浩介のことを好きだと気がついてから、来月で一年になる。
叶わない恋。ずっと一緒にいるために、おれは『親友』というポジションを選んだ。自分でも、なんて健気なんだろうって誉めたくなってしまう。
2年生からは同じクラスになれて、同じ写真部に入部して……その後、浩介が女子バスケ部の先輩に恋をして、失恋をして……
そして、夏休みが終わってから、浩介は少し変わった。正確には、写真部の合宿以降かもしれない。
今日は9月末。体育祭当日。
「青組応援団遅いね……ちょっと探してくる!」
「おお。頼む」
おれ達体育委員は、強制的に体育祭実行委員になる。おれと浩介は、生徒の誘導係を担当していた。
以前の浩介は、何にでも受け身で、なるべく人と接する仕事を避けていたところがあったのだけれども、夏休み明けから、急に積極的になってきた。憑き物が取れたのか、憑き物が憑いたのか、一学期の球技大会のときとは別人のような働きをしている。
「宇野! 早く! こっち!」
浩介の大きな声。長ラン姿の宇野を先頭に、青組応援団の奴らが慌てて走ってくる。
「わりいっ着替えに手間取った」
「大丈夫! ギリギリセーフ!」
今、ちょうど赤組の演技が終わったところだ。
「全員集まってる? 準備はいい?」
「おう」
「じゃ、いくね」
浩介は、親指を立てた宇野に肯いてから、おれを振り返った。
「慶、お願い」
「おっけー」
テントの放送部に合図を送ると、青組応援団の入場曲がかかった。
「頑張って!」
「おおっさんきゅーっ! おら行くぞー!」
勇ましい掛け声とともに、宇野達、長ラン姿の応援団がグラウンドの中央に走り出す。
「宇野、今回応援団長なんだな」
「うん。途中ですっごい仕掛けがあるからしっかり見とけって言ってたけど……」
男子も女子も長ランに長い鉢巻。
「女子の長ランってかわいいよな」
「ね。大きいのをダボって着てる感じがいいよね」
なんて、普通の男子高校生的会話をしながらも、心中複雑だったりする。
(浩介、いつのまにか宇野と普通に話せるようになったんだ……)
つい一か月前までは、宇野のこと苦手そうにしてたのに……
(ああ、おれ心狭いなあ……)
内向的で、おれの後ろにくっついてばっかりだった浩介が、最近はおれ抜きでもクラスの奴らと話していたりする。そのことは良い傾向だと喜ぶべきなのに……なんか……寂しい。
(いやいやいや、元々こいつ、バスケ部の奴らとは上手くやってたし、溝部たちとおれ抜きでおれのバイト先の海に来たりしてたし……)
そうだそうだ。自惚れるな。別におれがいなくたって、浩介は全然……
でも、なんていうか……前よりも、自分から積極的に話しに行くようになったというか……
「わ!うそ!」
「え?」
会場がドッと笑いに包まれた。我に返ってグラウンドをみると……
「げっ」
「仕掛けってこれかー!」
長ランを脱ぎすてた宇野達……なんと、その下はチアガールの衣装!
ゴツイ男子学生たちがフリフリミニスカートで青いボンボンを持って、足を振り上げる振りつけは、かなり……気持ち悪い。
「これ、青組一位取りそうだな」
「すごいねーよくやるねー」
ケタケタ笑っている浩介。楽しそうだ。
なんか……やっぱり変わった。『一皮むけた』って感じがする。
演技が終わった宇野達が会場に愛想を振りまきながら帰ってきた。昼休みの間に一般投票が行われ、そこで順位が決まるため、会場に十分アピールしなくてはならないのだ。
おれが次の白組の送りだしをしている間、宇野と浩介は何か話していた。
(何話してるんだろう……)
体格の良い宇野のチアガール姿はそうとう不気味だ。本人も分かってやっているのだろう。
笑いながら宇野が去っていった後に、浩介に聞いてみる。
「何の話してたんだ?」
「え?!」
妙に動揺した浩介。怪しい……
「なんだよ? 教えろよ?」
「いや、その……」
詰め寄ると、降参というように浩介が両手をあげた。
「宇野が言ってたんだからね。おれじゃないからね」
「だからなんだ」
更に詰め寄ると、浩介が言いにくそうにボソリと言った。
「チアガール姿、渋谷だったら似合いそうだなって」
「……………」
宇野ーーーーっ。
ピクピクピクっと頬を痙攣させると、浩介が慌てたように手を振った。
「あ、だからね、渋谷はかなり筋肉ムキムキだから、その衣装は似合わないと思うよって言っておいた」
「……………」
なんだそのフォローは……。
「お前……いつの間に宇野とあんな仲良くなったんだ?」
「仲良くないよ?」
きょとん、と浩介が答える。何を言ってるんだ。
「仲良くないって、普通に喋ってたじゃねえかよ」
「普通に喋ってた? そう見えた?」
「え?」
何をいって……
聞く前に、浩介が大きく息をついた。
「良かった。これで普通……なんだよね?」
「え? ……あ」
浩介の瞳に怯えのような光が灯っている。
抱きしめたくなるのを我慢して、大きく肯く。
「おお。普通、だ」
「良かった」
安心したような笑みを浮かべた浩介……。
ああ、おれは大馬鹿だ。自分の気持ちばっかりで、浩介の気持ちを考えてやれてなかった。そうだよな。急にこんなに頑張って、無理してないわけがないよな……。
「とりあえず、午前の部は終わりだな! お疲れ!」
「わわわ」
ぐしゃぐしゃと頭をなでてやると、浩介がくすぐったそうに笑った。いつものおれの大好きな浩介の笑顔だ。変わっていても変わっていなくても、浩介は浩介だ。
午後も引き続き、委員の仕事があり、競技では二人ともスウェーデンリレーに出場することになっている。
「午後、リレーだね。やだなあ……」
「まあ、まかせとけ。お前が何位でバトン渡そうが、おれがどうにかしてやる」
「お願いします」
深々と頭を下げてくる浩介。
スウェーデンリレーは一般的には1000mメドレー(100、200、300、400)らしいが、そんなに長い時間をかけていられないので、うちの高校では、その半分の500mメドレー(50・100・150・200)をすることになっている。
おれはアンカーの200m。今日のためにかなり走りこんできたので自信はある。たいていの奴は200mだと後半でバテてしまうので、よっぽどの差がないかぎりは挽回できるとみている。
浩介も実は持久力はあるほうなので、150m一気に走り切れるだろうから、本人が心配するほど変な結果にはならないと思うけど……
「ありがとね、慶」
「あ?」
ありがとう?
振り返ると、浩介がふんわりとした笑顔を浮かべている。
「何が?」
「何かあっても慶が助けてくれるっていうのが、いつでもおれの心の支えだから」
「…………」
「頑張るね」
「…………」
………………。
どうしてくれよう。可愛いすぎだろ………。
「慶?」
「…………可愛すぎだな」
「え?」
聞き返してきた浩介に真面目な顔をして言ってみる。
「お前、可愛いすぎ」
「え~~」
あはは、と浩介が笑う。
「慶の方が可愛いよ」
「可愛いくない。お前は可愛いけど」
「何いってんの。慶は可愛いって」
「可愛くない!」
二人ででかい声で、可愛い可愛くないと言い合っていたら、
「お前らさっきっから何言ってんだよ~」
「カップルがイチャイチャしてるみたいだぞっ」
「実はお前ら付き合ってんだろ!?」
溝部と山崎と斉藤がゲラゲラ笑いながらやってきた。
「誰が付き合ってるだ!」
キッと睨み付けると、溝部が調子よく、
「いや~渋谷は顔だけだったら確実に学年一位だもんな~。おれはお前が女だったら是非お付き合いお願いしたいぞ!」
「あほかっ」
人が気にしていることを!
おれはわりと女っぽい顔をしているせいか、昔からそういうことをよく言われた。子供の頃はその度に相手が謝るまで蹴り倒したりしたけれど、今はさすがにそんなことはしない。
でも軽く蹴るだけは蹴ると、溝部が避難するように浩介の後ろに回り、背中をつついた。
「なあ? 桜井だってそう思うだろ? 渋谷が女だったら確実に付き合うよな~?」
「え?」
うわっ溝部っお前はなんて質問をっっ
でも、おれの内心の焦りもなんのその、浩介はあっさりと言った。
「慶はすっごい男らしいから、女だったら、なんて考えられないよ」
「…………え」
そんなこといってくれるんだ……。
なんかちょっと感動………
でも、溝部はまったくめげず、浩介の背中をバシバシたたいた。
「例え話だろ~~ノリ悪いな~~」
「あ………ごめん」
浩介は困ったように頬をかいて、
「えーと……女の子だったら……」
と、ジロジロとおれのことを見てから、
「慶の気持ちもあるから付き合うかどうかは分からないけど……」
真面目な顔をして言葉をついだ。
「男でも女でも、おれが慶を大好きってことは変わらないと思う」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………は?」
今、なんつった?
「ちょっと待て、桜井……」
「うん」
溝部が額を抑えながら浩介を見上げる。
「今、お前、とんでもないこといったぞ?」
「え? 何が?」
「渋谷のこと、好きだって……」
溝部の問いに浩介が首をかしげた。
「うん。大好きだよ?」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
しばらくの沈黙のあと、溝部、山崎、斉藤が大きくため息をついた。
「幼稚園児かよ……」
「桜井って時々変だよな」
「高校生にもなって恥ずかしすぎるだろ。大好きとか……」
「え!?そうなの!?友達でも好きって言っちゃいけないの!?」
浩介が慌てたようにワタワタとする。
「ごめん、おれ、そういうのいまいち分かってないっていうか……っ」
「……………」
そういえば、今では慣れてしまって何とも思わなくなっていたけれど、浩介は出会った頃から、こんな風に恥ずかし気もなく恥ずかしいセリフをペロッといってしまう奴で、おれはそれを聞く度に「変な奴だなあ」と思っていたんだった。
考えてみたら、さっきの「心の支え」なんてセリフも相当恥ずかしくないか? 慣れとはおそろしい。普通に受け入れてた……。
「いい、いい。それが桜井の良いところだ。言っとけ言っとけ。素直に言っとけ」
「そうだそうだ。桜井はそのまま純粋培養で育ってくれ」
溝部達が呆れたように言い、浩介が「純粋培養って何!?」とか言うのを、おれは複雑な気持ちで聞いていた。
(『大好きだよ』か……)
大好き、は初めて言われたな。
嬉しいけど……それは確実に友達としての大好きだ。
嬉しいけど、それを突きつけられたようで、逆に凹む……。
これ以上この話をしたら立ち直れそうもないので、無理矢理話を変えてやる。
「つか、さっさとメシ食おうぜ? おれら委員の仕事あるから集合早いんだよ」
「おおそうだったっ。どこで食う? 教室戻ってもいいし……」
「チアガールの女子見ながら食いてえなあ」
溝部の視線の先の、本部テントのあたりをみると、応援団の各組のメンバー数人が、票集めの呼び込みのために、投票ボックスの前に集まっていた。
「チアガールより長ランの方がかわいかったなあ……」
山崎がボソリと言った言葉に、おれと浩介が激しく同意する。
「だよなだよな!長ラン良かったよな!」
「手が袖から半分しか出てない感じが可愛いかったよね!」
やっぱりみんな考えることは同じだな! と思いきや、
「えーおれ絶対チアガール」
「おれもー」
溝部と斉藤が、なー?と顔を合わせている。
そこで「長ラン」「チアガール」と5人で言い合っていたら、
「そこの男子たち、さいてー」
と、通りがかりのクラスの女子達に軽蔑の眼差しで見られてしまった……。いや、健全な男子高校生の頭の中なんてそんなもんだろ!?
健全でないおれは、(浩介も長ラン似合いそうだなあ)なんて妄想を膨らませていたけれど、そんなことは絶対に秘密だ。
スウェーデンリレーは、50、100の二人が2位をキープしてくれ、150の浩介が1位との差をかなり縮めてくれ、アンカーのおれが最後の最後で追い抜かして1位になる、という感動的な結果となった。
ゴールテープを切った途端、浩介が一番にすっとんできて、公衆の面前だというのに大袈裟に抱きついてきた。
「慶!すごい!かっこよかった~!」
「わっやめろっ離せっ」
おれが浩介の腕の中から抜け出ようとワタワタする様子を溝部達がゲラゲラ笑いながら見ている。
親友。クラスメート。友達。呼び名は何でもいい。
こうして一緒に喜んだり、笑ったりできる毎日を共に過ごせれば、それだけでもう満足だ。
そんな日が続けばいい。ずっと。ずっと。
追伸。
応援合戦は投票の結果、バク転・バク宙で魅せた白組が一位となった。男子がチアガール衣装まで着た青組は残念ながら僅差で二位。団長の宇野は責任をとって、打ち上げの席でセーラー服を着て「セーラー服をぬがさないで」を振り付けつきで歌ったとかなんとか……。
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お読みくださりありがとうございました!
昨日投稿した人物紹介に引き続き、本編『巡合(めぐりあわせ)編』になります。
今まで短編等で書いたことはありましたが、高校時代、浩介はみんなの前で慶のこと「大好き!」って公言してました。今回のラストシーンの感じが、私の中での高校時代の二人の日常なんです(浩介が抱きついて、慶が「離せっ」っていって、クラスメートが笑って……みたいな)。ようやくその雰囲気がでてきて、浩介の「大好き!」もでてきて、一安心です。
この『巡合』が終わるころには、その友達の「大好き」が恋人の「大好き」になっているはず!!
今まで通り、一日置きの7時21分に更新することを目標としております。
また明後日、よろしくお願いいたします!
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