慶とは5月の連休中に一日だけゆっくり会って以来、もう3週間もまともに会えていない。
でも、今日はようやく「絶対に時間が空く」というので、久しぶりに外での待ち合わせにした。いつもはどちらかの部屋で集合なので、俄然デートっぽくて新鮮でいい。
待ち合わせの珈琲店に時間よりも前に入って、本を読んで待っていたのだけれども、
(………あ)
慶が入ってきたのがすぐに分かった。少し、店員さんの声色が変わるし、店内のお客さんの視線が動くからだ。
(あいかわらず目立つなあ……)
こういうのを「オーラがある」というのだろう。本人はまったく自覚していないけれど、本当に目立つのだ。
慶はものすごく綺麗な顔をしている。でも、目立つのはそのせいだけじゃない。綺麗な顔だけならどこにでもいる(いや、慶レベルだと難しいか)けれど、それだけではない、人目をハッと惹き付けるような輝きがあって………
「浩介!」
「………………」
おれを見つけて手を振ってくれる慶……。
その全開キラキラオーラがおれにだけ向けられているという、この優越感は筆舌に尽くしがたい。
(なんでなんだろうなあ……)
本当に不思議でたまらない。
(なんで、こんな人がおれなんかを好きでいてくれるんだろう……)
慶がおれを好きだということに疑いを持ったことはない。疑いようもなく、慶はまっすぐにおれのことだけを見つめてくれる。
でもそれは愛情面の話であって、慶の今の生活のほとんどを占める、仕事への情熱を加えてしまうと……
(「仕事と私、どっちが大事なの!?」って、言いたくなる女性の気持ちが良くわかる……)
自嘲気味に思いながら、読んでいた本を閉じると、
「お前ホント、本好きだよなあ」
慶がコーヒーをのせたトレイをテーブルに置き、向かいの席に座りながら、ムッとして言った。
「おれと本、どっちが好き?」
「………へ?」
何を言うんだ、いきなり。
「お前の中、生徒のこととか、本のこととかで埋めつくされてるだろ?」
「……………」
「おれ、お前の中でちゃんと存在感ある?」
「……………」
慶、口が尖ってる……
「あー………」
そうだった。
そういえば、慶って、ものすごい嫉妬深いんだった……。
久しぶりの嫉妬発言に思わずニヤニヤしてしまう。おれと同じようなこと考えてくれてたんだ。
(かわいいなあ………)
嬉しくて、胸のあたりが温かくなってくる。
「なに笑ってんだよ」
ますます口を尖らす慶。本当にかわいくてしょうがない。
「そんなの、おれの中には慶しかいないに決まってるじゃん」
笑いをこらえて言うと、慶は「いーや」と首を振った。
「お前、さっき、本読んでて、おれが外から手振ったのに気がつかなかった」
「え」
ここはガラス張りになっているので、外から中の様子が見える。まさか時間通りに慶が来られるとは思っていなかったので、外の様子にまでは、まだ気を配っていなかったのだ。
「気が付かないほど夢中になって読んでて……」
「ご、ごめんっ。まだ来ると思ってなかったから……」
言い訳をすると、慶が首をかしげた。
「なんで? 約束6時だよな? ピッタリだぞ?」
「うん。珍しいよね」
「…………」
思わず正直に言ってしまった。「うっ」と額を押さえて俯いた慶……。
「だよな……ホントごめんな、いつも……」
「あ、別にそんなつもりじゃ……」
慌てて手を伸ばして頭を撫でると、その手をきゅっと掴まれた。胸がきゅんとなる……。
って、ここ、都内の珈琲店なのに、いいんでしょうか? ただでさえ、慶は注目浴びて入店してきたのに……
なんて、余計なドキドキもしながら、そのままでいたら、
「浩介」
「ん?」
顔をあげた慶。
「浩介……」
愛しさの溢れた瞳がこちらをじっと見つめてくれている……
「………………」
そんな目で見られたら、もう、外で食事なんかしてる場合じゃない。学生時代みたいに、お弁当買ってホテルにしけこみたくなってしまう。
「ね、慶………」
我慢できずに、慶の手を握り返した………が。
「携帯鳴ってるぞ?」
「え」
カバンの上の携帯電話がブルブル震えている。
(しまった……)
いつもは慶に会えたらすぐに電源を切るのに、忘れていた。
(どうせ、母からだ)
ため息が出てしまう。
恐れていた通り、祖母が亡くなってからというもの、日に日に母からの電話は増えていった。内容はいつも同じ。
『今後のことについて話したいから一度家に帰ってきなさい』
今聞くから電話で話してください、と言っても、
『会った時でいいわ』
と、言う。そう言いながらも、あかねとの結婚はどうするんだ、からはじまり、おれが中学校時代に不登校だったことで母がどれだけ苦労したか、とか、そんなおれが教師をやっていて大丈夫なのか、やはり父の跡を継いで弁護士になるべきじゃないか、今からでも遅くないから弁護士になる勉強をはじめたらどうか、とか話しはじめる。
自分がどれだけダメで出来損ないの人間なのかということを延々と聞かされるのは、毎回のこととはいえやはり凹むものだ。しかも、そうして辛抱強く聞いても、結局最後は『とにかく一度帰ってきなさい』と結ばれるのでうんざりする。
「出ていいぞ?」
「あー、うん、でもどうせ……、え?」
慶に言われて、嫌々携帯を開いたけれども、画面の表示が予想と違い、あれ?と首をかしげる。
「……事務局からだ」
「ボランティア教室の?」
「うん……」
大学時代参加していた日本語ボランティア教室。就職してからは、そのサークルが加盟している国際ボランティア団体の直のメンバーになったものの、参加する時間はずいぶん減ってしまった。でも、それでも続けているのは、『受験対策重視』の今の学校方針に対する息抜きをしたいからなのかもしれない。
「………はい」
『あ!浩介先生良かった! 今、空いてる?』
出た途端に、事務局長のキンキンした声が耳に刺さり、思わず少し電話を離す。
「どうし……」
『今から警察に行ってほしいの』
「……え?」
警察?
「警察って……」
『ライト君が喧嘩して捕まっちゃって。その身元引き受けをお願いしたいのよ』
「………………」
思わず慶を見返す。綺麗な瞳でじっとこちらを見ていた慶は、コクンとうなずいてくれた。
「……すぐ行きます」
せっかくのデートだったのに……
なんて子供の心配よりも先にそのことを思ってしまったおれは、やはり母の言う通り、教師に向いていないのかもしれない。
***
ライトとは、おれが大学3年生の時に知り合った。当時小学校6年生だった彼ももう17歳。中学までは教室に顔を出していたけれど、卒業してバイト生活をするようになってからは、ほとんど来なくなったらしい。おれも就職したのですれ違ってしまうことが多く、こうして会うのはかなり久しぶりだ。
『わ~、浩介先生、久しぶり~!』
人懐っこい笑顔も、丸い黒い瞳も、黒褐色の肌も、すらりと伸びた長い手足も、子供の頃のまま。でも、声だけはさらに低くなった。背もおれと同じくらいはありそうだ。
『ごめんねー、誰か来ないと帰らせてくれないっていうからさー』
流暢とは言い難いスワヒリ語で話すライト。この子は、日本語と英語とスワヒリ語が話せる。けれども、どれも中途半端。それも昔と変わらないらしい。
『何でスワヒリ語で話してるの?』
おれもスワヒリ語で聞くと、ライトはニヤリと笑った。
『最近は英語話せるお巡りさんも多くてさ』
『…………』
相手がわからない言語でまくしたてて、適当に誤魔化そうという魂胆らしい。
そういえば、先月も学校で英語でまくしたててきた子がいたなあ……
『お母さんは?』
「まい、まざー、いず、山へ芝刈りに~」
うひゃひゃひゃひゃ、という笑い方も変わらない……
「あ、今、日本語喋ったな? やっぱり日本語話せるんじゃないか」
ピクリと眉を寄せた警察の方。でも、ライトは肩をすくめると、
「ワタシ、ニホンゴ、ワカリマセーン」
そしてまた、うひゃひゃひゃひゃ、と笑う。
うーん、お調子者な感じも昔と全然変わっていない……
『ライト』
とりあえず、スワヒリ語で話しかける。
『山へ芝刈りにいくのはお爺さんだよ』
『…………』
ライトは「え」と言ってから……、ブッと吹き出した。
『浩介先生、変わらないねー。嬉しいなー』
「…………」
笑いながらも、目尻に涙がたまっている。
何か事情がありそうだ……。
**
書類に記入し、諸々お説教をされてから、ようやく解放された。
「先生、お腹すいたー」
「おれもだよ……」
本当ならば今ごろ慶と何か食べて……もしくは、慶を食べていたはずなのに……
「何か食べて………、と、あ」
言いかけてから、大声を上げてしまいそうになった。
警察署を出た先にあるバス停のベンチに、慶が座っている。待っててくれたんだ!
「慶!」
「おお」
慶が立ち上がり手を挙げると、ライトが「わああああ!」と悲鳴みたいな声をあげて、慶に向かって駆け出した。
「慶くーん!久しぶりー!あいかわらず美人ー!」
「男相手に美人言うな」
抱きついてきたライトを無情に押し返し、慶がムッとしていう。
「お前、あいかわらずだな」
「慶くんもあいかわらず美人ー美人ー!」
「だから美人言うなって!」
ベタベタと触ってこようとするライトをシッシッと追い払う慶。
慶はボランティアには参加していないのだけれども、イベント等によく顔を出してくれていたので、ライトとも知り合いではあるのだ。
『彼、ますます色っぽくなったね? 彼女でもできたのかな?』
『知らないよ』
今度は英語でコソコソと聞いてくるライト。おれが答えたのと同時に、慶が後ろからライトを蹴ってきた。
「そのくらいの英語、おれでもわかるぞ。バカにすんな」
『じゃ、教えて教えて! 彼女できた?!』
「余計なお世話だ。んなことより、メシ食いにいくぞメシっ。腹減った!」
「おー!やったー!」
ピョンピョンと跳ねながら駅の方に向かいはじめたライト。後ろをついていきながら、慶と顔を見合わせる。
「あいつ、大丈夫なのか?」
「うーん……」
「大丈夫じゃなさそうだな」
「うん……」
何か事情がありそうだ。
とにかく母親に連絡を取って迎えにきてもらわないと……
そう思っていたら、
「あ、そーだ、せんせー」
クルッと振り返ったライトが、パンッと手を合わせて拝んできた。
「今日泊めてくれない? うちの鍵無くしちゃってさー」
「え」
「母ちゃん、今、旅行中だからいないんだよー」
「う……」
そういわれたら、泊まらせないわけにはいかないじゃないか。でも……
(あーあ……せっかく今日は慶とデートだったのに……)
思いきりガッカリしてしまったおれは、やっぱり教師失格だろう。
(母の言う通りだな……)
なんて思って、色々な意味で落ちこんでしまっていたけれど、
「じゃ、おれも泊まりにいく」
「え」
ムッとした慶の声に我に返った。
「泊まりって慶……」
「おれ、明日休みになったから」
「え、そうなの?」
突然の嬉しい言葉に顔がにやけそうになってしまう。するとライトまでワーイワーイとはしゃぎだした。
「やったー!そしたら慶くん一緒に寝よー」
「アホか。お前は床で一人で寝ろ。おれは浩介とベッドで寝る」
「えーなんかやらしー」
「うるせー」
ガシガシと蹴りをいれている慶。こんな子供にもヤキモチ焼いてくれるなんて、嬉しい。けど……
(大丈夫かな……)
一晩一緒のベッドで何もできないなんて……
拷問だ。
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お読みくださりありがとうございました!
二人とも、ちゃんと一晩我慢しましたよ~~コッソリ手は繋いでたけどね(*^-^)
ライト君も私が高校時代にノートに書いていた時代から設定上はいた子なので、こうして書くことができて感無量でございます。
彼は女の子大好きな普通の男の子です。ただ、キレイなもの・かわいいものが大好きなので、そういった意味で慶のことはすごく好きらしい。
明後日は、泉視点です。文化祭です(*^-^)
どうぞよろしくお願いいたします。
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