団塊の世代の世間話

60年を生きてきた思いを綴った「ゼロマイナス1 団塊の世代の世間話」を上梓し、その延長でブログを発信。

小便の行方

2012-11-05 13:12:25 | Weblog
「また、やったわね」
 とトイレのほうから女房の罵声が聞こえた。なんだろう、と思って行ってみると、女房がトレイの中でしゃがんで掃除をしている。
「どうして、こうなるの」と、こちらの顔を見て不思議そうに言った。
「さあな」と頭を掻き掻き部屋に戻った。
 齢をとると、深夜にも尿意をもよおしてトイレに行く。大抵は夢うつつの中、、ぼんやりした頭で放尿に及ぶ。
 その時、尿の筋がまっすぐに飛ぶとは限らない。不幸にも、最初の飛沫は便器の外に飛んでしまうことがある。慌てて軌道修正しても、すでに遅い。
 ということで、便器の外の床を汚してしまうことになる。
 もうひとつの不幸は、誰にでもあるわけではないが、尿の筋がふたつにわかれることがままある。三つというのはまだない。
 私の名誉のためにいうと、決して皮かむりではない。オチンチンの先端の尿道口がなにかの事情でひっついていることがある。
 そんな自覚があるわけではないから、放尿してはじめて二筋になっていることに気づく。一方を便器の中に飛ばすと、他方は便器の外に飛び出る。
 両方を便器の中に飛ばすのは、ちょっと無理で、慌てて腰を沈めるも、すでに遅い。
 やはり床を汚してしまう結果になる。男とは面倒なものなのである。尿の勢いが齢とともに、すでに弱っており、それも原因なのであろう。
 以上の事情を、多くの女性は知らない。説明してもピンとは来ない。わが家は子どもがいないから、特に女房には男のそういう生理が理解できないのであろう。
 最近は、男でも西洋便器に座って小便をするという。確かに女性よりは汚す機会が多くなるものではあるが、そんな沽券に関わることができようか、と思う。
 ただ自らが汚したものは、自らが始末しなければならないのが道理なのだが、そこまでは女房殿が要求しないからホッとしているが、このまま齢を重ね、いつまで堪忍袋の緒が無事でいられるかという保証はない。
 さて、どうしたものか、とまた寝る前に考えている。
  
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