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BL小説・風のゆくえには~将来6ー3(浩介視点)

2016年04月18日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 将来

 修学旅行から帰ってきてから一週間。
 慶はずっと元気がなかった。理由は、お姉さんが早産して、赤ちゃんが入院してしまったからだ。
 慶が心配したところでどうなるわけでもないのだけれども、何もできないからこそ、気持ちの持って行き場がなくてもどかしいのだろう。落ち込み方が尋常じゃなかったため、学校でも噂になってしまっていた。

 と、いうのも、慶は道行く人が振り返るほどの美貌の持ち主でありながら、性格が明るく人懐っこいので、取っつきにくい、ということはなかった。それが今は暗く無表情なため、近寄りにくい雰囲気満載で……。美形の真顔は恐いのだ……。

 そんな慶に話しかけられるのは唯一おれだけだった。

「渋谷君の課題、未提出だと思うの。桜井君確認してくれる?」
 なんて、先生にさえも頼まれる始末で。

(ちょっと………嬉しい)

 不謹慎だけれども、そんなことを思ってしまう。

 おれは慶の特別。おれだけの慶。……ものすごい優越感だ。

 慶が落ち込んでいることは可哀想で、どうにかしてあげたいと思うけれども、それよりも慶を独占できる、慶の特別であることをみんなに知らしめられる、という嬉しさが勝ってしまう。

(おれ、性格悪いな……)

 まあ、そんなことは知っていた。おれは性格が悪い。独占欲の塊だ。

 慶を支えてあげたい、なんて表向きは綺麗な事を思う。でも、裏では支えるというより独占したいという気持ちが溢れかえっている。

(慶はおれのもの。おれだけのものなんだ……)

 想像以上に甘美な実感……。
 でも、そんな特別週間はあっさりと終わりを告げた。



「赤ちゃんの名前、『桜』にするんだって」

 月曜日、昇降口で会った慶に開口一番言われた。
 慶、表情が元に戻ってる……

「桜……?」
「四国では咲いたらしくてさ」
「四国………、あ、お姉さんの旦那さんの実家?」
「そう! お前よく覚えてるな!」

 ああ……いつもの慶の明るい笑顔だ……

 昇降口にいたクラスメートもそのことに気が付いて、「おはよー」と声をかけてきて、慶も普通に「おう」とか「はよー」とか答えている。……本当に、いつもの慶だ。

(なんだか、ちょっと……いや、ものすごく……寂しい)

 なんて、思ってはいけない。自分の両頬を軽く叩き、自分を戒める。

(こんな思い、慶に知られるわけにはいかない……)


 教室に向かいながら聞いた慶の話によると、お姉さんの旦那さんのご両親が昨日こちらに上京してきたそうで、

「例年よりも早く庭の桜が咲いたから、何か良い事があるに違いない、と思っていたら、出産の知らせがあったって。だから、赤ちゃんがこのタイミングで生まれたのは、椿さんのせいでもなんでもなく、そういう運命だったんだよ、赤ちゃんが生まれたいと思ったからなんだよって、むこうのお母さんが言ってくれたんだって」
「へえ……」

 自分が仕事に無理して行ったせいで早く生まれてしまった、と自分をせめていたお姉さんにとって、救いの言葉になっただろう。

「それで、その庭の桜の写真を撮ってきてくれたんだってさー。それが小さいのに頑張ってる赤ちゃんの姿と重なって、んで、迷いなく『桜』に決定、だって」
「なるほどー」

 赤ちゃんはまだ新生児集中治療室に入院中のため、赤ちゃんの両親しか面会はできない。そこで、椿さんが撮ってきた赤ちゃんの写真を四国のご両親に見せたら、ご両親は写真の中の初孫を見てとても喜んでくれたそうだ。

「なんかな、予定より早く人工呼吸器も外れたんだって。まだ保育器の中だから見れないんだけど、保育器から出て、その集中治療室から隣の部屋に移ったら、窓越しだけどおれも見に行けるようになるらしくて」
「わ。良かったね!」

 本心から言うと、慶は照れたように頬をかいてから、

「そしたらさ……お前一緒に行ってくれるか?」
「え………」

 一緒に……って……

「おれ、ここ数日すげーお前に迷惑かけたよな? ホントごめんな」
「え、ううん……」
「迷惑ついでにさ、病院も付き合ってくれよ。おれ、一人で赤ちゃん見る勇気なくて」
「勇気?」

 教室のドアの前で立ち止まり、首をかしげると、慶はこっくりと肯いた。

「たぶん、普通の赤ちゃんよりすげー小さいだろ? でもそれ見てもビックリしたりしないようにしないと。きっとおれがビックリしたりしたら、椿姉、気にするから。そう思ったら、なんか……」
「…………」

 慶は本当に椿お姉さんのことが好きなんだな。妬けてしまう。……なんて思ってはダメだダメだダメだ。

「でもさ」
「え」

 そんなおれの気持ちを破るかのような声にハッと顔をあげる。すると、慶はおれの腕をきゅっと掴み、
 
「でも、お前と一緒だったら大丈夫な気がする。お前がいてくれたらおれ、強くなれるから」
「慶………」

 にっこりと笑った慶。
 久しぶりに見た、こんな笑顔の慶。

 慶が元気なかったおかげで、慶のこと独占できてて、こんな日がずっと続けばいいって思ってたけど……

 でも、やっぱりそんなのダメだ。
 慶のこの笑顔は何物にも変えられない。

 やっぱり、おれ……

「慶っ大好きっ」
「わわわっ」

 思いが募って抱きしめると、慶が腕の中でワタワタと暴れた。

「バカ離せっここどこだと思ってんだよっ」
「えーいいじゃんいいじゃんっ」
「よくねーっ」

 真っ赤な慶。可愛すぎる。
 逃げ出そうとする慶をめげずにギューギューしていたら、あちこちから人が集まってきた。

「あ、渋谷、本当に元に戻ったんだ」
「でしょ? さっき昇降口で会った時も普通に挨拶してくれたよ」
「なんだー戻っちゃったんだー。憂いを帯びた渋谷君おいしかったんだけどなー」
「あ、分かる分かる!」

 女子達の勝手な言い草に、男子が食いつく。

「何が憂いを帯びた、だ。あんな陰気な渋谷、渋谷じゃねー」
「そうだそうだ!おかげでスポーツ大会、全然勝てなかったじゃねえかよっ」
「だよなっ。渋谷、責任とって、今日の体育のドッジボールは絶対勝てよなっ」
「渋谷復活記念だ!」

 みんなワアワア騒ぎはじめた。
 このクラスのこういうお祭り騒ぎ体質に、おれは助けられてきた。この一年、いつのまに巻き込まれて、いつのまに一緒に楽しんできた。

「ドッジボール?! マジで?!」

 目をキラキラさせはじめた慶。いつもの慶。
 やっぱり、こういう慶が慶らしい。

 慶がいてくれたから、このクラスの仲間たちだったから、この一年、普通の学校生活を送れた。みんなにとっては普通のことかもしれないけれど、おれにとっては生まれて初めてのまともな学校生活だった。この一年の思い出があれば、あとはどんなことがあっても耐えられるような気がする。

(慶……)
 みんなの輪の中心にいる、おれの大好きな人を見つめる。みんなに慕われている慶。だけど……

「あ」
 おれの視線に気が付いて、少し口の端を上げてくれた。

 やっぱりおれは慶の特別。大丈夫、大丈夫……と心の中で繰り返す。

 何があっても、おれは、慶の特別。



***


 終業式まであと数日を残すだけとなった、日曜日。
 約束通り、慶と一緒に慶のお姉さんの赤ちゃんが入院する病院を訪れた。

 大きなガラス張りの部屋の前で待っていたら、閉められていたブラインドの一か所が開けられた。赤ちゃんが寝ているらしい小さなベッドが並んでいるが見える。

「あ」
 慶がビックリしたような声をあげて、ガラスの方に近づいた。お姉さんがニコニコで立っている。腕の中には、小さな小さな赤ちゃん……

「ちっちぇー……」
「かわいいね」

 ガラスに張り付くみたいにして二人で中をのぞきこむと、お姉さんがおかしそうに笑った。
 赤ちゃんは、本当に小さくて……それなのに指とかちゃんと一本一本できていて、当たり前なんだけど、こんな小さいのによくできてるなあ、と感心してしまう。

「桜ちゃん。さーくーらーちゃん?」
「…………」

 慶が幸せそうな笑みを浮かべて赤ちゃんに呼びかけている。

「かわいいなあ……」
「うん」

 桜ちゃんもかわいいけど、それよりも何よりも慶がかわいい。
 桜ちゃんを抱くお姉さんも幸せいっぱいで……

(………あ)

 ふと、頭をよぎった、写真の顔……。

(赤ん坊だったおれを抱いた母も、こんな顔してたな……)

 それがどうしてあんなになってしまったんだろう……



 その答えは、偶然にも帰宅後すぐに分かることとなった。

 病院から帰ると、母がいつものように、今日はどこに行っていたんだ、受験生になるというのに自覚が足りない、等々小言を言ってきたのだけれども、

「こんなんで、また、受験に失敗したりしたら……」
「え?」

 いつもは聞き流している小言の中で、引っかかった言葉。

「……また?」

 また、受験に失敗したら?

 聞き返すと、母がハッとしたように口をつぐんだ。それにも構わず詰め寄る。

「またって、どういう意味ですか?」
「それは……」
「小学校は第一志望の学校だったはずですよね? 高校受験も第一志望を合格してますし……」
「…………」
「またって、なんですか?」
「…………」

 ジッと見つめていたら、母が観念したように息をついた。

「幼稚園受験よ」
「え」

 幼稚園? 初耳だ。
 母は言い訳するように言葉を継いだ。

「あれは準備不足だったのよ。だから心配してるの。準備はどんなに前からしてもいいんですからね、まだ一年近くあるからって、こんなに遊んでいたら……」
「…………」

 母の言葉が頭の上を通り過ぎていく中、アルバムの写真の数々を思いだしていく。

 写真の中から母の笑顔が消え、おれが上手に笑えなくなっていったのは、3歳くらい。幼稚園受験ってそのくらいの歳じゃないか……?

(………そうだったのか)

 この家から笑顔が消えたのは、おれのせいだったのか……
 おれが受験に失敗したから……だから……


「……あ」

 久しぶりにきた。ブラウン管の世界……。外界から閉ざされ、幕が張られ、外で起こることはテレビの中のことのよう……

(………慶)
 心に思い浮かべる慶の姿。でも今回のブラウン管は強固で全然壊れてくれなくて………

(慶………慶)
 苦しい。苦しい。慶に会いたい……



 翌日、学校で慶に会った途端にブラウン管は木っ端微塵に吹き飛んた。
 それは良かったんだけど……

「?」

 何だろう? 慶の様子が少し変だ。今までみたいな変とは少し違くて………何というか、浮わついているというか………


 その理由は一週間後に分かった。


 日曜日、慶の部屋に遊びに行った時に、慶がおもむろに言ったのだ。

「おれ……医学部受けようと思う」
「い……医学部?」

 あまりにも意外な言葉に呆気にとられているおれに、慶は瞳に力を込めていったのだ。

「おれ、医者になりたい」
「………………慶」

 その力強い瞳は眩しく輝いていて……美しすぎて……

(やっぱり慶にはかなわないな……)

 そんなことを思った。

 将来への道をまっすぐ進みはじめた慶……。

 おれは……おれは親が決めた道を進んでいく。幼稚園受験失敗で笑顔を奪われたように、再び何かをなくさないためにも、今度は受験に失敗するわけにはいかない……。


「慶、頑張ってね」
「おお」

 嬉しそうにうなずいた愛しい慶。眩しい慶……。

 せめて、あなたの隣にいられれば、おれはもうそれでいい。

 おれの将来はおれのものではない。
 

 

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お読みくださりありがとうございました!
次回、慶視点で最終回になるはずです。どうぞよろしくお願いいたします!

クリックしてくださった方、本当にありがとうございます!有り難くて画面に頭下げっぱなしでございます。次回もどうぞよろしくお願いいたします。ご新規の方もどうぞよろしくお願いいたします!

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