姉の赤ちゃんは『桜』と名付けられた。旦那さんの実家の庭の桜の花が、3月初めだというのに赤ちゃんの出産とともに咲きはじめた、ということが名前の由来らしい。
この『桜』の話と、赤ちゃんの容体が安定してきたという嬉しい状況のおかげで、姉はみるみる元の優しい穏やかな椿姉に戻っていった。この一週間、別人のようだったのがウソみたいだ。
でも、別人だったのは人のこと言えないらしい。あとからクラスメートに散々文句を言われたけれど、おれもこの一週間相当おかしかったらしい。
せっかくのスポーツ大会もほとんど出場せず、話しかけられても上の空。唯一、浩介の声にだけは反応したので、浩介がおれと外部との窓口になっていたそうだ。全然知らなかった……さすが浩介。おれの親友兼恋人。
そして椿姉復活と共に、おれも普通に戻ったわけだけれども。
結局のところ、椿姉を助けたのはおれ以外の要因だった、ということは少なからずショックだった。おれは結局なんだったんだろう。……なんでもないか。ただの弟だ。でもなんか……悔しい。
それで若干落ち込んでいたことは、クラスの連日のお別れイベントのおかげでだいぶ気が紛れた。常に浩介と一緒だったので余計にものすごく楽しかった。せめて一年間だけでも同じクラスになれて良かった……
終業式まであと数日を残すだけとなった、日曜日。
浩介と一緒に赤ちゃんが入院する病院を訪れた。初めてみる姉の赤ちゃんは小さくて可愛くて、いくらみていても見飽きることはない可愛さで。
今はまだガラス越しにしか見られないけれども、この子を間近で見て、抱っこできるようになったらどんなに嬉しいだろう……
「かわいいなあ……」
「うん」
浩介もニコニコしながら赤ちゃんを……じゃない。おれを見てる。
「なんだよ?」
不思議に思って聞くと、浩介は引き続きニコニコと、
「ホントかわいいと思って。桜ちゃんもだけど……」
ふいっと耳元に顔を寄せられ、ささやかれる。
「慶がね。可愛すぎ。キスしたい。してもいい?」
「………あほか」
浩介はあいかわらず変な奴だ。笑ってしまう。
「あとでな」
「いつ?!」
「あとではあとでっ」
「絶対だよ?!」
しつこく言う浩介に笑ってしまう。今さら何を言ってるんだ。キスなんて何回も何回も、毎日してるのに。クスクス笑っていたら、
「近藤さんの弟さん?」
「あ……はい」
看護婦さんから声をかけられてしまった。もしかして、うるさかった?そうだよな、病院内なのに、まずいなあ……と思っていたら、看護婦さんはパンッと手を前でたたき、ニッコリといった。
「よければちょっと手伝ってもらえる? お姉さんがね、弟がそういうの得意ですっておっしゃってて」
「はい?」
なんのこっちゃい、と思って、ガラス越しの姉を見返すと、姉は桜ちゃんを抱きながらひらひらと手を振り、
『よ、ろ、し、く、ね』
口がそう動いているのが読めた。姉にそう言われてしまったら行かないわけにはいかない。姉と弟というのはそういうものだ。
手伝い、の内容は、小児科病棟でのレクレーションの補助だった。いつもくる大学生ボランティアの人が急に都合が悪くなってしまったそうだ。
得意なつもりはないけれど、ミニバスの手伝いをしていた関係で、小学生くらいの子の扱いは慣れている方かもしれない。
レクの内容は、折り紙や毛糸などを使っての絵の作成。その手助けを頼まれた。
浩介も………いや、浩介こそ、こういうのは得意だ。人に教える才能が浩介にはある。
今回参加した8人の子供達はみなそれぞれ病気や怪我を抱えて入院している。でも、元気で人懐っこい子が多い。その上、目新しいおれ達の存在はそれなりに刺激的だったようで、
「みんな、いつもよりうるさいよ! もう少し声小さく………」
看護婦さんが目を三角にして注意した、その時………
その人は、現れた。
「なんかいつもより盛り上がってるねえ?」
飄々とした、という表現がピッタリはまる白衣の男の人………。
歳は三十前後くらいか。背はおれと浩介の間くらい。寝癖なのか髪の毛が一か所ピョンと飛びはねていて、眼鏡の奥の瞳はとても優しそうで……
「島袋先生!」
「先生、みてみて!!」
わっと子供達が一斉にその男性に話しかけた。一人の元気な男の子に飛びつかれて、男性がよろめいている。あわてて看護婦さんが制止する。
「ちょっとみんな、島袋先生はお疲れなんだから……」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
男性はその男の子の頭をグリグリ撫でてから、こちらに向かってニッコリと笑ってくれた。
「近藤さんの弟さん? お姉さんそっくりだね」
「あ……はいっ」
慌てて頭を下げる。
「渋谷慶、です。こっちは友達の……」
「桜井浩介、です」
浩介も一緒に頭をさげると、島袋先生はうんうん肯き、「いいねえ、高校生。若いねえ……」などとブツブツいっている。
看護婦さんが心配そうに先生をのぞきこんだ。
「先生、ずっとおうち帰ってないですよね? 今日は帰れそうなんですか?」
「いやー無理ー、これから仮眠室いって寝るとこー」
「じゃあ寝てくださいよ!」
「うんうん」
先生はうなずいたのに、子供たちと話しはじめてしまった。
「あーもう……」
看護婦さんがやれやれと肩をすくめる。
「ほどほどで寝に行ってくださいよ?」
「はーい」
ひらひらと手を振る島袋先生。
そして子供たちがまとわりついてくるのを、笑顔で受け止め、
「健太郎君、今日は食べられた?」
「うん! 全部食べてね、それでね……」
子供たち一人一人に笑顔で話しかけていて……
「……慶?」
「あ」
浩介に声をかけられ、はっとする。見とれてしまっていた……
「どうしたの?」
「あ……いや……」
なんだろう……この感じ。
懐かしい……というか……
おれはそこにいるべきなんじゃないか、というおかしな感覚。
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫」
浩介に手を振り、話しかけてきた女の子の横に座って一緒に作業をはじめる。でも、先生の様子が気になって仕方がない。
(なんだろう……)
子供達に囲まれた白衣の後ろ姿をチラリとみて、ますます不思議な気持ちを強くする。
でも、それが何なのかは、まったくもって分からなかった。
*作中1992年のため、「看護婦」と表記しております。
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お読みくださりありがとうございました!
って、終わる終わる詐欺ですみません。書き終わりませんでした……。
あともうしばらくお付き合いいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!
あ、上記終わり、慶君意味深なこと言ってますが、恋とかではありませんので!
慶君はブレナイ男なので、いまだかつて浩介以外の人間に心が揺れたことは一度もありません(*^-^)
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