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BL小説・風のゆくえには~月光3-1(浩介視点)

2016年02月11日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 月光


 そのノートは、突然、おれの目の前に現れた。
 おれだけに読んでほしくてこのタイミングで現れたのではないか……。そう、思った。


**


 写真部の夏合宿の初日。
 レンタルの布団が届くのを部室で待っていた最中に、

『この階に、受験に失敗して首吊りした男子生徒の幽霊がでる』

 という話題が出た。渋谷がやけにビビってるなあと思ったら、実は子供のころから幽霊が苦手だったと、渋谷の妹南ちゃんが暴露してくれた。意外すぎる。

 渋谷といえば、すごく綺麗な顔をしていて、それでいて男らしくて、クラスを仕切ることもできるし、いじめをするような奴を一刀両断にやりこめてしまったりもするし、スポーツ万能で、明るくて友達も多くて……本当に欠点ナシ。どれだけ完璧なんだってくらい完璧。

 そんな完璧な渋谷が実は幽霊が怖かったなんて!

「可愛いね~~」
 思わず頭をグリグリ撫でると、

「可愛い言うな!」
 バシッと手を払いのけられた。でも頬は照れたようにちょっと笑っている。

 渋谷は人がいないときは自分からもベタベタくっついてくるのに、おれが人前で触ったりすると、必ずやめさせようとする。でもその時の照れたような表情が可愛くてついつい人前でも触りたくなってしまう。渋谷に触れているとすごく落ちつく。おれの心の安定剤だ。


 その後、布団が届き、どちらか一人が取りにいき、一人が部室に残って雑巾がけをするように言われたので、おれが残ることにした。

「慶、部室に一人で残るのが怖いんでしょ?」

 言うと、渋谷が無言で蹴ってきた。図星だったらしい。こんな弱点があったなんて……渋谷、カワイイ。


 何だか幸せな気持ちでいっぱいになりながら、一人で雑巾がけをしていたのだけれども……

「?」

 ガサッという音がした気がして手を止めた。

 なんの音だろう…

 見渡したけれども特に変わったところもない。

「気のせいか」

 一人ごちて、再び拭きはじめて……気がついた。
 写真部専用のスチール棚の下に、何か落ちている。棚と床の間は10cmくらい空いている。埃が積もっていたので、さっきホウキを差し入れて埃を取ったのだけれど、その時には何もなかったのに……

 手を伸ばして取ってみると、大きめの茶封筒が出てきた。中には、大学ノートが一冊。

「なんだろう……」

 綴じ側が黒のラインの、くすんだクリーム色のノート。開いてみて……

「!」

 思わず、放り投げてしまった。

「なんだこれ……」

 心臓のドキドキが耳にまで響いてきている。
 なんだこれ……なんだこれ。

 恐る恐る、もう一度開いてみて……

「!」

 息を飲んだ。なんだこれ……

 なんて字。恨み憎しみ悲しみ、全部を詰め込んだような字……

『しね みんな しね おれはぜったいにゆるさない』

 死ねって……

 はじめの数ページは、そんな調子の殴り書き。ほとんどひらがな。
 でも、途中から、正気を取り戻したのか、字も落ちついて、文章もまともになってくる。

 そこには彼の苦悩が綴られていた。

 親友だと思っていた友人が、同じ大学の推薦を狙っていると分かった途端に、仲間外れにしてきたこと。クラスメートも面白がって自分を無視してきたこと。そして、推薦枠は友人に取られてしまい、自分は一般受験をすることになったこと。そのことにより、もっと良い大学に行くようにと親からプレッシャーをかけられていること。

 最後には結局、受験に失敗して浪人することになった、と書いてある。

『友人も失い、将来も失い、親にも失望され、生きる希望がなくなった』

 希望がなくなったって……

「………っ」

 ふいに、ゾクッと寒気が走った。

『受験に失敗して首吊りした男子生徒の霊、らしいよ』

 南ちゃんの言葉が脳内に蘇る。気配を感じて、ぱっと後ろをむく。

「…………」

 誰もいない……いたような気がしたけど……

 ゾクゾクゾクっと全身に震えが走った。

 これは、まさか……その首吊りした男子生徒の……遺書?


「こーすけー、ドア開けてくれー」
「!」

 渋谷の声! 布団を持って戻ってきたんだ。
 まずい。幽霊を怖がっていた渋谷がこんなものを見てしまったら……

「浩介ー?」
「ちょっと待って!」

 二回目の問いかけに慌てて答えてから、そのノートを茶封筒に入れて自分のカバンに突っ込んだ。急ぎ過ぎて長テーブルを蹴っ飛ばしてしまい、ガタガタガタっとすごい音をさせながら、なんとか扉をあける

「おまたせ……、あ、ありがとう」
「お、おお」

 おれの慌てっぷりに渋谷は目を丸くしたけれど、すぐに橘先輩がきたので何も聞かれずにすんだ。渋谷には言えない……


 その後、五十嵐先輩という橘先輩の2歳上のOBが入ってきた。でも、おれはずっと上の空だった。

(ホウキをかけたときには確実になかったのに……)

 本当に突然現れた。まるでおれに読んでもらいたがっているかのように……

『しね みんな しね おれはぜったいにゆるさない』

 おれにも覚えのある感情……。小学校、中学校時代、いつもそんなことを思っていた。
 おれの奥の方に渦巻いているどす黒い感情が、このノートを呼びよせてしまったんだろうか……


***


 写真部の今年の文化祭のテーマは『輝く白浜高校生~部活編』。
 この合宿中にもハンドボール部と演劇部と鉄道研究部の写真を撮りにいくことになっている。

「ハンドボール部……」

 嫌だな、と思ってしまう。昨年同じクラスだった宇野がいる。おれのことを「何考えてんのかわかんなくて怖いやつ」と言っていて、おれの愛想笑いを見破っていた奴。自信満々で、こちらを見下した態度を隠そうともしないところも苦手だった。一度、おれと渋谷が付き合っているっていう変な噂を流したこともある……

 そんなことを思いだしながら、体育館の隅っこで一人でファインダー越しにハンドボール部の練習を見ていたら、

「あー写真部うぜーっ」
「!」

 急に横で声がしてビックリして飛び上がってしまった。当の本人、宇野が汗を拭きながら毒づいている。

「お前らいて、全然集中できねーよっ。ホント迷惑っ」
「あ……ごめん……」

 心臓がぎゅううっと握られたように痛くなる。

 怖い怖い怖い……

 直接的に向けられた敵意に、足が震える。指先が冷たくなってくる。

「せっかくの練習時間、無駄になっただろっ。どうしてくれんだよ?」
「あ……」

 どうしよう。どうしよう……
 怖い。怖い……
 頭が真っ白になって何も、答えられない。

(渋谷……)

 渋谷、渋谷……

 ドッドッドッと頭の中も波打っている。何か……何か言わないと……

 宇野は馬鹿にしたようにおれを見返してくる。

「お前らのせいで集中できねーからシュートも決まんねえしさ……」
「あ……」

 息が苦しい。宇野の敵意の波に飲みこまれそうになった……その時。

「なーに言ってんだよ!」
「……っ」

 渋谷!

 突然現れた渋谷の明るい声に、場の雰囲気が一変する。

「お前、こんくらいで集中できねーとかいって、試合の時どーすんだよ。もっとギャラリーいるだろーが」
「そりゃいるけどよ」

 宇野の目線が和らいだ。口調も軽くなっている。

「試合の時はこんなカメラ向けられねーだろっ」
「親とか彼女とか写真写してるだろ」
「ああ……まあそうか」
「だろっ。だからその練習だと思えっ。有り難いだろー」
「有り難くねーよっばーかっ」

 けけけ、と笑いながら宇野は練習に戻っていってしまった。

 どっと体の力が抜ける……

 大きく息を吐いたところで、渋谷が心配そうにこちらをのぞきこんできた。

「大丈夫か? お前、さっきからなんかちょっと変じゃねえ? 具合でも悪い?」
「あ……ううん。大丈夫……」

 言いながらも、先ほどのショックから体が立ち直れていない。

「お前、考えてみたら昨日までバスケ部の合宿だったしな。立て続けで疲れてるだろ?」
「あ……うん。でも大丈夫、だよ」

 そんな会話をしているところに、橘先輩がひょいと顔をのぞかせた。

「桜井、保健室開いてるはずだから休んでこい」
「え」
「明日、朝日撮影で朝早いからな。起きられなかったら困る」
「でも……」

 渋ったところに、今度はOBの五十嵐先輩までもやってきた。

「じゃ、オレ、送ってってやるから。橘と渋谷は撮影続けてくれ」
「え、でも」
「顔色悪いし、休んでこいよ?」

 渋谷にまで心配そうに言われてしまい、断り切れなくて、おれは渋々、五十嵐先輩と一緒に体育館を後にした。


 保健室までの道、初対面の先輩と二人きりなんて気マズイな……と思っていたら、

「あの渋谷っての、すげー目立つな」
「え? あ、そう、ですね……」

 五十嵐先輩の方から話しかけてくれて、ホッとする。

「お前、あいつと仲良いんだってな?」
「はい」

 肯くと、なぜか五十嵐先輩は鼻で笑った。

「お前も即答かよ。渋谷も即答してたよ。『親友』、だってな」
「………」

 渋谷……。親友と即答してくれたんだ。心が温かくなる。でも、

「いつまで続くかねえ」
「……え?」

 五十嵐先輩の冷たい声にヒヤッとする。この人なにを……

「お前と渋谷、タイプが全然違うじゃん。仲が良い意味がわかんねえ」
「それは……」
「それに」

 肩をすくめて五十嵐先輩が言う。

「お前、いつもあんな調子で渋谷に助けてもらってんのか?」
「え………」

 助けて……って、さっきの宇野のこと……?

「桜井」
「はい……」

 ふいに五十嵐先輩が立ち止まったので振り返ると、

「お前、いじめられっ子だっただろ?」
「!」

 断言されて、息を飲む。ギョロリとした目がこちらを見上げてくる。

「お前みたいにオドオドした奴、いつでも攻撃対象になるぞ?」
「あ………」

「渋谷もいつまで守ってくれるだろうな」
「え………」

 血の気が引いていく……

「親友、なんて言ってたって、人なんて簡単に裏切るぞ? その時、自分の足で立っていなかったら、もう起き上がれない」
「………」
「お前自身が人に頼らず立っていられるようにならないと……」
「………」

 その後も、五十嵐先輩は色々といっていたけれども、全然頭に入ってこなかった。

『渋谷もいつまで……』

 渋谷もいつまでおれと一緒にいてくれるかわからない……
 こんなおれのこと嫌になって去っていく日がくるかもしれない……

 そうしたら、おれは……おれは…… 

『しね みんな しね おれはぜったいにゆるさない』

 あのノートの言葉が甦る……

 おれはまた、渋谷と出会う前のおれに戻ってしまうのだろうか……

 卑屈で下ばかり向いていて、笑うことも泣くこともできなかった、あの頃のおれに………




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お読みくださりありがとうございました! 

………暗っ!暗すぎる!!

『遭逢』『片恋』『月光』『巡合』は、私が高校生の時に考えたプロットがありまして、基本的にそれを元に書き進めております。
この『月光』は……なんでこんな暗いの?!って過去の自分に突っ込みいれたいくらい暗い!!怖い!!

真面目な話ですみません…。あと数回暗いですがどうかお見捨てなきよう……また明後日、よろしくお願いいたします!

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