おれたち2年10組の文化祭の企画希望は、第一希望:喫茶店、第二希望:縁日、第三希望:双六ゲーム、で提出することになった。おそらく喫茶店はくじ引きになるので、そこが一番緊張しそうだ。
文化祭実行委員長となった慶は、しょっぱなからずっと忙しそうだった。昼休みも放課後も集まりがあり、授業中も何か内職をしているらしくて、5分休みになると、
「さっきの授業のノート見せて」
と、言ってくる。そういうわけで、ここ3日で慶と話した内容といえば、ノートで分からないことがあった場合の説明、だけだった。
(さみしい……)
けれども我慢我慢……
おれも文化祭の準備がはじまれば忙しくなって気が紛れるんだろうけど、企画が決定するまでは動くこともできない。
でもそれも今日で決まる。
放課後、文化祭クラス委員2名及び、文化祭に参加する部活の代表者が、体育館に集められた。
うちの学校は、1学年12クラス。参加部活は30以上あるはずなので、少なくともこの場に100人以上はいる計算になる。そんな大掛かりな会議を仕切るんだから、準備も大変だっただろう……
一緒に文化祭委員をやることになったのは、浜野ちひろさんという、今までほとんど話をしたことがない女子だ。
浜野さんは、小柄で色白で大人しそうで、とてもこんな委員をやるイメージはない。でも今回、彼女は委員に自ら立候補したのだ。
「浜野さんは、どうして委員になりたかったの?」
「え……ああ」
会議が始まるまで隣で黙っているのも何なので話しかけてみると、驚くべき答えが返ってきた。
「渋谷慶と仲良くなりたかったから」
「え?!」
び、びっくり。
そうか、先に男子の委員が慶に決定して(他薦で半ば強引に決められたんだけど)、その後女子を決めたんだった……。
は、浜野さんって、慶のことが好き……とかそういうこと?
「あ……じゃ、ごめんね。おれに変わっちゃって……」
「ううん。この際、桜井君でもいいんだけど」
「へ?」
どういうことだ??
っていうか、考えてみたら「渋谷慶と仲良くなりたい」って変な言い方だな……
「あの……どういう………」
「私、美術部なのね」
「う、うん……」
話が飛んだ。浜野さん、なんか独特の間があるというか………。
「渋谷君にモデルをお願いしたかったの。でも話かけるタイミングもなく今まで来ちゃってて、委員会でも一緒にやれば頼みやすくなるかなって思ったの」
「ああ……なるほど」
ほっと思わずため息をついてしまう。
「びっくりした。慶のことが好きとかそういう話かと思った」
「好き? ありえない」
浜野さんはピクリと眉を寄せた。
「渋谷慶は観賞物であって、恋愛対象にはなりえない。そもそも私、現実の男に興味ないし」
「…………」
現実じゃない男には興味があるっていうことだろうか……
というか、その前に、
「慶が、観賞物?」
「あんなに綺麗で完璧な美しい顔、めったにないでしょ。描いてみたい」
「…………」
なるほど……。
「だから、桜井君から頼んでもらえると助かるんだけど?」
「わ、わかった……けど、慶、最近忙しそうだからなあ……」
「もし、渋谷君がダメだったら桜井君がモデルになってくれる?」
「は?!」
慶がダメだったらおれってどんだけランク下げてんの?!
「それはまずいでしょ、おれなんか……」
「桜井君も桜井君で興味深いの。完璧なまでの平均的な顔……」
「…………」
それは褒められてるんでしょうか。馬鹿にされてるんでしょうか……
うーん……と唸っていたところで、「はじめまーす」との声が聞こえてきた。背筋を正して正面をみる。
舞台中央に颯爽と現れたのは、おれの親友・渋谷慶。しゃんとした背筋。綺麗な歩き方。ハッと目を引くオーラがある。ざわざわざわっとなったのは当然の結果だろう。
「誰あれ?!」
「二年生? すっごいカッコいい!!」
あちこちで声が上がったけれども、慶が会場を見渡していくと、水を打ったように静かになった。
「この度、文化祭実行委員長を務めることになりました2年10組渋谷慶です」
涼やかな声。聞き取りやすい癒されるような波長。思わずウットリとしてしまう。
こんな人が、おれの親友。みんなが憧れるこの人は、おれの親友なんだ。
「……皆様の協力の元、文化祭の成功に向けて……」
(………あ)
慶、こっちみた。絶対おれのこと見てる!
手を振りたいのを我慢して、ジーッと見ていたら、慶の目元が和らいだ。
(慶………)
すごい優越感。こんな100人以上いる中から、慶はおれだけを見てくれてる。
ドキドキするのを抑えるために、心臓のあたりをギュッと掴む。それでも鼓動は速いままだ。
(慶……慶。おれの親友)
慶の完璧な挨拶が終わり、大きな拍手が起こった。
慶は頭を下げ、ゆっくりと上げたのだが、
(え?)
慶、左前方の席の何かに気がついて「あ」という顔をした。
そしてそちらに向かってニッコリと笑った。
(え……何? 何見たの?)
ギュッと、さっきとは違った意味で心臓が痛くなる。なんだろう……誰がいたんだろう……
答えは分からないまま、プログラムは進んでいく。
「続きまして、委員の紹介をさせていただきます」
ステージ脇から壇上に上がってきたのは、女子二人と男子一人。
「副委員長を務めさせていただきます、3年2組鈴木真弓です」
「同じく、2年4組石川直子です」
「会計担当の2年3組安倍康彦です」
あ。安倍……。慶と一年の時に同じクラスで、一番仲が良かった奴だ。いまだに慶と安倍はバイトを一緒にしたり、時々学校帰りにどっかに行ったりしてるみたいだけど………本部委員まで一緒にやるんだ……。
(ふーん………)
でも、親友はおれだし。慶はいつも、おれと遊ぶのが一番楽しいって言ってくれてるし。
でも、でも、だから……
(慶……おれのことだけ見ててくれればいいのに……)
おれだけを見て。おれだけに笑って………
(……って!)
そこまで思って、愕然とする。
(何言ってんだ……おれ)
なんて醜い……
『憧れの渋谷』とだけ思っていた時は、遠慮みたいなものがあって、そこまで思えなかった気がする。でも今は……
(慶……おれ、慶の隣に並べる男になるから……だから)
……………。
でも、それでも、友達を独占しようとするのは間違っている。こんな醜い気持ちはダメだ。
「……以上で概要の説明を終わります。次に、飲食店、お化け屋敷の抽選を行います。その後、場所の抽選になります」
慶の淀みのない説明の声が聞こえてくる。
「以下の団体は、出店内容、希望場所に問題がなかったため、帰っていただいて結構です。1年1組、1年4組……」
慶、大人っぽいな……。仕切ることに慣れたカリスマ性。
でも、おれと二人の時の慶は、子供っぽいところもあって、甘えてくれるときもあって、すっごく可愛くて、それで「お前と遊ぶのが一番楽しい」っていてくれてて、親友だっていってくれてて、「慶」って名前で呼ぶのはおれにだけ許されていて、それで、それで……
「……………」
何言ってんだ。おれ……
……頭を切り替えよう。これからくじ引きだ。
モヤモヤしたまま、浜野さんと一緒にくじ引きの場所に向かうと、
「安倍……」
「あ、桜井」
屋内飲食の抽選は安倍が担当らしい。
勝手に気まずい気持ちになっているおれには気付くことなく、安倍は、おれを見るなりちょいちょいちょいっと言いながら手招きしてきた。
「な、なに?」
「今、渋谷と一緒にいる子、知ってる?」
「え?」
言われて安倍の顎が指した方を見てみると、慶と、写真部の真理子ちゃんが喋っていた。抽選、部長の橘先輩じゃなくて、真理子ちゃんが来たらしい。写真部は中央棟3階の第二会議室を狙っているのだ。
「写真部の一年生だけど、それがどうかした?」
「あーそうなんだ。それで渋谷、急に写真部なんか入ったわけか……」
「え?」
聞き返すと、安倍はニヤニヤとおれの腕を肘で押してきた。
「またまた~誤魔化すなよっ」
「??」
意味が分からない。
「渋谷が写真部入ったのって、あの子のせいだろ?」
「え………あ、そう……だね」
元々おれ達は、廃部を逃れるための人数集めとして、真理子ちゃんに頼まれて写真部に入部したのだ。
そんなことを知らない安倍はニヤニヤしながら言葉を続けた。
「だよなあ~だってあの子、渋谷の『理想の女の子』そのものだもんな~」
「え」
理想の女の子?
「渋谷より背が10センチ以上低くて、女の子らしい子、だろ? そんなんいるか!ってさんざん言ってきたけど、ホントにいたんだなあ~」
「…………」
理想の……女の子……
真理子ちゃん……小さくて華奢で女の子らしくて可愛らしくて……
慶の、真理子ちゃんを見下ろす優しい眼差し……
「お、全員集まった~?」
安倍が明るい声で集まったメンバーを見渡した。
「じゃ、あみだクジ選んで~」
「桜井君?」
浜野さんにツンツンとつつかれて我に返る。
「どれにする?」
「あ……、えと……」
戸惑っているうちにみんな埋まってしまい、しょうがなく余った一つに『2-10』と書き込む。
希望団体は10団体。5団体のみ当選だ。
「じゃ、恨みっこなしで! まずはじめの当選団体は……」
安倍の能天気な声が頭の上の方を滑っていく。
慶と話し終わったらしい真理子ちゃんが、席に戻っていくのを目で追いかけていたら……
「…………あ」
足元からすっと血の気が引いたのがわかった。
真理子ちゃん、左手前方に座った。
さっきの、壇上からの慶の「ニッコリ」は………
(真理子ちゃんへの笑顔だったんだ……)
理想の……女の子……
(そういえば……)
一学期、慶と真理子ちゃんの様子が少しおかしかった時があった。
その時、慶は真理子ちゃんとの恋愛関係を否定していたけれど、考えてみたら、その時以降、慶は更に真理子ちゃんに対して優しく接するようになった気がする。年下の子に対するやさしさなのかな、とたいして気にとめていなかったけれど……というか、正直にいうと、当時おれはバスケ部の美幸さんに片思いをしていて、周りが見えていなかったところがある。だから気がついた時には、優しく接する慶がスタンダードになっていたんだけど……慶のあの優しい笑顔は……
「桜井君。当選だって」
「え……あ」
浜野さんに再びつつかれて、再び我に返る。2分の1の確立に勝ったらしい。残り物には福がある、だ。
「次は場所の抽選だね。第一会議室、競争率高そうだけど」
「うん………」
浜野さんの冷静な声になんとか肯く。
(慶………)
忙しそうに本部委員で集まって作業をしている慶を遠くから見つめる。
(慶、慶……)
でも、慶がこちらを見てくれることはなかった。
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お読みくださりありがとうございました!
これは持論ですが、嫉妬、独占欲、性欲、を相手に感じたらそれは恋かなと。
浩介さん、性欲はまだですが、嫉妬心と独占欲には、今までとは違った火がついたようです。
また明後日、よろしくお願いいたします!
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