理想の女の子。
真理子ちゃんが、慶の理想の女の子。
慶の友達の安倍が言っていた言葉がずっとずっと頭の中をグルグル回っている。
それから一週間と少し、慶とは挨拶くらいしかしない日々が続いた。慶も文化祭実行委員長の仕事が忙しくて、おれもクラスの文化祭委員で忙しかったからだ。
………というのは言い訳で、本当は話そうと思えばいくらでも話す時間は作れた。
ただ、慶と話すのがこわくて避けていた。
自分でもよく分からない。
真理子ちゃんのことを問い詰めてしまいそうなのがこわいのか……問い詰めて、肯定されることがこわいのか……。肯定されることの何がこわいのかも分からない。
いや、嘘だ。分かってる。
おれは、慶の一番が自分でなくなることがこわいんだ。百人を越える聴衆の中からおれだけを見てくれていた慶が、おれ以外の人間を見て笑顔になったということがどうしても受け入れられない。
理想の女の子……
友情と恋愛は別物であって、同じ土俵にのせてはいけないのだろうけど………でも、おれとの友情を「一番」に………いや、「唯一」にしてほしい、と願ってしまうおれは、どうしようもなく醜い。
クラスの文化祭の準備でトラブルが起きた。
衣装担当の女子達が予算を千円も上回る生地を購入してしまったのだ。
「ごめんなさい……足し算間違えちゃって」
女子達は一生懸命謝ってくれたけど、おそらく分かっていて購入したのだと思う。でもそれを追求して白状させたところで何の解決にもならない。
(…………慶)
慶だったらどうするだろう……
やはり一番に浮かんだのは慶の存在だった。
(会いたいな………)
とりあえず、この件は持ち帰らせてほしい、と同じ委員の浜野さんに言って教室を出た。浜野さんも所属している美術部に顔を出すというので、おれも写真部の部室に向かう。
(慶……いるかな……)
実行委員長の仕事が忙しくて部活どころではないだろうけど、一縷の望みをかけて部室のドアを静かに開け………
(………!)
目の前の光景に息を飲んだ。
(…………慶)
慶が……真理子ちゃんの頭を撫でてる……
(理想の女の子……)
二人、確かにお似合いだ。慶の真理子ちゃんを見る瞳は優しさに満ちていて………
「浩介?」
「………っ」
振り返った慶の眩しい瞳、涼やかな声に泣きそうになる。
優しく名前を呼んでくれる。おれの頭だっていつも撫でてくれる。そんなことは分かってる。
でも、その声はおれだけのものではない。その瞳はおれだけのものではない。その手はおれだけのものではない。
でも、それでも、おれには慶が必要で、おれには慶しかいなくて………
醜い。おれの心は醜い。
**
日曜日、浜野さんのうちにお邪魔して、文化祭で出すお団子の試食会を行った。
メンバーはメニュー班リーダーの鈴木さん、小松さん、山崎、皆川。それに慶。慶は実行委員長の仕事があるため、どこにも所属していなかったのだけれども、「一人だけ蚊帳の外でさみしい」というので、メニュー班に入ってもらうことにしたのだ。
みたらしとアンコは決定していて、後一つを黒ごま、きな粉、醤油のうちのどれにするか、みんなでさんざん悩んだあげく、黒ごまに決定した。
「じゃ、渋谷君。約束通り、お願いします」
すべて終わった時点で、浜野さんが若干頬を紅潮させていった。いつも冷静な浜野さんが珍しい。
「え、何々? 何すんの?」
鈴木さんに興味津々に聞かれ、慶が苦笑する。
「絵のモデル?らしい。なんかよくわかんねーんだけど、おれ、なにすりゃいいの?」
「そこに座っててくれればいいの」
浜野さん、もうスケッチブック持っている。
「なるべく顔動かさないで」
「えー………」
「うわー面白そう!見てっていい!?」
結局、山崎と皆川は帰り、鈴木さんと小松さんとおれだけ残って、見学会になった。
シーンとした中で鉛筆の音だけが響いている。
(………綺麗だな)
慶は本当に綺麗な顔をしている。
完璧に作られた人形のようだ。陶器のような白い肌……
(………触れたい)
先週、我慢ができなくて、その綺麗な顔を辿った人指し指が疼きだす。
触れながら思った。「このままおれだけのものにできたらいいのに……」と。
慶に触れるだけで、おれを纏う醜い空気までもが清涼なものに変わっていく。
でも、こんな醜いおれが触れていいのだろうか。おれには慶が必要だけど、慶にとってはそうではない。本当は触れてはいけないのではないだろうか……
(このまま遠くから見つめていたほうが……)
容姿も魂も綺麗な慶………
(ずっと見つめていたい………)
鉛筆の音だけが響く静かな空間……神聖な空間……ずっとこうしていたい……
………と、思っていたのに、5分もたたないうちに、慶が文句をいいだした。
「あーもー暇。浩介、何か喋って」
「え!?」
みとれさせてくれないところが、何だか慶らしくて笑ってしまう。
「あー、じゃあ、来週から中間だし、勉強でもする?」
「おお頼む」
「えーーー」
女子達の非難の声をバックに、浜野さんから教科書一色お借りする。
「何する?」
「古典。土曜日の四時間目、何も聞いてなかった」
「ん」
おれなりの注釈をつけながら、土曜日の授業の再現をしていくと、
「桜井君、先生みたーい」
「先生より分かりやすい!」
鈴木さんと小松さんが誉めてくれて、照れてしまう。
そうこうしているうちに、浜野さんのスケッチが終わった。この場では見せてくれず、「文化祭に出すから見にきて」と言われた。楽しみだ。
**
みんなで駅に向かって歩く中、鈴木さんと小松さんが、きゃっきゃっとはしゃぎながら言ってきた。
「桜井くーん、勉強また教えてー」
「すっごい分かりやすかったよー!」
「う……え?」
うん、とうなずく前に、慶がぐいっとおれと鈴木さんの間に入ってきた。そして、しっしっと鈴木さんを追い払う仕草をすると、
「やなこった!」
べーっと、あっかんべー。
え、慶?
「なんで渋谷君が断ってんのーっ」
ぶうっとした鈴木さんに、慶は当然のように言ってのけた。
「こいつはおれ専用だから貸出し不可!」
「!」
専用……って、慶……
「なにそれ~!」
「ずるーい!」
二人がぶーぶー言う中、おれは途方にくれていた。
おれ専用って………
慶…………
「ん? お前なんか文句あるか?」
振り返った慶に首をふってみせる。
「…………ない」
「よし」
ニッと笑った慶。
おれ専用。おれは、慶の専用。
嬉しすぎて、途方にくれてしまう。
慶……おれ、慶のそばにいていい……?
もし、真理子ちゃんが慶の隣に並ぶことになっても、おれ、慶の専用でいられる……?
そんなフワフワした気持ちでいられたのは、ほんの一時のことだった。
これから、おれの心の中は、嫉妬と独占欲の嵐が吹きあれて、息もできなくなる。
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お読みくださりありがとうございました!
浩介君、浮き沈み激しすぎです。
また明後日、よろしくお願いいたします!
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