「この学校、出るらしいですよ」
写真部の一年生、橘真理子ちゃんがいたって真面目な顔をしていった。
「出るって?」
「何が?」
聞き返したおれと桜井浩介に、今度はおれの妹であり、同じ写真部の渋谷南も真面目な顔で、
「出るっていったら、あれしかないでしょ」
「あれって………」
「これ?」
両手を顔の前でぶらんと下げて見せる。すると、真理子ちゃんと南が仲良くコクコクとうなずいた。
「そう。それ」
「………マジか」
ゆ、幽霊!?
「しかも、この階」
「えっ」
なぜそれを合宿当日に言う!! 今日は学校に泊まるっていうのに、そんなの聞かされたら………
「受験に失敗して首吊りした男子生徒の霊、らしいよ」
「写真部員でも合宿中に毎年一人は必ず遭遇するんですって」
「必ずって……」
勘弁してくれ………
血の気が引いたところへ、南がニヤニヤと言った。
「お兄ちゃん、怖いでしょ?」
「……………別に」
ムッとして答える。でも南はさらにニヤニヤと、
「またまた強がっちゃって。小学生の時も、夏休みの怖いテレビみたあとは一人で二階に上がれなくて、お姉ちゃんについていってもらってたくせに」
「な……っ」
子供のころの汚点をばらすなっ。
「何年前の話してんだよっ」
「え、そうなの? 意外……」
浩介が目を丸くしている。
「慶、そういうの信じてなさそうなのに……」
「いやいや、お兄ちゃん幽霊とかホント苦手で……」
「南っ」
睨み付けたけど、効果はない。一方、浩介はなぜかニコニコ嬉しそうに、
「え~可愛いね~~」
と、おれの頭をグリグリ撫でてきた。
(……うわっ)
ドキンッと心臓が高鳴る。
親友である浩介に片思いをはじめて10か月近くたつけれども……こういう行動にまだまだいちいちときめいてしまうおれって、自分で言うのもなんだけど、ホント健気というかなんというか……。
浩介は最近さらにスキンシップ度が上がってきて、甘えてくることが増えてきている。そこがたまらなくかわいい。
その、笑顔を向けられるとギューッと抱きしめたくなるし、優しく見つめられるともう……なんてことは置いておいて。
「可愛い言うな!」
バシッと手を払いのける。嬉しいけど人前ではやめてくれっ。顔がにやけるのを誤魔化すのが大変だろっ。
「だって可愛いんだもーん」
でも、浩介は気にせずまだグリグリ撫でてくる。南までもがなぜか嬉しそうに、
「浩介さん、お兄ちゃんのことよろしくね。トイレとか連れていってあげてねっ」
「わかった! 慶、一緒に行こうねっ」
「あほかっ!トイレぐらい一人で行けるっつーのっ」
3人でぎゃあぎゃあ騒いでいたところ、窓の外を見ていた部長の橘先輩が、こちらを振り返った。
「布団屋きたから取りにいくぞ」
布団はレンタルで、男子3人(橘先輩、浩介、おれ)は、この部室で、女子2人(南、真理子ちゃん)は、1階の茶道部の和室にひいて寝るらしい。
「あーあ。みんなで雑魚寝するんだと思って楽しみにしてたのに」
真理子ちゃんがまだブツブツと言っている。おれだけが偶然知ってしまったのだが、真理子ちゃんは実の兄である橘先輩に本気で片想いしているのだ。
もちろんそんなこと知るわけもない橘先輩はバッサリと、
「男子と女子が同じ部屋なわけないだろ」
冷たく言い放ってからこちらを向いた。
「渋谷と桜井、どっちか一人きてくれ。で、残った方は床の雑巾がけ」
「え……」
「じゃ、女子2人も行くぞ」
「はーい」
はしゃぎながら真理子ちゃんと南が、橘先輩の後をついていく。
(雑巾がけ……)
戸惑っていたところに、ポンと肩に手を置かれた。
「じゃ、おれ雑巾がけしておくよ」
「え」
振り返ると、浩介がニコニコしている。
「慶、部室に一人で残るのが怖いんでしょ?」
「………」
ず、図星……。
恥ずかしさ紛れに軽く蹴ると、浩介がおかしそうにケラケラと笑いだした。
ムカつくっ! ……けど、その笑顔がかわいいから許す!
レンタル布団はふかふかだった。
橘先輩が敷布団を2枚持ってくれて、おれは敷布団1枚と掛布団3枚を持った。それでも前が見えにくい。
橘先輩は和室に寄るというので、おれだけ2階の部室階に戻ってきたんだけど……ホントここ、薄暗くて怖いんだよな……
若干ドキドキしながら進み、布団で前がよく見えないまま、なんとか部室の前まできた。でも両手がふさがっていてドアを開けられない……
「こーすけー、ドア開けてくれー」
自分の声だけが廊下にコダマする。怖いって……
でも、返事がない……
「浩介ー?」
いないのか? 雑巾洗いにいったとか?? ……と思ったら、
「ちょっと待って!」
あわてたような声が聞こえてきた。
そしてガタガタガタっという音の後に扉が開く。
「おまたせ……、あ、ありがとう」
「お、おお。……?」
なんだろう? 浩介の顔色、少し悪いような……?
「どうし……」
言いかけたところで、後ろから橘先輩の声がしてきた。
「さっさと入ってくれ」
「あ、すみません」
慌てて中に入る。布団を部屋の端に置くと、橘先輩は持っていた敷布団を一つだけその上に乗せてから、あっさりといった。
「オレは暗室で寝るから、ここで君らは二人で寝てくれ」
「え?!」
ふ、ふたりで?!
「人と同じ部屋にいると眠れなくてな。去年も一昨年も一睡もできなかったんだ。今年は寝かせてもらう」
橘先輩はそう宣言すると、さっさと暗室のドアを開けて自分の分の布団を運びこんでいく。
浩介と二人きり……布団並べて寝るって……
「………」
うわーーーうわーーーどうしようっ。
あらぬ想像をしてしまい、赤面してくる。
いやいや、落ちつけ、おれ。どうしようって、別にどうもしないだろ。
でも、万が一ということが……。いや、万が一もないか……
いやでも! でもでもでも……
「……浩介?」
おれがそんなアホな妄想と戦っている間も、浩介は心ここにあらずでボーっとしている。
なんだ?どうしたんだ?
「浩介? どうした?」
「……あ、え?!」
頬っぺたをつついてやると、浩介がハッとしたようにおれを見下ろしてきた。
「慶……」
「なんだ?」
「あの………」
浩介が何かを言いかけた、その時……
「お前ら、一年かー?」
「え?」
戸口の方からやや高い男性の声。振り返ると、小柄な(とはいってもおれよりは背が高そう)男の人がこちらをのぞいていた。ぎょろぎょろとデカイ目が印象的。
「いえ、二年生です……けど」
「なんだ。二年からの入部か」
つかつかつかと中に入ってくる。あ、やっぱりおれよりちょっと背が高い……とついつい小柄な男を見ると背比べをしてしまうおれ。
「えーと……」
「ああ、オレ、ここのOB。一昨年卒業」
「一昨年ってことは……」
「あれ? 五十嵐先輩?」
暗室から出てきた橘先輩が、男性をみてビックリしたような声をあげた。
「いらっしゃるなら連絡くださればよかったのに」
「急にバイトのシフトが変わって時間が空いたんだよ」
一昨年卒業ということは、橘先輩が一年生の時の三年生ということだ。
「暇だから来ただけだから気にするな。オレはいないものとして活動してくれ」
「なんですか、それ」
橘先輩はちょっと笑いながらこちらを振り返った。
「OBの五十嵐先輩。こいつら、渋谷と桜井です。あと女子が二人……」
「5人か。ギリギリだな」
「ええ、まあ……あ、時間なので、もう行きます」
目で合図され、おれ達も撮影の道具をまとめる。今日もこれから、いくつかの部活の撮影をするのだ。
「じゃあ、先輩、オレ達行きますけど……」
「おー。懐かしいから部室の中ちょっと見てから、そっちいくわ」
「はい。じゃ、あとで」
さっさと出ていってしまった橘先輩の後を追いかけて、五十嵐先輩に会釈をしてから部室をでる。
(………浩介?)
浩介はやっぱりまだ様子がおかしい。何か心配事があるような顔をして部室の方を振り返り……大きなため息をついてからまた歩きだした。
(……ま、まさか……)
今、部室で一人で雑巾がけをしている間に、例の幽霊と遭遇した、とか言わないよな……?
今夜は浩介と同じ部屋二人きりで布団を並べて眠る。それもドキドキするけれども……幽霊がいるかもしれないと思うと、違うドキドキも止まらない……
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お読みくださりありがとうございました!
浩介の様子がおかしい理由は次回の浩介視点で……
また明後日、よろしくお願いいたします!
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