『お前がどうしたいかにかかってるんじゃねえの?』
おれの尊敬する大好きな親友・渋谷慶に言われた言葉を反芻する。
おれがどうしたいか……
おれは……おれは、美幸さんに笑顔でいてほしい。
***
土曜日の写真部の活動で、ファインダー越しに見た美幸さんは、『切ない』という表情をしていた。美幸さんは田辺先輩のことが好きなんだ、とあらためて思った。
バスケ部の三年生は、次週土曜日の引退試合で終わってしまう。美幸さんはこのままでいいんだろうか……
そのことを聞きたかったのに、土曜日はなぜか大勢で帰ることになってしまって、美幸さんから話は聞けず……
月曜日も雨でみんなでバスに乗ることになってしまったので、何も話せず……
火曜日も、なぜか男子部女子部一緒になって駄菓子屋にいったりしたので、世間話はできたけれど、そういう込み入った話はできず……
渋谷もたぶん気にしてくれているんだろう。教室でいても、時々、問いたげにこちらを見ていることがある。でも、何も言わないでくれている。こうして陰から応援してくれている渋谷のためにも、おれは一歩踏み出さなければならない。
そう心に決めていた水曜日。
「桜井、一緒に帰れるか?」
こそっと、田辺先輩から声をかけられた。
田辺先輩と二人きりで帰るなんて初めてのことだ。緊張してしまう……
本当は美幸さんと帰りたかったけれど、この際だから田辺先輩と話すというのもいいかもしれない。美幸さんとのこと聞いてみよう……
と、思っていたら、
「桜井って、堀川と付き合ってんのか?」
「は? え? はああ?!」
田辺先輩からの質問で声をひっくり返してしまった。
「つ、付き合ってって……っ」
「噂聞いたんだよ。まあ最近妙に一緒にいるなって思ってたし、それに昨日も駄菓子屋で仲良さそうだったし……付き合ってんの?」
「ち、違います!!!」
あわてすぎて、自転車のハンドルを離しそうになってしまった。
「付き合ってません! 全然付き合ってません!」
「あ、そうなんだ」
「………」
田辺先輩……ホッとしたって顔した。やっぱり……
「あの……田辺先輩と美幸さんって同じ中学だったんですよね?」
「ああ」
田辺先輩の男らしい精悍な顔つき。女子が騒ぐのも納得できる。
「こないだお二人が一緒にいるところみて、すごく仲良くてびっくりしました。いつもは全然一緒にいないから」
「こないだって……、ああ、堀川が寝てたときな」
そう。寝ぼけた美幸さんは、田辺先輩を『ひでくん』と呼び、田辺先輩は『美幸』と呼び捨てにしてた。
「お二人は、本当は、すごく、仲良し、なんですよね?」
「うーん……中学の時はな」
ちょっと困ったように頬をかいた田辺先輩……。
「どうして、今は仲良くしないんですか?」
「仲良くって……」
田辺先輩はふっと笑った。
「オレにはそんな資格ないから」
「え」
資格?
「それはどういう……」
「オレはさ、中学の時、堀川を守ってやれなかったんだよ」
「守って……?」
「こんな奴、あいつのそばにいる資格ねえだろ」
「???」
意味が分からない。意味は分からないけれど……一つわかったことはある。
田辺先輩は、やっぱり、美幸さんのことが好きなんだ。
**
翌、木曜日、引退試合前の特別練習があった。
いつもと違って、3年生がやたらと扱かれていたので、おれたち2年生はちょっと楽なメニューだった。しかも女子と合同なので、みんなやたらと浮ついていて、練習中にもかかわらずあちこちでお喋りの花が咲いている。
そんな中でおれは衝撃的な事実を知った。
田辺先輩と美幸さんは中学時代、付き合っていた時期があったらしい。
でも、田辺先輩のファンの女子達が美幸さんに意地悪をしてきたため、結局二人は別れることになってしまったと……。
(守れなかったって、そういうことだったのか……)
昨日の田辺先輩の言葉にようやく納得がいった。
「今は二人どうなってんの?」
「さあ? どうもなってないんじゃない? 一緒にいるところ見たことないよね」
みんなワキャワキャ言っているけど……みんな、気が付いてないのかな……
あの2人、今でも両想いだよね……
「で、田辺先輩へのお守り、結局誰が渡すのー?」
篠原の呑気な声に、荻野さんが「はいはい!」と手を挙げた。
「私私! くじ引きで権利を勝ち取りました!」
「結局、くじ引きになったんだー?」
引退試合の前に三年生全員にお守りを渡すバスケ部伝統行事。好きな人に渡して告白、というのを毎年何人かするそうで、この行事のあとに毎年何組かカップルが誕生するらしい。
「今年、告白する人誰かいるのー?」
「内緒! 男子には教えませーん!」
「えー知りたいー」
女子と話せて嬉しそうな篠原の横で、むむむ……と考え込む。美幸さんはどう思っているんだろう……
その日の帰り、おれは正々堂々と、美幸さんに一緒に帰ってくれるようお願いした。今まで一緒に帰っていたときは何となく流れで一緒に……とかだったので、ここまでハッキリと「一緒に帰ってください」とお願いしたのは初めてだ。
「どうしたの?」
拳2つ分くらいのスペースをあけて並んで歩きながら、美幸さんが不思議そうに聞いてきた。
「お聞きしたいことがあって」
「うん」
美幸さんちょっと笑っている。おれの必死さが伝わってきたのだろう。深呼吸、深呼吸……
息を吸って、はいて……、
「美幸さんは今でも田辺先輩のことが好きなんじゃないですか?」
「…………え」
一気に吐き出したおれの言葉に、美幸さんの笑顔が固まった。
「何を………」
「田辺先輩も、今でも美幸さんのことが好きですよね? ……たぶん」
「…………」
美幸さんは立ち止り……、そして、また、ふっと笑った。
「なにそれ」
「見てればわかります」
「………なにそれ」
真顔になった美幸さん……
「田辺先輩、言ってましたよ。自分は美幸さんのそばにいる資格がないって」
「資格?」
美幸さんが眉を寄せた。
「なにそれ」
「中学の時、守ってあげられなかったからって……」
「…………」
ひるんだような瞳をした美幸さんだったけれども、次の瞬間、呆れたように言った。
「ばっかじゃないの」
「………」
「ほんと……ばかだよね」
そして、ふんわりと笑った。おれの惹かれた、女神のような微笑み……
「美幸さんは、お守り、あげないんですか?」
「………あげない」
微笑んだまま美幸さんが言う。
「中学の時も、作ったけど渡せなかったの。どうせ渡せないから今回は作ってもない」
「……あげればいいのに」
「あげないよ」
美幸さんは、後ろに手を組んで、トントントンっとジャンプをしながら進むと、クルッと振り返った。
「もう、いいんだよ。辛い思いをするのはもうたくさん」
「………美幸さん」
その微笑みは、やっぱり女神のようで……でも、悲しい色を帯びていて……
『お前がどうしたいかにかかってるんじゃねえの?』
渋谷の言葉が頭にこだまする。おれがどうしたいか……
おれは……おれは。
***
翌日は、引退試合前の最後の練習だった。
引退式は夏休み前にあるので、一人一人の挨拶、とかそういうのは今日はない。
ただ、恒例の、お守りを渡す会が最後にあった。
みんな機械的にお守りを渡して行く中、志村先輩に渡した女バスの2年生だけは、顔を真っ赤にさせて手紙を添えていたので、みんなから冷やかしの声が上がっていた。
田辺先輩に渡した荻野さんは、ニッコニコで渡しただけなので、何もないのは明らか。でも……
(美幸さん……)
笑顔なのに、笑顔じゃない。
美幸さん、本当は渡したかったんだよね……?
田辺先輩も、笑顔なのに、笑顔じゃない。
本当は、美幸さんからもらいたかったんですよね……?
どうすればいいんだろう。どうすれば……
そんなことを考えているうちに、解散になってしまって、何もいい案なんて浮かばなくて……
帰りも、美幸さんは女バスの人達と一緒に行ってしまったので何もできず……
『お前がどうしたいかにかかってるんじゃねえの?』
渋谷……渋谷だったらどうする?
渋谷だったら、きっと、こうやって、何もできなかった、なんてイジイジしてたりしない。
渋谷は、いつでも言いたいことある奴にはガツンと言って、まっすぐ前を見ていて……
おれがどうしたいか……
おれは……おれは、渋谷。
おれは、美幸さんに笑顔でいてほしい。
心は、決まった。
「田辺先輩!」
体育教官室から出てきた田辺先輩を勢いよく呼び止める。
「な、なに……」
「校門の前で待っててください! 絶対待っててください! 美幸さん連れてきます!」
「は?」
返事も待たず、また、かけだして、自転車にまたがる。
このままじゃいけない。このまま、あんな寂しい笑顔を浮かべていちゃいけないんだよ、美幸さん。
美幸さんには、女神のままでいてほしい。だから……だから。
必死に美幸さんの家に向かって自転車を走らす。何度も送ってきたから道は覚えている。
「美幸さん!」
「…………桜井くん?」
ちょうど、家の門を開けようとしていた美幸さんに追いつくことができた。
びっくりした顔の美幸さんにまくしたてる。
「あの、中学の時に作ったっていうお守り、まだ持ってますよね?」
「え?」
「持ってますよね?!」
言いきると、美幸さんが怪訝な顔をして肯いた。
「………持ってるけど、それが何?」
「渡しにいきましょう!」
「え?」
きょとん、とした美幸さんに詰め寄る。
「今、田辺先輩、校門の前で待ってます。美幸さんのこと待ってます」
「何を………」
「今日、渡さないとダメです。明日引退試合ですよ。今日渡さないと絶対ダメです!」
美幸さんの瞳をじっと見つめる。こんな真正面で見つめたのは初めてだ。最初で最後。澄みきった青空みたいな瞳。
「美幸さん」
見つめたまま、きっぱりと言う。
「渡しに、行きましょう」
「…………桜井君」
泣きそうな顔をした美幸さん。でも……
「ありがとう」
ふんわりと笑ってくれた。その笑顔はやっぱり女神様のようだった。
その後も、必死だった。
と、いうのは、美幸さんを自転車の後ろにのせて、坂を全力で漕ぎあがったからだ。
いつも美幸さんと一緒に帰るときは自転車をおして歩いているので、二人乗りしたのは初めてだった。身長は渋谷と同じくらいだけど、美幸さんの方がずっと軽い。その分漕ぐのは楽は楽だった。渋谷は見た目痩せているけれど、筋肉で重いのかもしれない。
「桜井……、美幸?!」
校門の前でちゃんと待っていてくれた田辺先輩。おれ達の姿を見て、ものすごく驚いていたけれど、美幸さんが降りてすぐに、
「じゃ、さよならっ」
回れ右して走りだしたおれの背中に、
「桜井ーサンキューなー」
大きな大きな声をかけてくれた。振り返ると、寄り添うように立っている二人の姿が目に入った。やっぱり、予想通り、2人、お似合いだ。
漕ぎあがった坂を、ザーッと降りていく。風が気持ちいい。
「………あれ」
風に吹かれながら……ふと、気が付いた。考えてみたら、おれ、失恋した?
今さらながら気がついてしまった。おれ、失恋したんだ。
もう、美幸さんと一緒に帰ることもできない。
でもきっと、美幸さん、これからは笑顔でいられる。女神のような笑顔でいられる。
「渋谷………」
おれ、やったよ。頑張ったよ。
渋谷に報告にいかないと……と思いながら自転車を走らせていたら、
「………あれ」
川べりの道の端に、しゃがみこんでいる渋谷の姿を発見した。
もしかして、待っててくれたんだろうか……
まさか……昨日も、一昨日も、待っててくれたんだろうか……
そう思ったら、心の中が温かいものでいっぱいになってきた。
おれ、渋谷のおかげで頑張れたよ。
せっかく応援してくれてたのに失恋しちゃったけど、でも頑張ったよ……
途中で自転車をとめて、渋谷にゆっくり近づく。完璧に整った横顔に、夕日の光が差し込んでいて、とてもキレイだ……
「……慶」
声をかけると、渋谷がビックリしたように振り返り、
「浩介……どうした?」
ゆっくりと立ち上がり、その綺麗な瞳をこちらにむけてくれた。美幸さんの瞳は青空だったけれど、渋谷の瞳は湖のようだ。光を反射してまぶしく光る水面……
「おれ………」
その瞳にうつるおれは、渋谷の親友としてふさわしい男になれてるかな……。
「おれ………頑張ったよ」
出てきそうな涙をどうにか引っ込めて、なんとか言いきった。おれ、頑張ったよ。
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お読みくださりありがとうございました!
これで、11の終わりと12の終わりがそろいました。
『片恋』編、次回最終話です。
浩介君、告白もしないまま、失恋。初恋終了です^^;
続きはまた明後日!よろしくお願いいたします!
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