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定年退職してしまいましたが、再任用でまだまだ老後の蓄えをしなくてはなりません。それでも悔いのない人生にしたいと思います。

中国旅行3日目・蘇州市内(留園・寒山寺・山塘街・平江路)

2010年11月27日 16時36分15秒 | Weblog

3日目・蘇州市内・留園・寒山寺・山塘街・平江

11月13日、今夜も連泊なので、荷造り不要の朝~のんびり朝食後、8:45バス出発~既にバスの周りには『千円おばさん』が5~6人待ち構えている。売っているのはレースや刺繍だ。3つ1000円が5つ1000円になっていく(笑)




丸一日の蘇州市内観光。
先ずは、蘇州4大庭園で、明代に徐泰時(ジョタイジ)が造ったという『留園』で、蘇州では2番目に大きいそうだ。



奇岩は太湖から運ばれた、太湖石で、魚と水が穿った穴が無数に空いている。

 

張さんの説明では、下の穴から線香を焚くと上の穴から煙が上がり、上の穴から水を注ぐと、下の穴から流れ出ると言う。本当か?と思うが、ここで試したら捕まってしまうだろう。
しかし、至る所に太湖石があり、何トンという石をどの様に運んだのか?建物を立ててからは入れられない大きさなので、建築前に既に庭づくりを行っていたのか?張さんは『北京の庭園は皇帝が造ったものが多く、蘇州の古典庭園やこのような屋敷は、個人庭園が特徴です。作るには膨大なお金がかかります。だから当時の役人が賄賂をたくさんもらってお金と権力を得て贅沢をつくしたものです。みなさん僕にも賄賂たくさん下さい。そしたら僕も作ります。』と皮肉たっぷりに説明した。

 

建物の軒先は反り返った作りが特徴で、中国らしい建築。また、窓枠は『花窓』と言われるもので、木枠でさまざまな幾何学模様を凝らしてあり、一枚と同じものは無いとのこと。外から内部は見にくく、内から外は見る窓により同じ風景でも変化が楽しめる仕組みとのこと。
家具は、紫檀・黒檀を使ったぜいたくな家具ばかりだった。
屋根の梁までも彫刻がされている部屋もあった。ここは日中戦争の時に日本軍が占領し、馬小屋に使っていたとのこと。




庭に出ると、丸い小石が円形に綺麗に並べられている。これは、裸足で歩き足のつぼを刺激するための模様だそうだ。



池にはコイがたくさん泳いで居て、築山は太湖石を集めて築いてある。銀杏の紅葉が綺麗だった。



立派な庭園を観賞したあとは、明清時代に繁栄を極め「中華第一街」と称された山塘街の散策~またまた水路で解散~



昨日の古鎮・千灯古鎮と違って、しっかりした作りの家並みだった。お茶屋、果物やなどたくさんあったが、ミナラルウォーターを3本5元で買った。



東洋のピサの斜塔~虎丘の塔がすぐ近くに見えるが歩いていては集合に間に合わなくなる。



この虎丘の塔は最初は垂直に立っていたものの、400年前から傾き始め、先塔が雷に壊されて復旧したという。雷にやられていないなら世界遺産への申請価値があるそうだ。





集合時間が迫っているが、やや迷ってしまった。妻はアッチという。僕はグーグルの様な地図を頭に描いて、こうこう来たから、アッチのハズ!広い駐車所を抜け広い道に出ると、橋の向こうにバスが見えて、一安心。

それからバスに乗り、蘇州名物のへ。金魚やネコ、クジャクなどの毛の一本一本まで糸により描かれていた。

残念ながら撮影禁止のため、写真は無い。芸術の域に達した蘇州刺繍はため息しか出ない。
1点何百万円の品がたくさんあった。
ショッピングの後、刺繍研究所での昼食となった。ここでは麺料理が有名と言うが、あまりうまいものではなかった。ああ、熊本のラーメンを食べたい。



シルク製品の工場、ショッピングにも行ったが、ここも撮影禁止のため、写真は無い。

次いで行ったのは、寒山寺という古刹(コサツ)で、梁代(4世紀)に建築されたという、蘇州一の古刹で除夜の鐘でも有名という寒山寺。臨済宗の仏教寺院ということだ。




重厚な賽銭箱が先ず目に着いたが、張さんの説明によると『日本の三井建設は倒産しかけた時に、時の鬼沢正社長と町田良治会長が願をかけ、無事に倒産を免れたから、お礼にこの賽銭箱を送りました。』確かに、その彫りもの記名があった。




屋根の上には、西遊記・孫悟空でおなじみの三蔵法師の連れの像があった。

初めて知ったが寒山拾得(カンザンジットク)の故事で名高いそうで、唐代の詩人で政治家でもあった張継(ちょうけい)が詠んだ漢詩「楓橋夜泊(フキョウヤハク)」の石碑は有名だそうだ。



石碑には、『月落烏啼霜満天、  月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ
江楓漁火対愁眠。  江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す
姑蘇城外寒山寺、  姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)
夜半鐘聲到客船。  夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る』
とあり、訳すると 『月は西に落ちて闇のなかにカラスの鳴く声が聞こえ、厳しい霜の気配は天いっぱいに満ちている。運河沿いに繁る楓と点々と灯る川のいさり火の光が、旅の愁いの浅い眠りにチラチラかすめる。
そのとき姑蘇の町はずれの寒山寺から、夜半を知らせる鐘の音が、私の乗る船にまで聞こえてきた。』というもので、なんでもない内容だが、漢詩にすればなんとなくかっこいい響きだ。



もうひとつ、除夜の鐘が有名だそうで、その鐘の音を聴くと10歳若返ると言われていて、毎年大晦日には世界中からの客でごった返すそうだ。それが本当なら再春館製薬のドモホルンリンクも負ける効果だ。
また、鐘の撞き手108人を競りに掛けるそうで、1回の撞くのが何百万円にもなるとか。



僕らは5元くらいで3回も撞けた(笑)

夕方には平江路散策~もう、昨日から至る所、水路ばかりのようで、何処が何処だか分からなくなったが、ここはオシャレな水路の街って感じだった。川で洗濯するおばさんも居たが、喫茶店や軽食のお店が立ち並んで居り。
ツアーではない旅行客がのんびりお茶していた。




アイスクリームやケーキのお店も有り、甘党な女性たちは立ち寄っていた。
しばらくバス移動~その間バスの中では、オプションの足つぼマッサージ(一人100分3000円)の予約が始まり、張さんは携帯でまた連絡していた。OP参加者は夕食前に足つぼマッサージの店、『養足堂』に到着。



若い男女の従業員が交代制で24時間営業対応しているとのこと。個室的な部屋もあったが、団体さんは大広間に通された。



しばらくすると若い男女が桶を抱えて入って来て配置に着いた。僕には若い女の子が付いた。張さんによるとここの子は、黒竜江省・山東省などの遠隔地の奥地から来ているという。地元の子はこんなキツイ仕事はしないということだ。いずこも、生活レベルが上がれば、3Kは敬遠されるものだ。



ズボンのすそを上げると、色の付いた薬液の桶に着け、ゴシゴシ・チャプチャプ洗うは洗うは~5~10分くらい洗ったような気がした。



それからは念入りに左右の足の指、一本一本を指圧・揉みほぐしてくれた。『お~おっ、痛っ、気持ちいい~』と声に出したいが、妻が側にいるために、無言でいた。
足の後は全身マッサージだが、これは大したこと無かった。ちゃんと服くらいラフなものに着替えさせて、もっと広いベッドでグイーっとやってもらいたかった。まあ、足の方はスッキリなったので良かったか。

夕食は、江蘇料理~写真は無し。また、麺料理とかグルグルと回して食べた。
せっかくなので、夜の街の散策に出かけた。ケンタッキーあり、ミスドあり、あまり変わらない~電気屋さんもいってみたが、PCは地元製が多かった。
コンビニに行ってびっくり、全て安い。ビールなんて日本のアサヒやサントリーが10~15元位で買える。食事時に買っていたビールは確か30元(約400円)だったので、半額以下。お菓子も安い。



ところが日本と違うのは、袋はつけてくれ無い事。バラバラの商品をポケットのアチコチに入れてホテルに向かった。
途中、妻がスウィーツを買いたいと言う。
これも勝手が違う、日本なら向こう側の店員に指差しでとってくれるが、こちらでは名前か番号をレジに行って言い、お金を払ってやっとそれを貰える~食券を買うに似た感じだった。菓子の名前は読めないので番号(英語)と指で意思疎通~ゲットできた。殆どが50~150円のショートケーキ、ホールケーキで1000円以内くらいだった。

ホテルに帰って、ビールを飲んで、明日の出発の荷造りをして寝た。

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中国旅行~2日目つづき(No3):千灯~蘇州観光

2010年11月27日 00時27分54秒 | Weblog

 中国旅行~2日目つづき(No3):千灯~蘇州観光

やっと昼食へ。瑞来大酒店というホテルで、近くの太湖で獲れた白えびやスペアリブなど無錫料理を楽しんだ。と言いいたいが、円卓でハプニングがあった。スペアリブ10本が一皿に乗っていたのに、誰かが2~3本取ったみたいで、食べられない人が出た。一人10分の1を守らないと、起こるべくして起きる事。ガイドの張さんがお店のボーイに向かって、『シーワンチャンクァ?△・□・○?』と文句を言ってくれている模様?張さんも面倒な対処が絶えないもんだ。

 

 

 

 

 

 

 











 食後バスが来るまでホテル前を見学。昔ながらのタバコ屋と両側には、鳥屋?生きたニワトリや食用鳩を売っていた。店先で締めたニワトリの毛をむしっているオバサンや、中華包丁を振るうオジサンが見られた。

移動のバスの中で質問が出た。ホテルを表す漢字が『酒店』と『飯店』の2つがあるが、意味が違うのか?というもの。張さんの説明では、『中国は大きな国なので、昔から南船北馬という言葉があり、華南(華中も)は水郷や海の移動に船を多く使っていて、船頭任せだから酒を飲んでいた。一方華北は、自分で馬に乗った移動だから余り酒を飲まずに飯を食っていた。だから、華南はホテルを大酒、華北はホテルを飯店と表す。』酒好きならどちらも酒を飲むだろうに?とも思ったが突っ込みはしなかった。
 また、移動中の車窓から珍しい風景を見つけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本では国道3号線みたいな(中国では全て国道だが)、片側2車線10m道路の1車線が何百メートルも黄色い帯がある。何だろう?と思うと『アレは農家が米・モミを干してるんです。』と張さんの説明。日本のように、乾燥機も、カントリーエレベーターもライスセンターの社会資本も無いので、ああして道路に干しているとのこと。『日本では1毛作でしょ。ここでは2期作なんですよ。』という説明。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、いよいよ水郷の町・二千年以上の歴史があるという古鎮・千灯古鎮に着いた。
~グーグルで見ると、左上の台形の広場にバスは止まった。それから運河にかかる石橋を渡る~



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは本当に古い町と言うのがアチコチの石や土塀で感じられる。先ずは張さんの旗に着いて行って、運河にかかる石橋を渡った。古い屋敷跡を見学。柳川の水郷と全く違う~昔の大金持ちの屋敷というところや水路に感動した。














 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、20分だけ自由に散策。狭い路地を入ると豆腐を腐らせた料理の匂いが立ち込める凄い空間に入って行った~


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 昭和初期のたたずまいみたいな床屋さん、古いミシンで靴下?足袋を縫ったり、その横には『百信通手』という携帯電話のお店、怪しい料理を並べた出店とかタイムスリップしたようなゴミゴミした街並みだった。サトウキビも棒のまま売ってあった。
ふと抜けると大きな市場へ~(グーグルの写真では下の青い屋根の建物)日用雑貨から生鮮食料品が大きな体育館みたいな所にわんさと積んである。魚、肉が空中や地べたに並べられている。大きな鯉みたいな魚をまな板も使わず地べたのコンクリートの上で捌くおばちゃん。その横で開きの出来上がりを平然と待つ客。日本だったら、保健所の立ち入りでいっぺんに撤去命令が出そうな衛生状態~まあ、それがまだ当り前な世界。4輪トラックは少なく、バイクと軽トラックの荷台を上手に3輪車に改造したモノが頻繁に行き交った。興味が尽きない雑踏の街並みだけど集合時間。

90分程バス移動~その間バスの中では、オプションの蘇州運河ナイトクルーズ(一人3000円)の予約が始まり、張さんは取りまとめた人数を携帯で連絡していた(これも商売商売)。

すっかり暗くなって蘇州に到着。夕食は、蘇州料理で名物のおこげ料理~特に美味しいとは思わなかったが、また、グルグルと回して食べた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
バスの車窓からまた面白いモノを発見。中国のバイクや自転車は夜になってもライトを殆ど点けていない(数えたが約5%の点灯)。また、バイクは殆ど電動バイク。点灯しない理由はバッテリーの消耗を抑えるため。だから、道路を歩く時には暗い中を音も無く近づいてきて危なくて仕方が無い~ボーっとしていたら絶対ぶつけられる。中国では、歩行者より、車やバイクの乗り物優先なので、その積りでいないと危ないとの張さんのアドバイス。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホテルに戻る前に、蘇州運河ナイトクルーズの者は、運河脇の船着き場近くで降ろされた。
ここで心配したデジカメのバッテリーが無くなり、携帯のデジカメに換えた。
古い万里の長城の門をくぐった。まさかここで万里の長城を見られるとは思わなかった。

門をくぐると、夜と言うのにここにも、「シェンエン!シェンエン!」(千円!千円!)のモノ売りが付きまとった。
それを振り切って、いよいよ乗船。蘇州の運河は2500年の歴史を持つ東洋のベニスと言われているとのことだが、ベニスを知らないので、電飾で飾られた柳並木~万里の長城を綺麗と思った。
いよいよメインの人口ナイアガラの滝の電飾へ~市長命令でこの滝の電飾を作ったことで、観光客は倍増したという。ここで90度左折、運河は曲がっていて滝は道路の壁に作られている事がわかった。
その先の石橋をくぐり、橋げたの精密な彫刻を見学。残念ながらブレテいて使い物にならなかった。
船はUターンしてさっきの滝にさしかかったが、すでに電飾は消えていた。
ガイドは『アレは故障ね~良くあるよ~。あなたたちラッキーよ~。あの人たち、アンラッキーね(笑)』




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
船を降りると、蘇州の古都の街並み散策~夜でも人通りは多く、余計なものが見えないので幻想的で綺麗だ。
中国は電飾が大好きみたいで、屋根の形に沿って至る所を飾ってあり綺麗だった。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

国策でもあり、観光振興策ということだった。
やっと宿泊ホテルの『蘇州新世紀大酒店』に到着~日本だったら温泉だろうが、中国には温泉は無い。
風呂に入ってバタンキュウ~。

やっと2日目の報告完了。

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