眠れない。眠りたくない。眠ると嫌な夢をみる。
魔女が慶に鎌を振り下ろす夢。
止めようとしても止められない。
そして、振り下ろされる瞬間、おれは気がつく。
その魔女は、おれ自身だということに。
**
「おれ……慶のこと殺しちゃうかもしれない」
「………」
顔を見られたくなくて、テーブルに額をつけた状態で話し続けるおれに、あかねが心配そうな声をかけてくれる。
「慶君としばらく離れて暮らすことは……」
「考えられない。そんなこと耐えられない」
「……厄介ね」
ふむ、とあかねは肯くと、
「一番危険なのは、慶君が寝てる時、よね? だったらあんたが先に寝るしかないわね」
「た……確かに」
あかねの答えはいつでも的確だ。感情論を挟まず具体的にできることを言ってくれる。
「今日、病院行くんでしょ? 睡眠導入剤もらえないか聞いてみたら?」
「うん………」
病院も憂鬱だ。日本を離れる前に自分の中を占めていた<醜い独占欲ゆえの殺意>が復活してしまったのは、病院で話をしているせいだと思えてならない……。
「まあ、こういう治療は時間かかるっていうし……焦らないで、ね」
「うん………」
あかねの言葉になんとか肯く。
この数日、なるべく慶と接しないように暮らしてきた。だから土日は困ってしまう。
(今日の夜は何を言い訳に出かけようか……)
と、朝から考えていたけれど、仕事に行っている慶から電話があって、状況が変わった。
慶、具合が悪いらしい。慌てて車で迎えにいき、帰宅後、すぐにソファに座らせた。
「何か食べる? もう寝る? お風呂入る?」
「………」
車の中でもずっと黙っていた慶。つらいのか、ずっと眉間にしわが寄っていた。今もムッとした顔をしている。
「寒くない? 大丈夫? 何か欲しい物ある?」
「……ある」
慶がぼそっという。
「なに? ひざ掛け? あ、何か飲み物?」
「…………」
「ん? なに? ちょ……っ」
いきなり、腕を掴まれ引っ張られ、悲鳴じみた声をあげてしまった。
「慶……っ」
「お前が、欲しい」
「………っ」
両手を掴まれソファーに押し倒される。
いつもながら、なんでこの人、この容姿のくせにこんなに力強いんだっ。タッパはおれの方があるのに、押さえつけられると身動きが取れなくなる。
「慶、ちょっと待ってって」
「待たねーよ。あと10日でセックスレス確定になっちまう」
「セックスレスってっ」
何の話!?
「慶、具合悪いんじゃなかったの?!」
「悪い。浩介欠乏症」
「なにそれ……っ」
慶はいたって真面目な顔をしている。けど、言ってることもやってることもおかしい!
「ちょっと、慶、ふざけないで……」
「ふざけてねえよ」
首元に下りてくる唇に、ビクッと反応してしまう。
「ふざけてんのはお前の方だろ。なんでおれのこと避けてんだよ?」
「避けてなんか……っ」
いや、避けてるんだけど、でもそれは……っ
「やらせろよ。たまってんだよ」
「だから……っ」
押しのけようと、慶の白い腕をぐっと押し返した……が。
「あ………」
息を飲んだ。まただ……また……
「なんだよ?」
「だって、また……」
おれの触れた部分が黒くなっていく。ほら、まただ。おれは慶を穢してしまう……。
「黒い染みってやつか? 気になるんだったら目つぶっとけ」
「そういう問題じゃなくてっ」
泣きたくなってくる。
「おれのせいで慶が穢れる……っ」
「どうでもいい。そんなこと」
おそろしく魅惑的な瞳。慶を受け入れてしまいたい気持ちと、それはだめだという気持ちがせめぎあう。
「浩介……」
「…………っ」
優しい優しいキス……。
一瞬我を忘れた。けれど、すぐに思いだす。
ダメだ。ダメだ。おれは慶を傷つけてしまう。
「慶、やめて。本当に」
「やめない」
「慶……っ」
カチャカチャとベルトを外す音……。ああ、ダメだ。理性が飛んだら、おれは……おれはっ。
「やめてってばっ」
渾身の力で慶を引き剥がす。
「だからなんなんだよお前はっ」
慶、本気で怒ってる。でも、引き下がれない。
「おれ、何するか分かんないからっ」
「はあ?」
おれの叫びに慶があきれたように言う。
「お前何言って……」
「おれ、慶を傷つけてしまう」
「だからそれは」
「だって………っ」
言いたくない。でも言わないといけない。
「おれ慶を……慶を、殺しちゃうかもしれないから……っ」
「……………」
ふっと慶の力が抜けた。その隙に慶の腕の中から抜け出す。
「殺す……?」
眉を寄せた慶。呆れられただろうか。嫌われただろうか……。
でも、慶を納得させるためにはもうウソはつけない。
「ごめん。慶。おれ、頭おかしいんだよ。慶が欲しくて殺してしまいたくなるときがある……っ」
「…………」
「だから、近づかないで。おれ、慶を殺したくない」
「…………」
ふっと立ち上がった慶……。静かに、本当に静かにおれを見下ろしている……。
慶、慶………
もうそばにはいられない……。大好きなのに。離れたくないのに……っ。
「……浩介」
「…………」
長い長い沈黙のあと、慶が静かに口をひらいた。
「いいぞ?」
「…………え?」
慶の穏やかな瞳……。
口元には笑みが浮かんでいる。
「いいぞって……?」
「だから、いいって言ってんだよ」
「え?」
「おれ、お前になら殺されてもいいぞ?」
「……………」
慶………静かな慈愛にみちた微笑み………。
天使だ……本物の天使だ……
でも、そんな………慶、そんなこと……
「慶……」
立っている慶に向かって手を伸ばしかけた、その時。
「なんてな」
「え」
慶が腕組みをして首をコキコキと鳴らした。……え?
「んなこと、おれが言うわけねえだろ」
「え」
慶の目がいつもの戦闘モードに切り替わった。……慶?
「誰が殺されんだよ。ばーか。殺せるもんなら殺してみろってんだ。ぜったい負けねえぞ、おれ」
「け、慶? ちょ……っ痛っ」
胸のあたりを思いっきり蹴られ、倒れこんでしまう。
「おれは殺されねえ。お前を殺人犯にもしねえ」
「慶、だって」
「だってもくそもねえよ」
慶が馬乗りになってくる。
「おれはお前のもんだって何回言わせれば気がすむんだよ。忘れちまうのか? お前偏差値高いくせにホントバカだよな」
「慶」
「欲しくて殺したくなるって言ったな? だったら求めろよ。おれを」
「だって」
「求めろ。いくらでもこたえてやる」
ポツポツとおれのシャツのボタンが外されていく。
「だいたいお前、冷静に考えてみろよ。お前がおれにかなうわけねえだろ。休みの日いっつもうちでゴロゴロ本読んでばっかいるくせによ」
「………でも」
「でもじゃねーよ。おれを倒したかったら、ちったあ鍛えろ」
「…………」
別に倒したいわけじゃないんだけど……。
「やっぱり、おれと同じスポーツジム入れよ。あそこプールもでかくていいぞ」
「おれ泳ぐのは……」
「じゃあ、ジジババと一緒に水の中歩くか」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。さっきまでのシリアスな話の流れはどこに行ったんだ。
「健康にいいんだよ。水中ウォーキング。おれは常々お前の運動不足が気になってる」
慶は真面目な顔をしておれのシャツの前をはだけさせた。
「おれはお前に殺されはしないけど、お前が死んだらおれも死ぬ自信はある」
「なにを……」
何を言って……。
「だって、お前いなかったらおれの食生活とんでもねえことになるぞ?」
「…………」
そっちの話ですか……。
「だからお前も長生きしてくれ」
「長生きって……」
「で、おれに尽くせ」
ゆっくりと慶の唇がおりてくる。
「おれのために生きろ」
「け………」
柔らかい感触。泣きたくなるほど愛おしい……
「おれ……いいの?」
「何が?」
下から見上げる慶の完璧な顔。美しい。天使のように美しい……。
「慶のそばにいて、本当にいいの?」
声が震える。ふさわしくないおれがそばにいて、本当にいいの?
でも心底呆れたように慶が言う。
「あほか」
慶がおれの腹の上にのったまま、自分のシャツのボタンを外しはじめる。
「おれがそばにいろって言ってんだよ。お前、今度おれから逃げ出したらどうなるかわかってんだろうな」
「え」
「12年前、お前勝手にいなくなっただろ」
「…………」
勝手、ではない。一応前日に言った。
なんて口答えができる雰囲気ではない。慶、眉間にしわがよっている。
「12年前は3年も待ってやったけど、今度はそんなことしねえからな」
「…………」
「地の底までだって追いかけてつかまえてやる」
シャツを脱いだ慶。完璧に整ったしなやかな肢体……。
「離れるなんて許さない。お前は一生おれのそばにいろ」
「…………っ」
息を飲む。
「慶………」
「あ?」
「………………羽が」
バサリ、と慶の背中から大きな大きな包み込むような羽が……
「白い………羽が」
「…………」
前みたいな黒い羽ではなく、明るく美しく輝く白い大きな羽が……。
慶の優しい手がおれの頬を包み込む。
「天使、なんだろ?」
「え………」
慶の瞳におれの姿が写りこむ。それは醜悪なものではなく、ただの普通の、一人の男。
「天使だったら羽生えてるなんて当然だろ?」
「慶……」
恐る恐るその白皙に触れてみる。
「………白い」
さっきみたいに黒くなったりしない。白く美しい肌のまま……。
「白い白い言うな。日焼けできねえ体質なんだからしょうがねえだろ。焼いても赤くなってすぐ白く戻っちまうんだから」
慶がムッとしている。ふと思い出す。
「そうだね………前に海に行って大変だったことあるよね」
「あったあった。あれは痛かった。全身赤くなって」
「うん。シャワーの水でずっと冷やしたよね」
「あれ、大学の時か?」
「うん。伊豆に旅行に行った時だよ」
「あーそうだそうだ。あそこの露天風呂、蚊がすっげえいて大変だったよなー」
「そうだよ! せっかく貸し切りでいい感じだったのにさー」
二人で笑いだしてしまう。
慶。おれの天使。ずっと一緒にいた。
「また行こうな。旅行」
「うん」
これからも、一緒にいる。
「じゃ、とりあえずやるか」
「もー慶はホントにムードってものを知らないんだから……」
「ムード? んなもんあっても、やることは同じだろ」
「そうだけど………、ん」
重ねる唇。重なる体。一つになる。
気がつくと、慶の羽は消えていて……
おれがどんなに慶の体中に口づけても、もう黒い染みができたりすることはなくて……
「ずっとおれのそばにいろ」
耳元で繰り返された慶の呪文みたいな言葉が頭の中で回っている。
「ずっと……」
ずっと、そばにいる。何があっても、一緒にいる。
--------------------------
完
……って感じですけど、何も終わってません^^;
まだ続きます。はい。
(この翌日、浩介はスポーツクラブに入会させられます。その話書きました。→「風のゆくえには~愛のしるし」です。砂はいてるだけですが)
魔女の鎌の話は、「風のゆくえには~自由への道5-6」からきています。
魔女っていうのはお母さんのことです。
お母さんと和解……できるのかなあ。なんか心配になってきました。
慶とのギクシャク解消は次回に持ち越すくらい時間かかると思ってたのに、あっさりしちゃうし。
この人達、書きはじめると勝手に動きだしてしまうので、楽といえば楽だし困るといえば困ります。
慶はやっぱり男らしかった。うん。そうなのよね。あの慶が、このギクシャクを放置しているわけないものね……。
-----------
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「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「あいじょうのかたち」目次 → こちら
魔女が慶に鎌を振り下ろす夢。
止めようとしても止められない。
そして、振り下ろされる瞬間、おれは気がつく。
その魔女は、おれ自身だということに。
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「おれ……慶のこと殺しちゃうかもしれない」
「………」
顔を見られたくなくて、テーブルに額をつけた状態で話し続けるおれに、あかねが心配そうな声をかけてくれる。
「慶君としばらく離れて暮らすことは……」
「考えられない。そんなこと耐えられない」
「……厄介ね」
ふむ、とあかねは肯くと、
「一番危険なのは、慶君が寝てる時、よね? だったらあんたが先に寝るしかないわね」
「た……確かに」
あかねの答えはいつでも的確だ。感情論を挟まず具体的にできることを言ってくれる。
「今日、病院行くんでしょ? 睡眠導入剤もらえないか聞いてみたら?」
「うん………」
病院も憂鬱だ。日本を離れる前に自分の中を占めていた<醜い独占欲ゆえの殺意>が復活してしまったのは、病院で話をしているせいだと思えてならない……。
「まあ、こういう治療は時間かかるっていうし……焦らないで、ね」
「うん………」
あかねの言葉になんとか肯く。
この数日、なるべく慶と接しないように暮らしてきた。だから土日は困ってしまう。
(今日の夜は何を言い訳に出かけようか……)
と、朝から考えていたけれど、仕事に行っている慶から電話があって、状況が変わった。
慶、具合が悪いらしい。慌てて車で迎えにいき、帰宅後、すぐにソファに座らせた。
「何か食べる? もう寝る? お風呂入る?」
「………」
車の中でもずっと黙っていた慶。つらいのか、ずっと眉間にしわが寄っていた。今もムッとした顔をしている。
「寒くない? 大丈夫? 何か欲しい物ある?」
「……ある」
慶がぼそっという。
「なに? ひざ掛け? あ、何か飲み物?」
「…………」
「ん? なに? ちょ……っ」
いきなり、腕を掴まれ引っ張られ、悲鳴じみた声をあげてしまった。
「慶……っ」
「お前が、欲しい」
「………っ」
両手を掴まれソファーに押し倒される。
いつもながら、なんでこの人、この容姿のくせにこんなに力強いんだっ。タッパはおれの方があるのに、押さえつけられると身動きが取れなくなる。
「慶、ちょっと待ってって」
「待たねーよ。あと10日でセックスレス確定になっちまう」
「セックスレスってっ」
何の話!?
「慶、具合悪いんじゃなかったの?!」
「悪い。浩介欠乏症」
「なにそれ……っ」
慶はいたって真面目な顔をしている。けど、言ってることもやってることもおかしい!
「ちょっと、慶、ふざけないで……」
「ふざけてねえよ」
首元に下りてくる唇に、ビクッと反応してしまう。
「ふざけてんのはお前の方だろ。なんでおれのこと避けてんだよ?」
「避けてなんか……っ」
いや、避けてるんだけど、でもそれは……っ
「やらせろよ。たまってんだよ」
「だから……っ」
押しのけようと、慶の白い腕をぐっと押し返した……が。
「あ………」
息を飲んだ。まただ……また……
「なんだよ?」
「だって、また……」
おれの触れた部分が黒くなっていく。ほら、まただ。おれは慶を穢してしまう……。
「黒い染みってやつか? 気になるんだったら目つぶっとけ」
「そういう問題じゃなくてっ」
泣きたくなってくる。
「おれのせいで慶が穢れる……っ」
「どうでもいい。そんなこと」
おそろしく魅惑的な瞳。慶を受け入れてしまいたい気持ちと、それはだめだという気持ちがせめぎあう。
「浩介……」
「…………っ」
優しい優しいキス……。
一瞬我を忘れた。けれど、すぐに思いだす。
ダメだ。ダメだ。おれは慶を傷つけてしまう。
「慶、やめて。本当に」
「やめない」
「慶……っ」
カチャカチャとベルトを外す音……。ああ、ダメだ。理性が飛んだら、おれは……おれはっ。
「やめてってばっ」
渾身の力で慶を引き剥がす。
「だからなんなんだよお前はっ」
慶、本気で怒ってる。でも、引き下がれない。
「おれ、何するか分かんないからっ」
「はあ?」
おれの叫びに慶があきれたように言う。
「お前何言って……」
「おれ、慶を傷つけてしまう」
「だからそれは」
「だって………っ」
言いたくない。でも言わないといけない。
「おれ慶を……慶を、殺しちゃうかもしれないから……っ」
「……………」
ふっと慶の力が抜けた。その隙に慶の腕の中から抜け出す。
「殺す……?」
眉を寄せた慶。呆れられただろうか。嫌われただろうか……。
でも、慶を納得させるためにはもうウソはつけない。
「ごめん。慶。おれ、頭おかしいんだよ。慶が欲しくて殺してしまいたくなるときがある……っ」
「…………」
「だから、近づかないで。おれ、慶を殺したくない」
「…………」
ふっと立ち上がった慶……。静かに、本当に静かにおれを見下ろしている……。
慶、慶………
もうそばにはいられない……。大好きなのに。離れたくないのに……っ。
「……浩介」
「…………」
長い長い沈黙のあと、慶が静かに口をひらいた。
「いいぞ?」
「…………え?」
慶の穏やかな瞳……。
口元には笑みが浮かんでいる。
「いいぞって……?」
「だから、いいって言ってんだよ」
「え?」
「おれ、お前になら殺されてもいいぞ?」
「……………」
慶………静かな慈愛にみちた微笑み………。
天使だ……本物の天使だ……
でも、そんな………慶、そんなこと……
「慶……」
立っている慶に向かって手を伸ばしかけた、その時。
「なんてな」
「え」
慶が腕組みをして首をコキコキと鳴らした。……え?
「んなこと、おれが言うわけねえだろ」
「え」
慶の目がいつもの戦闘モードに切り替わった。……慶?
「誰が殺されんだよ。ばーか。殺せるもんなら殺してみろってんだ。ぜったい負けねえぞ、おれ」
「け、慶? ちょ……っ痛っ」
胸のあたりを思いっきり蹴られ、倒れこんでしまう。
「おれは殺されねえ。お前を殺人犯にもしねえ」
「慶、だって」
「だってもくそもねえよ」
慶が馬乗りになってくる。
「おれはお前のもんだって何回言わせれば気がすむんだよ。忘れちまうのか? お前偏差値高いくせにホントバカだよな」
「慶」
「欲しくて殺したくなるって言ったな? だったら求めろよ。おれを」
「だって」
「求めろ。いくらでもこたえてやる」
ポツポツとおれのシャツのボタンが外されていく。
「だいたいお前、冷静に考えてみろよ。お前がおれにかなうわけねえだろ。休みの日いっつもうちでゴロゴロ本読んでばっかいるくせによ」
「………でも」
「でもじゃねーよ。おれを倒したかったら、ちったあ鍛えろ」
「…………」
別に倒したいわけじゃないんだけど……。
「やっぱり、おれと同じスポーツジム入れよ。あそこプールもでかくていいぞ」
「おれ泳ぐのは……」
「じゃあ、ジジババと一緒に水の中歩くか」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。さっきまでのシリアスな話の流れはどこに行ったんだ。
「健康にいいんだよ。水中ウォーキング。おれは常々お前の運動不足が気になってる」
慶は真面目な顔をしておれのシャツの前をはだけさせた。
「おれはお前に殺されはしないけど、お前が死んだらおれも死ぬ自信はある」
「なにを……」
何を言って……。
「だって、お前いなかったらおれの食生活とんでもねえことになるぞ?」
「…………」
そっちの話ですか……。
「だからお前も長生きしてくれ」
「長生きって……」
「で、おれに尽くせ」
ゆっくりと慶の唇がおりてくる。
「おれのために生きろ」
「け………」
柔らかい感触。泣きたくなるほど愛おしい……
「おれ……いいの?」
「何が?」
下から見上げる慶の完璧な顔。美しい。天使のように美しい……。
「慶のそばにいて、本当にいいの?」
声が震える。ふさわしくないおれがそばにいて、本当にいいの?
でも心底呆れたように慶が言う。
「あほか」
慶がおれの腹の上にのったまま、自分のシャツのボタンを外しはじめる。
「おれがそばにいろって言ってんだよ。お前、今度おれから逃げ出したらどうなるかわかってんだろうな」
「え」
「12年前、お前勝手にいなくなっただろ」
「…………」
勝手、ではない。一応前日に言った。
なんて口答えができる雰囲気ではない。慶、眉間にしわがよっている。
「12年前は3年も待ってやったけど、今度はそんなことしねえからな」
「…………」
「地の底までだって追いかけてつかまえてやる」
シャツを脱いだ慶。完璧に整ったしなやかな肢体……。
「離れるなんて許さない。お前は一生おれのそばにいろ」
「…………っ」
息を飲む。
「慶………」
「あ?」
「………………羽が」
バサリ、と慶の背中から大きな大きな包み込むような羽が……
「白い………羽が」
「…………」
前みたいな黒い羽ではなく、明るく美しく輝く白い大きな羽が……。
慶の優しい手がおれの頬を包み込む。
「天使、なんだろ?」
「え………」
慶の瞳におれの姿が写りこむ。それは醜悪なものではなく、ただの普通の、一人の男。
「天使だったら羽生えてるなんて当然だろ?」
「慶……」
恐る恐るその白皙に触れてみる。
「………白い」
さっきみたいに黒くなったりしない。白く美しい肌のまま……。
「白い白い言うな。日焼けできねえ体質なんだからしょうがねえだろ。焼いても赤くなってすぐ白く戻っちまうんだから」
慶がムッとしている。ふと思い出す。
「そうだね………前に海に行って大変だったことあるよね」
「あったあった。あれは痛かった。全身赤くなって」
「うん。シャワーの水でずっと冷やしたよね」
「あれ、大学の時か?」
「うん。伊豆に旅行に行った時だよ」
「あーそうだそうだ。あそこの露天風呂、蚊がすっげえいて大変だったよなー」
「そうだよ! せっかく貸し切りでいい感じだったのにさー」
二人で笑いだしてしまう。
慶。おれの天使。ずっと一緒にいた。
「また行こうな。旅行」
「うん」
これからも、一緒にいる。
「じゃ、とりあえずやるか」
「もー慶はホントにムードってものを知らないんだから……」
「ムード? んなもんあっても、やることは同じだろ」
「そうだけど………、ん」
重ねる唇。重なる体。一つになる。
気がつくと、慶の羽は消えていて……
おれがどんなに慶の体中に口づけても、もう黒い染みができたりすることはなくて……
「ずっとおれのそばにいろ」
耳元で繰り返された慶の呪文みたいな言葉が頭の中で回っている。
「ずっと……」
ずっと、そばにいる。何があっても、一緒にいる。
--------------------------
完
……って感じですけど、何も終わってません^^;
まだ続きます。はい。
(この翌日、浩介はスポーツクラブに入会させられます。その話書きました。→「風のゆくえには~愛のしるし」です。砂はいてるだけですが)
魔女の鎌の話は、「風のゆくえには~自由への道5-6」からきています。
魔女っていうのはお母さんのことです。
お母さんと和解……できるのかなあ。なんか心配になってきました。
慶とのギクシャク解消は次回に持ち越すくらい時間かかると思ってたのに、あっさりしちゃうし。
この人達、書きはじめると勝手に動きだしてしまうので、楽といえば楽だし困るといえば困ります。
慶はやっぱり男らしかった。うん。そうなのよね。あの慶が、このギクシャクを放置しているわけないものね……。
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