今日は、3月11日。決して忘れることができない、忘れてはいけない日である。
2年前、小生は、電車で東京に向かっており、茨城県小美玉市で被災。その日は小美玉市の小学校体育館で避難所生活を送った。小美玉市のご配慮で、日立までバスを出してもらい、その後、いわき方面の何人かでタクシーに相乗りして戻ってきた。避難所ではラジオの音が響き、地震・津波の情報よりも原発情報のほうが気になった、というか、不安になった。タクシーに乗り込んだとき、車内にテレビがあり、運転手さんに原発情報を聞くと、爆発したみたいだよ、とのこと。まさか、という思いをしたことを記憶している。
それから2年、いろいろあったが、一応、通常の生活に戻っている。
ということで、ありったけの小銭かき集め、今日もこんなに呑んじゃった。呑兵衛たちの月9、類氏は今日も旨そうに呑んでいる。
今日は、浅草、マイ・ホームグランドである。
類氏は、水辺ラインに乗船、天候不順で景色見えず。その後、手作り人力車の工房へ。この工房、元々、人力車を牽いていた社長が、牽き手の目線で人力車を設計・製作している。持ち手や素材をアルミにするなど、工夫を凝らしている。
薄暗くなり、屋台風のお店「正ちゃん」へ。類氏の馴染みのようだ。まずは、テントで立ち呑み、黒霧島のお湯割りをいただく。このお店、牛もつの煮込みが名物とのこと。醤油とザラメで煮込んでいる。注文すると、牛もつ煮込みに豆腐が半丁、旨そうだ。
店周りのロケーション、隣にあるホテルはリッチモンドホテル浅草、よく宿泊するところだった。このお店、通過していたのかもしれない。
寒くなってきたのか、類氏、店内のカウンターに鎮座。魚などの煮物がタッパに。類氏は焼酎お湯割りをおかわり、そして、恒例の御常連と乾杯。手羽先の煮物は箸でほぐせるほど柔らかいようだ。そして、女将が北海道出身ということもあり、直送の鱈のアラの粕汁をいただく。魂から暖まるそうだ。
次のお酒は、御常連からの差し入れ、濁り酒。肴はニシンの煮付け、北海道出身の女将の味とのこと。類氏、今日は酒が進んで、次は日本酒をぬる燗で。銘柄は「浅草無双」、地元の酒のようだ。
浅草で呑むときは、だいたい、すしや横丁界隈を散策する。屋台の通りに参戦してみるのも、いいかもしれない。
昨日、市の慰霊祭が行われた。東日本大震災、多くの尊い命が奪われた。改めて、合掌。
2年前、小生は、電車で東京に向かっており、茨城県小美玉市で被災。その日は小美玉市の小学校体育館で避難所生活を送った。小美玉市のご配慮で、日立までバスを出してもらい、その後、いわき方面の何人かでタクシーに相乗りして戻ってきた。避難所ではラジオの音が響き、地震・津波の情報よりも原発情報のほうが気になった、というか、不安になった。タクシーに乗り込んだとき、車内にテレビがあり、運転手さんに原発情報を聞くと、爆発したみたいだよ、とのこと。まさか、という思いをしたことを記憶している。
それから2年、いろいろあったが、一応、通常の生活に戻っている。
ということで、ありったけの小銭かき集め、今日もこんなに呑んじゃった。呑兵衛たちの月9、類氏は今日も旨そうに呑んでいる。
今日は、浅草、マイ・ホームグランドである。
類氏は、水辺ラインに乗船、天候不順で景色見えず。その後、手作り人力車の工房へ。この工房、元々、人力車を牽いていた社長が、牽き手の目線で人力車を設計・製作している。持ち手や素材をアルミにするなど、工夫を凝らしている。
薄暗くなり、屋台風のお店「正ちゃん」へ。類氏の馴染みのようだ。まずは、テントで立ち呑み、黒霧島のお湯割りをいただく。このお店、牛もつの煮込みが名物とのこと。醤油とザラメで煮込んでいる。注文すると、牛もつ煮込みに豆腐が半丁、旨そうだ。
店周りのロケーション、隣にあるホテルはリッチモンドホテル浅草、よく宿泊するところだった。このお店、通過していたのかもしれない。
寒くなってきたのか、類氏、店内のカウンターに鎮座。魚などの煮物がタッパに。類氏は焼酎お湯割りをおかわり、そして、恒例の御常連と乾杯。手羽先の煮物は箸でほぐせるほど柔らかいようだ。そして、女将が北海道出身ということもあり、直送の鱈のアラの粕汁をいただく。魂から暖まるそうだ。
次のお酒は、御常連からの差し入れ、濁り酒。肴はニシンの煮付け、北海道出身の女将の味とのこと。類氏、今日は酒が進んで、次は日本酒をぬる燗で。銘柄は「浅草無双」、地元の酒のようだ。
浅草で呑むときは、だいたい、すしや横丁界隈を散策する。屋台の通りに参戦してみるのも、いいかもしれない。
昨日、市の慰霊祭が行われた。東日本大震災、多くの尊い命が奪われた。改めて、合掌。