足利フラワーパークを出て、近くにある史跡 足利学校に行きました。 ここは日本最古の学校と言われています。 創建については、奈良時代の国学遺制説、平安時代の小野篁(おののたかむら)説、鎌倉時代の足利義兼説などがありますが、、 歴史がはっきり遺っているのは、関東管領上杉憲実(1410-1466)が再興した頃からだそうです。 門が三門あって、最初の入徳門をくぐると、満開の桜を背に孔子像が建ってました。 次が学校門。「学校」という言葉はここを発祥としているとか。 |
三番目が杏壇門。 ちょっと上が欠けてしまいましたが、右の松が、字降松(かなふりまつ)。 (読めない字を紙に書いてこの木に結んでおくと、翌日にはふりがなや注釈が付いていたという言い伝えがある) この門をくぐると四代家綱の時(1668)に造営された孔子廟があります。 |
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中には孔子座像と小野篁座像がありました。 ここまでは、古くからの建物です。 |
↑上の庭と ←左の建物は平成2年(1990)に 江戸中期の最も盛んであった頃の建物と庭が再現されたものです。 中に入ると色々な資料が見られます。 ビックリしたのは、 7代庠主(しょうしゅ)は、大隅(鹿児島)出身で、 その頃大変盛況で全国から3000人の学生が学んでいたということ! フランシスコザビエルが 「日本国中最も大にして最も有名な坂東のアカデミー(坂東の大学)」と記し、 足利学校は海外にまでその名が伝えられたそうです。 日本人は学問好きなのですね! |
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