●12月3日より
「縁側の日」で出ました「よかったこと」。
連日報告、今日で三日目・最終です。
これは、参加者にも見ていただき、直してもらって
発信させていただいています。
さらに参加者から
「イニシャルよりも何かネーミングをつけてはどうかしら?」
というアイデアをいただきました。
皆さんも
それでこのような形になりました(^_^)v
では、皆さん、
来年も「縁側の日」をよろしくお願いいたします
●‘
きみはいつまでも’さん 外出好きだった母(84歳)が、
2年前の脳梗塞の後遺症で左側に麻痺が残ってから
外出をほとんどしなくなりました。
「今年の秋にアイスランドで結婚式を挙げたいので来てほしい」
と孫の言葉に
「行こうかな…」と母。
職場の仲間に「こんな機会は2度とないから…仕事はまかせて」
と背中を押してもらい
私も行く決心ができした。
私たちも母も不安がありましたが、
家族は母を連れて行くことが大きな目的になりました。
まず、
身体状況チェックや歩行能力を知りたくて?
ドライブや団体旅行のバスツアーに誘い
いっしょに行動してみました。
自分ですら行ったことのない北のはて、
何が起きても後悔しない決心で行きましたが、
無事、感動して楽しんで帰国しました。
困ったことは長い飛行機の中で、
日付け変更線と何回もの機内食です。
食後の薬は何回服用??
帰国後、
母は私たちの知らないうちに
老人会の日帰り旅行や名古屋の同窓会に
公共交通機関を乗り継いで出かけるようになりました。
びっくりした私に一緒に旅行した兄嫁が
「地の果てまで行ってくることが出来たのだから、名古屋くらいは庭よ」
と笑いました。
母の人生が変わったようで、本当に行ってよかったと思いました。
中道さんから、
「あんたがお母さんに連れて行ってもらったんだよ」
は納得の一言。
すべては母の「いこうかな」の一言から始まった今年の一番良かったことです。
●ひと昔前のひまわり娘さん
6月に母が亡くなりました。
3月、食べることも飲むこともできない車椅子の母と一緒に
母が行きたがっていた沖縄に行ってきました。
この時点では薬の副作用と思っていて
最後だとは全く思っていなかったのですが、
あの状態でよく行けたなとは思います。
娘が一緒に行ってくれたから、実現できました。
行けたことは母にとっても私にとっても嬉しいことでした。
この旅行をきっかけに
娘は、「看護師になる」と決めたそうです。
娘二人は母のことが大好きだったのに、
母が発病する前から反抗期で母に対して無愛想な態度をとるようになっていました。
そのことが気になっていたのでしょう。
詫びる気持ちを5枚もの手紙に書いて、
棺おけに入れていました。
これも私には嬉しいことでした。
母のおかげで、いい時間を送らせてもらった一年でした。
●中道さん
今年は、
僕がケアマネージャーをしていたときの利用者さんとの
5年越しの約束を果たすことができました。
「金は残しておきますから、私が死んだら、散骨してくださいね」
と頼まれていたのですが、
その方は本当に遺言状にその旨をつづり、
その旅費にと100万円を残してくれてあったのです。
家族を含む8人で
思い出の場所での散骨に行かせてもらいました
。
思い出を語る時間を頂き、
このような形で供養に参加させてもらえるなんて、
ケアマネージャー冥利に尽きます。
こんなことがあるんだ、と感慨深く嬉しい今年の出来事でした。
以上です。
ありがとうございました!!