ホテルに行った翌朝、いつもの通学電車の乗り換え駅で、
『慶が女の子にモテモテだから』
と言ったおれの言葉の意味を聞かれた。……あの時、
『おれがちゃんと女役できないと、慶が女としたいって思っちゃうかもしれない』
思わずそんなことも口走ってしまい……。それに関しては行為の最中だったからか、怒られずにすんで助かった。普通の時だったら、めちゃくちゃ怒られたに違いない。
「だから何なんだよ」
「うー……」
せっかくの朝の貴重な時間をこんな話題で潰したくないので、渋々白状する。
実は、いつもこの乗り換えの駅で一緒になるセーラー服の女の子が、慶のことをチラチラ見ていることに、数日前から気がついていた。
それだけなら、まあ、慶はアイドル以上の容姿をしているので、よくあることなんだけれども…
先週、偶然帰りの電車がその女の子と一緒になり、その子が友達と話しているのを聞いてしまったのだ。
「今度待ち伏せをして告白をする」
と…。
「そんなの別に断ればいいだけの話じゃねえかよ」
呆れたように言う慶。
「でもね……」
慶はそう言ってくれるとは思ったけど……でも……
「なんだよ」
「でも……」
慶に睨まれて、渋々言葉を続ける。
「でも……その子、すごくかわいいんだよ」
「……は?」
「とにかくかわいいの。……あ、ほら、今、売店の横……」
透き通るような白い肌と形のよい瞳が慶に少し似ている。黒い艶やかな髪のふんわりお下げ。彼女のいる場所だけ空気が違う。清楚なお嬢様……。
女の子は慶に気がつき、パッと頬を赤らめた。その様子がまたとても可愛らしくて……。
「ね?」
「……ふーん」
慶はなぜか「ふーん」の「ふ」の方にアクセントをつけて言うと、ツカツカと彼女の前を通り過ぎ、いつもの車両の列に並んだ。それからはずっとムッとした顔をしている……。
一度電車の中でおれが彼女の方に目をやったときには、
「見てんなよ」
「痛い痛い痛いっ」
上腕をつねられた。慶、機嫌悪すぎ……。なんか八つ当たりされてるおれ……。
別れ際も、眉間にシワを寄せたままで、
「今日、バイト終わるの何時だ?」
「8時までだから……」
「じゃあ、8時半にいつものとこな」
「え」
今日は慶、夜の授業入ってないから先に帰る日なのに……
「慶、でも今日は」
「ああ?」
あ、に濁点ついてる。こ、こわい……。
今日は先に帰る日じゃないの? なんてとても言えず、話を誤魔化す。
「あの、ちょっと遅くなるかもだけど、大丈夫?」
「大丈夫。………じゃあな」
ぷいっと行ってしまった慶……。後ろ姿を見送りながら、うーんと唸る。
あの女の子の話題であそこまで怒るなんて……なんでなんだろう。おれが慶を信用してないって感じがして嫌だったのかなあ。でも、おれに対して怒ってるなら帰りも会おうなんてしないよね……。
「……あれ?」
行ってしまったはずの慶が、人波の中こっちに戻ってこようとしている。眉間にシワ寄ったまま、口もムッと引き結んだまま……
「慶? どうした………、?!」
最後まで言えなかった。近づいてきた慶にいきなり左手をつかまれ……
「痛っ」
親指、噛みつかれた。
「な、なに……」
「……なんでもない」
それでまた行ってしまった。な………なんだったんだろう……。
頭を傾げながら、噛まれた親指に唇をあててみる。……間接キスだ。
***
バイトが少し長引いてしまい、待ち合わせの場所についたのは約束の8時半を10分近く過ぎてしまったころだった。
わりと大きな通路の一角。単なる乗換のための通路であってベンチがあるわけでもないので、ここで待ち合わせをする人はあまりいない。窓辺から大きな交差点が見えるところが気に入っている。人の流れを上から見下ろすのは面白い。
「…………え」
行きかけて、足を止めた。
例のセーラー服の女の子と、その友達らしき女の子……の前に慶が立っていて、サラリーマンっぽい男2人と揉めてる……?
近づいていくにつれ、喧嘩腰の声が聞こえてきた。
「いい加減にしろよ。いい大人が馬鹿じゃねえの」
「なんだと、このチビ!」
「あああ?」
あ、まずい。チビはNGワード! 慶が本気で怒ってしまうっ。
「駅員さーーーーーーーーーーーーーーーんっ」
出来る限り大きい声で叫ぶと、その場にいた5人も、通行人もビックリした顔をしてこちらをみた。
「ケンカケンカ!こっちでーーーーすっ」
いない駅員に向かって、手招きする仕草をしたところ、サラリーマン2人はあわてたようにその場を立ち去った。助かった!
「慶っ」
あわてて慶の元に駆け寄ると、慶はちょっと笑ってグーでおれの腕をたたいた。
「でけえ声」
「もう、何ケンカしようとしてるの」
「別にケンカじゃねえよ。あんましつこくしてたから注意しただけだよ」
慶は肩をすくめると、
「行くぞ?」
手を握りあっている女の子二人には見向きもせず、歩き出そうとした、が、
「あのっ、ちょっと待ってください!!」
美少女のお友達の方が慌てたように慶に声をかけた。慶が眉を寄せて振り返る。
「なに?」
「あの……ありがとうございました!」
「ああ、別に……。それより早く帰ったら? また変なのに声かけられるよ?」
じゃ、とまた慶が背を向けたところで、美少女が叫んだ。
「あの………っ」
予想通りの、少し高めのか細い声。かわいい女の子は声までかわいい。
「いつも、見てます!」
「……え?」
慶、眉を寄せたまま。でもその顔も非の打ちどころなくカッコいい。
セーラー服の美少女が、顔を真っ赤にして言いきった。
「好きです! 付き合ってください!!」
うわあ……、と、感動すらしてしまった。真っ直ぐで純粋な想い。本当に綺麗な子だ。
こんな子に、こんな風に告白されたら………
緊張して慶を振り返る。と……
慶さん、ものすごい無表情で、あっさりと、
「ごめん。無理」
「………………」
す、すごい……、これを即答で断る慶……。
「じゃ。ほらいくぞ?」
「え、あ、う、うん」
促され、歩きかけたけれど、
「なんでですか?!」
お友達の方が慶に詰め寄ってきた。
「レイナ、ずっとあなたのこと見てきたのにっ。せめてちょっと話したりとか……っ」
「…………」
慶に無表情に見返され、お友達は一瞬ひるみ、もごもごと言葉を続けた。
「あの……彼女いるんですか?」
「彼女? いないけど」
「………」
グサッ。
いないけど、か……。わかってはいるけれど、ちょっと傷つく……。
「だったら!」
お友達、元気を吹きかえして畳みかけてきた。
「だったら、レイナと付き合ってください! ほら、この子こんなに可愛いでしょ。文化祭のミスコンでも2年連続優勝してて」
「みっちゃん、そんな……」
美少女レイナが余計に赤くなっていく。
「こんな可愛い子と付き合えるチャンスなんてめったにないと思いませんか? それに性格もすっごくよくて、お菓子作りも上手で、それに……」
「ごめん」
慶が、すっと制するように手をお友達みっちゃんに向けた。
「何言われても無理なものは無理」
「でも、彼女いないんだったら付き合ってみるくらい……っ」
「ああ」
慶、軽く手を振り……
「悪い。おれ、彼女はいないけど彼氏はいるから」
ふいっとおれを指さした。
「え!?」
「えええ!!??」
おれとみっちゃん、同時に声をあげてしまった。
け、慶……。
「ちょ……やだなあ」
みっちゃんは乾いた笑いを浮かべると、
「そういう冗談で誤魔化すのやめてもらえません?」
「別に冗談じゃないけど?」
慶さん、いたって真面目な顔……。いや、確かに冗談ではありませんが、でもっ。
「あの、断るにしたって、もうちょっとマシな言い訳を……」
「みっちゃん」
レイナがみっちゃんの腕をとり、後ずさった。
「いいの。もういいの」
「でも、レイナ……っ」
「気持ち伝えられたから、もう充分」
レイナが泣きそうな顔で笑うと、みっちゃんも泣きそうな顔になってきた。
「でも、こんなウソで断られるの……」
「ううん。たぶん、ウソじゃないよ」
「え」
レイナ、真っ直ぐに慶とおれを見返してきた。
「わたし、今朝、見ちゃったんです。お二人が別れ際……手にキスしたとこ」
「あ………」
思わず自分の左手親指を見る。いや、あれはキスじゃなくて噛みつかれたんだけどね……。
「毎朝電車で見るお二人も、いつもすごく仲良さそうで……もしかしてそうなのかな……とは思ってたんですけど」
「…………」
鋭い……。いや、満員電車にかこつけてベタベタしてるから見ようによってはそう見えるかも……。
レイナは寂しげに微笑むと、
「今朝のお二人を見て確信したっていうか……だからこそ、どうしても今日、気持ちを伝えたいと思って、ずっと待ってて……」
「レイナ」
みっちゃんがレイナの手を握りしめる。
「言ってくれればいいのに」
「ごめんね。みっちゃん……」
レイナはみっちゃんの肩にぎゅっとおでこをあててから、こちらを見かえし、深々と頭をさげた。
「すみません。ありがとうございました」
「あ、いえ……」
思わず頭を下げ返す。慶は無表情のまま軽く手を振ると、
「もう遅いから気をつけて」
「はい……」
レイナは無理した笑顔を作り、みっちゃんを振り返った。
「みっちゃん、行こう」
「う、うん……」
手を繋いで歩いていく、女子高生2人……。
おれ達はしばらく2人の後姿を見送っていたが、
「行くぞ」
慶がふいっと歩きだした。慌てて追いつき横に並んで歩く。
「ミスコン2年連続優勝だって」
「あ?」
「あんだけ可愛ければそりゃ優勝……、いっ痛ーーーっ」
なんだ?! 思いっきりお尻を蹴り上げられ、前につんのめる。
「な、なんなの?!」
蹴ってきた慶を振り返ると……
「………慶?」
これでもか、というくらい恐い顔をしている慶。もう一回くらい蹴ってきそうな顔……。
「どうしたの?」
「…………なんでもねえよ」
言いながらアゴ上がってる。こ、こわい……。
「ねえ、慶、なんで今日そんなに機嫌悪いの?」
「ああ?」
いや、だから、こわいって……。ちょっと後ずさりしながら言葉を繋げる。
「今朝も指噛んだりして……変だよ?」
「………誰のせいだよ」
ぼそっと言う慶。やっぱりおれのせい……って、なんで?
「おれ……何かした? 何か怒らせるようなこと言った?」
「言った」
慶が腕組みして睨みつけてくる。うーん……
「それは今朝の話が、おれが慶を信用してない、みたいに聞こえたってこと?」
「は? お前おれのこと信用してねえの?」
「え?」
違うの?
「え、だから信用してるからそれは勘違いだよって話じゃなくて?」
「何の話だ?」
慶の眉がますます寄ってきている。うーん。わけがわからない……。
「じゃあ、何? 何の話?」
「だーかーらー」
慶はグーパンチでおれの胸のあたりをぐりぐりと押すと、うつむきながら小さく言った。
「お前が……可愛いっていったから」
「え?」
かわいい?
きょとんと聞きかえすと、慶、ムッとした顔でこちらを見上げた。
「だからー、お前、あの子のこと可愛いっていっただろっ」
「……………え?」
言った。言ったけど………
「だって本当にかわいいじゃん。色白で目が大きくて……って、痛いってっ」
思いきり胸のパンチに力を入れられよろけてしまう。慶はこの容姿のくせに力が強いのだ。
「だから何なの?!」
「何なのって……お前バカなのか? ああ、そうかバカなんだよな。そうだよお前バカだもんなっ」
「何を言って………、慶?」
口を引き結んでこちらをにらんでくる慶。泣きそう……?
「慶……?」
「だーかーらーーーっ」
いきなりガシッと頬を囲まれ、至近距離10cmの位置まで引き寄せられた。ち、近いっ。
「警告は一度だけだ。よく聞け?」
「う、うん……」
あまりもの近さにもドキマギしてしまう。
「いいか?」
慶が真剣な様子でささやいた。
「今後一切、おれの前で他の奴のこと可愛いとか言うな」
「え」
それって……
「今度いったら本気で殴るからな」
「慶………」
それって……
「それで今日機嫌悪かったの……?」
「おかげで今日一日最悪な気分だった」
慶の黒曜石みたいな瞳が目の前で輝いている。
それって……
「焼きもち……?」
「悪いか」
怒った顔をした慶が、パンパンとおれの頬をたたく。
「お前がかわいいっていっていい相手はおれだけだ」
「慶………」
う、嬉しすぎる……っ。こんなことで嫉妬してくれるなんてっ。
頬に置かれた両手をギュッと掴む。駅の乗り換え通路の端っこだということも忘れ、耳元に唇を寄せる。
「慶、かわいいね」
すると慶さん、ムッとして、
「とってつけたように言うなっ」
「とってつけてないよー。慶、大好きー」
「うるせえっ」
「痛っ」
また蹴られた。まだまだ機嫌が悪い。
「あームカつく」
「もーそんなに怒らなくても……」
可愛いふくれっ面をつつくと、慶はますますふくれながら、
「お前はああいう子が好みってことだな。ああいう子を可愛いって思うんだな」
「そりゃそうでしょ」
「はああ?!」
「痛い痛いっ」
今度は腕をつねられた。ホント乱暴だよなあ。
「何がそりゃそうなんだよっ」
「だって……」
慶の完璧に整った顔を見下ろす。
「あの子、慶に似てるもん」
「………は?」
さっき向かい合っている二人を見てあらためた思った。慶とレイナ、兄妹といっても皆が信じるくらいには似ている。
「まあでも」
眉を寄せている慶の、形のよい唇をそっとなぞる。
「唇、慶の方が色っぽい。あごのラインも慶の方がキレイ。鼻も慶の方がスッとしてる。目も……」
「…………」
慶の瞳。黒曜石みたいに美しい。
「目も慶の方がずっとずっと綺麗。強い光の瞳……」
「…………」
「こんな完璧な人、世界中どこ探してもいない………」
頬を囲い、唇を寄せようとした……が。
「こんな往来で何しようとしてんだよ」
「ふが」
慶の持ってたカバンにキスする羽目になった………。
「ケチー」
「うるせえ。ほら、帰るぞ」
「はーい」
大人しく横を歩き出す。慶、顔赤い……
「慶。帰り、自転車で送らせてね?」
「はじめからそのつもり」
「やった♪」
慶のうちは最寄り駅がおれのうちより一つ先。おれの最寄りで降りて、うちに自転車とりにいってそのまま慶の家まで送る、ということを週に何度かしている。途中の人気のない川べりにちょっとだけ寄り道するのがいつものパターンで……。そこで続きはすることにしよう!
「あーホント慶ってばカワイイなー」
「ああ?」
「こんな嫉妬してくれるなんてホント……、痛っ」
また蹴り上げられた。
この人、この容姿のくせに、口悪いし、すぐ手も足もでるし、喧嘩っぱやいし、中身は男男してる。おれは慶のそんなところも、
「大好きっ」
「うわっバカっ抱きつくなっ」
いつものじゃれ合い。高校卒業しても変わらない。
おれはこんな風に嫉妬してもらえるくらい愛されてる。大好きな慶に愛されてる。
だから大丈夫。大丈夫。慶がそばにいてくれれば大丈夫。
この幸せな日がいつまでも続いてくれると信じたい。
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「R18・試行3回目」の翌日のお話でした。
レイナは翌日からもっと遅い電車に変えたため、二人に遭遇することはほとんどなくなりました。
会ったらお互い気まずいよね……。
1990年代のお話なので、まだ自転車の二人乗りは今ほどうるさく禁止されてませんでした。
川べり、二人きりになれるのはいいんだけど、夏は蚊がいるんだよねー。
冬は寒いけど、くっついてるから大丈夫♪♪
さあ、次は4回目の挿入挑戦、の話を書こうかな。
3回目でちょっと、あれ?これ気持ち良くね?と気が付いてきた慶さん……。
次で確信するかも?
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