真木さんの声が頭の中でグルグル回っている。
『今日の夜、慶君と約束してるんだよ。俺が今滞在してるホテルの部屋に招待したら、喜んで行く!って言ってね』
『今夜は楽しい夜になりそうだなあ。慶君も期待してるだろうから応えてあげるけど、いいよね?』
慶と真木さんが、そういうことするってこと……?
『後からみっともなく騒いで慶君を困らせたりしないようにね。人間引き際が肝心だよ』
引き際? 引き際……。おれは引かないといけないのか……?
「ちょっと、大丈夫?」
いきなり頭上から涼やかな声が聞こえてきた。
「………あかね」
見上げると、目の前にアーモンド型の綺麗な瞳があった。おれが唯一本音を話せる友人、あかね……
「なんでここに」
「なんでってあんたが電話してきたんじゃないのよ」
「……そうだっけ?」
覚えていない。無意識にあかねを呼びだしていたらしい。
あかねはやれやれ、と息をつくと、隣にストンと座ってきた。あたりが暗くなった公園は人影もまばらになっている。
「何があったの? そんな死にそうな顔して」
「うん……もう、死にそう……」
かいつまんで真木さんの話をする。話だけでも気持ち悪くてクラクラする。
なんとか全部話し終わったけれど、いつもだったら、すぐにあーだこーだと言いだすあかねが眉を寄せて黙ってしまった。
やはりあかねも黙るような話なのか……と余計に落ち込みそうになった。けれども、
「……真木ってまさか……」
あかねが難しい顔をしてつぶやいたので驚いてしまう。
「何? 知ってるの?」
「うん……ちょっと電話させて」
あかねは素早く携帯を操作すると、立ち上がった。
「忙しいところごめんね、陶子さん」
週末あかねが手伝いにいっている新宿のバーのママにかけているようだ。なんなんだろう……
「……で、あんたはどうしたいわけ?」
しばらくして戻ってきたあかねに問われ、詰まってしまう。
「どうって……真木さんと一緒にいた方が慶が幸せになれるなら……」
「別れる?」
「……………………やだ」
正直に答えるとあかねが「バカじゃないの?」と呆れたように言った。
「じゃあやることは一つ。慶君をきっちり繋ぎ止めること」
「でもさ、本当は真木さんに譲ったほうが慶が幸せに」
「バカっ」
「痛っ」
思いきりはたかれた。
「譲るってなに、譲るって。慶君はものじゃないのよ?」
「だって……」
「それに、真木と一緒になって幸せになれるとは思えない」
「……え」
あかねの携帯にメールの着信があり、それを見たあかねが画面を開いて見せてくれた。どこかのバーのソファに座っている真木さんと数人の男性……
「こいつでしょ? 真木って」
「う…………うん」
「やっぱりね」
あかねは携帯の画面をパタンとしめると、
「2か月くらい前から、新宿界隈に出入りするようになった奴でね、噂になってたのよ。あの外見で目立つから余計にね」
「噂……?」
真木さんは大阪の病院に勤めていて、2か月前から交換研修でこちらに来ていると言っていた。だからホテル住まいなんだと……
「評判悪いよ。男とっかえひっかえ食いまくってるって。一度に数人とかもありでね」
まあ、私も人のこと言えないけど、とあかねは自虐的に言ってから、
「つい先日も、陶子さんの友達がやってるバーで言ってたって。今、ものすっごい美形の子を狙ってるって。落として連れてくるから楽しみにしててって。そういいながら、この日もカワイイ男の子2人お持ち帰りしたってさ」
「な……」
なんだ……なんだそれっ。そんな遊びみたいな気持ちで慶に……っ。
怒りで頭が沸騰したところで、おれの携帯が鳴った。また母親じゃないだろうな?!とキレながら見てみると、
「……慶っ」
慶からのメールだった。
<キャベツ買ってきて。実家から桜えび送ってきたからお好み焼きにしよーぜ。今から真木さんの部屋で資料映像見せてもらうけど、終わったらすぐ帰るから>
キャ……キャベツ?! お好み焼き?! って、慶!!
『慶君も期待してるだろうから応えてあげるけど、いいよね?』
真木……っ!! なにが、期待してる、だ! 勘違いするな! 慶はおれとお好み焼き食べるんだよ!!
慌てて慶の携帯に電話をするけれども、電源が切られていてかからない。おそらく、その資料映像とやらを見る寸前にメールして、携帯の電源を落としたのだろう。「くそっ」と口汚く言ったところで、
「行くよ!」
あかねにグイッと腕を引っ張られた。
「どこのホテルかも部屋番号も聞いた! タクシーで行けばすぐ着く!」
「!」
一緒に走りだす。慶……慶。どうか無事で。どうか無事でいて……っ
**
真木が滞在しているのは、都内でも有名なホテルだった。宿泊客でない人も利用するレストランがいくつも入っているため、大きなロビーにはたくさんの人が行きかっている。
「タクシー代払っておくから先行って」
そういってくれたあかねを置いて、すぐに入ったはいいけれど、広くてどちらに行ったらいいのか分からない。客室に向かうエレベーターは……、と焦りながら探していたところで、
「あれ? 浩介」
「け……慶!!」
探している張本人が、目の前に現れて心臓が止まりそうになった。
慶……どこもなんともなってない? 着衣の乱れもないし、えと、それから、それから……
あわあわしていると、慶が「あ」といって眉間に皺をよせた。
「まさかお前も真木に呼びだされたのか?」
「え」
慶、真木って呼び捨てにした。慶はムッとしたまま言葉を続けた。
「あいつ今伸びてるから話できねえぞ」
「え?」
伸びてる……?
「膝で鳩尾に喰らわせたあと、完璧に延髄斬り決めてやったからな」
「え……」
鳩尾? 延髄斬り? って、えええええ?!
身長164センチの慶……20センチ以上背の高い真木を伸してしまったってこと?!
「あの……それは……」
「くっそーすっかり騙されてたっ。おれに親切にしてくれたのもそういうことが目的だったのかと思うと、延髄斬りくらいじゃ気が済まねえ。もうあと2、3発喰らわせてくればよかった」
「慶……何も、されて、ない? 大丈夫?」
ドキドキする心臓を押さえながら聞くと、慶は思いきり顔をしかめて、
「されてねーよ。気色悪いことは言われたけど」
「きしょ……?」
雑踏で会話がよく聞こえないので、自然と距離が縮まっていく。
「なんか……おれのことが美しい、とか、自分の隣にふさわしい、とか。意味わかんねえ」
「………」
何が隣にふさわしい、だ。ふざけるな。ナルシストの勘違い男め。
「それとか……」
慶はちょっと言いにくそうに言葉を詰まらせてから、ぼそっと言った。
「おれの知らない快楽を教えてやるとか……出さないでイカセテやる、とか」
「…………」
それは……
慶は今日一番のしかめっ面をして吐き捨てるように言った。
「つかさ、男なんだから出してなんぼだろ。何が出さないで、だ。ふざけんな」
「慶……」
慶はひとしきり怒ってから、急に声を小さくした。
「まあ、そういうコースの風俗もあるって話は聞いたことあるけどな」
「え?! そうなの?!」
「肛門科の先生が言ってた。カップルでも、彼女が彼氏の……」
慶は言いかけてから、「何の話してんだおれたち」と苦笑した。
「で、お前はどうしてここに? 呼ばれたのか?」
「ううん……慶が心配で」
「心配?」
きょとん、とした慶。
「心配って?」
「あの……真木さんに無理矢理、その……」
「あるわけねーだろ。見くびんな」
「だって……」
あの体格差だ。まともにやりあったら、いくら慶だって敵わないだろう。真木は油断していたんだと思う。慶は見た目は本当に天使そのものだし、真木の前では言葉遣いも丁寧だったから、こんなに凶暴だとは想像もできなかっただろう……。
「あ、いいこと思いついた」
慶がいきなり手を打った。
「そんなに心配っていうんだったら、やっぱりキックボクシング習ってもいいよな?」
「え」
その話に繋がるんだ?!
「やっぱさー仕事柄、手怪我するとまずいから、足技鍛えたいんだよなー。キックボクシングもテレビで見たの真似してみたんだけど、イマイチ分かんなくて。こう手を構えるだろー? それで……」
「慶、慶、慶っ」
ああ、もう、慶……
「ここ、ホテルのロビー。いきなりそんなことやり始めたら……」
「あはは。だな」
慶がキラキラの笑顔で笑ってくれてる。
「早く帰ろうぜー。あ、お前メールみた? お好み焼き……」
「うん! キャベツ買って帰ろうね?」
歩き出したところで、視界の隅にあかねの姿が入った。
(……あかね)
ピースサインをしてくれてから、すーっと雑踏に消えていったあかね……。
(また世話になっちゃったな……)
あかねには本当に頭が上がらない。今度お礼をしなくては………
「浩介? どうした?」
「ううん。何でもないっ」
慶の横にぴったりとくっつくと、慶がぽんぽんと背中をたたいてくれた。
慶の隣にはおれがいる。おれの隣には慶がいる……。
お好み焼きをお腹いっぱい食べて、片付けも全部終わらせてから、コーヒーを持ってソファに座る。いつもの寛ぎタイムだ。
高校生の頃はコーヒーを飲めなかった慶も、大学を卒業するころには自らすすんで飲むようになっていた。自動販売機で缶コーヒーを買うおれを「大人~~」とからかっていた高校時代の慶が懐かしい。
「何ニヤニヤしてんだよ?」
コーヒーカップに口つけながら慶がいうので余計にニヤニヤしてしまう。
「いや……慶も大人になったなあと思って」
「なんだそりゃ」
慶は肩をすくめ、カップをテーブルに置いた。
「そりゃ大人だろ。一応社会人だし」
「…………あ」
ふいに、今日の昼に真木に言われた言葉を思い出した。慶は今、仕事で悩んでいる。その悩みを聞いてあげている、と……
「なんだよ?」
「あの………」
慶はおれには仕事の愚痴を一切こぼさない。疲れた、とか、忙しい、とか漠然としたことは言うけれど、具体的なことは何も……。それはおれなんかに話してもしょうがないから、だよな……
「真木さんが言ってたんだよ。慶は今、仕事で悩んでるって。そういうこと、おれに話してくれないのは………話しても無駄だから?」
「なんだそりゃ。つか、真木の話すんなよ胸くそ悪い」
慶は眉を寄せると、おれの膝に自分の足をのせてきた。
「無駄とは思わねえけど……まあ、時間がもったいないとは思う」
「もったいない…………」
時間がもったいないって、それはイコール無駄ということでは……
「浩介」
「え」
慶がおれにまたがり、軽くキスしてくれた。沈みかけたおれの心に、すっと入ってくる光……
「だってさ、おれ、お前と一緒にいるときは、お前のことしか考えたくないから」
「え」
目の前に慶の瞳……湖のようにキラキラしている瞳……
「何が面白くてせっかくの時間に仕事の話しなくちゃなんねーんだよ」
「あ………」
ぐっと腰を押し付けられ、洋服越しに熱が伝わってくる。
「あと……あとね」
「なんだ」
慶の唇がおれの額や頬に触れてくれる。気持ちいい……
でも理性をかき集めて、真木にいわれたことを慶に確かめる。
「おれ、運動苦手だから慶と一緒にしてあげられない……」
「そんなこと」
呆れたように慶は言うと、おもむろにおれのベルトを外しはじめた。
「別にお前にそんなこと求めてねえよ。つか、お前、苦手ってほど苦手でもないだろ。やらないだけで」
「苦手だよ」
おれも慶のベルトに手をかける。
「そんなことねえのに……ってああ、でも、いっつも一緒に運動してんじゃん」
「え?」
慶はイタズラそうに笑うと、またチュッと軽くキスしてくれた。
「今から、するだろ?」
「慶……」
可愛い慶……。
キスを深いものにしながら、ソファに押し倒す。
「あ、それから」
「なんだ。まだあんのか」
首元に唇を落とすと、ぎゅっと背中に手を回して抱きしめてくれる。
「慶……おれで満足してる?」
「え?」
一番聞きたかったことを耳元でささやく。
「おれ、慶のことちゃんと感じさせてあげられてる?」
「………………浩介」
ぐいっと頬をつかまれ、顔を上げさせられた。目の前に慶の綺麗な瞳……。
「さっきから変なことばっか言って………それも真木に言われたのか?」
「………………」
黙っていると、強引に体の位置を変えられた。慶が馬乗りになってこちらを見下ろしている。
「…………お前は?」
「え?」
慶、真顔……怒ってる……?
「お前はおれで満足してんの?」
「あ……当たり前でしょっ」
これで満足してないなんて言ったらバチが当たるっっ
「そうか………。じゃあ、おれで感じてる?」
「…………っ」
服越しに股間を押しつけられ、声が出そうになりながら、こくこくとうなずく。
すると、慶はふっと笑って、その綺麗な顔を近づけてきた。
「おれも同じ」
「慶……」
重なる唇から愛しさが伝わってくる……。
ああ、でも、でも……
「でも慶……」
「なんだよ。しつけーな」
「だって……」
「なんだ」
身を起こしてお互いの服のボタンを外しながらボソッという。
「射精を伴わない絶頂……って、慶、興味ない?」
「ない」
慶、バッサリだ。
「出さないでイクなんて、女みたいでやだ」
「………………」
あ、そうか………。今更ながらあらためて気がつく。
慶は女扱いされることをものすごく嫌がる。
子供の頃、小柄で中性的な顔をしていたせいで、からかわれたりしたことがトラウマになっているのだろう。
実際、その外見とは裏腹に慶はものすごく男らしくてかっこよくて……
「なに? お前、興味あんの?」
「え」
我に返ると、目の前の慶がニッと笑っていた。
「そしたら肛門科の先生に聞いてきてやろうか~? おれがじっくり開発してやるよ」
「わわわっいえ、結構です! いりません!」
「そうか?」
けけけと笑った慶。愛しい慶……
瞳を合わせ、再び唇を重ねる……
慶……。
本当のおれの姿………あなたを汚そうとするおれを、あなたを束縛しようとするおれを知ったら、あなたはどう思うのだろう。
あなたの瞳におれはどう写るのだろう……。
これから、約5ヶ月半後………
おれは慶の元からいなくなる。慶を殺してしまわないために……
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☆続きのお話書きました → その瞳に・後日談
お読みくださりありがとうございました!
浩介は約5ヶ月半後から3年間、アフリカのとある国に行ってしまいます。
(もし、ご興味もってくださった方いらっしゃいましたら、目次ご参照いただきたく…。その後の二人のお話が年別一覧になっております)
クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!感謝の気持ちでいっぱいでございます。どうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!
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