで細かく聞いています。
(おいおい、作る気?)





この人形たちが
演奏者の手に操られて、
踊ります。
「幼稚園で人気者よ」
とCatrina.
(彼女もNHMのメンバー)

●消滅せずに済んだ理由。

Telemark博物館の人の話は、
笑いが多かったです。
特に、
ストックホルム博物館に
買い取られていたランゲレイクが、
ノルウエーに戻ってくるまでの話。

何者かわからず、長期間お蔵入り。
その後ノルウェーに返還されたが、
間違った送付先の引き出しで
資料が眠ることになる。
などなど、驚きの大きな回り道。
(一歩間違えば、
消滅してた?)
が、ふと謎が紐解かれる幸運。

トロンヘイムの楽器博物館では、
保存するだけでなく、
「ランゲレイクの作り方、
 弾き方講座」
に取り組んでいるそうです。
(ここに以前行っているので、
 またも親近感アップ)

民族音楽のリズムについて
研究しているAndersさん。
楽器の仕組みが少し変わるだけで
新しいリズムが生まれる、
など実演つき説明はよくわかり、
相方さん、ますます乗っています。

Hallingdalでは、
高校に
ランゲレイク課、製作課を
作ったそうです。
その生徒二人の演奏を入れながら
いかに人から人に伝わってきたか
具体的に語られました。
彼女たちは、15曲ほどを
全て暗譜で弾き切りました。

この語り手は、
Gunnlaug Lien Myhrで
ランゲレイクを弾きません。
伝承ダンスと古い音源で、
二人に指導したというのです。
このコラボは、
継承・探求の結晶だあ!




二人を見つめるGunnlaug Lien Myhrさんは、
歌、ダンス、フィドル奏者、民族音楽研究家

※ つづきは、また明日。
  コンサートのお話です。


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「私たちは、いつもフラットでやってきました」

2023-06-07 | ノルウェーの文化
「Tone(トーネ)が、
Senja(セニヤ)で コンサートするよ。
ハルコ、いける?」

日本でバタバタの最中、
後回しにしていたメールを読んでびっくり。

「 
Kråkeslottet ・・・?
 これって・・・今週末やん!」
 Kråkeslottet :https://www.kulturslottet.no/
 英語はないんですが、アーティストは見れます!

しかし、行けたんです。
行きましたとも!

「ノルウェーに素敵なご夫婦が
いらっしゃるんです」
と、奈未さんから聞いていたのが、
ToneHans。

トロムソでのコンサートで
彼らに逢えたのが、
7、8年前でしょうか。

なんて独創的なんだ!
と感動しました。

その後、ハープのご縁で
Toneには数回会えたり、
彼らの素晴らしさは、
徐々にわかってきました。

Toneは、
一度消滅し復刻された
木製の「農民のハープ」と呼ばれる
「ノルウェーハープ」の
数少ない演奏者の一人。
父親がパイプオルガン奏者、
ピアノも習い、
もともとは歌手としても
民族音楽に関わってきた。


ノルウェーハープ

Hansは、
ギター、多種の笛、
いろいろな楽器をこなす
マルチ演奏者。
柳の笛を自分で作り、
演奏する希少な存在。
民族音楽の笛の奏者として
最も知られている一人。


Senja に来てから、Senjaの柳で作った柳の笛

Toneのノルウェーハープの音色と
Hansの多種の楽器演奏。
二人の創り出す音は
私たちが見そびれている世界に
連れていってくれるよう。


" Stifinner ” は、道なき森の中、探りながら歩くこと。
CD二枚。

ToneとHansは、高校で出逢い、
大学でも共に音楽を学び、
結婚する。
作曲も手掛ける二人は、
世界の民族音楽を訪ね、
ノルウェーの民族音楽に
新しい風を吹き込んできた。
小中学校での民族音楽の普及にも
積極的。
二人で、また各々のソロ活動で、
いくつか表彰されている。

この度は、
Tone、Hans
それぞれソロのコンサート、
さらに、
ファミリーオーケストラも。
HULBÆKMO & JACOBSEN FAMILIEORKESER)

彼らの二人の息子も
音楽家として成長し、
4人でもデビューしているのです。





Toneは、歌、語り、ハープ、リラとオルガン。
Hansは、ギター、多種の笛の他に、ブリンバウ
ソプラノサックス、ボタン式アコーディオン。
Alfが、ハーモニカ、ピアノ、ソプラノサックス、
Hans(息子の方)ドラム、パーカッション ムーンハルプ

3人の男声がToneの語りを盛り上げます。

若々しく熟練したリズム、アレンジ。
なぜか、心まで温かくなりました。

親子でこんなコラボができるなんて。
ToneとHans、
この二人の子どもは、どのように育ったのでしょう?

そんな彼らの姿勢を想像させてくれるのが、
Toneの言葉と 
4人のCDのタイトル “På Snei”。

「私たちは、家族と常に
 フラットにやってきました」。

“På Snei”は、
「ちょっと歪んだ」
「真面目だけでなく、
 面白がって」。
そんな意味でしょうか。

65歳、
常に感性を磨き続けているTone。
出逢った日から、
全く変わらぬ態度で
私と接してくれるTone。
私は大好きです。

が、その魅力の理由が、
もっとわかった気がしました。

メールをくれたのは、
Senjaから引っ越したハープ仲間。
初めて彼女と出逢ったのもSenja。

ハープの繋がりと年月。
感謝に浸りながら、思うのでした。

自分の感性、
今からでも、もっと磨こう!



赤い家、あそこが会場


使わなくなった漁師の家をイベントの場にして20年。


焼きたてワッフルは、いかが?


カフェで、食事もできる。


お天気は良くなかったが、浜辺まで歩いて、2、3分。


参加者は、ここでキャンプしている人もある
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オーロラ祭り(Nordlysfestival)より ~「ぺールギュント」を知っていますか?~

2023-02-15 | ノルウェーの文化


やっと一瞬顔を出した太陽(2月9日11:32)

今年の2月は、異常気象。
通常、日に日に高くなる太陽に、
雪景色も清楚で美しい季節。
オーロラ、犬ぞり、クジラなど
ツアーも充実します。

ところが、今年は
強風の大雨、大雪を
繰り返しています。

こんな天気、私も初めてです。

キャンセルされるツアーもあり、
旅行者もがっかりしていることでしょう。

自然以外のことも 
頭に入れて頂きたいの
こういうことも あるある、だからです。

Nordlysfestival(オーロラ祭、1月29日~2月4日)は、
これを目当てにトロムソに来る人もいるくらいです。
少し紹介いたしますね。

●nordlysfestival(オーロラ祭)とは?

オーロラが発生する如く、
多様な音楽、人との出逢いによって、
新鮮なエネルギー、音楽が生まれることを願って
名づけられた
「オーロラ祭」。

斬新コラボあり、ジャンルもいろいろ。
音楽学校の生徒の演奏は無料、
プロの演奏でも無料の企画があります。

●ノルウェーで知ったのは

今回、私が一番に買ったチケットは、
「ペールギュント」。
本場で見れるとは!

今回は、
Arctic Filharmoni (トロムソのオーケストラ)
Hålogaranteater(トロムソの劇団)
オーロラ祭の共同。

演劇とオーケストラが
同ステージで上演と、特別版です。

「ペール・ギュント」は、
中学校の音楽の授業で初めて聞いて以来、
「朝」「魔王の宮殿」は、
すっかりお馴染みに。

でも、
「グリーグ」「イプセン」の名は
テストの為に覚えたようなもので、
それ以上にはならなかったんです、私は。

でも、ノルウェーにいると、
何かしら知れるものです。

「イプセン」は、
ノルウェー出身の有名な劇作家。
でも実は、ノルウエーではあまり売れず、
海外で称賛を浴びてから、
ノルウエーに凱旋したそうです。

「グリーグ」は、
ランゲレイク(ノルウエーのハープの一種)で
弾き語る地方のおばあちゃんからも学び、
作曲に生かしていたんだとか。

「魔王」が、
「トロル」のことだったなんて。
そう、あの
ノルウェーの昔話の定番・「トロル」です。

「ペール・ギュント(PEER GYNT)」
男の人の氏名。

ペールは、自分勝手で無責任な男。
ペールが町から追い出され、
長い世界放浪の末、疲れ果て故郷に戻る。
待ち続けていた奥さんの膝で、
「自分の人生は何だったのか」と
呟きながら息を引き取る。

このペールの人生を脚本にしたのが
イプセン
それに 
グリーグが音楽をつけて、
有名になったんですねえ。

「ペールギュント」の魅力は何なのか。
その答えは・・・まだです。


EDELのアンティークの中にも!

●旅行者にもチャンスがある!

オーケストラと3人の役者が同じ舞台で共演。

本来はセリフだけのところ、
「語り」を創作し、
ペール以外は、一人2役、3役をこなす。

オーケストラ奏者も、演奏場所で、
一役買ったり、全員で歌ったり。
あまりのよきハーモニーに 
コーラスもいたのか、と探したほど。

演奏は臨場感あふれ、
なんと新鮮に聞こえてきたことでしょう。

演奏と演劇を同時に官能できた
この企画は、斬新で、
ノルウエー人にも大好評でした。

言葉はわかるもんじゃないけど、
私も大満足。
ほんと、おもしろかったです。


終演後。この小さい舞台をフル活用した。


関心のある方は、
こちらをチェックして下さいませ。

Nordlysfestival(オーロラ祭)(英語あり)

Arctic Filharmoni (トロムソのオーケストラ)(英語あり)

Hålogaranteater(トロムソの劇団)

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今が旬の「タラの舌」は、漁業継承にも

2021-02-23 | ノルウェーの文化

もう一つ、1月2月の旬な食材、「タラの舌」

Mølje(1月21日投稿)と別にもう一つ、
今の季節の大事な旬の食べ物を紹介します。

Torsketunge(トシュクトンゲ)・タラの舌。

これもMøljeと同じく、
この季節にだけ北海に近いバレンツ海深海からくる
「Skrei(スクレイ)」という種類のタラの舌。

輸出もされています。

「から揚げ」が、バッチリ!

相方さんは「Torsketungeが嫌い」とあって、
私は、いい調理法を探していました。

昨年、EDELで出逢った
ニューヨーク在住の日本人料理人Hさん。
「タラの舌、めっちゃ美味しかったよ!」
とトロムソの友達の家で試した料理法を
教えて下さいました。

ニンニク、ショウガのすりおろしと
塩・醤油のたれに漬け込んで、
から揚げにする。

おお、これなら、
相方さんにもいけるに違いない!

材料は明かさず出す。

「美味しい、美味しい」と相方さん。

味付けがばっちりで、
鶏肉でもない、魚でもない噛み応えが
から揚げで引き立つ。

よっしゃー!

後日、材料は内緒のまま客人にも出して、
皆さんにも好評!

すると、
「美味しいだろー。タラの舌だよ」
と相方さん。

あれ、ばれてたんや。

今年は、また別の知人から、
新たなコツを教わり、
バリエーションが増えました。

これも、「から揚げ」にしちゃいました。

子ども職人が、舌を切る

Torsketungeと聞くと、
私には、この顔が思い出されます。

 
北ノルウェーの漁村では、
Torsktongeを切る仕事に
子どもが活躍するのです。

彼女は、6歳くらいから始めた9歳。

てきぱき、頭つきで舌を金串に刺しては切っていく。

この様子をテレビで初めて見た時には、
度肝を抜かれました。

鋭いナイフで、技術もいるはず。
さらに冷たく寒いだろうに。

しかし、全く大人顔負けのプロ。
インタビューにも堂々と答えます。

現在の漁師の多くは、子どもの頃に
この仕事を経験しているそうです。

子どもが、大人に混ざり学ぶ。
ノルウェーの文化継承であり、
漁師の後継者育成にもつながっている。

子どもの意思で来て、
子どもの安全は保障される。

雇われるのではなく、
子どもが売る。

このシステムだと
児童法に違反していないとのこと。

経験を積んだ仕事の早い子は、
1シーズンで40万円!も得るというのです。

今週は、ノルウェーの学校は冬休み。

きっとあの子たちは、
せっせと舌を切っているでしょう。

北ノルウェーにとって、タラは、
今も昔も 大事な魚なのです。

うっ・・・食べたくなってきた。

明日は、Torsktongeにしよーっ!
(今日は、間に合わない)


写真は、1920年 Wikipediaより
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これが、冬の伝統料理・Møljeかぁ!

2021-01-25 | ノルウェーの文化

1月21日、トロムソに太陽が戻ってきました。

太陽のなかったこの二か月、
することが多く疲れ気味でしたが、
不思議ですねえ。

太陽を目にしたら、元気が出てきました。

しかし、今年は異例。
太陽と共に雪もやってきています。

どうなるんだか…

さてさて、

この週末、私、念願の食べ物に舌鼓をうちました。

Mølje(モリエ)

魚や肉のレバー、卵を言うのですが、
1月2月はタラの産卵期。

バレンツ海からくるタラの卵は特に大きい。

この時期には
魚屋さんに新鮮なタラのMøljeが並びます。

ところが、私の相方さんは、
Møljeが好きじゃない」、と言うのです。

それで少し買って日本風に甘辛く煮たり、
レストランで私だけ食べたりしていたんです。

美味しいんですよ。

でも、私はここに住んでるんだし、
「なんだかなあ」と思い続けて4年。

ついに、妹さん、お義父さんの方法でご馳走になりました。

卵は、袋が破れないように、低温で30分以上茹でる。

ごめん、やぶれちゃった!(妹さん) あらあ、かなり注意が要るのね。

魚も低温で、茹ですぎないように。


とにかく「新鮮」が必須!

ただ、驚いたのは、茹でる水に入れる塩の量。

味見すると、ちょうど海水ほどの辛さです。

レバーは、表皮を除いて、鍋に取る。

 
これに生玉ねぎを刻んで入れて煮るうちに、

出てくる出てくる。

これが、Tran(トラン)。

ビタミンDの補給に必須、極夜に欠かせない。
毎日飲んでる、あのTranです。

おー、これが!!

ここに魚の煮汁を足して、ソースの出来上がり。

見栄えはよくないんだけど・・・・なんとも旨い!

塩加減もよく、素材の味そのもの。

魚の生臭さは、まったくなし。

これが、冬の伝統料理Møljeかぁ!


薄いパリパリのfratbrødにバターを塗って。これがまた旨い!

なんと、誰よりも
「美味しい、美味しい」と食べているのが、
相方さん。

は・・・・???
わけわからん・・・

また私の語力、理解不足…???

まあ、ええわ。

これで、毎年我が家でMøljeが食べれる~~~‼

1月2月に来た方には、お勧めします!

皆さん、旬のものを食べて、元気でいましょうね。

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義母から受けた「手編み文化」

2020-10-26 | ノルウェーの文化

わっ、かわいい!これ、みんな手編み!

2年前の義妹からの手編みのクリスマスプレゼント。

トロムソに来てから、
雪国ならではのデザイン、しかも手編みには関心する。

「小さい頃から編んでるもの」
というセリフもよく聞く。

義母も この一人で、
若い頃、会議中でも編み物をしていたそうな。
そうすると、頭がよく働いたからだと言う。

それにしても、職場でそれが認められるなんて、
日本じゃ考えられない。

日頃も 時間ができると、彼女は編んでいた。

こういう環境にいると、
肩が凝るから編み物は絶対しない!と決めていた私でさえ
「ちょっと試してみるか」
という気になってくるから、不思議だ。

「編み物でコミュニケーション!」の企みが・・・

義母とのコミュニケーションにもなるだろうと、
伺うように言ってみた。

「相方さんの帽子を編みたいんだけど・・・」

すると、待ってました!とばかりに
毛糸と編針が出てきた。

やられた(笑)。

私はその場で、避けてきた編み物をすることになった。

肩の凝らない姿勢から、編み方まで
義母は、何度でも見せて教えてくれる。
失敗はすっと直してくれ、
疲れた頃には、手作りケーキとコーヒーを出してくれる。

義妹も、子どもの頃から、
こうやって教わってきたらしい。

お蔭で、私も帽子ばかりだが、5個編むことができた。

そう言えば、
編みながらお喋りする「編み物カフェ」はあるけど、
「編み物教室」は、聞いたことがない。

この伝承こそが、ノルウェーの文化だと思う。

※でも、皆が好きで得意なわけではないので、あしからず。

目測で サイズがぴったり!

2年前の9月、娘と息子が来訪した時、
義母は一度会っている娘のセーターを編んでくれていた。
私は息子に帽子をプレゼント。(もちろん義母の指導の元)

私も娘もお義母さんの手編みセーターで。

どうもサイズが小さかったらしいけど。。。(>_<)

すると、もうクリスマスには
この帽子に合うセーターを息子に編んでくれていたのである。

 娘の時と同様、目測のサイズは、息子にぴったり!

義母は、毎年クリスマスまでに
子ども、孫やひ孫にと、どんだけ編むことか!

その中に私も、息子も娘も
入れてもらっていることに、感無量であった。

義母から編み物が奪われて

その義母が、昨年8月末脳梗塞を起こし、
右腕が動かず喋ることができなくなってしまった。

もう編み物もできない。
私もお義母さんから教わることはできない。

孫娘の婿に、と編みかけていたセーターは、
義妹が、引き継いで編んだ。

ある日、入院中の母を訪ねると、
私に雑誌のあるページを見せる。

私:私が編むの?。
義母:(頷く)
私:私に編める?
義母:(大きく頷く)。
私:でも、編み方がわからない。
義母:(じっと私を見る。)
私:・・・じゃあ、義妹に教えてもらう?
義母:(うんうん、とにっこり大きく頷く。)

ヨレヨレ。裏のノルウェー語解説は難しすぎて理解不能。

それが、昨年11月の末。
密かに「義母へのクリスマスプレゼントにしよう」と、
義妹に教えてもらいながら、
私にしたら、猛スピードで編み始めた。

しかし、諸々の事情で間に合わず、
滞っている間に、コロナ波到来。

妹さんにも聞けず、ネットでもわからず、
セーターは、完成前に棚で眠ることになった。

失くした帽子の生まれ変わりに励まされ

この冬を前に
友人から温かいサプライズを頂いた。

昨年、私は自分で編んで大喜びしていた帽子を失くして、落胆。
そこで彼女は、それと同じデザインの帽子を編んでくれたのだ。


この手袋に合わせて編んだ帽子が、質を上げて再現された!

私があれをもう一度編むには、時間がかかるだろう。
ズバリ!私のことをよくわかってくれている。
彼女は、子どもを産んだばかりで忙しいというのに・・・

そこで、私は思い立った。

やっぱり、お義母さんにプレゼントしよう!

そこで、また義妹さんに教えてもらい、
再び編み始めている。

編み物をしている時間

音楽もかけず、編んでみる。

ゆっくりと 静かな時間

横で相方さんが何やら読みながら、
たまに話しかけてくる。

いろいろな人が、思い出と共に浮かんでくる。

こんな時間もいいなあ。

義母も、こんな時間が好きだったのだろうか。

編み物の面白さには、まだまだ程遠いところで
想いめぐらす初冬の夕べである。



 

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水力発電100%の国・ノルウェーの底力 - ひらめきの旅から -

2020-09-21 | ノルウェーの文化

久々に、「ひらめきの旅から」の第3話です(#^^#)

* * * ** * ** * ** * ** * *

「100% 水力発電!? 100%?」

9年前、私が相方さんを訪ねた時、
私が、最も驚いたことでした。

そうなんです。
家庭用電力は100%、
工業用を含めても、94%が水力発電。
(他4%が
風力、2%が火力)

この凄まじい水力を何に利用した?

旅の始まり、相方さんにも初めての経路で行くことにしました。
それが、「水力の原点」に出逢わせてくれました。

それは、水車!

向こう側が、フィヨルド
 
でも、のどかな風景を思い浮かべる日本の水車とは、
随分違います。

それは、足でも滑らせたら命はないだろう、
というほどの凄まじい川の勢いに水の量

16世紀ノルウェーで
水力が「製材」に利用され始めたそうです。

ここもその一つ。

木材もノルウェーの大事な資源。
材木がフィヨルドで運ばれ、
川の水力で製材される仕組みです。

今は博物館になっており体験できるのですが、残念ながら、すでに時間外。

険しい山、流れ落ちるベック

前回までで、
連なる山、湖やフィヨルドを紹介してきましたが、

もう一つノルウェーの景色で特徴的なのが、
「ベック」。

地形によっては、滝になり、
狭く、急傾斜岩面をくねるように流れ落ちる「ベック」。
「川」とは識別され、
「小川」とは訳し難い存在。

そのベックがあるわ、あるわ、
それは無限と言ってよいほどです。

雪解けの水も含んで、
川、海、湖に流れ込みます。

景色としては美しいが、生活にはどう?

険しい岩盤の山が海辺までそそり立ち、
平野も狭い。
車で走っている間、それが延々と続くのです。

さらに、雪も多い、ときたら、

「まち」として発展するには、不利でしょう。

景色としては超美しいですが、
「生活」「社会経済」となると難しかったはず。

しかし、この地形要素を
見事
にエネルギーに生かしたのですね。

8月でもまだ雪は、残っており山肌を解け流れている

Mange bekker små gjør en stor å.

旅から帰り、いろいろ調べてみました。

世界初の発電所は、ナイアガラの滝の傍の水力。

それが、1881年 

その翌年、1882年

トロムソ県にあるSenja(セニヤ)という島で
ノルウェー初の発電所(水力)ができているのです。

早くから、長年、
自然エネルギーにこだわり続けてきたのですねえ。

現在ノルウェーの水力発電所の数は、
約1400。

100%を維持しているのは、
大小様々、沢山の発電所なのです。

ノルウェーに来てすぐ覚えた諺が
思い出されました。

あれこそ、地味~なノルウェーの底力ではなかったか、と。

この大きな転換の時期 
私も小さなベックになりたい。

Mange bekker små gjør en stor å.
(沢山の小さなベックが、大きな川を創る)

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異例の憲法記念日のサプライズ

2020-05-19 | ノルウェーの文化
5月11日20:30 にわか雪積もるライラックが陽に輝く
 

ノルウエー;感染者合計8257人(死者数233)
              18日の新感染者13人
トロムソ市;感染者合計168人(死者数2)、
             18日の新感染者1人。

ノルウエーのコロナ状況は、落ち着いており
先週から小学校の高学年、中学、高校も始まりました。

カフェはテーブルを離し、美容院は少人数の予約で、
図書館は予約で一人ずつ入館するなど、慎重です。

一方、町には人が増え、距離を保ちつつ

ウキウキした雰囲気も伝わってきます。

「国歌斉唱」この数か月を讃えて

そんな中、5月17日は、
ノルウエーで最も盛り上がる憲法記念日。
この日は、「子どもの日」でもあり、
毎年、全学校の子どもたちが行進をし、
町は人でぎっしりになるのです。

しかし、今年は、コロナでこの行進が全国で中止、
家で祝うことになりました。

そこでオスロでは、国王一家が
オープンカーで国民に挨拶に出た、というのです。

こういうところが、ほんと開放的。

「1時に、皆で国歌を歌いましょう」と政府の声かけがあり、
私も初めて国歌斉唱しました。

歌いながら、私には、
この数か月を讃えたい思いが湧いてきました。


"Gratulerer med dagen!(おめでとう!)"
 "Hurra! Hurra! Hurra!(万歳)" 近所の家族の声が響きます

体の不自由な義父母を支えたもの

昨年8月の脳梗塞の後遺症で、

右腕が動かない、立つのもおぼつかない、
喋れない状態で自宅に帰ってきた義母(85歳)と
義父(86歳)の二人の生活が、
昨年12月末から始まりました。

最初は、義母だけでなく、
義父も手足の機能が落ち、体調も安定せず、
受ける介護、看護の内容も手探りでした。
運よく、それが落ち着いてきた頃にコロナがやってきました。

看護士は、一日に4、5回来てくれます。

体のリハビリは中断されましたが、
言語聴覚士は、LINEでリハビリを続けてくれました。
(どれも無料)

リスクの低い私と相方さんが、
週二回の買い物や右腕のリハビリなどを担当し、
かなり注意を払った二か月でした。

お陰様で、二人は風邪もひかず、
義父は、毎食の準備をし、
義母は、左手で冷蔵庫から物の出し入れができるようになっています。

今では、右肩・右腕をサポートするベルトをはずし、
握力も出て、腕の回転ができるのです。

彼女の言いたいことが私たちに伝わらず、
彼女が涙する時もあれば、状態にムラもあります。

それでも、
彼女は、「言葉のリスト」から指さしたり、
はっきりした声で言葉を発する時も出てきました。

私の相方さん、妹さんたちは、義父母に毎日電話をし、
義父母の妹さんたちも、電話マメ、
孫も、子どもの動画送りマメ。

会えなくても、こういうことが、
いかに義父母の心を支え、
生きる力を育むか。

コロナで大変な期間も休まず来てくれた介護士さん。

危機感と背中合わせに、

驚きと感謝の二か月でした。

レアチーズケーキの上に飾ってみました

ブナードは、断念したけれど

憲法記念日には、例年通り
お義母さんの愛する故郷のブナードを
(ブナードを詳しく知りたい方はこちらで)

着せてあげたかったのですが、
腕が上がらず、止むなく断念。

しかし、思いがけないサプライズが生まれたのです。

うちのクローゼットにかかったままの

持ち主不明の民族衣装。(正式なブナードでない)

それが、相方さんの妹さんが14歳の時、
フォークダンスのイベント用に
お義母さんが縫ったものだ、と判明。

今や皆成長し、着れる人がいない。

ところが、
なんと私が着れたのです。

そこで、妹さんがブローチやカフスボタンを貸してくれ、
私がそれを着て、義父母を訪ねることになりました。

 

思いがけず、民族衣装が着れて、ルンルン!
 
お義母さんは、すっかり忘れていたようで、
それはそれは驚き、喜んでくれました。
 
そして、必死に何か訴え始めました。

コロナでずっと会えずにいた
二人のおばさんを呼ぼうというのです。

四人が会うのは3か月ぶり。

平均年齢84歳。
この時期の、この日に、

こんな有難い再会ができたなんて。

ハグせず、ちゃんと距離を置く彼らの笑顔は、
柔らかい光に包まれているかのようでした。

 

ちょうど17日から、トロムソは、

24時間太陽が沈まない時期に入りました。

皆さん、することは続けて、元気で過ごしましょうね。


5月19日 0:37 ベランダより
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