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風のゆくえには~ あいじょうのかたち13(樹理亜視点)

2015年07月02日 10時18分45秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
今回、BL要素ないです。ごめんなさい。GL寄りです。

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 小さいころから、あたしの何もかもはママちゃんに決められていた。髪の毛の色も洋服も持ち物も学校もエッチをする相手も。
 だから、陶子さんに「自分の好きにしなさいな」って言われるたびに、途方にくれてしまう。

 陶子さんはクレオパトラみたいな感じの、いつでもテンション低めの大人の人。バーのママをしているけど、誰もママとは呼ばず、陶子さん、と呼ぶ。

 あたしのお店での仕事は、開店前と閉店後の掃除と、お皿洗いと、簡単な買い物、だけだった。お料理やお酒は陶子さんが全部作る。お客さんは女性だけ。今まで働いていたお店と違って、お客さんの相手をすることがまったくないから楽。

 お店は地下一階にあって、そのビルの6階に陶子さんのおうちがある。
 あたし以外にもう1人、ララって呼ばれてる女の子が一緒に住んでいる。ララはたぶん私と同じ歳くらいで、背の高さも私と同じくらいに低くて、なんだか暗い子。無口で話しているのをほとんど聞いたことがない。ものすごい綺麗好きで、毎日毎日おうちの中をピカピカにしている。出かけることも滅多にない。いつもどこかしらの掃除をしてる。

 あともう1人……1人というか一匹。白地にオレンジと黒の三毛猫がいる。この子はミミ。ララはミミが怖いらしい。それなので、このうちでのあたしの仕事は、ミミのお世話をすること。それだけ。

 ママちゃんと本格的に離れて暮らすのは初めてのことだけど、予想に反して全然寂しくなかった。ずっと着てたお気に入りだけどすごく重いコートを、ようやく脱いだような、そんな身軽ささえ感じていた。


**

「陶子さーん、その子誰? 小さくてかわいー。一緒に飲もうよー」
「え」

 お皿を拭いていたら、カウンターの向こうから声をかけられた。かわいい、だって。背の高い男の人みたいな女の人。結構カッコいい。

「ああ、ダメダメ」

 でも、陶子さんが毎度同じく手を振る。

「この子まだ19」
「じゃあ、ノンアルコールでも」 
「それに」

 ちっちっちって感じに陶子さんが指を揺らす。

「この子、姫からの預かりものだから」
「え、何それ」

 途端に、カッコいい彼女の顔がこわばる。

「姫のお手つき?」
「そういうわけじゃないみたいだけどね。でも手を出すなってさ」
「えー……それじゃあしょうがないなあ」

 肩をすくめ、彼女は行ってしまった。
 また言われた「姫からの預かりもの」。それを言われた人はみんな、納得したり、嫉妬の目で睨んできたり、色々だけどそれ以上何か言ってくる人は皆無だった。
 姫っていうのは、どうやら、浩介先生のお友達で、ここを紹介してくれた人らしいんだけど、あたしはまだ会ったことがない。
 みんなに一目置かれているらしい『姫』。会ってみたい。どんな人なんだろう。

**

 働きはじめて2週間くらいたった月曜日の夜。

 入口あたりがわらわらわらっといつもと違う雰囲気にざわめいた。なんなんだろう、と思ったら、女の子たちに囲まれながら、長身の女性がこちらに向かって歩いてきた。スポットライトでも浴びてるかのように、彼女だけ光輝いている。人目を惹きつけるものすごいオーラ。

 そのオーラにも驚いたけど、それよりも何よりも、見たことある顔なことに驚いた。

「渋谷先生の……奥さん」

 思わずつぶやく。この顔見間違えるはずがない。以前渋谷先生の後を付けていった時に、牛乳が入った買い物袋を渋谷先生に渡した女だ。

「こんばんは」
 あたしの心の中のぐるぐるなんかお構いなしに、その女は、おそろしく魅力的な顔でニッコリと笑いかけてきた。

「どう? 仕事大変じゃない?」
「………ぜんぜん。ぜんぜんぜんぜん」

 この人が姫! そうか。浩介先生の友達の渋谷先生の奥さんだから、浩介先生とも友達なわけだ。

「ねー姫様ー、その子、姫様のなんなのー?」
 まわりにいる可愛い女の子の一人が、ぷうっとした顔をして『姫』に詰め寄ると、『姫』はまたあのみんなを魅了する微笑みを浮かべて、

「私の友達の教え子なの。今日も様子見てきてって頼まれたから来たんだけど……」
「え、そうなの!」

 女の子達がきゃあっと言う。

「じゃあ、この子のおかげで姫様きてくれたってこと?!」
「そうなんだ! わー彼女、絶対バイト続けてね!」
「最近、全然姫様きてくれないんだもんねー」

 あたしをおいて、みんなで盛り上がっている。

(…………)

 ふっと、きた。いつものあれだ。スクリーンが現れて、まわりの声が遠くになっていく。
 あたし、今、どこにいるんだろう。地面に足がついてない感じ……。

「姫、何飲む?」
「んー、おまかせー」

 ひらひら手を振りながら、ボックス席の方に向かう『姫』。
 なんなんだろう。この人。磁石みたいに、みんなを引き寄せる。これをカリスマ性っていうのかな。

 この日は平日だというのに『姫』を中心にして店中大賑わいだった。『姫』は別に何か面白い話をするわけでもなく、ニコニコと肯いていることの方が多いのに、なぜかまわりの人みんながみんな笑顔になっている。他の店にいた人にも情報が回ったらしく、お客さんの数もいつもよりもずいぶん多かった。

 映画を見ているような感覚のまま、閉店時間になった。『姫』は閉店の少し前に「頑張ってね」と言って帰って行った。旦那さんいるのにこんなに遅くまで飲んでるなんて、なんて嫁だ。

 何だかふわふわした気持ちのまま掃除もたいしてやらずに、早々に6階の部屋に戻ったのだけれど、

「…………あれ」
 珍しく、食べ終わった食器がテーブルに出しっぱなしになっていることに気がついて、首を傾げた。

「ララ……?」
 ララの部屋をのぞいたけれど、いない。珍しい。

 そういえば、先に帰った陶子さんはどうしたんだろう? いつもなら帰宅後はリビングで本を読んだりしているのに……

 不思議に思って、一番奥の奥にある陶子さんの部屋の前まで行き、

「!」

 ノックをする手を寸前でとめた。息を飲む。この声。この声は……。

 そおっと回れ右をする。足音を立てずになんとか台所までもどり、ようやくホーッと息をついた。

「び、びっくりした……」

 あの声。ララの声だった。ララの……喘ぎ声、だ。

 そうなのかな……とは思っていたけれど……。陶子さんとララはそういう関係だったんだ。

 そうか。本当はまだあたし、店のそうじしてるはずだもんね……。

「あたし……お邪魔虫じゃん」
 なんで私を住み込みで働かせてくれてるんだろう? あたしがいなければやりたいときにやれるのに。

「………関係ないか」
 考えてみたら、うちのママちゃんだって、あたしの小さい頃から男の人つれこんで、よくやってた。あたしがいてもいなくても関係なく。
 あたしもママちゃんが連れてきた人と、ママちゃんが目の前にいたってママちゃんにいわれればしてた。

 こんなの慣れっこだ。陶子さんたちもあたしなんか気にせずいつでもやればいいのに。あとでそう言ってあげよう。


「………まだ直んないなあ」

 目の前のスクリーンを叩いてみる。まだある。しつこいこのスクリーン。
 台所の包丁が目に入る。よく切れそう……。
 あれで手首切ったら、いつものカッターと違ってスパッといけそう。手も取れそう。ポロッと取れたらスッキリしそう……。

「…………」
 冷たくキラキラ光った包丁を手首につけてみる。……気持ちいい。

 切ってみようかな、と包丁を持ち直した時だった。
 ふと、渋谷先生の声が脳内によみがえってきた。

『切りたくなったりしたら絶対に連絡して』

 ……自分はあんな美人嫁がいるくせに。幸せなくせに。

 もう一度、包丁を持ち直す。そして、手首にあてる。ちょっとだけ引くと、すうっと薄く赤い線ができた。……綺麗。

『浩介にとって大切な生徒なら、おれにとっても大切な生徒になるから』
「…………」

 渋谷先生の声が頭から離れない。
 もう……うるさいなあ。

 でも、渋谷先生に電話するのはなんだか癪にさわるから、浩介先生に電話してみた。
 今、夜中の2時半。寝てるかな……。と思ったのに、3コールめで、

『はい』

 出た! 宵っ張りだなー。明日仕事なのに。

「こーすけせんせー?」
『ああ、ごめんね』

 あれ? この声……

『渋谷です。浩介、今寝てて……』
「うそ!」

 な、なんで渋谷先生が!!

『おれじゃまずい? 浩介じゃなくちゃダメなら起こすよ?』
「ううん!」

 っていうか、渋谷先生の方が嬉しいし!

「渋谷先生、なんで浩介先生と一緒にいるのー? あ、そうか。今日、奥さん飲みに行っちゃったから、浩介先生のとこお泊りにきたのー?」
『あー……』

 あーとかうーとか渋谷先生は言うと、

『で、どうしたの? 目黒さん』
「んー渋谷先生の奥さんがお店にきてー」
『うん』
「でースクリーンがずっとなくならなくてー」
『うん』
「でー切っちゃいたくなったんだけどー」
『うん』
「先生が切る前に電話してって言ってたの思い出して、電話したの」
『そっか』

 ほっと渋谷先生が息をついた。

『良かった』
「良かった?」
『うん。良かった』
「ふーん……」

 なんだかよくわからない。わからないけどなんだか嬉しい。

『で、スクリーンは? まだある?』
「んー、あれ?」

 ニャーと足元に寄ってきたミミ。……ちゃんといる。触れる。温かい。

「なくなったー」
『そっか』

 渋谷先生がまたホッとしたように息をついてから、

『猫がいるの?』
「うん。ミミっていうのー。かわいいよー」

 ニャーニャー言い続けるミミ。お腹空いたのかな。

「ミミがお腹空いたっていうから切るねー」
『うん。おやすみ』

 おやすみ、だって。うふふ。恋人みたい。

「おやすみなさーい」

 電話を切ってからよいしょっと、ミミを抱いて立ち上がる。
 と、そこへ……

 玄関がガチャガチャガチャと開く音がしてきた。

「……え。誰?」

 陶子さんとララは陶子さんの部屋でよろしくやってるはず。他に鍵を持ってる人なんて……。

 ミミをぎゅーっと抱きしめて、玄関をにらんでいたら……

「と、陶子さん?!」

 黒髪おかっぱの陶子さんがふらりと入ってきた。

 え、なんでなんで?! ララと一緒に部屋にいるはずなのにっ。

「ミミのキャットフード、ストック切れてたから」
「え」
「とりあえず一回分だけ買ってきたわ」

 コンビニの袋をあげてみせてくれる陶子さん。

「起きたらいつものスーパーで買ってきてくれる? コンビニは高すぎて」
「は、はい……」

 頭の中「?」しかない。陶子さんコンビニ行ってたってこと? そしたら、陶子さんの部屋にいるのは………。
 げっ。ララが男だか女だか連れ込んで陶子さんの部屋でやってるってこと?!

 そ、それはマズイ。今、陶子さん、部屋に行ったら鉢合わせだ!

「と、陶子さんっ。ちょっと、待って待ってー!」
「なに?」

 頭を回転させて用事を思いつく。

「ミミお腹空いてるみたいでー先にご飯を」
「あげておいて」

 ぽいっとコンビニの袋を渡される。そのまま陶子さんは部屋に着替えにいってしまった。

 ………知ーらないっと。

 ミミにご飯をあげながら、これからおきるであろう修羅場をドキドキしながら待っていたけれど、いつまでたっても怒鳴り声も泣き声も聞こえてこず……

 普通の顔をして部屋着を着た陶子さんがリビングに戻ってきた。

「あの……ララは」
「私の部屋で寝てるわよ。自分の部屋掃除してる最中にベッドの上にバケツひっくり返しちゃって、まだ乾いてないんですって。私、ここのソファーで寝るから」
「あ……はい」

 なんだ。……ってことは、ララの奴、自分でしてたってこと? 人騒がせなー!!

「樹理」
「え」

 やれやれと思って出て行こうとしたところ、いきなり腕を掴まれた。黒目がちな陶子さんの目がジッとこちらをみている。

「なに……?」
「これ」
「あ」

 しまった。手首切ったこと忘れてた。でもちょっとしか切ってないから血がたれてるとかそういうことはないんだけど……。

「切ったの?」
「………うん」

 怒られる? 陶子さんもママちゃんみたいに怒る? 出てけっていう?
 ジッと固まって、陶子さんの言葉を待っていたら……

「ふーん」
 陶子さん、ふーん、って言った。

「えらいじゃない」
「え?」

 えらい? 何が?

「よく我慢したわね。このくらいならすぐにふさがるわよ」
「え」
「テープで止めようかしらね。今は消毒ってしないんですってね。昔は赤チン塗ってたんだけど」
「赤チン?」
「今の若い子は知らないでしょ」

 ちょっと笑いながら陶子さん、引き出しから傷がふさがるテープってやつを取り出した。

「一回洗うわよ」
「は、はい……」

 台所の水でジャブジャブ手首を洗ってくれる陶子さん。

 深く切らないで良かったわ。我慢できてえらかったわね。洗いながらまた褒めてくれた。

 水は冷たいけど、心の中がポカポカしてきた。

『良かった』

 そう言ってくれた渋谷先生の声も思い出すと、さらに温かくなってきた。
 今日はゆっくり眠れそうだなって思った。


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BLカテゴリーのくせに、BLじゃなくてすみません……。

陶子さんは、「(GL小説)風のゆくえには~光彩6-5」で出てきたお方です。
樹理亜のことを考えた時に、真っ先に樹理亜は陶子さんに預けよう、と思いました。

「あいじょうのかたち」という副題は言葉の通り、愛情には色々な形があるという……

慶と浩介はお互いの愛にまったく揺るぎはないのですが、
今回の件で、ちょっとギクシャクしはじめてしまいそうな予感が……
そんな話を次回、慶視点で。


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またまたクリックしてくださった方!本当にありがとうございます!
パソコンの画面に向かって拝んでしまいました。
どなたか存じ上げませんが、ありがとうございますありがとうございます……と。

本当に!ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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