土曜日。
会議室で行われている卓球部の活動を撮影してから、バスケ部のいる体育館へ向かった。
中に入ると、ちょうど休み時間で……
「………げ」
ちょうど浩介と美幸さんが話している現場を目撃してしまった。浩介、嬉しそうに頬を紅潮させてて……あんな顔、見たことない。
ああ、くそ……腸煮えくり返る。見たくなかった……
「あっれー、渋谷君」
「………荻野」
後ろから知った声がかかってホッとする。気を紛らわしたかったから有り難い。
荻野とは中学が同じで、同じバスケ部だった。わりとサバサバしていて話しやすい女子だ。
「いつの間に写真部員になったの?」
「んーと、2か月くらい前」
「へえ~ビックリ。カメラ好きだったんだ?」
「いや……まあ、成り行きで」
答えながらも、ついつい浩介の方に目が行ってしまう。グサグサ突き刺さるのが分かっているくせに見てしまうんだから、おれってマゾなのかな……
「最近、桜井君、美幸さんと仲良いよね」
おれの視線に気がついた荻野が言う。
「付き合ってるって噂になってるけど、実際どうなの?」
「付き合ってねえよ」
思わずムッとして即答する。噂になってんのか……。
すると、荻野が「やっぱり」とうなずいた。
「だよね。なんか付き合ってるって感じじゃないんだよね。お姉ちゃんと弟って感じでさ」
「ふーん」
荻野、良い奴だ………。
こいつだったら何か知ってるだろうか。
「なあ……美幸さんと田辺先輩って、同じ中学だったって知ってた?」
「知ってる知ってる~。で、さあ……」
荻野は、ちょいちょいとおれを手招きして、
「中学の時、あの二人付き合ってたらしいよ」
「えええ!?」
ま、まじか…………
「付き合ってた……ってことは別れたってことか?」
「んーなんか色々あったらしいよ。ほら、田辺先輩モテモテだからさ、美幸さん他の女子に嫌がらせされたりとかして大変だったみたい」
「……………」
こ、怖い世界だな………
「今は?」
「今は……どうなんだろうね? 二人が一緒にいるとこ全然みたことないし、あ、それに、美幸さん、お守り作りにも参加してない」
「お守り?」
何の話だ?
「ほら、中学の時もあったじゃん。引退するメンバーにお守り渡すの! みんな自分の好きな人に渡したりしてさ~」
「……中学の時?」
おれが首をかしげたら、荻野は「ひどーい!」と口に手を当てた。
「覚えてないの? 渋谷君に誰が渡すかって、女子の間ですんごい揉めたのに!」
「えーっと………」
誰からもらったかどころか、もらったこと自体覚えてない………
「おれ、もらった? もらってねえんじゃねえの?」
「ひどい!ひどい!ひどすぎる!」
「何がひどいって?」
「…………げ」
通りかかった上岡武史が口出ししてきたので、思いっきり顔をしかめてしまう。こいつとも同じ中学で同じバスケ部だった。
「あ、上岡くーん、ちょっと聞いてよ。渋谷君、引退の時に渡したお守りのこと覚えてないっていうんだよー」
「そりゃひでえな」
「うっせえなあっ」
こいつに言われると余計に腹立つ。こいつとは殴りあいの喧嘩を何度もしたほど仲が悪かったのだ。
「お前覚えてんのかよっ」
「当たり前だろ。バスケットボールの形したこんくらいの大きさの………」
「あ、ああわかった!」
思い出した!
「もらったもらった。ごめん。おれ、退院してすぐでバタバタしてて………って、おれ、荻野からもらったよな?」
「思い出してくれたんだ?」
苦笑しながら荻野が言う。
………って、あれ? さっき好きな人に渡したとか言ってなかった? え、ということは、まさか………
「へえ、荻野って渋谷のこと好きだったんだ?」
「武史………っ」
バカ、お前なにを………っ
でも、荻野はケロリとして言った。
「うん。ファンだったよ。あの時の女バスで渋谷君のファンじゃない子なんていなかったでしょ」
「確かになあ」
なんだそりゃ。
武史までもフムフム頷いて、
「だからお前、写真部なんかやってないで、バスケ部入れよ」
「なんでそれでバスケ部に入る話になるんだよっ」
意味わかんねえっ
と、そこへ。
「慶」
「……お、おお」
ニコニコと浩介が手を振りながら近づいてきた。その笑顔に今更ながらキュンとしてしまう、おれもたいがいだ……
「卓球部終わったんだ? うまく撮れた?」
「いや、やっぱ動いてる被写体は難しくて……」
「そっかあ」
ユニフォーム姿の浩介。汗の匂い。誰もいなかったら、何か理由をつけて抱きついて、グリグリ額をこすりつけたいところだ。
「橘先輩は?」
「あー、あそこ。田辺先輩と話してる」
「…………」
途端に顔をこわばらせた浩介。やっぱり相当、田辺先輩のこと意識してる……
(美幸さんと付き合うことは考えられないって言ってるくせに、美幸さんが他の奴と付き合うのは嫌なんだよな……)
浩介、本当に美幸さんのこと好きなんだ……
わかってはいるけど、その事実を突きつけられる度に落ち込む……
バスケ部の練習開始と共に、写真部の活動もはじまった。
一瞬一瞬を切り取る作業。その一瞬は映像として一生残すことができる。まだはじめたばかりで少しも納得のいくものは撮れないけれど、カメラの面白さは少しわかってきた気がする。
途中、浩介も許可をもらって撮影に参加した。
「カメラはその人の内面を映し出すって……」
浩介が複雑な顔をして、さっきまで構えていたカメラを下ろした。当然、そのレンズの先には美幸さんがいたようだ。
おれも気がついていた。美幸さんの視線が田辺先輩に向いたときの切ない表情……
「おれ、やっぱり今日の帰り、聞いてみる」
「……そうか」
意を決したように浩介が言った。
さっき荻野から聞いた話は……おれから言うこともないだろう。
噂が立つほど浩介と美幸さんは仲良くなっているのだから、彼女の口から真実が語られるに違いない……
その日から数日、浩介と二人きりで話せなかったので、どうなったのか気にはなったけれど、知ることができなかった。
元々、クラスでは毎日顔を合わすけれども、必ず誰かしら周りにいるので、故意に二人きりになろうとしなければ二人きりにはなれないのだ。
でも、以前は毎日のように帰りにおれのうちに寄ってくれていたので、そこで話せていたのに、この数日それもなかったし、昨日は木曜日で写真部の活動があったのに、浩介はバスケ部の特別練習があってこれなかった。
浩介……毎日、美幸さんと一緒に帰っていたのだろうか……
雨だった月曜をのぞき、火曜、水曜、木曜、と川べりで待っていたのだけれど、通らなかったのだ。美幸さんと帰った場合はこの道は通らない。
ここ数日、日中は30度を超す夏日になっている。気が付いたら来週からもう7月だ。でも、夕方になるとだいぶ過ごしやすくなってくる。
(今日も、来ないのか……)
普通に帰っていればもうとっくに通っている時間だ。
(今日も、美幸さんと一緒なのかな……)
明日が引退試合。実質、3年生の練習は今日までだ。練習最後の日も一緒に帰れたってことか……
(こんなに毎日一緒に帰るなんて、二人は噂通り、付き合いはじめたってことなのか……?)
そんな想像をしたら吐き気がしてきてしまった。
そうして川べりの道の横に座り込んで、夕暮れを映し出す川面を見つめ続けて、どのくらい時がたっただろうか………
「慶」
「………っ」
優しい声……。振り返ると、浩介が、微笑んでいるような、泣きだしそうな表情をして、突っ立っていた。自転車は少し離れたところに停めてある。
「………浩介」
何かあったな、と瞬時に思った。ゆっくりと立ち上がり、その顔を見上げる。
「どうした?」
「おれ………」
浩介は切ないほど優しく………つぶやくように言った。
「おれ………頑張ったよ」
「…………」
頑張った……?
それはどういう意味………という言葉は続けられなかった。浩介の瞳に今にもあふれそうなほど涙がたまっていたからだ。
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お読みくださりありがとうございました!
『片恋』編、残り2話の予定です。
ああじれったい……とっととくっついてしまえ!!と思うのですが、我慢我慢です。まだくっつきません。すみません……。
お見守りいただけましたら幸いです。
続きはまた明後日!よろしくお願いいたします!
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