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(BL小説)風のゆくえには~ 愛のしるし

2015年07月10日 17時06分19秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

~あいじょうのかたち15」の翌日の話。
砂はかせたかっただけで本編と関係ないので短編読切に振りわけます。


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 久しぶりに夢も見ずにぐっすり眠っていたのに、朝になって文字通り叩き起こされた。

「スポーツジム、入会しにいくぞっ」
「……………え」

 元気溌剌の慶様……。いつもながら、この人、なんで朝からこんな元気なんだ……。
 昨晩、結構遅くまで長時間してたよね……。おれ、やりすぎで足腰立たないんですけど……


 なんとか午前中は待ってもらって、昼食後一段落してから出発した。マンションから徒歩10分強のところにあるスポーツジム。筋トレが趣味(もはや趣味の域だと思う)の慶は、帰国して早々にあちこちのスポーツジムを見学して回って、結局マンションから一番近いここのジムに通うことにしたのは3ヶ月ちょっと前のこと。

 今回、入会の手続きをする上で、おれと同じく同性愛者である友人のあかねがよく愚痴っていることを実感した。それは「家族割り」というやつ。

 同居の2親等以内の親族が会員にいれば、入会金は半額。会費も少々安くなる、らしい。

 おれ達は当たり前だけど家族割りはきかない。今まで結婚について考えたことはなかったので、今回みたいにちょっと悔しいなあと感じたのは初めてのことだった。同じタイミングで入会希望をしてきた中年夫婦と施設案内を一緒に回ったから、余計にそんなことを思ったのかもしれない。
 慶は施設案内なんて聞く必要ないのに、なぜかプラプラとついてきて、その後のボディチェックもじーっとみてきたのでやりにくくてしょうがなかった。

 そんな中、しょっちゅう「渋谷さーん」と若い女の子から年配の男性まで、まさに老若男女問わず慶に手を振ってくる人がいるし、施設案内してくれたスタッフとも、ボディチェックをしてくれたトレーナーさんとも慶はやけに仲が良いし、軽く……というか、かなり嫉妬してしまった。あいかわらず心が狭いおれ……。


 新規入会の案内コースが終わると、慶が待ってましたとばかりに「プール行こーぜー」と言ってきた。早く泳ぎたかったらしい。
 ロッカーで水着に着替えていたところ、

「…………あ、やば」

 後ろにいた慶がつぶやいた。振り返ると、慶、ちょっと赤くなっている。

「何?」
「……おれ、爪伸びてるな。これ……」

 何だろうと鏡に映してみると、肩甲骨のあたりに赤く爪の後がついていた。そういえば、昨日、背中にしがみつかれた時に爪たてられたかも……。

「ごめん。ちょっと昨日ムキになってやりすぎた……」
「…………」

 確かに昨晩の慶は攻撃的というかなんというか……20日ぶりだったしね……。
 なんてこと思い出すと色々マズイ現象がおこるので、慌てて頭から映像を振り払う。

「これ確実に情事の後って感じだよな……」
「気にしすぎ。気にしすぎ」

 タオルで背中を覆ってプールに向かう。慶は妙に落ち込んでいる。

「これから気をつける……」
「気をつけなくていいよっ」

 思わず大きい声で言ってしまってから、慌てて声を落とす。

「気をつけなくて、いいから」
「いや、でも」
「だって、嬉しいし」
「………………………は?」

 眉を寄せた慶に、にーっこりと笑いかける。

「なんか、愛のしるしって感じがして、こういう跡って嬉しいんだよね~」
「…………………」

 呆気にとられた表情になった慶。
 蹴られるか、殴られるか、覚悟して身構えたけれど、どちらも飛んでこない。

「………慶?」
「………ばかじゃねーの」

 ぷいっと行ってしまった。あれ?いつもと反応が違う………。

「慶?」
「お前、ホント変態だよな」
「うん。自覚はあります」
「あほか」

 本当に嬉しい。嬉しいものなんだよ? 前にもつけてもらったことあるけど、慶はそんなこと覚えてないんだろうな。あれでおれがどれだけ救われたか……覚えてないだろうなあ。



 開放的なプールサイドに出たところで、またしても「渋谷さーん」と後ろから声をかけられた。50代くらいの女性が更衣室からこちらに向かって歩いてきている。慶ってばホント顔が広い……。

「斉藤さん、めずらしい。今来たんですか?」
「なんか今日、下混んでたから遅くなっちゃってね」

 斉藤さん、というサバサバした感じのおばさんは腕を伸ばしながら答えると、ふいにおれに視線をあてた。

「あれ、もしかして、渋谷さんのお友達?学校の先生してる人?」
「あ、はい」

 え、慶、おれのこと話してたんだ?
 慶は「そうそう」と肯くと、

「やっと連れてこられたんですよ。ほんといつもグータラしてて」
「グータラって」
「そのわりには、全然お肉ついてないじゃないの?」

 斉藤さん、無遠慮におれのからだをジロジロと見てる……。
 慶は肩をすくめると、

「こいつ、食が細いんですよ。食べないから太りようもない。食べないから体力がない」
「……………」

 いや、一応人並みの体力はある。体力無尽蔵の慶と一緒にしないでほしい……。

「じゃあ、運動してお腹空いたらたくさん食べなさいね。食べないと筋肉もつかないわ」
「は……はい」

 じゃあね、と斉藤さんは慶の横を通りすぎようとしたけれど、

「あら、やだ。渋谷さんてば」

 ぷっと斉藤さんが吹き出した。

「彼女みたいなのはいる、なんて適当なこと言ってたけど、ちゃんとやることやってるんじゃないのー」
「はい?」

 キョトン、としたおれ達。斉藤さんはおれに「ほら、みてみて」と慶の後ろ首筋を指さしてみせた。

「ほらこれ、キスマークよね?」
「!」

 やばい! 慶の顔が固まった。

「こんな本人にはバレないようなところにつけるなんて、結構独占欲の強い子なんじゃないのー? 気をつけなさいよー」

 あはははは、と笑って斉藤さんは行ってしまった。ば、爆弾だけ落として……。

「…………浩介」

 下を向いたままの慶………。
 ま、まずい……怒られる……。

「は、はい………」
「他にもあるだろ……」
「う………」

 ふいっと顔をあげた慶。その無表情、こ、こわい……。

「あとは……太腿の内側と、脇の下のあたりと、あと……」
「まだあんのか?!」
「わーごめんなさいー!!」

 せっかく今までバレてなかったのにー!!

「だってさ、だってさー」
「しるしをつけたかったから、か?」
「え」

 慶は、やれやれ、というように息をついた。

「そういうことだろ?」
「…………はい」

 そう。本当は慶の体中につけてやりたい。所有物のしるし。この人はおれのものだと。おれだけのものだと。
 慶はまた大きく息を吐くと、

「そういうことは目立たないところにしてくれ」
「………慶」

 いいの?
 聞きかえしたおれに、慶は言いにくそうに視線を天井に向けた。

「まあ……気持ちはわからないでもないから」
「え?!」
「その……背中」

 背中? 爪のあとのこと??

「昨日ちょっとこう……気持ちが盛り上がってるときに、そんな気分になったからさ。それでわざと爪たてたとこあったから」
「…………」

 うわあ。なにそれ。嬉しすぎる……
 それでさっき何か変だったんだ。蹴ってこないからどうしてだろうと思ったら、そういうことだったのか。

「慶………」
「ストップ」

 近づこうとしたのを手で制された。

「今、これ以上近づくな。諸々まずいことが起きる」
「諸々?」

 慶は真面目な顔をして言うと、

「おれは泳いでくる。お前、泳ぎたくないならウォーキングコース歩いてろ」
「え」

 慶、スタスタと行きかけたけれど、いきなりくるりと振り返り戻ってきた。そして真面目な顔をキープしたまま、

「あとでジャグジー一緒に入ろうな」
「え、う、うん」

 またスタスタと行ってしまった………。

「あれは………」
 相当照れてる。か、かわいい……。


 ウォーキングコースへ行ったら、斉藤さんが親切に歩き方のコツとかを教えてくれた。おせっかいだけど良い人みたいだ。
 歩いていると、慶が泳いでいるのがよく見えた。あいかわらず綺麗なホーム。見惚れてしまう。
 時折、慶がコースの端でゴーグルをつけ直すたびに、ウォーキングコースにいる若い女の子やおばさんたちがきゃあきゃあはしゃいだ声をあげた。あの顔であの体だもんな。そりゃ騒ぐ……、と。

 おもむろにプールサイドにあがった慶。どうしたんだろう? と思ったらこっちに向かってスタスタスタ……とやってきて、ウォーキングコースの横にしゃがみ込んだ。女の子たちやおばさんたちが、何?何?とざわざわしている中で、

「お前まだここいる? おれちょっと休憩する」
「あ……うん」

 女性陣の熱い眼差しの中、おれにだけ目を向けてくれる慶。ものすごい優越感。

「おれも行く」

 この人はおれのもの。誰にも渡さない。
 肩を抱き寄せたいところをぐっと我慢して横を並んで歩きだす。
 うなじの赤いキスマーク。愛のしるし。指でなぞりたいのもぐううっと我慢する。

「目立たないところってどこかなあ」
「あ?」

 水泳帽を取った慶。水も滴るイイ男、という言葉がバッチリ当てはまるイイ男っぷり。

「やっぱり太腿の内側……あとは、足の付け根……おへその下……」
「何を真面目に……」
「帰ったらつけさせてね」
「……………」

 蹴られるかな、と思いきや、またしても足は飛んでこなかった。
 それどころか、すっと背中の爪の跡をなでられた。ビクッと震えてしまう。

「おれにもつけさせろ。心配でしょうがねえ」
「心配?」
「あんな女ばっかの中で……」
「女?」

 振り返る慶の視線の先……ウォーキングコースのことか!

「何言ってんの。あそこにいる子たち、みんな慶のこと見て騒いでたのに」
「なんだそれ」

 き、気がついてないんだ……あんなあからさまな視線送られてるのに……。

「慶、鈍感すぎ」
「知らねえよ」

 ぷりぷり怒ってる慶。ホントにこの人は……

「じゃあ、帰ったらつけ合いっこしようね」
「…………」

 慶はギロッとこちらを見上げ……

「あと1キロ泳いだらな」
「い、いちキロ?!」

 つ、ついていけない……。おれは大人しく歩いていよう。慶の泳ぐ姿を堪能しながら。腕をかき上げた時に一瞬みえる脇のしたの愛のしるしを見ながら。
 でも、その前に。

「ジャグジー?」
「ああ。テラスのやつ、雨大丈夫かな……」

 ぶつぶつ言っている慶の後ろを大人しく歩いていく。実は後ろの腰にもつけた。水着で見え隠れしているしるし。そして歩くたびに見える内腿のしるし。たくさんの愛のしるし。

「行くぞ?」
「うん」

 愛のしるしをつけよう。体にも心にも。この人はおれのもの。おれはこの人のもの。



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慶と浩介の住んでるマンションの近くに素敵なスポーツジムがあるんですよ。
月会費ちょっと高めだけど、平日23時までやってるし、土日もやってるし。
慶は、基本的に日曜日と火曜日がお休みなんですが、休みの日はほとんどいってます。
平日も早く帰ってこられた日は、ご飯食べた後にフラ~っと泳ぎにいったりします。
この容姿なので、密かに『王子』と呼ばれてたりします。

今後は浩介も温泉気分でスパだけ入りにきたりします。いや、お前も運動しろ?って感じですが。

上記の話は、2015年4月5日(日)のお話でした。
これから数週間は平穏な日々が続きます。


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