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BL小説・風のゆくえには~将来5-1(慶視点)

2016年04月10日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来


 うちの学校の修学旅行は、2年生の3月と決まっている。
 昨年の2年生も、卒業式の後すぐに修学旅行に行ったので、期間中、学校に1年生だけしかいなくて校内がやけに静かだったのを覚えている。
 今年の修学旅行の行き先は、広島・山口だ。


 親友兼恋人である浩介と2年生で同じクラスになれたことは本当にラッキーだった。
 おかげで修学旅行、クラス行動も、旅館の部屋(10人部屋だけど)も、二日目の班行動の班も、全部全部一緒。二泊三日ずっと一緒にいられる!

 ……と、おれは単純に修学旅行を楽しみにしていたのだけれども……


 一日目は、広島~宮島、厳島神社。
 早朝の新幹線で出発し、その後すべて団体行動だった。

 浩介の様子が微妙に変なことに気がついたのはおれだけだろう。
 妙に浮かれていたかと思うと、急に沈んだり……。気になって声をかけようにも、ずっと誰かしら周りにいる状態なのでなかなかかけられず……

「お前、なんか変だな。大丈夫か?」

 旅館に着いて、一瞬だけできた二人きりの時間に、ようやくこっそり聞くことができた。
 すると浩介は「やっぱり慶にはかなわないなあ……」と弱々しく笑い、

「おれ、修学旅行とか初めてで、なんか緊張しちゃってて……」
「そっか……」

 浩介は中学時代、あまり学校に行けていなかったらしい。その話をしたときの震え方は尋常でなく、詳細は聞いていないけれども、思い出したくない記憶なことは確かだった。

「何かあったらおれを頼れよ?」
「……ん」

 ありがとう、と言いつつも、浩介の心ここにあらず状態は続き、それはどんどんひどくなっていって、風呂の時間が来た時点で、委員長に「顔色悪いぞ?」と指摘されるくらい蒼白になっていた。

「大丈夫か?」
「大丈夫……」

 浩介はそう言いながらも、脱衣場でもモタモタと用意にやたらと時間がかかっている。いつもの浩介らしくない。

(この光景どっかで……って、あ)

 思いだした。写真部の合宿で皆で銭湯に行った時も、浩介は脱衣所でグズグズしていてなかなか入ってこなかった……

 でも、今日の入浴時間は2クラス合同で15分ずつしか取られていないので、これ以上時間をかけてはいられない。担当の見張りの先生に急かされ、みなで風呂場に向かいかけたが、

「桜井、バスタオルはおいてけ。中に持っていっていいのは普通のタオルだけだぞ」
「え」
「あ……」

 いつのまにバスタオルを羽織った状態で行こうとしていた浩介。でも、先生から鋭く注意され、立ち止まった。

「桜井、先行ってるぞー?」
「あ……うん」

 溝部の声に軽く肯き、浩介は脱衣所の自分のかごの前に戻っていく……

(……なんだ?)

 浩介の様子、やっぱりおかしい。なんだ……? なにを考えている……?

 必死に浩介の行動を思い返す。
 バスタオルを羽織っている浩介……怯えるように、何かから逃げるように……

(そういえば……)

 海でも浩介はシャツを羽織っていて、絶対に脱ごうとしなかった。ボタンは全開で前は全部見えていたけれど……

(そう……前は全部みたことあるんだよな。こないだも……って、わああっ)

 10日ほど前のことを思いだして、叫びそうになる。
 あの時、おれの部屋でおれたちは体を重ねようとして失敗して、そのあとお互いの……

(って、思いだすなっおれ!)

 思いだしたら非常にマズイ状態になるので、無理矢理思考を切りかえる。
 合宿の時もなかなか風呂に入ろうとせず、入ったら入ったであっという間に出ていった浩介。そして海ではずっとシャツを羽織っていて……

(何かをみられたくないってことか……?)

 隠しているのは、肩、背中、腰……

(あ!)

 ふいに、思いだした。あれは合宿の、月の下での買い物の時……

『うちの母親ヒステリーだから、おれよく背中バンバン叩かれてて、今でも背中にあざ残ってるんだよ~』

 おどけたように言っていたし、当時、浩介の母親のことをまだ全然知らなかったので、『全然そんな風に見えないな』なんて軽く受け流していたけれども……今なら分かる。

 浩介の母親の、あの悲鳴のような声。夜叉のような激しさ。そして、浩介の幼少期の写真の無表情な顔……


(浩介……っ)
 急いでかごの前で固まっている浩介の横に駆け寄る。

「まだ残ってるやつ、さっさと入れー」

 先生の声にビクッと震えた浩介……。浩介、浩介。大丈夫だから。おれがいるから……

「浩介……」
「……慶」

 うつむいたままの浩介の背中に直接触れると、浩介がゆっくりとこちらを見た。目に涙がたまっている……

「おれ……背中に……」
「大丈夫。おれがこうやっててやるから。な?」
「………でも」

 小さく首を振った浩介に、安心させるようにニッコリとする。

「大丈夫だよ。野郎の裸なんて誰も注目して見やしねえよ。それに風呂の中は薄暗いからよく見えないし」
「慶……」

 浩介は覚悟を決めるようにぎゅっと目をつむり、小さくつぶやくように言った。

「慶は、おれのこの痣みても……おれのこと、嫌いにならない……よね?」
「当たり前だろ」

 抱きしめたい気持ちをなんとか抑えて、バスタオルの下の背中をさすってやる。

「片想い歴一年以上のおれをなめんなって言っただろ? 何があっても、大丈夫だ」
「慶……」

 ゆっくりと浩介の瞳が開かれる。その瞳に安心の色が浮かんでいてホッとする。


「おーい、そこの二人、さっさと入れ。残り10分だぞ」
「はーい。じゃ、行こうぜっ」
「あ……うん」

 先生に急かされたから、とでもいうように、背中を両手でおしてやる。

(浩介……)
 胸が苦しい……。お前の苦痛をおれはきちんと理解して、それで支えてやれているのだろうか……

「慶……ありがとね」
「おお」

 浩介は風呂場に入るとほっとしたように息をついた。風呂場は予想通り薄暗く、湯気で先の方もあまり見えないような状態だったのだ。

(浩介……)

 隣同士のシャワーの場所を確保して、大急ぎで頭を洗いながら、あらためて浩介の背中を盗みみて、ますます苦しくなってくる。

 浩介は、背中の痣を人に見せたくなくて、人前に背中を晒すことを今まで避けてきた。でも……

(でも、そんな痣……)

 浩介の真っ直ぐな背中には……

(そんな痣……、どこにもねえぞ?)

 あえていえば、これ……? と思うような、うっすらとした紫の小さな痣はあるけれど、そんなの、目を凝らしてジッと見ない限り見えない。

(でも……)

 浩介には大きな濃い痣に見えているのだろう……

 おれは、お前の痣を消すことができるかな……。お前の心を守れるかな……。




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お読みくださりありがとうございました!
前回までとはうってかわり、真面目な話^^;
次回は修学旅行二日目です。続きはまた明後日。次回もどうぞよろしくお願いいたします!

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コメント (2)
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