何だか不思議な感じ。
初めて「カップル」として堂々と大勢の人前に出た。付き合いはじめて約四半世紀……初めての経験だ。
「先生ーこっちこっちー!」
カウンターの中からこちらに手を振ってくれている女の子……近づいてみてギョッとした。
「め、目黒さん?!」
おれの知っている目黒樹理亜は、ピンクのおかっぱ頭でピンクのフリフリを着ていて目だけギラギラしている女の子。
だけど、ここにいる樹理亜は、サラサラの茶色っぽい黒髪のショートカットで、白いスッキリした清楚なワンピースをきていて、表情も明るく穏やか。
「わあ、すっごいイメチェンだね」
浩介もビックリしたように目をパチパチさせている。
「どう?どう?」
得意げに微笑む樹理亜に、おれと浩介は同時に肯いた。
「すっごく似合ってる!」
「かわいい!」
「やったあ」
樹理亜は、うふふふふ、と笑ってから、「これも見て!」と爪をこちらに差し出した。
小さくて綺麗な花のビーズみたいなものがたくさんついた爪……
「うわー細かい……」
「お客さんに教えてもらって、自分でやったんだー。才能あるって褒められたのー!」
「すごいね」
へへへーと笑う樹理亜はキラキラしている。
「それでねーお金ためてねーネイルの学校に行こうと思ってー」
「へえ」
それはいい。すごくいい傾向じゃないか。
「樹理ー、もしかしてこの二人?」
「あ、ユウキ」
不躾な声に振り返ると、中学生の男の子、みたいな感じの子がこちらに不躾な視線を向けている。
「そうそう。先生、この子、ユウキっていうの。常連さんでね……」
「デキてる」
「え?」
ユウキは、どちらにしようかな、みたいにおれと浩介を交互にさして、
「どうみたってデキてるじゃん。つか、熟年夫婦の雰囲気醸し出してるじゃん」
「じゅ………」
さすがにまだ熟年って年齢ではないっ。
なんと言い返そうか、いや言い返すのも大人げない、と躊躇していたところに、
「あはははは。熟年夫婦だってー」
明るい笑い声。ユウキの横からヒョイと顔を出したのは、あかねさん。
「あ、姫!」
「わあ! 姫様!」
「姫様、こっちきて!」
途端に、あかねさんのまわりを女の子達が取り囲んだ。
真横にいたユウキは、ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔で、ポカーンとあかねさんを見上げている。
「えーと、君は、初めまして、だよね? 私、一之瀬あかねです。よろしくね」
ニッコリとあかねさんが言うと、ユウキがハッと我に返ってから、気の毒なくらい真っ赤になった。
「はい、あの、半年くらい前から通ってて……」
「ユウキっていうんだよー」
カウンターの向こうから樹理亜が言うと、あかねさんが「まあ!」と感嘆の声をあげた。
「樹理! かわいい! めちゃめちゃかわいい!」
「へへへー」
あかねさんともすっかり打ち解けているようで、樹理亜が嬉しそうに笑っている。たったの一か月でこんなにも変われるものなのか、と感心してしまう。見た目だけでなく、表情もまったくの別人だ。
「姫ーこっちー」
「姫様ー」
「うん。行く行く。じゃ、樹理、また後でね。ユウキもよければこっちおいで?」
「え、あ、はい……」
借りてきた猫みたいになったユウキも含め、女の子たちを引き連れて、あかねさんがソファ席に移動していく。
思わず浩介と顔を見合わせてしまう。
「これは絶対、綾さん連れてこられないよな……」
「綾さんが他の誰かに目を付けられたら嫌だから、とか言ってたけど、それ以前に、こんなとこ綾さんに見られたら……」
ソファ席のあかねさんは、たくさんの女性をはべらせたどこかの国の王子様のようだ。とてもじゃないけど、恋人の綾さんには見せられない光景……。
「お二人は何飲む?」
「あ、陶子さん。この度は……」
浩介が即座に立ち上がり、カウンターの中に向かって頭を下げた。綺麗な黒髪の女性がふいとおれに視線を向けた。
「なるほど。こちらが天使様ね?」
「て……っ、あの、渋谷、です」
いい加減、この歳なんだし天使扱いはやめてほしい。誰が言ってるんだ……って、浩介とあかねさんしかいないか……。
「店内明るいですね。バーというからもっと薄暗いのかと」
「日によって照度変えてるのよ。今日は姫がくるっていうから明るめにしたの」
「あかねはしょっちゅう来てるんですか?」
「いいえ」
陶子さんが肩をすくめた。
「一年くらい前だったかしら。綾さんが見つかったっていって、パッタリこなくなって……。先月から樹理のことでくるようになったけど、それでも今日で4回目」
「それなのにあの顔の広さ……」
「あの子、一度会った子の顔と名前絶対に忘れないからね。覚えられた子の方は嬉しくて舞い上がっちゃうわよね」
あかねさんのまわりを取り囲む女の子達の紅潮した頬……。さながらアイドルのファン交流会のようだ。
「姫がこの調子でちょくちょく来てくれると、集客率アップにつながるんだけどねえ」
「うんうん。姫が来るとお客さんすごい増えるよねー」
樹理亜がニコニコと言う。浩介がふっと笑った。
「目黒さん、仕事楽しい?」
「うん! 最近ねーちょっとだけおつまみ作るのも手伝わせてもらえるようになったんだよー。あとで出すから食べてねー。それでね……」
「樹理ー」
何か言いかけたところで、新しく入ってきたお客さんから声をかけられ、
「じゃ、先生たちゆっくりしていってね! ナオさーん! 見て見てこれ! 自分でやったのー!」
慌ただしく、入口の方に向かって行ってしまった。
思わず顔を見合わせたおれ達に、陶子さんが
「素直な良い子よ。樹理。この数日でまた一つ殻が破けた感じ」
「良かった……」
浩介がホッとしたように息をつくと、改まった表情で陶子さんを見上げた。
「あの、目黒さんの母親がこちらにきたことは」
「今のところないわよ」
「…………」
再び安心の息をつく浩介。陶子さんは少し眉を寄せて、
「できることなら母親にはしばらく会わせたくないわね。あまり良くない人みたいだから」
「はい」
深刻な顔をした浩介。おそらく自分の母親と重ねているところもあるのだろう。
数秒の暗い沈黙のあと、
「はい。この話はおしまい!」
この重い空気を破るかのように、陶子さんが浩介の目の前でパンッと手を叩いた。
「せっかくなんだから楽しんでいって。何飲みたい?」
「………」
「天使様は? 飲める口?」
「いや、おれは、あまり強くないので……」
っていうか、天使っていうのやめてほしい。
「じゃあ、まかせてもらっていいかしら?」
「はい。お願いします」
陶子さんが離れてからも、まだ沈んでいる浩介。カウンターの下で太腿を叩いてやると、その手をギュッとつかまれた。
「おれ、守れるかな。目黒さんのこと」
「………大丈夫。おれもあかねさんも陶子さんもついてる」
視界の端に写る、別人のように明るくなった樹理亜の姿……。
「それに何より、目黒さん自身が変わろうとしてる」
「うん………」
手を絡ませつなぐ。伝わってくる浩介の不安。おれはそれを受け止めることしかできないけど。
「一緒に、見守っていこうな」
「うん」
さざめくバーの中で、切り取られたように静かなカウンターの隅。繋いだ手からあふれる愛。
陶子さんの作ってくれるカクテルはどれも綺麗で飲みやすくて、めずらしくおれも浩介も時間を忘れてグラスを傾けていた。関係を隠さないでいられる空間は想像以上に居心地が良い。
そんな中……
「樹理亜ーーー!」
けたたましい声と共に現れたのは……ピンクの髪の派手な中年女性。
紹介されなくても一目見て分かった。樹理亜の母親だ。
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