『おれはずっとお前のそばにいる。お前はおれの親友。おれの一番。おれの唯一無二。おれの………』
渋谷はそこで何かを言いかけて、止めて、それから、ボソッと付け足した。
『お前にとってのおれも、そうであってくれたら嬉しいんだけどな』
その後の渋谷の表情は、今までに見たことがないくらい儚げで……おれの知っている『渋谷』ではなかった。
前から思っていたことがある。
おれは中3の時に偶然バスケの試合で渋谷を見かけて、それからずっと憧れていた。だから、自分の中に理想の『渋谷』像を作り上げてしまっていたところがある。
しかも、実際に会った渋谷は、想像通りカッコよくて強くて優しくて男らしくて、時々見せてくれる甘えた顔も可愛くて魅力的で、もう、本当に完璧な人だったから、理想像が崩れることはなかった。
そんな人がおれなんかと一緒に笑ってくれたり怒ってくれたり泣いてくれたり……嬉しいけど、恐れ多いって気持ちはどうしても強い。
だって『渋谷』だから。おれの憧れの『渋谷』だから。
でも、それでいいんだろうか? おれはファインダー越しに渋谷を見てしまっていて、本当の渋谷を見れていないんじゃないだろうか?
それは、『親友』だと言ってくれている渋谷に対しての裏切りなのではないだろうか……
考えがまとまらないうちに銭湯にいくことになり(背中のあざを見られたくなくて大急ぎであがった)、その後、写真部のOBOGの方々との宴会まであって、ゆっくり考えている時間もなかった。そんな中、渋谷と二人で買いだしに行くことになり……
二人で月の光の下を歩く。
月の下の渋谷はやっぱりキラキラしている。渋谷と歩くと心がフワフワと温かい物に包まれたようになる。
「おれ、恋より友情に生きることにしたの」
美幸さんとのことを聞かれて、そう答えると、渋谷はまた、あの儚げな表情をして笑った。
(渋谷……)
憧れの『渋谷』の奥にある、『渋谷慶』の顔……
ふいに、また背中がジクリと痛んだ。
ずっと隠してて、誰にも見せたことも、存在を話したこともない、背中のあざ……
おれの本当の顔……
なぜだか分からないけれども、今の『渋谷慶』に、聞いてほしい、と強烈に思った。今、奥にある顔を見せてくれている『渋谷慶』に、おれも……
「うちの母親ヒステリーだから、おれよく背中バンバン叩かれてて、今でも背中にあざ残ってるんだよ~」
真剣に話す勇気はなくて、軽口をたたくようになってしまったけれど………
(ああ……言った。言えた。言ってしまった)
重く肩にのしかかっていたものが少しだけズルりと滑り落ちたのと同時に、ドッと汗がでてくる。手先が冷たくなってくる。……でも。
「へえ。全然そんな風に見えないな」
渋谷は普通のことのように受け止めてくれた。
「うん。そうなんだ」
コクリと肯きながら、大きく息をつく。
まだまだ重い物はのしかかったままだけど、少しずつでもこうやって降ろしていけるのだろうか。
こんなおれとでも、渋谷はずっとそばにいてくれるのだろうか……本心でそう思ってくれてるのだろうか………
9時過ぎにOBOGの先輩方は帰っていき、翌朝は朝日撮影で早いから、ともう就寝を言い渡された。
おれと渋谷は部室で、橘先輩はその隣の暗室で、女の子2人は茶道部の部室でそれぞれ寝ることになっている。
「あー、おれ、なんか興奮して眠れなさそう」
「学校に泊まるなんてめったにない経験だもんね」
布団を仲良くくっつけて、隣同士に寝そべる。すぐ横に、渋谷の綺麗な顔。
「普段ベッドだから布団ってのも眠れなそう」
「ああ、そうだよね。余計に天井高いしね」
そういって、2人で天井を眺めて、何分たっただろう。
1分?2分? 3分はたってなかったと思う。
(………渋谷)
寝てる……。
眠れなそう、なんて言っておきながら即寝だ。すごい。本当に、健康優良児、という感じ。良く食べて良く遊んで良く寝る!
渋谷の健康的な寝息を聞いていたら、なんだかとても幸せな気持ちになってきた。
(あ、そうだ……)
こっそり起きだして、カバンにしまいっぱなしにしていたノートを取りだす。
突然、おれの前に現れたこのノート。おれに読んでほしいかのような現れ方だった。
でも、もし本当に首吊りをしたという男子生徒の遺書ならば、御家族の元に届けるべきだろう。
本来なら顧問の中森先生に報告するのが筋だけれども、正直中森はあてにならない。明後日のバスケ部の練習の時に上野先生に相談してみようか……
月の光を頼りにページをめくる。
(友達は裏切るものだ)
途中で手を止めた。
(信用したら、裏切られたとき、立ち直れなくなる。だから友達は信用しない。人はしょせん孤独な生き物だ)
苦しい、とノートの文字が訴えている。
と、そこへ……
『親友だから』
その苦悶の文字の毒々しさを吹き飛ばすかのように、渋谷の爽やかな声が脳内に響きわたった。
『おれっていう支えは絶対に無くならないから、いくらでも頼れ。いくらでも支えてやる』
渋谷は言ってくれた。人は一人で立つ必要はない、と……。
そして、
『おれはお前が一緒にいるだけで嬉しくて楽しい。それって充分な支えだろ?』
そう断言してくれた。でも、おれなんかといて嬉しくて楽しい、なんてやっぱり信じられない。それにそれが支えになるなんてありえない。
大きくため息をついて、ノートを再びカバンにしまう。
(おれは……)
このノートの持ち主の気持ちが分かる。
おれは他人の悪意に囲まれて育ってきた。だから分かる。人は裏切る。弱いものを見つけて攻撃してくる。裏切られる。だから期待してはいけない……
鉛でも飲みこんだかのような重さを感じながら布団に入り、渋谷の寝顔をジッと見つめる。
(………綺麗だな)
月の光に照らされたその頬は、まるで陶器でできた人形のようだ。
そーっとその白皙に触れてみる。すべらかな頬、形のよい唇……
「……ん」
渋谷が身じろぎしたので慌てて手をひっこめる。
「……こーすけ」
「うん」
ぼんやりと渋谷の瞳が開き、その綺麗な黒目がこちらを見たかと思うと、
「!」
息を飲む。
(なんて………)
なんて幸せそうな……蕩けてしまうほどの微笑み……
こんな表情、初めてみた……、と、
「え?」
いきなり手が伸びてきて、首の後ろのあたりに回され、グイッと引き寄せられた。
(ええっ?)
渋谷の肩口におでこがくっつく。抱きしめるみたいにぎゅうっとしてくる渋谷。
寝ぼけてる。抱き枕状態だ。
「しぶ……」
「浩介……」
耳元に響く優しい声……
ドキンとする。
「ずっと、一緒に……」
「…………」
優しい、優しい声……
ふわあっと切なさが広がってくる……
『ずっと、一緒に……』
寝ぼけてるのに、そんなこと……
寝ぼけてるのに言うってことは、本当に、本心……?
「…………慶」
あんな蕩けるような微笑み見たことない。あの、儚げな表情も……。
ずっと一緒にっていってくれてるその声に、不純物は少しも含まれてなくて……
そして、今、抱きしめてくれている、このぬくもりは……
途端に全身に震えが走った。
「慶………」
なんで今まで気がつかなかったんだろう。
ずっと一緒にいたのは、憧れの『渋谷』じゃなくて『渋谷慶』その人で……
「慶」
今、ここにあるぬくもりは、おれの親友『慶』のもので……
『ずっと、一緒に……』
本心で一緒にいたいと言ってくれている『親友』。嘘のないその思い。信じられる人……
『ずっと、一緒に……』
おれも一緒にいたい。『慶』と一緒にいたい。『慶』と本当の『親友』になりたい。
ドッドッドッドッと心臓の音が大きく部室に響いている気がする。
耳元で感じる『慶』の呼吸。
いつでも支えてくれていた『親友』。嬉しい時も悲しい時も辛い時も。一緒にいてくれたから、笑うことも泣くこともできるようになった。『慶』がいなかったら、おれは今ごろ、あのノートの持ち主のようになっていたに違いない。
(だからこそ……おれは)
そばにいるだけでいいって言ってくれたけど、それじゃダメだ。おれだってちゃんと『慶』を支えたい。支え合いたいんだ。『親友』だから。
そのためには……
「慶」
背中に腕を回し、おれからもぎゅううっと抱きつく。
(慶。おれの親友。おれの唯一無二)
おれは、ノートの持ち主みたいにはならない。
自分を信じて、友達を信じて、強くなる。おれは変わる。変われる。
「慶」
温かいぬくもりをもう一度抱きしめる。
大丈夫。おれには、慶がいてくれるから、大丈夫。
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お読みくださりありがとうございました!
ようやく!ラストで地の文に「慶」と書くことができました。
今回で地の文の「渋谷」からは卒業です。渋谷呼びも新鮮で良かったけど、やっぱり慶!
ようやくようやく、『憧れの渋谷』から、『親友の慶』へと完全に意識が変わりました。
あーとーはー『親友兼恋人』になる日を目指して!
と、その前に次回「月光」最終回です。また明後日、よろしくお願いいたします!
ちなみに……浩介が背中のアザのことを話したセリフは、一年以上前に書いた「翼を広げる前(慶視点)」で慶が思い出していたセリフでした。気がついた方………いるわけないって(^-^;
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