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風のゆくえには~ あいじょうのかたち17(慶視点)

2015年07月15日 10時03分11秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 何だか不思議な感じ。
 初めて「カップル」として堂々と大勢の人前に出た。付き合いはじめて約四半世紀……初めての経験だ。

「先生ーこっちこっちー!」
 カウンターの中からこちらに手を振ってくれている女の子……近づいてみてギョッとした。

「め、目黒さん?!」

 おれの知っている目黒樹理亜は、ピンクのおかっぱ頭でピンクのフリフリを着ていて目だけギラギラしている女の子。
 だけど、ここにいる樹理亜は、サラサラの茶色っぽい黒髪のショートカットで、白いスッキリした清楚なワンピースをきていて、表情も明るく穏やか。

「わあ、すっごいイメチェンだね」
 浩介もビックリしたように目をパチパチさせている。

「どう?どう?」
 得意げに微笑む樹理亜に、おれと浩介は同時に肯いた。

「すっごく似合ってる!」
「かわいい!」
「やったあ」

 樹理亜は、うふふふふ、と笑ってから、「これも見て!」と爪をこちらに差し出した。
 小さくて綺麗な花のビーズみたいなものがたくさんついた爪……

「うわー細かい……」
「お客さんに教えてもらって、自分でやったんだー。才能あるって褒められたのー!」
「すごいね」

 へへへーと笑う樹理亜はキラキラしている。

「それでねーお金ためてねーネイルの学校に行こうと思ってー」
「へえ」

 それはいい。すごくいい傾向じゃないか。

「樹理ー、もしかしてこの二人?」
「あ、ユウキ」

 不躾な声に振り返ると、中学生の男の子、みたいな感じの子がこちらに不躾な視線を向けている。

「そうそう。先生、この子、ユウキっていうの。常連さんでね……」
「デキてる」
「え?」

 ユウキは、どちらにしようかな、みたいにおれと浩介を交互にさして、

「どうみたってデキてるじゃん。つか、熟年夫婦の雰囲気醸し出してるじゃん」
「じゅ………」

 さすがにまだ熟年って年齢ではないっ。
 なんと言い返そうか、いや言い返すのも大人げない、と躊躇していたところに、

「あはははは。熟年夫婦だってー」

 明るい笑い声。ユウキの横からヒョイと顔を出したのは、あかねさん。

「あ、姫!」
「わあ! 姫様!」
「姫様、こっちきて!」

 途端に、あかねさんのまわりを女の子達が取り囲んだ。
 真横にいたユウキは、ハトが豆鉄砲くらったみたいな顔で、ポカーンとあかねさんを見上げている。

「えーと、君は、初めまして、だよね? 私、一之瀬あかねです。よろしくね」
 ニッコリとあかねさんが言うと、ユウキがハッと我に返ってから、気の毒なくらい真っ赤になった。

「はい、あの、半年くらい前から通ってて……」
「ユウキっていうんだよー」

 カウンターの向こうから樹理亜が言うと、あかねさんが「まあ!」と感嘆の声をあげた。

「樹理! かわいい! めちゃめちゃかわいい!」
「へへへー」

 あかねさんともすっかり打ち解けているようで、樹理亜が嬉しそうに笑っている。たったの一か月でこんなにも変われるものなのか、と感心してしまう。見た目だけでなく、表情もまったくの別人だ。

「姫ーこっちー」
「姫様ー」
「うん。行く行く。じゃ、樹理、また後でね。ユウキもよければこっちおいで?」
「え、あ、はい……」
 借りてきた猫みたいになったユウキも含め、女の子たちを引き連れて、あかねさんがソファ席に移動していく。

 思わず浩介と顔を見合わせてしまう。

「これは絶対、綾さん連れてこられないよな……」
「綾さんが他の誰かに目を付けられたら嫌だから、とか言ってたけど、それ以前に、こんなとこ綾さんに見られたら……」

 ソファ席のあかねさんは、たくさんの女性をはべらせたどこかの国の王子様のようだ。とてもじゃないけど、恋人の綾さんには見せられない光景……。

「お二人は何飲む?」
「あ、陶子さん。この度は……」

 浩介が即座に立ち上がり、カウンターの中に向かって頭を下げた。綺麗な黒髪の女性がふいとおれに視線を向けた。

「なるほど。こちらが天使様ね?」
「て……っ、あの、渋谷、です」

 いい加減、この歳なんだし天使扱いはやめてほしい。誰が言ってるんだ……って、浩介とあかねさんしかいないか……。

「店内明るいですね。バーというからもっと薄暗いのかと」
「日によって照度変えてるのよ。今日は姫がくるっていうから明るめにしたの」
「あかねはしょっちゅう来てるんですか?」
「いいえ」

 陶子さんが肩をすくめた。

「一年くらい前だったかしら。綾さんが見つかったっていって、パッタリこなくなって……。先月から樹理のことでくるようになったけど、それでも今日で4回目」
「それなのにあの顔の広さ……」
「あの子、一度会った子の顔と名前絶対に忘れないからね。覚えられた子の方は嬉しくて舞い上がっちゃうわよね」

 あかねさんのまわりを取り囲む女の子達の紅潮した頬……。さながらアイドルのファン交流会のようだ。

「姫がこの調子でちょくちょく来てくれると、集客率アップにつながるんだけどねえ」
「うんうん。姫が来るとお客さんすごい増えるよねー」

 樹理亜がニコニコと言う。浩介がふっと笑った。

「目黒さん、仕事楽しい?」
「うん! 最近ねーちょっとだけおつまみ作るのも手伝わせてもらえるようになったんだよー。あとで出すから食べてねー。それでね……」
「樹理ー」

 何か言いかけたところで、新しく入ってきたお客さんから声をかけられ、

「じゃ、先生たちゆっくりしていってね! ナオさーん! 見て見てこれ! 自分でやったのー!」

 慌ただしく、入口の方に向かって行ってしまった。
 思わず顔を見合わせたおれ達に、陶子さんが

「素直な良い子よ。樹理。この数日でまた一つ殻が破けた感じ」
「良かった……」

 浩介がホッとしたように息をつくと、改まった表情で陶子さんを見上げた。

「あの、目黒さんの母親がこちらにきたことは」
「今のところないわよ」
「…………」

 再び安心の息をつく浩介。陶子さんは少し眉を寄せて、

「できることなら母親にはしばらく会わせたくないわね。あまり良くない人みたいだから」
「はい」

 深刻な顔をした浩介。おそらく自分の母親と重ねているところもあるのだろう。
 数秒の暗い沈黙のあと、

「はい。この話はおしまい!」
 この重い空気を破るかのように、陶子さんが浩介の目の前でパンッと手を叩いた。

「せっかくなんだから楽しんでいって。何飲みたい?」
「………」
「天使様は? 飲める口?」
「いや、おれは、あまり強くないので……」

 っていうか、天使っていうのやめてほしい。

「じゃあ、まかせてもらっていいかしら?」
「はい。お願いします」

 陶子さんが離れてからも、まだ沈んでいる浩介。カウンターの下で太腿を叩いてやると、その手をギュッとつかまれた。

「おれ、守れるかな。目黒さんのこと」
「………大丈夫。おれもあかねさんも陶子さんもついてる」

 視界の端に写る、別人のように明るくなった樹理亜の姿……。

「それに何より、目黒さん自身が変わろうとしてる」
「うん………」

 手を絡ませつなぐ。伝わってくる浩介の不安。おれはそれを受け止めることしかできないけど。

「一緒に、見守っていこうな」
「うん」

 さざめくバーの中で、切り取られたように静かなカウンターの隅。繋いだ手からあふれる愛。

 陶子さんの作ってくれるカクテルはどれも綺麗で飲みやすくて、めずらしくおれも浩介も時間を忘れてグラスを傾けていた。関係を隠さないでいられる空間は想像以上に居心地が良い。

 そんな中……

「樹理亜ーーー!」

 けたたましい声と共に現れたのは……ピンクの髪の派手な中年女性。
 紹介されなくても一目見て分かった。樹理亜の母親だ。





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風のゆくえには~ あいじょうのかたち16(樹理亜視点)

2015年07月13日 10時06分52秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
注:今回GLも含まれます。

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「頭のてっぺんにチューって、男の人同士で普通にするものー?」
「しない」
「大親友ならするー?」
「しない」

 やっぱりしないよねー……。
 カウンターの向こうのユウキは、ビシッと人差し指を立てて言いきった。

「それは二人がデキてるか、したほうの男が片思いしてるかのどっちか」
「デキてたとしたらW不倫だー」
「結婚してんの?」
「してるー。奥さんはー……」

 いいかけて、慌てて口をつぐむ。

 ここはあたしが1か月くらい前から住み込みで働いている女性専用のバー。
 今話してた、『頭のてっぺんにチューされてた男の人』っていうのは、芸能人みたいな美青年医師の渋谷慶先生のこと。で、慶先生の奥さんは、この店の伝説の常連さん『姫』、だと思う。

 『姫』はものすごい美人。気さくで明るいみんなのアイドル。以前は毎週末にきて店の手伝いまでしていたのに、一年くらい前に『本命が見つかった』って言って、それまで付き合ってたたくさんの女の子達と全員お別れして、お店にもほとんど来なくなってしまったらしい。

 たぶんその『本命』っていうのは慶先生のことだと思う。あたしは二人が仲良く家に帰って行くところを偶然目撃しちゃったから知ってるんだけど、他の人は知らないみたい。

 ちなみに『チューしてた人』っていうのは、あたしの通ってた学校の先生で、桜井浩介先生。
 浩介先生と慶先生は超仲良し。高校時代の同級生らしい。こないだも慶先生、浩介先生のうちにお泊りしてた。

 今日、偶然、病院の駐車場で二人が一緒にいるところを見かけたんだけど……。ごく自然な感じに浩介先生が慶先生の頭のてっぺんにチューして、それで、慶先生が浩介先生の後ろ太腿に蹴りをいれてた。ただ仲良しさんがじゃれてるだけのような感じもしたんだけどな……。

 そういうと、ユウキはうんうん肯いて、
 
「それじゃその二人、来週のミックスデーに連れてきてよ。ボクがデキてるかどうか判断してやる」
「ミックスデー?」

 なんだそれ?

「二ヶ月に一回だけ、男でもカップルだったら入店OKになる日があるんだよ」
「えっ。そうなのー?!」

 初耳。陶子さん何も教えてくれないんだもん。

「誘ってみる誘ってみるー」

 やったあ。慶先生に会える。
 この数週間、何度か電話で話もした。呼び方も「渋谷先生」から「慶先生」に変えて、急接近でいい感じなのだ。慶先生はやっぱり超カッコいい。バレンタインではバッサリ振られてしまったけど、まだまだ諦めきれない。アタックあるのみ。

「教えてくれてありがとー」
 笑いかけると、ユウキがすっと真面目な顔になってこちらを見かえした。

「樹理、じゃあ、教えたお礼に明日……」
「ユウキ」

 ピシャリとした冷たい声にビックリして振り返ると陶子さんがいた。陶子さんはこのバーのママ。年齢不詳。クレオパトラみたいな黒髪が綺麗な大人の女性。

「樹理には手を出すなって言ったでしょ。姫からの預かりものなんだから」
「姫、姫、姫って、みんな言うけどさ」

 ぶうっとした顔になったユウキ。

「何なの姫って。ボク会ったことないから知らないし」
「え、そうなのー?」

 そうか。ユウキはあたしと同じ19歳らしい。でも見た目は年下の男の子って感じ。ユウキがこのバーに出入りするようになったのは、ここ半年のことらしいから、姫に会ったことがないんだ。

「そんなこと言って、本当は陶子さんが樹理にちょっかいだされるのが嫌なだけなんでしょ」
「そう思ってもらってもかまわないわよ?」
「やっぱりね」

 ユウキが鼻にしわをよせた。

「樹理、陶子さんのストライクゾーンだもんね。背小さくて痩せてて可愛い系で」
「えーそうなのー?!」

 びっくりして叫んでしまった。陶子さんが苦笑する。

「私、ノンケの子には手を出さない主義だから安心して」
「へえ、そうなんだ? じゃ、今、陶子さん特定の子いるの?」
「あら、私、女の子切らせたことないわよ」
「わ~羨まし~落とし方教えてよ~」

 陶子さんとユウキが上辺だけの会話をしている中、あたしは、心の中で、あーっと叫んだ。

 背小さくて痩せてて可愛い系。今、陶子さんのマンションで一緒に暮らしているララもまさしくこれに当てはまる。……まあ、あたしの方が断然かわいいけど。
 やっぱり、ララが陶子さんの今の彼女なのかもしれない……。


 バーと同じビルの6階に陶子さんのうちがある。大きいリビングとダイニングキッチンと部屋が4つあって、あたしは玄関入ってすぐの部屋を貸してもらっている。

「たーだーいーまー」

 玄関を開けると、猫のミミがすっとんできた。人懐っこくて本当にかわいい子。
 ママちゃんに会わなくなってもう一か月たつのに、寂しいとか思わないのはミミのおかげもあるのかもしれない。この一か月で何回か、手首切りたくなったりしたんだけど、その度にミミがミャーミャー鳴くから切ること忘れちゃってた。

 それに、ちょっとしか切らなかった時、陶子さんが褒めてくれたのも嬉しかった。最近は、おつまみ作るものちょっとだけ手伝わせてもらえるようになったし、お客さんとも少し話すようになったし、お店でのお仕事が忙しくなってきて、余計なこと考える時間が減った気がする。

 あと、慶先生が電話でお話ししてくれると、目の前のスクリーンがなくなることにも気がついた。

 なんだか最近、本当に心が軽い。


 ミミのご飯を用意してあげてから、着替えようと自分の部屋に戻りかけたところ、

「樹理………」
 すーっと、リビングの隣の部屋のドアが開いた。ララだ。部屋の暗闇の中で目だけが光ってる。

「あーごめーん。起こしちゃったー? 陶子さんは仕込みがあるからまだお店に……なに?」

 細い手が手招きしてる。なんかこわいんですけど……。

「きて」
「え、なになにー?。こわいんだけどー……」

 近づいていって……

「ちょ……っララ?!」
 びっくりして悲鳴をあげた。
 ガリガリで折れそうな腕に引っぱられた。背の高さが同じくらいだからちょうどぶつかる。口と口。

「なに……っ」
 さらにびっくりなことに、ララ、下着姿。骨の浮いた細い体がなんだか痛々しい。

「ちょ、どうしたのー?ララ」
「樹理としたいの」
「……は?」

 何を?

「しよう?」
「え? 何を?」

 言う口をララの唇にふさがれた。あらま。これはキスだ。
 キスするの久しぶりだなあ、最後にしたのはどっかの会社の社長さんとかいう人だったな……なんてことを思う。

「んーと? これはエッチをするってことー?」
「そう」

 ララ、地味なくせに積極的。

「いいのー? ララと陶子さん付き合ってるんじゃないのー?」
「付き合ってないよ」
「え、そうなのー?」

 ほんとにー?

「ていうかさー、女の子同士ってなにすんのー?」
「なんでも」

 ちょっと笑ったララ。あら。笑うと結構かわいい。

「なんでもできるよ」
「んー……」

 ちょっと興味あるかも……。そういえば、この一か月以上ご無沙汰してるわけだし……。

「じゃあしてみようかなあ」
「うん。きて」

 ララの細い腕に引っ張られて、部屋の中に入りかけた、その時。

「ララ」
「!」

 後ろからの鋭い声にビックリして振り返る。今日2回目。陶子さんが立っている。陶子さんいつの間に帰ってきたんだろう。忍者みたい。足音全然しない。

「やめなさい」
「………っ」
 ララがビクッとしてあたしから手を離した。

「………どうして?」
 ララの小さな声。

「どうしてしちゃいけないの?」
「言ったでしょう?」

 陶子さんが怒り口調になっている。珍しい……というよりあたしは初めて聞く。

「セックスは本当に愛している人とするものなの。本当の愛を知らない子が、快楽のためだけのセックスをしては絶対にダメ」
「え、なんで!?」

 思わず叫んでしまい、慌てて口をふさいだ。が、遅かった。陶子さんが眉間にシワを寄せたまま、あたしに視線を移した。

「樹理も絶対にダメよ」
「えーでもー……」

 ママちゃんの姿が目に浮かぶ。

「あたしのママは、気持ち良ければ誰とでもしていいって言ってた。それでお金までもらえたらさらにラッキーって」
「そうだよ」

 ララがまた小さく言う。

「相手なんて誰でも同じだよ」
「それは本当に愛している人としたことがないからそう思うのよ」
「だったら……っ」

 陶子さんの低い声に、激昂したようにララが叫んだ。

「だったら陶子さんしてよ!」
「ララ」
「できもしないくせに偉そうなこと言わないでっ」

 バタンっと鼻の先でドアを閉められた。び、びっくりした。

「……樹理」
「は、はい」

 陶子さんがキッチンに向かう。目線でついてこい、とされたのでついていくと、

「ララの誘いには乗らないで」
「………どうして?」

 さっきからいつもの陶子さんらしくない。陶子さんはいつも「自分の好きにしなさい」って言ってくれるのに、こんなにハッキリと行動を制限してくるなんて。

「あの子、依存症なのよ」
「依存症?」
「性依存症」

 なんだかよくわからない……。

「樹理も、快楽のためだけのセックスはやめなさい」
「……どうして?」
「幸せになれないから」
「…………」

 ハテナ、と首をかしげている私に、陶子さんは優しく微笑んだ。

「本当に好きな人とすれば分かるわよ。今までのセックスがどんなに無意味なものだったのか」
「………」

 ふーん……。何が違うんだろう……。

 部屋に戻ってから考えてみる。
 今まで、色々な人としてきた。優しかったり乱暴だったり上手だったり下手だったり色々だけど、気持ちいいことのほうが多かった。

 思い出していたら、ふっと、また目の前にスクリーンが張られた。

「……慶先生、起きてるかな……」

 今、朝の6時。電話……しちゃおう。

 1、2、3、4、5……とコールしたところで、

『……もしもし』

 出た! ちょっと寝ぼけたような声。かわいー。

「慶先生ー? ごめんねー。寝てたー?」
『……大丈夫。ちょうど起きるところだったから』

 お布団の中をゴソゴソ動いている感じが伝わってきて、キュンキュンなる。

『目黒さん早起きだね』
「ううん。今仕事終わって帰ってきてこれから寝るところだよー」
『ああ……そうか。昨日土曜日だもんね』

 昨日、浩介先生と一緒にいるとこ見たよ、とか色々言いたいことはあるんだけど、とりあえず今一番言いたい話を言う。

「慶先生は、本当に好きな人とエッチしたことあるー?」
『………唐突だね』

 戸惑ったような先生の声。

「あのね、陶子さんがねー本当に好きな人とエッチしなさいって言うのー。そうじゃない人とするのと全然違うんだってー。本当かなあと思ってー」
『…………』
「だからー、慶先生、私とエッチしてー?」
『は?!』

 あ、すごいビックリしてる。かわいい。

『いや、それは無理だから』
「どうしてー?」

 即答で断ってくる先生に食い下がる。

「それは奥さんがいるから? じゃあ、奥さんがオッケーしたらしてくれる?」
『そういう問題じゃなくて』
「じゃあ、どういう問題?」

 ふと、自分の傷だらけの腕が目に入る…。

「こんなリスカばっかりしてる子には触れたくないってこと?」
『そんなことは……』
「そういうことでしょ?」

 あの完璧な容姿の『姫』の姿を思い出して、胸が苦しくなってくる。あの人は慶先生に抱かれてるんだ……想像つかないけど。

「あたしなんか先生の奥さんに比べたらブスで背も低くてバカでどうしようもないもんね」
『そんなことないよ』
「あたしみたいな子はそこらのオジサンにやられてればいいってことだよね。先生には関係ないもんね」
『目黒さん、自分のことをそんな風に……』

 慶先生のマニュアル通りな答えにどうしようもなく腹が立って我慢できなくなって、

「うるさいうるさい!」

 叫んでしまった。

「そんなことないって言うなら、あたしとしてよっ。どうせできないんでしょ?!」
『……うん。できない』

 ほら、みろ!

「どうせあたしなんか先生が触りたくもない女なんだもんねっ」
『いや、そういう意味じゃなくて』
「はあ?! そういう意味じゃないって、どういう意味?! 魅力がないって話?!」
『そうじゃなくて』
「そうじゃないって何だよっやっぱりあたしが」
『オレ、ゲイだから』
「やっぱり………………え?」

 今、何て言った?

「今……なんて?」
『オレ、ゲイだから、誰であれ女性は無理なんだよ』
「………………………は?」

 何を言って……だって、奥さんが……

『ごめん、目黒さんの勘違い、ずっと訂正しそびれてたんだけど、目黒さんが奥さんだって勘違いしてる人は、浩介の友達でね。おれとはそんなに親しくないんだよ』
「………………え?」

 勘違い? だって、一緒に帰って……

『たぶん目黒さん、彼女が浩介のところに遊びにくるときに、おれと偶然会ったところを見たんじゃないかな?』
「……………え」

 あれ? あれあれあれ………

 ってことは……ってことは?

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 色々、つじつまが合ってきた。
 あ、そうだ。指輪……指輪!!

「指輪、やっぱりお揃いだよね?!」
『え?』
「浩介先生と、同じ指輪してるよね?!」
『ああ……うん』
「うわーーーー………」

 そっかあ……やっぱり、そうなんだ。頭のてっぺんのキス。

『それは二人がデキてるか、したほうの男が片思いしてるかのどっちか』

 ユウキが言っていた言葉が頭の中に流れてくる。
 やっぱりデキてたよ!ユウキ!!

 慶先生と浩介先生……ただの仲良しじゃなかった。すんごいすんごい仲良しだったんだ!

「じゃあさ、二人は一緒に暮らしてるってことー?! 今、浩介先生……」
『いるよ。代わる?』
「代わって代わってー!」

 ゴソゴソと動く音。小さく「浩介」って言う声。これ……もしかして二人同じベッドの中?!

『……目黒さん?』
「もー隠してるなんてひどーい!どうして言ってくれなかったのー!?」

 即座に文句を言うと、

『ごめんね。各方面バレると色々面倒で……』
「ああ、そっかそっかー」

 内緒にしてるってことね。

「オッケーオッケー。絶対誰にもいわなーい」
『ありがとう』

 安心したような声。
 そこでそういえば、と電話した目的を思い出した。

「ねえねえ。浩介先生は本当に好きな人とエッチしたことあるー?」
『あるよ』

 浩介先生あっさり。

「いつ?」
『昨日も………いてっ』

 バシッと音がした。ぶたれたか蹴られたかした音。前に浩介先生、慶先生によく蹴られてるっていってたもんね……。あ、そうか。変な質問してしまった。二人は恋人同士なんだから当然してるよね。羨ましい。

「ねえねえ、そうじゃない人とするのと何が違うの? だって、同じように気持ちいいはずでしょー?」
『んーーーー幸福感、とか?』
「幸福感?」

 幸福……幸せな、感じ?

『愛されている実感が味わえるっていうのかな』
「んーーーーーー」

 愛されている……かあ。確かに今までの人は、欲求を満たすためだけに求めてきているだけで、愛とかそういうのとは無縁だったかも。
 でも、ママちゃんは気持ち良ければそれでいいって言ってたんだけどな……。

「いいなあ。羨ましいー」
『でしょ?』

 しゃあしゃあと自慢げに言う浩介先生が、再び「いてっ」と叫んだかと思うと、

『で、目黒さん。大丈夫なの?』

 慶先生に代わってた。大丈夫ってなにが?

『電話してきたってことは……』
「ああ………」

 スクリーンが張ったから電話したんだけど……衝撃の告白にびっくりしてスクリーンもなくなってる。

「もう大丈夫ー」
『そう。よかった』

 ほっとしたように言ってくれる慶先生。

 あー。相手が姫だったら頑張って奪おうって思ってたけど、相手が浩介先生じゃあなあ。

「あたし、先生のこと諦めるよー」
『え、あ………うん』

 またまたほっとしたように肯く慶先生。

「そのかわりー来週、お店来てー」
『え、でも』
「今度の土曜日は男性もカップルだったら入店OKなんだってー」
『へえ……ちょっと待ってね』

 浩介、今度の土曜日空いてるか? はあ?んなもん知るか、ばかじゃねーの。いいから空けとけよ。

 ………とかいう声が小さく聞こえる。慶先生、いつもと話し方全然違う。なんか……いいな。

『じゃあ、来週行くから』
「うんうん。待ってるねー」

 ばいばーい、と電話を切ったあと……なんだかおかしくてしょうがなくて一人で笑いだしてしまった。

 失恋、してしまった。
 でも、なんか………楽しい。

「せっかく失恋したから、髪の毛、切ろうかねー?」

 鏡に写る自分の姿に呼びかけてみる。
 生え際の髪の毛、茶色っぽい黒。これが本当の私の髪の色。
 ママちゃんの家を出て1か月。いつもだったらピンクに染め直すところだけど……。

「本当の色に戻そうかな……」

 本当のあたし……。どんなあたしになるんだろう。
 怖いようなワクワクするような、そんな気持ち。

 よし。すっごく可愛くなって、いい人見つけて、浩介先生に自慢し返してやる!

 興奮して眠れなくなったので、部屋の大掃除をはじめた。ピンクの服もピンクの小物ももう卒業。
 もっと大人可愛い子になりたいから。

 あたし、絶対、可愛くなる。それで本当の愛っていうのをつかまえてやる。



---------------

以上、長々書いてしまった樹理亜パート……。
樹理亜もララもまだ若いんだから、これからいくらでもやり直しきくよ。頑張れ。

次回は、慶視点。陶子さんのお店に行きましょう。

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(BL小説)風のゆくえには~ 愛のしるし

2015年07月10日 17時06分19秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

~あいじょうのかたち15」の翌日の話。
砂はかせたかっただけで本編と関係ないので短編読切に振りわけます。


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 久しぶりに夢も見ずにぐっすり眠っていたのに、朝になって文字通り叩き起こされた。

「スポーツジム、入会しにいくぞっ」
「……………え」

 元気溌剌の慶様……。いつもながら、この人、なんで朝からこんな元気なんだ……。
 昨晩、結構遅くまで長時間してたよね……。おれ、やりすぎで足腰立たないんですけど……


 なんとか午前中は待ってもらって、昼食後一段落してから出発した。マンションから徒歩10分強のところにあるスポーツジム。筋トレが趣味(もはや趣味の域だと思う)の慶は、帰国して早々にあちこちのスポーツジムを見学して回って、結局マンションから一番近いここのジムに通うことにしたのは3ヶ月ちょっと前のこと。

 今回、入会の手続きをする上で、おれと同じく同性愛者である友人のあかねがよく愚痴っていることを実感した。それは「家族割り」というやつ。

 同居の2親等以内の親族が会員にいれば、入会金は半額。会費も少々安くなる、らしい。

 おれ達は当たり前だけど家族割りはきかない。今まで結婚について考えたことはなかったので、今回みたいにちょっと悔しいなあと感じたのは初めてのことだった。同じタイミングで入会希望をしてきた中年夫婦と施設案内を一緒に回ったから、余計にそんなことを思ったのかもしれない。
 慶は施設案内なんて聞く必要ないのに、なぜかプラプラとついてきて、その後のボディチェックもじーっとみてきたのでやりにくくてしょうがなかった。

 そんな中、しょっちゅう「渋谷さーん」と若い女の子から年配の男性まで、まさに老若男女問わず慶に手を振ってくる人がいるし、施設案内してくれたスタッフとも、ボディチェックをしてくれたトレーナーさんとも慶はやけに仲が良いし、軽く……というか、かなり嫉妬してしまった。あいかわらず心が狭いおれ……。


 新規入会の案内コースが終わると、慶が待ってましたとばかりに「プール行こーぜー」と言ってきた。早く泳ぎたかったらしい。
 ロッカーで水着に着替えていたところ、

「…………あ、やば」

 後ろにいた慶がつぶやいた。振り返ると、慶、ちょっと赤くなっている。

「何?」
「……おれ、爪伸びてるな。これ……」

 何だろうと鏡に映してみると、肩甲骨のあたりに赤く爪の後がついていた。そういえば、昨日、背中にしがみつかれた時に爪たてられたかも……。

「ごめん。ちょっと昨日ムキになってやりすぎた……」
「…………」

 確かに昨晩の慶は攻撃的というかなんというか……20日ぶりだったしね……。
 なんてこと思い出すと色々マズイ現象がおこるので、慌てて頭から映像を振り払う。

「これ確実に情事の後って感じだよな……」
「気にしすぎ。気にしすぎ」

 タオルで背中を覆ってプールに向かう。慶は妙に落ち込んでいる。

「これから気をつける……」
「気をつけなくていいよっ」

 思わず大きい声で言ってしまってから、慌てて声を落とす。

「気をつけなくて、いいから」
「いや、でも」
「だって、嬉しいし」
「………………………は?」

 眉を寄せた慶に、にーっこりと笑いかける。

「なんか、愛のしるしって感じがして、こういう跡って嬉しいんだよね~」
「…………………」

 呆気にとられた表情になった慶。
 蹴られるか、殴られるか、覚悟して身構えたけれど、どちらも飛んでこない。

「………慶?」
「………ばかじゃねーの」

 ぷいっと行ってしまった。あれ?いつもと反応が違う………。

「慶?」
「お前、ホント変態だよな」
「うん。自覚はあります」
「あほか」

 本当に嬉しい。嬉しいものなんだよ? 前にもつけてもらったことあるけど、慶はそんなこと覚えてないんだろうな。あれでおれがどれだけ救われたか……覚えてないだろうなあ。



 開放的なプールサイドに出たところで、またしても「渋谷さーん」と後ろから声をかけられた。50代くらいの女性が更衣室からこちらに向かって歩いてきている。慶ってばホント顔が広い……。

「斉藤さん、めずらしい。今来たんですか?」
「なんか今日、下混んでたから遅くなっちゃってね」

 斉藤さん、というサバサバした感じのおばさんは腕を伸ばしながら答えると、ふいにおれに視線をあてた。

「あれ、もしかして、渋谷さんのお友達?学校の先生してる人?」
「あ、はい」

 え、慶、おれのこと話してたんだ?
 慶は「そうそう」と肯くと、

「やっと連れてこられたんですよ。ほんといつもグータラしてて」
「グータラって」
「そのわりには、全然お肉ついてないじゃないの?」

 斉藤さん、無遠慮におれのからだをジロジロと見てる……。
 慶は肩をすくめると、

「こいつ、食が細いんですよ。食べないから太りようもない。食べないから体力がない」
「……………」

 いや、一応人並みの体力はある。体力無尽蔵の慶と一緒にしないでほしい……。

「じゃあ、運動してお腹空いたらたくさん食べなさいね。食べないと筋肉もつかないわ」
「は……はい」

 じゃあね、と斉藤さんは慶の横を通りすぎようとしたけれど、

「あら、やだ。渋谷さんてば」

 ぷっと斉藤さんが吹き出した。

「彼女みたいなのはいる、なんて適当なこと言ってたけど、ちゃんとやることやってるんじゃないのー」
「はい?」

 キョトン、としたおれ達。斉藤さんはおれに「ほら、みてみて」と慶の後ろ首筋を指さしてみせた。

「ほらこれ、キスマークよね?」
「!」

 やばい! 慶の顔が固まった。

「こんな本人にはバレないようなところにつけるなんて、結構独占欲の強い子なんじゃないのー? 気をつけなさいよー」

 あはははは、と笑って斉藤さんは行ってしまった。ば、爆弾だけ落として……。

「…………浩介」

 下を向いたままの慶………。
 ま、まずい……怒られる……。

「は、はい………」
「他にもあるだろ……」
「う………」

 ふいっと顔をあげた慶。その無表情、こ、こわい……。

「あとは……太腿の内側と、脇の下のあたりと、あと……」
「まだあんのか?!」
「わーごめんなさいー!!」

 せっかく今までバレてなかったのにー!!

「だってさ、だってさー」
「しるしをつけたかったから、か?」
「え」

 慶は、やれやれ、というように息をついた。

「そういうことだろ?」
「…………はい」

 そう。本当は慶の体中につけてやりたい。所有物のしるし。この人はおれのものだと。おれだけのものだと。
 慶はまた大きく息を吐くと、

「そういうことは目立たないところにしてくれ」
「………慶」

 いいの?
 聞きかえしたおれに、慶は言いにくそうに視線を天井に向けた。

「まあ……気持ちはわからないでもないから」
「え?!」
「その……背中」

 背中? 爪のあとのこと??

「昨日ちょっとこう……気持ちが盛り上がってるときに、そんな気分になったからさ。それでわざと爪たてたとこあったから」
「…………」

 うわあ。なにそれ。嬉しすぎる……
 それでさっき何か変だったんだ。蹴ってこないからどうしてだろうと思ったら、そういうことだったのか。

「慶………」
「ストップ」

 近づこうとしたのを手で制された。

「今、これ以上近づくな。諸々まずいことが起きる」
「諸々?」

 慶は真面目な顔をして言うと、

「おれは泳いでくる。お前、泳ぎたくないならウォーキングコース歩いてろ」
「え」

 慶、スタスタと行きかけたけれど、いきなりくるりと振り返り戻ってきた。そして真面目な顔をキープしたまま、

「あとでジャグジー一緒に入ろうな」
「え、う、うん」

 またスタスタと行ってしまった………。

「あれは………」
 相当照れてる。か、かわいい……。


 ウォーキングコースへ行ったら、斉藤さんが親切に歩き方のコツとかを教えてくれた。おせっかいだけど良い人みたいだ。
 歩いていると、慶が泳いでいるのがよく見えた。あいかわらず綺麗なホーム。見惚れてしまう。
 時折、慶がコースの端でゴーグルをつけ直すたびに、ウォーキングコースにいる若い女の子やおばさんたちがきゃあきゃあはしゃいだ声をあげた。あの顔であの体だもんな。そりゃ騒ぐ……、と。

 おもむろにプールサイドにあがった慶。どうしたんだろう? と思ったらこっちに向かってスタスタスタ……とやってきて、ウォーキングコースの横にしゃがみ込んだ。女の子たちやおばさんたちが、何?何?とざわざわしている中で、

「お前まだここいる? おれちょっと休憩する」
「あ……うん」

 女性陣の熱い眼差しの中、おれにだけ目を向けてくれる慶。ものすごい優越感。

「おれも行く」

 この人はおれのもの。誰にも渡さない。
 肩を抱き寄せたいところをぐっと我慢して横を並んで歩きだす。
 うなじの赤いキスマーク。愛のしるし。指でなぞりたいのもぐううっと我慢する。

「目立たないところってどこかなあ」
「あ?」

 水泳帽を取った慶。水も滴るイイ男、という言葉がバッチリ当てはまるイイ男っぷり。

「やっぱり太腿の内側……あとは、足の付け根……おへその下……」
「何を真面目に……」
「帰ったらつけさせてね」
「……………」

 蹴られるかな、と思いきや、またしても足は飛んでこなかった。
 それどころか、すっと背中の爪の跡をなでられた。ビクッと震えてしまう。

「おれにもつけさせろ。心配でしょうがねえ」
「心配?」
「あんな女ばっかの中で……」
「女?」

 振り返る慶の視線の先……ウォーキングコースのことか!

「何言ってんの。あそこにいる子たち、みんな慶のこと見て騒いでたのに」
「なんだそれ」

 き、気がついてないんだ……あんなあからさまな視線送られてるのに……。

「慶、鈍感すぎ」
「知らねえよ」

 ぷりぷり怒ってる慶。ホントにこの人は……

「じゃあ、帰ったらつけ合いっこしようね」
「…………」

 慶はギロッとこちらを見上げ……

「あと1キロ泳いだらな」
「い、いちキロ?!」

 つ、ついていけない……。おれは大人しく歩いていよう。慶の泳ぐ姿を堪能しながら。腕をかき上げた時に一瞬みえる脇のしたの愛のしるしを見ながら。
 でも、その前に。

「ジャグジー?」
「ああ。テラスのやつ、雨大丈夫かな……」

 ぶつぶつ言っている慶の後ろを大人しく歩いていく。実は後ろの腰にもつけた。水着で見え隠れしているしるし。そして歩くたびに見える内腿のしるし。たくさんの愛のしるし。

「行くぞ?」
「うん」

 愛のしるしをつけよう。体にも心にも。この人はおれのもの。おれはこの人のもの。



---------------------


慶と浩介の住んでるマンションの近くに素敵なスポーツジムがあるんですよ。
月会費ちょっと高めだけど、平日23時までやってるし、土日もやってるし。
慶は、基本的に日曜日と火曜日がお休みなんですが、休みの日はほとんどいってます。
平日も早く帰ってこられた日は、ご飯食べた後にフラ~っと泳ぎにいったりします。
この容姿なので、密かに『王子』と呼ばれてたりします。

今後は浩介も温泉気分でスパだけ入りにきたりします。いや、お前も運動しろ?って感じですが。

上記の話は、2015年4月5日(日)のお話でした。
これから数週間は平穏な日々が続きます。


--------------


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風のゆくえには~ あいじょうのかたち15(浩介視点)

2015年07月06日 10時28分17秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
 眠れない。眠りたくない。眠ると嫌な夢をみる。

 魔女が慶に鎌を振り下ろす夢。
 止めようとしても止められない。
 そして、振り下ろされる瞬間、おれは気がつく。
 その魔女は、おれ自身だということに。

**

「おれ……慶のこと殺しちゃうかもしれない」
「………」

 顔を見られたくなくて、テーブルに額をつけた状態で話し続けるおれに、あかねが心配そうな声をかけてくれる。

「慶君としばらく離れて暮らすことは……」
「考えられない。そんなこと耐えられない」
「……厄介ね」

 ふむ、とあかねは肯くと、

「一番危険なのは、慶君が寝てる時、よね? だったらあんたが先に寝るしかないわね」
「た……確かに」

 あかねの答えはいつでも的確だ。感情論を挟まず具体的にできることを言ってくれる。

「今日、病院行くんでしょ? 睡眠導入剤もらえないか聞いてみたら?」
「うん………」

 病院も憂鬱だ。日本を離れる前に自分の中を占めていた<醜い独占欲ゆえの殺意>が復活してしまったのは、病院で話をしているせいだと思えてならない……。

「まあ、こういう治療は時間かかるっていうし……焦らないで、ね」
「うん………」
 あかねの言葉になんとか肯く。


 この数日、なるべく慶と接しないように暮らしてきた。だから土日は困ってしまう。

(今日の夜は何を言い訳に出かけようか……)

と、朝から考えていたけれど、仕事に行っている慶から電話があって、状況が変わった。
 慶、具合が悪いらしい。慌てて車で迎えにいき、帰宅後、すぐにソファに座らせた。

「何か食べる? もう寝る? お風呂入る?」
「………」
 車の中でもずっと黙っていた慶。つらいのか、ずっと眉間にしわが寄っていた。今もムッとした顔をしている。

「寒くない? 大丈夫? 何か欲しい物ある?」
「……ある」

 慶がぼそっという。

「なに? ひざ掛け? あ、何か飲み物?」
「…………」
「ん? なに? ちょ……っ」

 いきなり、腕を掴まれ引っ張られ、悲鳴じみた声をあげてしまった。

「慶……っ」
「お前が、欲しい」
「………っ」

 両手を掴まれソファーに押し倒される。
 いつもながら、なんでこの人、この容姿のくせにこんなに力強いんだっ。タッパはおれの方があるのに、押さえつけられると身動きが取れなくなる。

「慶、ちょっと待ってって」
「待たねーよ。あと10日でセックスレス確定になっちまう」
「セックスレスってっ」

 何の話!?

「慶、具合悪いんじゃなかったの?!」
「悪い。浩介欠乏症」
「なにそれ……っ」

 慶はいたって真面目な顔をしている。けど、言ってることもやってることもおかしい!

「ちょっと、慶、ふざけないで……」
「ふざけてねえよ」

 首元に下りてくる唇に、ビクッと反応してしまう。

「ふざけてんのはお前の方だろ。なんでおれのこと避けてんだよ?」
「避けてなんか……っ」

 いや、避けてるんだけど、でもそれは……っ

「やらせろよ。たまってんだよ」
「だから……っ」

 押しのけようと、慶の白い腕をぐっと押し返した……が。

「あ………」
 息を飲んだ。まただ……また……

「なんだよ?」
「だって、また……」

 おれの触れた部分が黒くなっていく。ほら、まただ。おれは慶を穢してしまう……。

「黒い染みってやつか? 気になるんだったら目つぶっとけ」
「そういう問題じゃなくてっ」

 泣きたくなってくる。

「おれのせいで慶が穢れる……っ」
「どうでもいい。そんなこと」

 おそろしく魅惑的な瞳。慶を受け入れてしまいたい気持ちと、それはだめだという気持ちがせめぎあう。

「浩介……」
「…………っ」

 優しい優しいキス……。
 一瞬我を忘れた。けれど、すぐに思いだす。

 ダメだ。ダメだ。おれは慶を傷つけてしまう。

「慶、やめて。本当に」
「やめない」
「慶……っ」

 カチャカチャとベルトを外す音……。ああ、ダメだ。理性が飛んだら、おれは……おれはっ。

「やめてってばっ」
 渾身の力で慶を引き剥がす。

「だからなんなんだよお前はっ」
 慶、本気で怒ってる。でも、引き下がれない。

「おれ、何するか分かんないからっ」
「はあ?」

 おれの叫びに慶があきれたように言う。

「お前何言って……」
「おれ、慶を傷つけてしまう」
「だからそれは」
「だって………っ」

 言いたくない。でも言わないといけない。

「おれ慶を……慶を、殺しちゃうかもしれないから……っ」
「……………」

 ふっと慶の力が抜けた。その隙に慶の腕の中から抜け出す。

「殺す……?」
 眉を寄せた慶。呆れられただろうか。嫌われただろうか……。
 でも、慶を納得させるためにはもうウソはつけない。

「ごめん。慶。おれ、頭おかしいんだよ。慶が欲しくて殺してしまいたくなるときがある……っ」
「…………」
「だから、近づかないで。おれ、慶を殺したくない」
「…………」

 ふっと立ち上がった慶……。静かに、本当に静かにおれを見下ろしている……。

 慶、慶………

 もうそばにはいられない……。大好きなのに。離れたくないのに……っ。

「……浩介」
「…………」

 長い長い沈黙のあと、慶が静かに口をひらいた。

「いいぞ?」
「…………え?」

 慶の穏やかな瞳……。
 口元には笑みが浮かんでいる。

「いいぞって……?」
「だから、いいって言ってんだよ」
「え?」

「おれ、お前になら殺されてもいいぞ?」
「……………」

 慶………静かな慈愛にみちた微笑み………。
 天使だ……本物の天使だ……

 でも、そんな………慶、そんなこと……

「慶……」

 立っている慶に向かって手を伸ばしかけた、その時。

「なんてな」
「え」

 慶が腕組みをして首をコキコキと鳴らした。……え?

「んなこと、おれが言うわけねえだろ」
「え」

 慶の目がいつもの戦闘モードに切り替わった。……慶?

「誰が殺されんだよ。ばーか。殺せるもんなら殺してみろってんだ。ぜったい負けねえぞ、おれ」
「け、慶? ちょ……っ痛っ」

 胸のあたりを思いっきり蹴られ、倒れこんでしまう。

「おれは殺されねえ。お前を殺人犯にもしねえ」
「慶、だって」
「だってもくそもねえよ」

 慶が馬乗りになってくる。

「おれはお前のもんだって何回言わせれば気がすむんだよ。忘れちまうのか? お前偏差値高いくせにホントバカだよな」
「慶」
「欲しくて殺したくなるって言ったな? だったら求めろよ。おれを」
「だって」
「求めろ。いくらでもこたえてやる」

 ポツポツとおれのシャツのボタンが外されていく。

「だいたいお前、冷静に考えてみろよ。お前がおれにかなうわけねえだろ。休みの日いっつもうちでゴロゴロ本読んでばっかいるくせによ」
「………でも」
「でもじゃねーよ。おれを倒したかったら、ちったあ鍛えろ」
「…………」

 別に倒したいわけじゃないんだけど……。

「やっぱり、おれと同じスポーツジム入れよ。あそこプールもでかくていいぞ」
「おれ泳ぐのは……」
「じゃあ、ジジババと一緒に水の中歩くか」
「なにそれ」

 思わず笑ってしまう。さっきまでのシリアスな話の流れはどこに行ったんだ。

「健康にいいんだよ。水中ウォーキング。おれは常々お前の運動不足が気になってる」

 慶は真面目な顔をしておれのシャツの前をはだけさせた。

「おれはお前に殺されはしないけど、お前が死んだらおれも死ぬ自信はある」
「なにを……」

 何を言って……。
 
「だって、お前いなかったらおれの食生活とんでもねえことになるぞ?」
「…………」

 そっちの話ですか……。

「だからお前も長生きしてくれ」
「長生きって……」
「で、おれに尽くせ」

 ゆっくりと慶の唇がおりてくる。

「おれのために生きろ」
「け………」

 柔らかい感触。泣きたくなるほど愛おしい……

「おれ……いいの?」
「何が?」

 下から見上げる慶の完璧な顔。美しい。天使のように美しい……。

「慶のそばにいて、本当にいいの?」

 声が震える。ふさわしくないおれがそばにいて、本当にいいの?

 でも心底呆れたように慶が言う。

「あほか」

 慶がおれの腹の上にのったまま、自分のシャツのボタンを外しはじめる。

「おれがそばにいろって言ってんだよ。お前、今度おれから逃げ出したらどうなるかわかってんだろうな」
「え」
「12年前、お前勝手にいなくなっただろ」
「…………」

 勝手、ではない。一応前日に言った。

 なんて口答えができる雰囲気ではない。慶、眉間にしわがよっている。

「12年前は3年も待ってやったけど、今度はそんなことしねえからな」
「…………」
「地の底までだって追いかけてつかまえてやる」

 シャツを脱いだ慶。完璧に整ったしなやかな肢体……。

「離れるなんて許さない。お前は一生おれのそばにいろ」
「…………っ」

 息を飲む。

「慶………」
「あ?」
「………………羽が」

 バサリ、と慶の背中から大きな大きな包み込むような羽が……

「白い………羽が」
「…………」

 前みたいな黒い羽ではなく、明るく美しく輝く白い大きな羽が……。
 慶の優しい手がおれの頬を包み込む。

「天使、なんだろ?」
「え………」

 慶の瞳におれの姿が写りこむ。それは醜悪なものではなく、ただの普通の、一人の男。

「天使だったら羽生えてるなんて当然だろ?」
「慶……」

 恐る恐るその白皙に触れてみる。

「………白い」

 さっきみたいに黒くなったりしない。白く美しい肌のまま……。

「白い白い言うな。日焼けできねえ体質なんだからしょうがねえだろ。焼いても赤くなってすぐ白く戻っちまうんだから」

 慶がムッとしている。ふと思い出す。

「そうだね………前に海に行って大変だったことあるよね」
「あったあった。あれは痛かった。全身赤くなって」
「うん。シャワーの水でずっと冷やしたよね」
「あれ、大学の時か?」
「うん。伊豆に旅行に行った時だよ」
「あーそうだそうだ。あそこの露天風呂、蚊がすっげえいて大変だったよなー」
「そうだよ! せっかく貸し切りでいい感じだったのにさー」

 二人で笑いだしてしまう。

 慶。おれの天使。ずっと一緒にいた。

「また行こうな。旅行」
「うん」

 これからも、一緒にいる。

「じゃ、とりあえずやるか」
「もー慶はホントにムードってものを知らないんだから……」
「ムード? んなもんあっても、やることは同じだろ」
「そうだけど………、ん」

 重ねる唇。重なる体。一つになる。

 気がつくと、慶の羽は消えていて……
 おれがどんなに慶の体中に口づけても、もう黒い染みができたりすることはなくて……

「ずっとおれのそばにいろ」

 耳元で繰り返された慶の呪文みたいな言葉が頭の中で回っている。

「ずっと……」

 ずっと、そばにいる。何があっても、一緒にいる。



--------------------------





……って感じですけど、何も終わってません^^;
まだ続きます。はい。

(この翌日、浩介はスポーツクラブに入会させられます。その話書きました。→「風のゆくえには~愛のしるし」です。砂はいてるだけですが)

魔女の鎌の話は、「風のゆくえには~自由への道5-6」からきています。
魔女っていうのはお母さんのことです。
お母さんと和解……できるのかなあ。なんか心配になってきました。

慶とのギクシャク解消は次回に持ち越すくらい時間かかると思ってたのに、あっさりしちゃうし。
この人達、書きはじめると勝手に動きだしてしまうので、楽といえば楽だし困るといえば困ります。
慶はやっぱり男らしかった。うん。そうなのよね。あの慶が、このギクシャクを放置しているわけないものね……。



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風のゆくえには~ あいじょうのかたち14(慶視点)

2015年07月04日 11時25分27秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
『病気など特別な事情がないのに、1か月以上性交渉がないカップル』

と、いうのがセックスレスの定義らしい。

「最後にしたのは……16日の夜」

 そう考えると、まだ20日しか経っていないのだから、セックスレスとはいえない。でもあと10日したら定義に当てはまることになる。

「でも最後の時は、3回して4回目までやろうとしてたくらいだから、その分期間延長でも……」
「渋谷先生?」
「わわわっ」

 いきなり後ろから声をかけられ、持っていた卓上カレンダーをあたふたと取り落してしまった。

「大丈夫ですか?」
 冷静にカレンダーを拾ってくれたのは、看護師の谷口さん。この子にはなんだかいつもみっともないところを見られているような……。

「ありがとう……。何かあった?」
「先生にお客様です。ちょっと騒ぎになってます」
「……へ?」

 なんだろう? と廊下に出ると……オーラ出まくりの長身の女性が立っていた。看護師や職員さんたちが遠巻きに見ている……。

「あ、慶くーん」
 おれをみとめると、ひらひらと手を振ってきたあかねさん。浩介の友達。元舞台女優。現在中学校教師。

「あかねさん……」
「近くまできたから寄ってみたの。休み時間とかってあるの?」
「いや………」

 もう終わった……と言いかけたけれど、

「渋谷先生、お昼休み結局全然休んでなかったじゃないですかっ」
「どうぞ、せっかくなので行ってらしてください!」

 看護師さんたちが口々に言ってくれたので、お言葉に甘えることにする。
 奥さんだと思われているようで、お似合いね~という声があちこちから聞こえてきて、思わずムッとする。どこがお似合いだ。あかねさんの方が背も10cm高いし、芸能人オーラもあるし、とてもじゃないけど釣り合わない、と思う。

 そんな外野の声など全く気にならない様子のあかねさんは、「結構大きい病院ね~」と感心しながら歩いている。あかねさんは風邪を引かない体質らしく(そんな感じがする……)、病院もめったに行かないからもの珍しいのだそうだ。

 缶コーヒーを買って、中庭の見えるテラス席に出る。天気が良くないこともあってちょうど誰もいない。
 たぶん、まわりには聞かせられない話をされる、気がする……。

 あかねさんはコーヒーを一口飲むと、真面目な顔をしてこちらを向いた。

「午前中、浩介に呼び出されたの」
「…………」

 やっぱり……。

「そうとう参ってたわよ。話してる間、ほとんどテーブルに突っ伏してたくらいに」
「……………」

 何をやってるんだあいつは。

「おれは普通にしてる……つもりなんですけど」
「どうしても距離ができる、んですって」
「……………」

 そう言われても……。

「距離を作ってるのは浩介だけどね」
「え」

 あかねさん、人差し指でこめかみのあたりを押さえると、んー……と迷ってから、

「これから話すこと、浩介には内緒にしてくれる?」
「え、あ、はい!」

 思わずがっついて肯くと、あかねさんはまだ、んー……といいながら、

「12年前、浩介が日本を離れた本当の理由って、慶君知ってる?」
「本当の理由……」

 おれには「自分の可能性を試したい」とかカッコいいこと言ってたけど……

「親と距離を取りたかったってことなのかな、と……」
「そうね……まあ突き詰めるとそうなるんだけど」

 あかねさんは、またまた、んーーーと唸りながら、

「一番の理由は、慶君のため、だったのよ」
「おれの……ため?」

 どういうことだ?

 あかねさんは、まだ話すことを躊躇しているようで、うんうん唸っていたけれど、観念したように言葉を継いだ。

「あのころ浩介、このまま日本にいたら、慶君をどうにかしちゃうかもしれないって悩んでて」
「え?」

 どうにか? 何の話だ??

「んー……健全な精神の持ち主の慶君には理解しがたいかもしれないんだけど……」
「…………」
「浩介、ご両親との確執で追い詰められてて……。その影響で、慶君に対する独占欲もえげつないものになっていってて」
「…………」

 えげつない? そんなこと感じたことなかったけど……。

「今、浩介、カウンセリング、通い始めたのよね?」
「は、はい」

 毎週土曜日の午後に行くことになった。今日もちょうど今頃終わったころだろうか。今日で3回目だ。

「なんかその影響で、昔のこととか色々思いだしちゃってるみたいね」
「…………」
「こわいんですって」

 こわい?

「慶君に触れるのがこわいって。傷つけてしまいそうで」 
「………何をいまさら」

 なんなんだ。なんなんだ一体……。
 無性に腹が立ってきた。触れるのがこわい、だと? 
 そういえば、おれに触れると黒い染みができるだのなんだのいってたな。
 だからずっと触れてこなかったっていうのか? それは大丈夫っていったじゃねーかよ。腹立つな。

 でも一番腹が立ってる理由はそこじゃなくて……

「『ムカつく。浩介、なんであかねさんには話してるんだ』って思ってるでしょ」
「!」

 心の中を読まれて、飛び上がる。あかねさん、超能力?!

「いや、その……」
「浩介にとって私は鏡なのよ。私達すごく似てるから、気持ちを理解することができる」

 慶には分からない、と言われたことを思い出し、ギクリとする。
 そう。おれは、浩介の気持ちを分かってやれない……。

「でも、慶君も鏡なの」

 あかねさんの真剣な声。

「慶君は自分の理想を映し出してくれる鏡。慶君に写る自分だけは好きになれるって、昔から言ってた」
「……………」

 それはおれも昔言われたことがある……。

「浩介は、自分の醜い部分を慶君に見せたくないのよ」
「それは……」
「きっと慶君だったら、浩介のそういう部分も受け入れられると思うわよ? でもそういう問題じゃないのよね」
「……………」

 あかねさんが、ふうっと大きくため息をついた。

「相手のすべてを理解して受け止めるのが本当の愛情、自分のすべてをさらけ出せるのが本当の愛情、……みたいな話、よく聞くけど、それって人それぞれだと思うの」
「本当の……愛情」
「まあ、私は、綾さんにぜーんぶさらけ出してめちゃめちゃ楽になったけどね。でも、浩介は違う」

 はっきりと言いきるあかねさん。

「今の浩介は、自分の中の黒い部分を慶君に知られたら、生きていけないわよ。慶君に写る自分の姿に救いを求めてるんだもの」
「………………」

 浩介……。
 おれは……おれはどうすれば……。

「あかねさん……。おれは何をすれば……」
「何もしなくていいと思う」

 あっさりとあかねさんが言う。

「慶君は慶君でいてくれればいいのよ」
「でも」
「私が今日きたのは、浩介、今ビビっちゃってるけど、慶君はいつも通りでいてあげてってこと言いたかったからなの」

 いつも通り……いつも通りって……。

「じゃ。そういうことで。私がきたことは内緒にしてねー」
「は、はい……」

 会った時と同様にひらひらと手を振っていってしまったあかねさん……。

 その後ろ姿を見つめながら、うーん……と唸ってしまう。

 最近の浩介は、年度末年度初めで忙しい、といって帰ってくるのも遅いし、帰ってきてからも何かしらしていて、ゆっくりと話をする時間もない。それが本当に忙しいからなのか、おれと話したくないから忙しそうにしているのかは分からない。でも、今の話を聞くと、後者である可能性は高い……。

「いつも通り……」

 そうだな。いつも通り……いつも通り、やってやろうじゃねえか。

 即座に電話をかける。数回のコールのあと、浩介が出た。

「慶?」

 ちょっと怯えたような泣きそうな声……。

「お前、今から暇?」
「え……えーと」

 何か用事を作ろうとしている雰囲気満載だ。そんなことは許さない。

「暇だよな? 暇だろ? 車で迎えにきてくんねえか?」
「え?! 慶、具合でも悪いの?!」

 途端に心配そうな声に変わる。ほら、おれは愛されている。

「ちょっとな。電車で帰るのしんどい感じ」
「わかった。今、マンションに戻ってるところだから、ちょっと時間かかるけど、大丈夫?」
「ん。どのみち定時まではいるから、それに合わせてきてくれるか?」
「うん。終わったら連絡ちょうだい。……本当に大丈夫?」

 本気で心配してくれている浩介に申し訳ないような、心配されて嬉しくてくすぐったいような、そんな複雑な気持ち。

「悪いな。頼んだ」
「うん。おれがいくまで頑張ってね」
「さんきゅ。あとでな」

 電話を切ってから、頭上の今にも雨が降りそうな厚い雲をみあげ、一人ごちる。

「おれがお前のためにできること」

 それは、お前を愛すること。愛されること。求めること。求められること。
 ただ、それだけだ。


-----------------------------------------


ああ、やっぱり慶は慶だ。前向きでホッとします。

愛情の形、について考えることがあります。
少し前にやってた、<ケンカできるカップル賛美>なドラマに、私はものすごく違和感を覚えたのです。 
言いたいこと言い合えるからいいのか? 本当の自分をさらけ出せる人が相手としてふさわしいのか?
まあ……人それぞれなんでしょうけど、私は決してそんなことはないと思う派でして……。

昔から、浩介&慶は、そんな感じのカップルでした。
案外とこの2人、2人してうちに秘めちゃってて、思ってること言ってない。
慶は浩介の、ご両親との確執の話とか不登校だった中学時代の話とか、本当はものすごく聞きたいけど、聞かない。聞けない。
浩介は、自分の醜い部分を絶対に絶対に慶に知られないようにしてる。
それでいいんです。ただ、一緒にいたいんです。二人はそういう愛の形なんです。

次回は浩介視点で。ああ、またこいつ、ウジウジしてるんだろうな……って感じですが、慶君に救ってもらいましょう。


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またまたクリックしてくださった方!本当にありがとうございます!
しかも、昨日、更新してないのにー。
嬉しいやら申し訳ないやら……本当にありがとうございます。

パソコンの画面に向かって拝んでおります。
どなたか存じ上げませんが、ありがとうございます。ありがとうございます。

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