以前にも書いたことですが、自分は拙ブログにおける荒らし行為や誹謗中傷で傷ついたり、落ち込んだり、腹が立ったりしたことはありません。
荒らしさん、いらっしゃい♪と歓迎する気はありませんが、荒らしが来たからといって特に気にすることもないです。
なぜ荒らしを気にすることがないのか、理由は主に二つあります。
一つは現実世界で起こる出来事の理不尽さや不条理さ、不愉快さに比べたら、ネットの荒らし行為や誹謗中傷など屁でもないからです。
もう一つは自分は言葉には正しいか、間違っているかとは別に重いか、軽いかがあると思っています。
荒らしの吐く言葉は自分には限りなく軽いのです。
だから荒らしの言葉で傷つくこともありません。
今ネットの誹謗中傷が問題視されています。
ネットの誹謗中傷で傷ついた人も少なからずいることでしょう。
そういう人たちに強く言いたいのは、あなたにとって大事でない人の言葉はあなたにとって大事ではないということです。
見ず知らずの人から「死ね」と言われたからといって、それで傷つく必要はまったくないんですよ。
なぜならあなたに「死ね」と言った人はあなたのことなどまったく知りもしないのですから。
だからあなたは傷つく必要もないし、そもそも気にする必要もないのです。
話は変わりますが、自分は映画やアニメのレビューを書く際、思ったことを書くようにしています。
面白くなかったら、面白くなかったと書きます。
今年で言えば、『ブレンパワード』のレビューでは、これまで見たアニメの中で一番つまらなかったと書きました。
『ブレンパワード』を好きな人がいるということは知っています。
ネットでの評価はそこまで悪くないですからね。
けれど、『ブレンパワード』を好きな人がいるから、「ブレンパワード」の評価を変える、忖度するということを自分はしません。
むしろそういう行為は作り手に対して失礼だと考えます。
6年ほど前に湯浅政明監督の『夜明け告げるルーのうた』というアニメ映画を観ました。
同じ湯浅監督の『四畳半神話大系』はDVDを持っているぐらい好きなので、『夜明け告げるルーのうた』も期待していたのですが、これが自分にはまったく面白くありませんでした。
で、レビューには思ったことを書いたのですが、これが『夜明け告げるルーのうた』か好きな人の癇に障るようで、いろいろと言ってくる人がいます。
『夜明け告げるルーのうた』を面白いと思っている人が間違っている、というつもりはさらさらありません。
でも自分には面白くなかったのです。
それでいいと思うんですけどね。
一つの作品をある人は面白いと思い、ある人は面白くないと思う。
それって当たり前のことじゃないですか。
だって人はそれぞれ違う人生を生きているのですから、何を面白いと思うのか、何を美しいと思うのか、何に感動するのか、そういったポイントは人それぞれ違うはずですから。
でもそうじゃない人もいるみたいです。
先日も『夜明け告げるルーのうた』のレビュー記事にコメントがつきました。
実は、ってほどのことではないのですが、コメントを読む前は怖いんです。
荒らし行為や誹謗中傷を気にしたことがないと書きました。
それは嘘ではないのですが、コメントを読む前はもしかしたら自分の想像を絶するような内容のコメントかもしれないと思ってしまうのです。
実際読んだら大したことが書いてあるわけではなく、ただのレベルの低いコメントでした。
でも6年も前のレビュー記事にわざわざコメントをするのですから、その人はよほど『夜明け告げるルーのうた』が好きなのでしょう。
今の自分にはそこまで好きになれる作品がないので少し羨ましいです。
荒らしさん、いらっしゃい♪と歓迎する気はありませんが、荒らしが来たからといって特に気にすることもないです。
なぜ荒らしを気にすることがないのか、理由は主に二つあります。
一つは現実世界で起こる出来事の理不尽さや不条理さ、不愉快さに比べたら、ネットの荒らし行為や誹謗中傷など屁でもないからです。
もう一つは自分は言葉には正しいか、間違っているかとは別に重いか、軽いかがあると思っています。
荒らしの吐く言葉は自分には限りなく軽いのです。
だから荒らしの言葉で傷つくこともありません。
今ネットの誹謗中傷が問題視されています。
ネットの誹謗中傷で傷ついた人も少なからずいることでしょう。
そういう人たちに強く言いたいのは、あなたにとって大事でない人の言葉はあなたにとって大事ではないということです。
見ず知らずの人から「死ね」と言われたからといって、それで傷つく必要はまったくないんですよ。
なぜならあなたに「死ね」と言った人はあなたのことなどまったく知りもしないのですから。
だからあなたは傷つく必要もないし、そもそも気にする必要もないのです。
話は変わりますが、自分は映画やアニメのレビューを書く際、思ったことを書くようにしています。
面白くなかったら、面白くなかったと書きます。
今年で言えば、『ブレンパワード』のレビューでは、これまで見たアニメの中で一番つまらなかったと書きました。
『ブレンパワード』を好きな人がいるということは知っています。
ネットでの評価はそこまで悪くないですからね。
けれど、『ブレンパワード』を好きな人がいるから、「ブレンパワード」の評価を変える、忖度するということを自分はしません。
むしろそういう行為は作り手に対して失礼だと考えます。
6年ほど前に湯浅政明監督の『夜明け告げるルーのうた』というアニメ映画を観ました。
同じ湯浅監督の『四畳半神話大系』はDVDを持っているぐらい好きなので、『夜明け告げるルーのうた』も期待していたのですが、これが自分にはまったく面白くありませんでした。
で、レビューには思ったことを書いたのですが、これが『夜明け告げるルーのうた』か好きな人の癇に障るようで、いろいろと言ってくる人がいます。
『夜明け告げるルーのうた』を面白いと思っている人が間違っている、というつもりはさらさらありません。
でも自分には面白くなかったのです。
それでいいと思うんですけどね。
一つの作品をある人は面白いと思い、ある人は面白くないと思う。
それって当たり前のことじゃないですか。
だって人はそれぞれ違う人生を生きているのですから、何を面白いと思うのか、何を美しいと思うのか、何に感動するのか、そういったポイントは人それぞれ違うはずですから。
でもそうじゃない人もいるみたいです。
先日も『夜明け告げるルーのうた』のレビュー記事にコメントがつきました。
実は、ってほどのことではないのですが、コメントを読む前は怖いんです。
荒らし行為や誹謗中傷を気にしたことがないと書きました。
それは嘘ではないのですが、コメントを読む前はもしかしたら自分の想像を絶するような内容のコメントかもしれないと思ってしまうのです。
実際読んだら大したことが書いてあるわけではなく、ただのレベルの低いコメントでした。
でも6年も前のレビュー記事にわざわざコメントをするのですから、その人はよほど『夜明け告げるルーのうた』が好きなのでしょう。
今の自分にはそこまで好きになれる作品がないので少し羨ましいです。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます