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風のゆくえには~ あいじょうのかたち30-1(浩介視点)

2015年10月18日 21時28分21秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「美幸さんのこと、1秒以上続けて見るなよ」

 言われた時にはビックリして固まってしまった。
 慶。どれだけ嫉妬深いんだ。
 そしておれ。どれだけ愛されてるんだ。


 美幸さんと初めて話したのは、高校二年のゴールデンウィーク明けの部活の最中のことだった。
 ランニングの途中ですっころんでうずくまっていたおれに、

「大丈夫?」

と、ハンカチを差し出してくれた美幸さん。女神のようだ、と感動したのを覚えてる。それからずっと彼女を目で追うようになり……

 ………なんて話、今、慶にしたら本気で殺される気がする……。



 田辺先輩と美幸さんは、大学在学中に一度別れたけれども、三十歳ごろに再会して、すぐに結婚。三年前に念願の子宝に恵まれ、美幸さんは仕事を辞めて育児に専念することにしたそうだ。

「美幸のやつ、お前らが来るからって、朝から張り切ってケーキ焼いたり、あちこち片づけたりしててな」

 車で駅まで迎えにきてくれた田辺先輩が苦笑気味にいう。

「棚の位置変えたりするのに、子供が邪魔だからどっか連れて行ってくれって言われて、このクソ暑い中、さっきまでずっと公園にいたんだよ、オレ」
「へえ、いいパパしてますね」

 言うと、田辺先輩はちょっと渋い顔になった。

「……どうだかなあ。まだ一緒に遊ぶって感じじゃなくて……。いうことも全然聞かねえしな。さっきも無理矢理公園から引き揚げて、玄関の中に放り込んでから、お前ら迎えにきちまったから、もしかしたらすっげえ機嫌悪いかも」
「すみません。この距離だったら全然歩けたのにわざわざ迎えに来てもらっちゃって」
「いや、この炎天下歩くのは………あ、ここだよ」

 まさに新興住宅街、という街並み。真新しい家が立ち並んでいるうちの一軒だった。白い壁が太陽の光で輝いている。でも、どうも雑然としているというか……何か違和感がある。

「あ……」
 玄関に向かっている途中で、田辺先輩がハッとしたように駆け出した。

「なに……」
 呼びかけようとした言葉をひっこめる。玄関を開けた途端に聞こえてきた、子供の叫び声。物がぶつかる音。そして、女性の悲鳴のような声。

「美幸?! 優吾?!」
 靴を脱ぎすて、うちの中に入って行く田辺先輩。
 おれ達はどうしたら……と思っていたら、慶がさっさと田辺先輩の後についていってしまったので、おれも慌てて追いかける。

「…………!」
 扉の向こうは………まさに修羅場だった。あちこちに散乱している物。ずらされたソファー。真っ赤な顔をして叫びながら物を投げている小さな子供。それをやめさせようとしている母親……。

「美幸、何なんだこれは?!」
「………知らないっ。知らないよっ」

 絞り出すように言う美幸さん……。こんな険しい表情見たことない……。

「この子、ずっと暴れてるの。せっかく綺麗にしたのに……っ」
「そんな、優吾、お前……っ痛っ」
 優吾君に手を伸ばした田辺先輩に、優吾君が投げた図鑑がぶつかる。

「優吾!」
 美幸さんが叫んだ。

「どうして? どうしてこんなことするの? 優吾!」

 美幸さんが暴れる息子に手を振り上げる……っ

「やめ……っ」

 ざっと血の気が引いたのが分かった。美幸さんの姿と母の姿が重なる。

『どうして出来ないの? どうして、どうして、どうして……』
『痛い、痛いよ……お母さん』

 フラッシュバックが起こる……

『お母さんやめてお母さんお母さんお母さん……っ』

 背中が痛い。息ができない。苦しい苦しい苦しい……


「浩介」
「!」

 深淵に沈み込みそうになったところを、掴み取られた。慶が心臓を押さえているおれの左手を握ってくれている。

「おれがついてる。大丈夫だから」
「…………」

 慶はもう一度ぎゅっと強く握りしめてくれると、パッと離し、つかつかと美幸さんのそばに歩み寄った。

「元に戻してください」
 慶のピシャリッとした声に、場が一瞬静まりかえる。が、すぐに優吾君は叫びを再開した。こんな小さな体にどれだけのパワーがあるんだと驚くぐらいの力強さ。田辺先輩と美幸さんだけが慶を振り返った。

「なにを……」
「棚の位置を変えたんですよね? それを元に戻してください」
「え?」
「もしかして、ソファーの位置も変えましたか? それも戻してください」
「なにを……」
「早く」

 有無を言わせない慶の言葉に、田辺先輩がソファーを移動させはじめた。おれと慶も手伝う。優吾君の叫びが小さくなってきた。
 そして、隣の部屋の押し入れにしまってしまったという棚を美幸さんが持ってくると、優吾君は叫ぶのをやめ、出していた車のおもちゃを並べ始めた。

「優吾……」
「何だったんだ一体……」

 呆然としている田辺先輩と美幸さんに、慶が冷静に説明をしている。

「いつもと同じ場所に同じものがなかったので、戸惑っていたんだと思いますよ? 模様替えをなさるなら、息子さんにも納得してもらってから、息子さんの目の前でやったほうがいいと思います」
「な…………」

 力が抜けたようにしゃがみ込む二人……。

「ねえ……渋谷君」

 ポツリと美幸さんが言う。

「うちの子……やっぱりおかしいの? ネットに書いてある、障がいのある子の特徴にすごく当てはまってるの。やっぱり何か障がいが……」
「それは私には判断できません」

 慶が冷たいほどキッパリという。

「でも、障がい児対応は、一般の子供にも有効的ですので、障がいの有無は抜きにして、障がい児対応の勉強をしてみませんか? 環境を整えてあげたら、息子さんもずっと落ちつくと思いますよ?」
「例えば?」
「そうですね、まず見通しを……」
「渋谷」

 田辺先輩が、慶と美幸さんの間に割って入った。

「お茶でも飲みながらにしないか? っていうか、お前ら二十年以上ぶりに会ったっていうのに、ロクな挨拶もしてないよな」
「あ………」

 慶と美幸さんが顔を見合わせちょっと笑った。

「久しぶり。渋谷君。あいかわらずカワイイね」
「四十過ぎのオジサンにカワイイはないんじゃないですか?」

 苦笑する慶。そして美幸さんがおれの方をみた。

「久しぶり。桜井君」
「あ……はい」

 一瞬だけ、目を合わせ、すぐに頭を下げる。おそるおそる慶の方をみると……

(………こ、こわい……)

 無表情にこちらを見ている慶……。いや、おれ、ちゃんと一秒しか見てないって!


***


 美幸さんが作ったケーキをいただくことになった。
 彼女は夢を叶えて、ケーキ屋に就職していたそうだ。落ちついたらまた戻りたいけど、いつになるかな……と疲れたように言う美幸さん……。

 その暗い雰囲気を吹き飛ばそうとしたのか、田辺先輩が明るくおれ達に言ってきた。

「お前ら、一緒に住んでるんだってな? あいかわらず仲良いよな。彼女とかいねえのか?」
「二人ともカッコいいから彼女くらいいるでしょー」
「え……」

 そうか。一緒に住んでるっていっても、そういう関係じゃないって思われることもあるのか。

「えーと……」
「彼女はいません」

 真面目な顔で答える慶。機嫌悪そう。たぶん「二人ともカッコいい」って言った美幸さんの言葉にムカついてるんだろう。「浩介のことカッコいいとか言うな!」とか思ってるんだろうな。

 もう、慶、かわいいなあ。

「はい。彼女なんかいるわけがありません」

 かわいすぎる慶の左手を掴み、上にあげさせ、おれも左手をあげ、横に並べる。薬指に輝く結婚指輪。
 ちょっと驚いた顔をした慶に微笑むと、そのまま正面を向いて宣言した。

「おれ達、正式に結婚はできないので、事実婚ってことになっちゃうんですけど」
「え」

 目を丸くした美幸さん。

「え、そういうこと?」
「はい。そういうことです」
「え? どういうことだよ?」
「だからこういうことです」

 結婚指輪を合わせるようにして、左手を重ねてみせると、田辺夫妻が「うわっ」と叫んだ。

「愛の巣ってマジだったのか」
「冗談かと思ってた………」

 まじまじと見られ、苦笑してしまう。慶も頬をかきながら気まずそうに視線をそらした。

 田辺夫婦が矢継ぎ早に聞いてくる。

「いつから?」
「高2の冬からです」
「ずっと? マジか。長えな」
「えー全然気がつかなかった」
「ずっと内緒にしてて、最近ようやくカミングアウトすることにしたんです」
「どうりでお前、合宿のときノリ悪かったわけだな」
「合宿?」

 田辺先輩の言葉に美幸さんが食いついてきた。

「何何? 合宿の時って?」
「いや、まあ、男子高校生にありがちな……なあ?」
「はい」

 女性にはとても話せない話だ。

 美幸さんが、何よも~っと怒って、田辺先輩が、まあまあ、となだめてて……。その様子が高校時代から変わらなくて、ホッとする。二人、うまくやってるんだな……。

 なんかちょっとうらやましくなって、慶を振り返り、

(………慶)

 真剣な表情に引き込まれてしまった。慶、医者の顔をしてる。おれ達が昔話に花を咲かせている間、慶はじっと優吾君を観察していたようだ。

(かっこよすぎ……)

 おれの慶は、なんてかっこいいんだろう。

 優吾君は今はおとなしくミニカーで遊んでいる。あれだけ叫んでいた子供と同一とはとても思えない。

 慶の様子に気がついた美幸さんが、「どう?」と慶に聞く。
 慶は「専門ではないのですが」と断りながらも、優吾君の普段の様子を聞いたり、今遊んでいる様子を見たりしながら、今後の対応について二人に色々提案しはじめた。この日のために勉強したのか、元々持っていた知識なのかはわからないけれど、慶の淡々とした話し方は、専門家そのものだ。

 長い長い打ち合わせの後、

「ありがとう。渋谷君。頑張ってみる」

 頷いた美幸さんに、慶は軽く手を降った。

「いえ、頑張り過ぎないでください。お母さんが倒れたら大変なことになりますから。手を抜けるところは抜いて、適当にお願いします」
「…………渋谷君」

 ふっと笑った美幸さん……。
 田辺先輩が心配そうに美幸さんを覗きこんでから慶に向き直った。

「実は、こいつ最近全然眠れてないんだよ。神経が高ぶって眠れないらしくて。そういうの診てくれるところって………」

 美幸さん、昔、眠るの大好きって言ってたのに……。バスケットボールを抱えたまま、校庭の隅で眠っていた美幸さんの姿を思いだして切なくなる。

 母親というのは、そんなにも大変なものなんだろうか………

「では、私の知り合いの心療内科医を………」

 慶が戸田先生を紹介している横でそんなことをぼんやり思った。

 優吾君はこちらにはまったく興味を示さず、ひたすらミニカーを畳のヘリにそって並べている。

 ふと思う。おれはどんな子供だったんだろう…………。



----------------


書き途中なのですが、この後も長く続いてしまって、スクロールするのが面倒になってきたので、ここで一回切って送ることにしました。

真面目な話ですみません……。いや、ホントに真面目な話になってきた……。
この「風のゆくえには」シリーズは、すべて登場人物任せでして、勝手にストーリー進んでいってしまいます。
それって、ようは、私の生活範囲内の話ってことですよね。なもので、話が地味ですみません、というか、妙に所帯じみててすみません、というか……

私の中では、彼らは本当に実在していて、普通に生活してるので、なので、なんというか……すんごい事件は起こらないと思います。人生そんなにすんごい事件に遭遇することってないじゃないですか?
そんな彼らの日常ですが、よろしければ次回もどうぞよろしくお願いいたします!!

----

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち29(慶視点)

2015年10月15日 21時28分24秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介が熱を出した。

 おれが目を覚ましたとき、浩介はおれの手を握ったまま、潤んだ瞳でおれのことをじっと見つめていた。たぶん一晩中眠れなかったのだろう。

「……浩介?」
 その手の熱さに嫌な予感がして額をコツンとくっつける。……やっぱり熱がある。

「お前、熱あるな。どっか痛いとこあるか?」
「…………お腹が少し……」
「ちょっと触るぞ」

 触診している間も浩介はぼんやりとしている。これは………。

「………今日は無理だな」
「え」
「戸田先生にはおれから連絡しておくから」
「……自分でするよ。子供じゃあるまいし」

 ちょっと笑う浩介。胸が痛む……。

 今日は、心療内科クリニックで、浩介は初めて母親と一緒に診察を受けることになっていた。
 日にちが決定してからというものの、浩介は気を抜くと深刻な顔になっていて、最近は食事の量も減っていた。

 今日は土曜日。おれはもう仕事にいかなくてはならない。こんなときにそばにいてやれないなんて…………

「一日ゆっくり寝てろ。食欲なかったら食べなくてもいいけど、水分だけは取れよ?」
「うん………」

 素直に頷く浩介。目が潤んでいるのは熱のせいだけではないだろう。

「なるべく早く帰るから」
「ん………ありがと」

 弱々しく微笑んだ浩介の唇に、そっと口づける。びっくりしたように浩介がおれを押し戻した。

「慶、うつっちゃうよ」
「…………そうだな」

 いや、うつらないよ。お前のその熱と腹痛はストレス性のものだ。………って言葉は飲み込む。

「じゃあ、腕出せ」
「腕?」

 きょとんと差し出された腕を手に取る。やっぱり熱い………。

「慶?」
「………しるし」
「え、なに?………っ」

 言いかけたのを無視して、浩介の腕の内側の柔らかい部分に歯をたてて吸い付く。

「…………んっ慶……っ」
「…………」

 浩介が感じているような声をあげたので、つられてモノが固くなってきてしまった。……いやいや、そんなことをしている時間はない。舌で舐めながら吸い込み続ける。………これで付いたか?

「………慶」
 おれが腕を離すと、浩介は赤くなったその場所をみて吐息まじりに呟いた。

「………慶のしるしだ」
「浩介」

 額とこめかみのあたりに軽く口づけてから、頭をぎゅっとかき抱く。

「一緒にいてやれなくてごめんな」

 一緒にいられない分の、おれのしるし。せめて心はここに置いていきたい。

「ん。ありがと……」
「………」

 離れがたくて、頭をなで続けていたら、浩介がそっとおれを押してきた。 

「慶? 遅れちゃうよ? いってらっしゃい」
 手をふる浩介……。

「……いってきます」
 今すぐ重なりたい衝動をどうにか抑え、部屋を出る。

 やはりまだ、母親に会うのは無理だったんだ。
 ……でも、いつならいいというんだ? 大丈夫になる日なんてくるのか……?


***


 浩介の主治医である心療内科医の戸田先生と相談した結果、母親とのカウンセリングは来月まで延ばしてもらうことになった。今度はやはりおれも同席することになりそうだ。


 おれが今気にかかっている問題は3つある。

 一番大きい問題は、浩介とご両親との確執。

 次に、目黒樹理亜のこと。
 彼女は娘に売春を強要させるような母親の元から、ようやく逃げ出すことができた。
 母親の趣味で染められていたピンクの髪も、本来の彼女の髪の色である茶色っぽい黒に戻し、奇抜なピンク一色のひらひらした洋服からシンプルな洋服に変わり、今では普通の可愛らしい少女になっている。
 もうすぐ二十歳の誕生日なので、これを機に、正式に陶子さんの店の従業員として雇用してもらうらしい。

「だから保険証も変わるんだって。住民票も今の住所にうつして、それで、住民税?とか、年金?とかも払うのよって陶子さんが言ってた。なんか大人になるって色々面倒くさいねー」

 樹理亜がニコニコと言っていた。そのために陶子さんが樹理亜の母親と話をつけに行ってくれたことは知らないらしい。
 母親がこのまま樹理亜から手を引くかどうか、それを見極めなければならないと思っている。

 それから、三好羅々のこと。
 彼女は陶子さんの姪。浩介に好意を持っていて、浩介に睡眠薬を飲ませて眠らせ、自分と性行為をしているかのような写真を撮った、とんでもない女だ。
 その後一度浩介に会いに来たらしいが、浩介に拒絶され、また引きこもりの日々を過ごしているらしい。でも知ったことではない。もう二度と出てくるな、と言いたいくらいだ。


 おれのカミングアウト問題は、特に変わりはない。
 一番はじめに病院に密告のメールをし、掲示板に書きこみをしたのは、樹理亜に思いをよせているユウキという、体は女性だが心は男性である子だということがわかり、それは院長である峰先生に報告したが、

「まあ、結果的にカミングアウトできてよかったんじゃねえの?」

と、言われた。確かに、色々言われたり、偏見の目で見られたりする面倒臭さはあるけれども、変なウソをつかなくてよくなった、という気持ちの楽さはある。


 高校時代の同級生にもとうとうカミングアウトした。
 みんな驚いていたけれど、浩介の話の持っていき方が良かったおかげで、なんとか受け入れてもらえたようだった。

 その流れで、当時仲良かった奴ら5人が7月の連休にうちに遊びにきてくれたのだが……


「慶………今、機嫌良い?」
「は?」

 同級生が遊びにきた翌日、海の日で二人とも休みだったため、朝からずっとベッドの上で何をするわけでもなく(あ、いや、することはしてたけど)、ただベタベタしながら過ごし、ようやく、昼過ぎにそうめんでも食べるか、と起きてきたあとのことだった。

 浩介はものすごく話しにくそうに、ボソボソと、

「機嫌良いときに話したいんだけど……」
「なんだそりゃ」

 そうめんを茹でるために鍋に水をいれながら、浩介を振り返る。

「別に悪くねえよ。話せ」
「……あの……」

 浩介、携帯を手に持っている。どこかから連絡があったということか。話しにくいということは、三好羅々の件か?

「なんだ。三好さんか?」
「ちがくて……」

 あの……あの……あの……と、このまま、こいつ「あの」しか言わないつもりか?というくらい逡巡し続け……

 やがて、ようやく、言葉にした。

「田辺先輩から連絡があって……」
「田辺先輩? って、あの田辺先輩?」

 ものすごく懐かしい名前。一つ上のバスケ部のキャプテンだった人だ。
 そして、浩介が片思いしていた美幸さんの彼氏……。

 浩介は高校二年生の一学期の間、美幸さんという一つ年上の女性に想いを寄せていた。フワフワしていて可愛らしいのに、バスケットボールを持たせると途端にキリッとなる、ちょっと不思議な人だった。

 おれは彼女が大っ嫌いだった。彼女自身は悪い人ではなく、おれの単なる嫉妬でしかないんだけれども、いまだに彼女のことを思い出すと、あの時の浩介の、彼女に見とれてぽや~っとしていた顔とかを思い出して、ムカついてどうしようもなくなる。いい加減、もう何年前の話だよ、と思うのだけれど、こればっかりはしょうがない。今も思い出してムカムカが込みあがってきてしまった。

「………で?」
「あの………、やっぱりいいです」

 不機嫌全開になったおれにビビって、浩介が台所から出て行こうとする。それを足で止める。

「なんだ。気になるだろ。言え」
「だからもういいよーこわすぎて言えない」
「言えないなら見せろ」

 携帯に向かって手を出すと、浩介が渋々携帯を差し出してきた。

 そこには田辺先輩からのラインの投稿が……

『渋谷にかみさんと息子に会いにきてくれるよう頼んでくれないか』

 かみさんと息子? なんの話だ??
 って、なんで、おれが??

 ハテナハテナハテナ?となったおれに、浩介が「あのね……」と話しだした。


 昨日、うちに遊びにきたメンバーの中に、元バスケ部の斉藤がいた。
 そいつが、うちでみんなで撮った写真をラインのタイムラインに載せたそうなのだ。見せてもらったら、おれが小児科医であることとか、ここが浩介とおれの愛の巣だとか、好き勝手なことが書いてあった。

 それを見た田辺先輩が、浩介に連絡をしてきたそうなのだ。二人ともバスケ部OBのラインのグループに登録しているので、そこから辿ってきたらしい。

 そこまできいて、再度先ほどのラインを思い出す。

「かみさんと息子……かみさんっていうのは、まさか……」
「うん………」

 言いにくそうに、浩介がうつむく。………そうか。そうなのか……。

「美幸さんのことだな?」
「…………」

 あの二人、結婚したのか……。

「なんでおれに会いたいなんて言ってるんだ?」
「あのね……詳しくは分からないんだけど……」

 浩介が画面をスクロールさせながら言葉を続ける。

「3歳の息子さんがやんちゃすぎて、美幸さんがすごく悩んでて……」
「…………」
「専門の病院を予約したけど、見てもらえるのは半年後って言われて、普通の小児科に連れて行っても、暴れて話もできないんだって。それで……」
「…………」

 美幸さんは、華奢で優し気な人だった。3歳の男の子を抑え込むのは大変だろう…。

「それで医者であるおれに来てほしいってことか」
「うん………、あ、でも、慶が嫌なら断るよ」

 浩介が慌てたように首を振る。おれの美幸さんアレルギーを浩介はよく知ってるからな。でも……

「いいぞ。いくって返事してくれ」
「慶」

 ビックリしたような浩介に指を立てる。

「ただし、おれも専門ではないから、どこまで役に立つのか分かんねえって言っといてくれ」
「あ……うん」

 頷きながら、浩介はジッとおれの目を覗き込んでくる。

「ホントに……いいの?」
「いい。そのかわり条件がある」
「え……怖いな」

 顔をこわばらせた浩介の腰のあたりをぎゅっと掴み、正面から見据える。

「お前……」
「うん」

「美幸さんのこと、1秒以上続けて見るなよ」
「…………え」

 目をまん丸くして固まった浩介にイラッとして、軽く足で小突く。

「返事は?」
「え、それって、話もしない方がいいってこと?」
「当たり前だろ」

 仲良く話なんかされた日には、おれの理性がどうなるか分からない。

「それができないならお前はくるな。おれだけ行く」
「慶………」

 浩介はつぶやくと、おれをジッと見つめて黙ってしまった。

「…………」

 その沈黙に、不安が押し寄せてくる。

 浩介、呆れた?
 おれのあまりもの嫉妬深さに嫌気がさした?

 二十年以上も前のことにこだわってるおれはおかしいのだろうか。
 でも、でも、おれは……

「……慶」
「……なんだよ」

 心の中は泣きそうになりながらも、顔は平静を装って浩介を見上げる。でも、浩介の真っ直ぐな瞳に耐えきれず、視線を逸らした、のと同時に、

「慶」
「!」

 心臓が止まりそうになる。ぎゅううっと強くかき抱かれたのだ。

「……浩介」

 震えてしまう。浩介の匂い。浩介の腕、浩介の胸……。さっきまで散々ベッドで堪能していたというのに、どうしてこんなに愛おしくて手放したくないと思ってしまうのだろう。

 浩介はおれの頭をなでてくれながら、耳元にささやいてきた。

「慶………かわいいね」
「………かわいくねえよ」

 ムッとする。浩介は昔っから何かというと「かわいい」で誤魔化そうとするところがある。
 浩介はちょっと笑いながら、頬にキスしてきた。

「約束するよ。一秒以上見ない。必要以上には話さない。それでいい?」
「………よくない」

 なんだかムカついてしょうがない。合わされたおでこをぐりぐりと押し返す。

「そんなんじゃ、なんか気が済まない」
「んーーー、じゃ、指輪していこう」
「え」

 今年の初めにお揃いで作った結婚指輪。

「おれ達、事実婚状態ですって」
「…………」
「おれは慶のものです。慶はおれのものですって、ね?」

 言いながらも、額に瞼に頬に鼻にキスの嵐が下りてくる。

「………わかった」
「慶……大好きだよ」

 キスの嵐が耳に首筋に、鎖骨のあたりまでおりてきた。
 それ以上下りてくる前に、ぐいっと浩介を押し戻す。

「そうめん、茹でるぞ?」
「………。なんでこの展開でそうめん茹でるって話になるの? って痛っ」

 下半身に伸びてきた手をピシッと弾く。痛いなーと文句を言う浩介の胸をぐりぐり押す。

「もう昼食。朝飯も小さいアンパン一個食っただけだし、腹減った」
「えー」
「だいたい、朝からずっとこんなことばっかして……」
「こんなことって?」
「こんな……」
「こんな?」

 浩介の目がすっと細くなり、唇が近づいてきた。

 ドキッとする。

 浩介は普段は甘ったれな感じなんだけれども、時々、ふっとスイッチが入って強引な人格が出てくるのだ。今、その瞳をしてる……

「こう………」
「おれはまだまだ足りないよ? もっともっと、慶が欲しい」

 言いながら強引に台所の床に組み敷いてくる。ごつんとフローリングの床に頭がつく。

「こんなとこで……」
「気分変わっていいでしょ?」
「狭い」
「それもまた一興」
「………」

 唇が首筋からうなじの方にまわってきて、そのままツーッと背中をなでられる。のけぞったおれを膝立ちの状態に起こし、後ろからぎゅっと抱きしめてくる浩介……

「おれね……慶が愛おしくて、愛おしくて、もう、どうしたらいいのかわかんない」
「……っ」

 後ろから体の中心を掴まれ、ゆっくりと扱かれる。

「この気持ちどうしたら伝わるかな……ねえ、慶、伝わってる?」
「ん……っ」

 ぞくぞくぞくっと体中に震えがくる。耐え切れなくて、冷蔵庫の端に掴まり体をそらせる。

「慶……大好き」
「んん……」
「大好きだよ」

 耳元でささやかれる甘い言葉………理性が、飛ぶ……

「こう……っ、欲しい……っ」
 恥ずかしげもなく求めてしまう。

「我慢できね………早く……」
「慶……」

 かわいいね、とまた言う浩介。そして……

「……っ」

 一つになる。どうしてこんな獣のような行為を愛と呼ぶのだろう。
 でも、もう、止まらない。なんて充実感……。

 愛してるよ……耳元で繰り返される言葉。
 
 愛してるよ、愛してるよ……

 一つになり、強く抱きしめられ、実感する。
 ああ、おれは愛されている……。

「浩介………」

 おれも愛で包んでやれているのだろうか……。




----------------------


以上です。
最後までお読みくださりありがとうございました!

短くまとめようと毎回思うのですが毎回長くなります。
つか、最後、君たちなにはじめちゃってるのよ。
R18シリーズじゃないんだから書けませんよ?やめてくださいよ?
と、登場人物と私の間でせめぎあいがあり、その結果のラストシーンでございました。

なんて内部事情はさておき。
次回ようやく美幸さん登場です。出ることは決まっていたので私の中ではようやくって感じです。

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

---

クリックしてくださった方々、本当にありがとうございます!

こんな真面目な話、どうなのかな…と毎回思うのですが…
ご理解くださる方がいらっしゃるということに励まされ、書き続けております。
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風のゆくえには~ あいじょうのかたち28-2(浩介視点)

2015年10月13日 21時05分08秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

「慶は子供欲しいと思ったこと……ある?」
「んん?」

 聞くと、ピザを頬張りながら、慶は小さく首をかしげた。

「なんだよ急に?」
「いや……ちょっと……」

 言い淀んだおれとは対照的に、慶は水をゴクンと飲み込み、一言。

「ない」

 あっさりだ。

 ない。……ないんだ。

「本当に……ないの?」
「ない」

 そして、また新しいピザを手に取って、口に入れようとしたが、ふと気がついたように「ん?」とおれの方を向き直った。

「お前が子供欲しいって話か?」
「あ……いや……」

 また言い淀むと、慶は「うーん……」と唸り、

「お前が欲しいんだったら、もちろん考えないでもないけど………でも、正直、おれやっていける自信ないなあ。今、自分のことで手いっぱいだし」
「………」
「子供育てるのって本当に大変だからな。椿姉と南が大変なのも見てきたし、病院にくるお母さん達みててもそう思うし」
「………」
「その上、日本じゃまだまだ、同性カップルの子育ては一般的じゃないからな。それを乗り越える覚悟を……」
「ああ、ごめん。慶、ありがとう」

 さらに言い募ろうとしてくれた慶の言葉を途中で止める。もう充分だ。

「あの……おれは欲しくないから、慶が欲しいって思ってたらどうしようって思っただけ」
「ああ、そういうことか」

 慶は再びピザをパクッと口に入れた。

「考えたこともなかったなあ。まあ、しいていえば、病院にくる子供たちがみんな子供みたいなもんだしな」
「そっか……」
「お前も教え子が子供みたいなもんじゃねーの?」
「………そうだね」

 教え子達の顔が思い浮かぶ。
 子供とは違うけれど、これからも成長を見守っていきたい子供達……。


「お前、こっちの方が好きだと思う。食ってみろ」
「え」

 二種類のピザのうちの一つを差し出され、食べてみる。あ、確かに。あっさりしてて美味しい。

 今日は、陶子さんの店に来ている。陶子さんの店は普段は女性しか入店できないのだが、偶数月の最終土曜日のみ、男性カップルの入店も許されているのだ。
 おれ達は前回と同じく、店の隅のカウンター席に並んで座り、お勧めのピザを食べている。あいかわらず居心地の良い店だ。

 うちに帰ってから言うより、ここで報告したほうがいいかな………。

「慶……怒らないで聞いてくれる?」
「ああ?」

 おそるおそるいうと、慶は眉を寄せた。

「それは聞いてみないとわかんねえなあ」
「そんなこといわれたら恐くて言えない……」
「何だよ?」
「だから、怒らないで……」
「分かった分かった」

 引き続きピザを頬張りながら慶がおざなりにうなずいた。

「怒らないから言ってみろ」
「うん……」

 一度水を飲んで心を落ち着かせてから、言ってみる……

「今日、病院の帰りにね………」
「ああ」
「三好さんに会ったの」
「!」

 慶、ピタッと動きが止まった。そして、数秒の間の後、ギギギギギ……とこちらに顔を向けた。

「………………ああ?」

 あ、に濁点ついてる……。こ、こわい……。

「あの………」
「会ったっていうのは、待ち合わせして会うことにして会ったってことか?」
「違う違う違う違うっ」

 そんなことするわけがない。おれに睡眠薬を飲ませて、変な写真を撮って、それを慶にメールで送った張本人だ。会う約束なんてするわけがない。

「病院出たところで待ち伏せされてたの」
「…………ふーん」

 美形の真顔、迫力ありすぎ……。

「で?」

 よどみのない慶の追及。

「もしかして、子供の話はそこからきてんのか?」
「…………」

 鋭い。
 まっすぐな視線に、正直に頷く。

「うん。……私なら子供を生めるって言われた」
「………ふーん」

 慶はゆっくりと瞬きをした。

「で、お前、なんて言ったんだ?」
「ありえない」

 即答する。
 三好羅々に答えた時の感情がよみがえってきて、手の先が冷たくなってくる。

「そういう行為自体、おれは慶以外とは不可能だし」
「………」
「そもそも、それ以前におれは」

 一度目をつむり、開ける。

「おれは、子供欲しくない」

 喉の奥から声を絞り出す。

「絶対に、欲しくないんだ」
「…………浩介?」

 顔がこわばったのが自分でも分かった。心配そうにのぞきこんでくれた慶の手をつかみ、カウンターの下に下ろし、ぎゅっと握りしめる。

「それで、あかね経由で陶子さんに連絡して、迎えにきてもらった。待ってる間も、ほとんど話さなかった」
「…………」
「それだけ。一応、報告、と思って」
「……そうか」

 慶の手をつかんだまま、グラスに手を伸ばす。炭酸ジュースみたいなオレンジ色のカクテル。

 しばらく無言でいたが、慶に心配そうな視線を送られ続け、

「………慶」

 耐え切れなくなり、名前を呼ぶ。
 いつか話さなくてはならないと思っていた、おれ達の今後の生活に関わること。今が話すタイミングなのかもしれない。

「……聞いてくれる?」
「……なんだ」

 慶が手を握り返してくれる。繊細な細い指。大好きな慶の手……。心を決めて告げる。

「あの……おれ達も将来、養子を取ったりして子供を一緒に育てるってこともできるとは思うんだけど……」
「…………」
「でも、もしおれが………」

 声が震える……

「もし、おれが親になったら、おれはおれの父みたいになって、子供を苦しめることになるかもしれない」

 脳裏に浮かぶ父の高圧的な瞳。怒鳴り声。人格を否定する言葉の刃。

「もしかしたら、母みたいになるかもしれない」

 思い出す。四六時中監視される日々。ヒステリックな叫び声。叩かれ続ける背中。

 ぞっとする。吐き気がする。

「連鎖をここで止めたい。おれはおれみたいな思いをする子供を生み出したくない」

 だから。

「だから、子供は絶対に欲しくない」
「………」

 慶がおれの手を両手で包み込んでくれる。温かい手………。ふっと体の力が抜ける。

「……慶」

 泣きそうになるのをどうにかこらえて、思いを告げる。

「さっき、子供欲しいと思ったことないって言ってくれたけど……」
「…………」
「これからも子供は持たないってことで………いいかな」
「わかった」

 慶……少しの迷いもなく、頷いてくれた。
 そして、おれの頭を肩口に引き寄せて、ゆっくりゆっくりなでてくれる。
 おれの苦しい思いもすべて包みこんでくれる慶……涙が出てくる。

「……浩介」
 耳元にささやかれる優しい声。

「お前にはおれがいるからな」
「………慶」

 慶。慶……大好きな慶。愛しさが伝わってくる……

「ずっと一緒にいるからな?」
「………うん」

 おれは慶がいてくれれば他には何もいらない。何もいらないよ。

「慶……」
 コツンと額を合わせる。そしてそっと…………と思いきや、

「わーラブラブー」
「!」

 カウンターの中からの甲高い声にびっくりして、あわてて慶から離れた。声の主は目黒樹理亜だ。

「いーなーいーなーラブラブいいなー」
「ラブラブって死語なのかと思ってた。今の若い子も言うんだ?」

 慶が変なことに突っ込んでる。慶って時々着眼点が変な時がある。

「えー言うよー」
「へぇ、じゃあもう世の中に根付いたってことなのかな」
「根付いてる根付いてるーみんないってるー」

 言いながら、ピザがのっていたお皿を下げてくれる樹理亜。

「あーいいなーあたしもラブラブしたーい」
「だからボクとしようって言ってるのに」

 隣の席に中学生の男の子みたいな子が座ってきた。確かユウキとかいう子。
 樹理亜は、ひらひらひら~と手をふると、笑顔のまま言いきった。

「ユウキはお友達だからダメだよー。あたしは本当に好きな人とラブラブしたいんだもーん」
「だから樹理、ボクがちゃんと男になるから………」
「そういう問題じゃないんだなー」

 樹理亜はチッチッチッと指を揺らすと、

「あたしのタイプは慶先生みたいにイケメンで慶先生みたいに優しくて慶先生みたいに男らしくて慶先生みたいに……」
「もういいよっ」

 ユウキが怒ったように樹理亜の言葉を遮った。

「樹理は口を開けば慶先生慶先生ばっかり」
「だって好きなんだもん」
「え、ちょっと待って」

 今度はおれが遮る。

「目黒さん、慶のこと諦めたんじゃなかったの?」
「諦めたよー?」

 ケロリと樹理亜はいいながらも、「はい、先生」と語尾にハートマークをつけて、慶に野菜スティックのグラスを渡している。

 慶も慶で苦笑しつつも「ありがとう」なんて言って受け取っていて…………

「…………」

 こらこらこらこら、ちょっと待て!

「諦めたっていいながら、その態度は何!? 慶も慶だよっ何普通にしてんのっ」
「そう言われても………」

 慶が肩をすくめる。
 この二人、こんなに仲良かったっけ!? 
 いや、少なくとも、5月の連休に猫を見に行った時はここまで仲良くなかった気がする。
 その後だ。その後何が…………
 って、おれが睡眠薬飲まされて、起きるのを二人で待ってたじゃないか。あの時からか………
 おれが愕然としているところで、

「あーあ、やだねっ」

 ユウキが突然立ち上がった。

「イケメン先生は告白され慣れすぎてて、何とも思わないってことですか? いい気なもんだな」
「いや………」
「だいたい、あんた、ズルイんだよっ」
「ちょっと、ユウキ……」

 樹理亜の制止もきかず、ユウキは捲し立てた。

「その顔で、その体で、良い大学出てて、お医者さんで、高校時代からの恋人がいて! 何でも持っててさぞかし気分良いんだろうなあっ」
「ちょっと……っ」
「ユウキ……っ」

 おれと樹理亜が咎めようとしたのを、慶が手を上げ制し、まっすぐにユウキに向き直った。そして鋭く言い放つ。

「顔に関しては知らないけど、体に関しては、おれは子供の頃から今もずっと鍛え続けてる。そこら辺の何もしてない四十歳と一緒にしないでくれ」
「………」

 何もしてない四十歳って、おれのことですか。

「それから、大学と医者に関しては、おれは学生時代も浪人中もずっと真面目に勉強してきた。その努力の積み重ねの結果でしかない。それをズルイと言われる筋合いはない」
「…………それはっ」

 何か言いかけたユウキの言葉にかぶせて、慶が「それから」と強く遮った。

「こいつに関しても」

と、おれを指さして、ムッとした顔で話を続ける。

「おれは一年以上、片思いをしながらこいつのそばにい続けて、それでようやく振り向かせたんだ。これも努力の結果だ」
「え、そうなの?!」

 樹理亜がビックリしたように叫んだ。

「浩介先生がグイグイいったのかと思ってたー」
「いや、違うよ」

 慶は引き続きムッとしている。

「こいつ、一つ上の女の先輩を好きになって、その相談をおれにしてきたりしてさ。おれがあの片思いの最中どれだけ悩み苦しんだか……」
「うわっひどっ」
「だ、だって、知らなかったんだしっ。もう、慶、その話は……っ」

 慶は最近、心療内科の先生と昔の出来事を振り返ったりしたせいか、やけに美幸さんの話をしてくるようになった。迷惑極まりない。

 樹理亜がひどいひどい言っている中で、ユウキがバンバンっとカウンターをたたいた。

「でも、それでも両想いになったんだからいいじゃんっ」
「………あ、確かに」

 樹理亜がポンと手を打つ。そうか、考えてみたら、ユウキは当時の慶とほぼ同じ状況ってことか……

「それで、それからずっと恋人なわけでしょ。ズルイじゃん。同性なのに。普通じゃないのに。ずっと続くなんて、ズルイじゃんっ」
「……………」

 ユウキ、泣きそうな顔をしている。彼女……いや、彼、か。彼も色々な経験をしてきてるんだろうな……
 ユウキは口を引き結んだまま、慶に掴みかからんばかりに詰め寄り、叫んだ。

「それに、あんた、職場にバレたのに、なんで今までと変わらないでいられるんだよっ」
「え、慶先生、ついにカミングアウトしたの?!」

 樹理亜が目をまん丸くした。樹理亜知らなかったんだ………

「…………あれ」

 何か違和感……

「目黒さん、知らなかったの?」
「カミングアウト? 知らなかった知らなかったー。慶先生も戸田ちゃんも教えてくれればいいのにー。いつしたのー?」
「えーと……いつだっけ」
「5月の連休明けすぐだよっ」

 ユウキが興奮したように叫んだ。

「それなのに、何事もなかったみたいに医者やっててさ……っ」
「…………」

 カミングアウトしたのは連休を明けて少したってからだ。
 連休明けすぐには、病院に「渋谷慶医師には男の恋人がいる」とメールがあっただけで……

 慶を見ると、慶は天井を見上げ、こめかみのあたりを人差し指でグリグリしながら、ため息をついていた。

「そっかあ………」
「な………なんだよ」

 ひるんだユウキに、慶はまっすぐに視線を送った。美形の真顔はこわい。

「なに……」
「病院にメールしたのは、君か」
「………」

 しまった、という顔をしたユウキ。存外素直な子だ。

「そのあとに、医療系掲示板に書き込みしたのも君だな」
「……………」

 慶の追及に、ユウキは下を向きながら、ボソッと言った。

「でも、その後、〇〇にスレッドたてたのはボクじゃないからね」
「そうか。まああれは、掲示板を見た誰かが立てたのか、病院内部の誰かが立てたりしたんだろうな」
「メール? 掲示板? 何の話?」

 きょとんとしている樹理亜に「後で説明する」と慶は答え、再びユウキに向き直った。

「気がすんだか?」
「……………全然」

 ユウキは激しく首を振ると、

「余計かなわないって思って、余計ムカついてる」
「君、完全に方向性間違ってるよな?」
「………だって」

 下を向いたままのユウキ。ようは単なる僻み。嫉妬。か。
 慶は腕組みをしたままユウキに言い放った。

「とにかく、おれがムカつくなら、回りくどいことしないで直接文句言ってこい」
「だったら……っ」

 ユウキはキッと慶を睨みつけると、

「樹理の前から消えてよ。あんたがいたら樹理はずっとあんたを好きでい続ける」
「それは……」
「それは違うんじゃないの?」

 思わず口出ししてしまう。

「いなくなったところで目黒さんは慶のこと好きなままだと思うよ? そこを振り向かせられる人がいるかどうかって話じゃないの?」
「でも……っ」
「それ以前に」

 慶が首を振りながらつぶやくように言った。

「いなくなろうがなるまいが、おれが目黒さんとどうこうなることは200%有り得ないしな」
「ひどっ慶先生ひどっ」

 樹理亜が笑いながら慶の腕をグーでパンチする。慶もつられたように笑い、

「いや、目黒さんだけじゃなくてね。おれはさ……」
 そして、すいっとおれを指さした。

「おれはこいつ以外無理だから」
「………」

 それから、おれを見上げ、優しい、優しい声で言った。

「おれはこいつ以外、愛せないから」
「………慶」

 ………慶。慶、慶……。

 慶の、真っ直ぐな瞳。何も恐れない強い光……。

 心臓が……痛い。


「きゃーーーもーーーかっこいーー」

 樹理亜が、顔を真っ赤にしながらキャアキャア言っていたら、まわりにいた子達も「何?何?」と集まってきた。ことの顛末を樹理亜が支離滅裂になりながら説明している間に、

「そういうところもムカつくっ」

と、言い捨て、ユウキはプイッと店から出ていってしまった。やれやれ、と席に座り直し、慶は野菜スティックに手を伸ばした。


「慶……」
「あ?」

 セロリをポリポリ食べながら慶が振り返る。

「なんだ?」
「おれも、慶以外の人は愛せないからね」
「…………ふーん」

 真面目にいったのに、慶は鼻で笑うと、

「お前のいうことは信用なんねえなあ。何しろお前は美幸……」
「もー! その話はなし!」

 頬を膨らますと、慶はケタケタ笑って、今度はニンジンをポリポリ食べ始めた。

「あ、おれもニンジン食べたかった」
「おお、これ最後の一本か。わりーわりー」
「わりーわりーじゃないよ。ちょうだい」

 無理矢理慶の口からニンジンを引っこ抜き、食べかけのところにキスをする。

「間接キスー」
「あほかっ。お前は中学生かっ」

 慶が笑いながらカウンターの下で蹴ってくる。その足に足を絡める。愛しい体温が伝わってくる。

「慶……おれ、今、すっごい幸せ」
「当たり前だ」

 ニッと笑い、カウンターの下で手をつないでくれる慶。

 今も、これまでも、これからも。ずっとずっと手を繋いで、二人一緒に生きていく。



----------------------


以上です。
こんな真面目な話、最後までお読みくださりありがとうございました。

「あいじょうのかたち」を書く上で、ポイントになる話がいくつかありまして、
今回の、浩介が子供を欲しくないと言うシーンはその中の一つでありました。

子供を持つか持たないか。
それは同性カップルでなくても、話し合わなくてはならない事柄ではないでしょうか。

慶と浩介は、二人きりで生きていく、という選択をしました。
老後のためにお金ためましょうね。
まあ、今、家賃格安で住んでるし、二馬力だし、普段贅沢もしないし、金貯まりそうな二人だなあ…。

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち28-1(浩介視点)

2015年10月10日 23時50分10秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 睡眠薬を飲まされ、19歳の女の子と性行為をしているように見える写真を撮られてから一カ月が過ぎた。

 その写真を見てしまった後の慶の行動は、予想もつかないものだった。

 まず、その直後、おれは全身塩で洗われた。
 その後一週間は、まったくおれに触れてくれず……
 次の一週間は、毎日、セックスを強要(というと語弊がある? いや、あれは強要といってもいい気がする)。

 そして、最も驚くべきことに……
 その翌週にあった高校の同窓会で、ずっと隠していたおれたちの関係をカミングアウトしてしまった。約四半世紀越しのカミングアウト……。
 同級生達は、裏ではどう言っているかは分からないけれど、表向きはみな、快く受け入れてくれたので安心した。途絶えていた親交も復活して、今後はおれ達の家が溜まり場になりそうで、嬉しいようなちょっと迷惑のような感じだ。

 今まで、誰にも言えなかった二人の関係をたくさんの人に知ってもらえた上に、

『こいつはおれのもんだから誰にもやらねえよ』

 なんて、友達の前で言ってもらえて、もう、幸せすぎて何をどうしたらいいかのかわからない。


 慶は、誰もが振り返るほどの美形の持ち主で、皆に尊敬される医師であって、ファンクラブができるほど人気のある人なのに、実はものすごく嫉妬深い。おれに対する独占欲は半端ない。それがとてつもなく嬉しい。おれは愛されている。愛されている……。


***


「慶……朝ごはん……」
「ああ、昨日のカレーの残り食った。まだ寝てていいぞ?」
「ん……」

 布団の中から慶が出勤の用意をしているのをぼんやり眺める。
 土曜日の朝はいつもこんな感じだ。休みのおれを気遣って、慶は一人で静かに用意をしてくれる。

 スーツを着てる慶……なんてカッコいいんだろう……。ウットリしてしまう。

 時計をはめながら、慶が枕元にきてくれた。

「じゃあ、行ってくる。終わったら連絡するけど、一応、7時目安でな」
「ん。いってらっしゃ………」

 軽いキス、と思いきや、重ねた唇を強く吸い込まれた。舌が侵入してきて絡めとられる。

「……っ」
 昨日の夜も遅くまで愛を確かめ合っていたというのに、まだ足りない、とでもいうように体が反応してしまう。気がついた慶に、パジャマの上からそっと撫でられ、のけぞってしまった。

「もう、慶……っ」
「続き、帰ってからな」

 ニッといたずらそうに笑い、もう一度、今度は軽くキスをしてくれる慶。

「じゃ、行ってきます」
「………いってらっしゃい」

 ああ、もう、幸せすぎて、どうにかなってしまいそうだ。


 幸せな気持ちに浸りながら、二度寝三度寝して、昼前にようやくベッドから抜け出る。

 おれは毎週土曜日の午後、心療内科クリニックに通っている。通いはじめのころは、トラウマをほじくり返されてどん底に沈み込み大変だったけれど、今は泥沼から抜け出て、驚くほど体が軽い。

 元々は、おれと両親との確執をどうにかしたい、と思ってくれた慶の気持ちを汲んではじめた通院だった。
 でも、診療の中で、慶がどうしておれを好きになってくれたのか、慶がどれだけおれのことを愛してくれているのかを知ることができて、おれは生まれて初めて、心の底からの安定を手に入れた。

 両親のことは今でも関わりたくない、としか思えないけれども、それでも、思い出して過呼吸の発作が起きることはなくなった。それはすごい進歩だ。

 慶はおれの傷ついた心を守りたい、と思ってくれたらしい。それがきっかけで慶がおれに好意を持ってくれたというのなら、すべてのことがあるべきことだったのだと思えてくる。今のこの幸せは、あの苦しみの上に成り立っているのなら、それすらも受け入れよう。

 今はただ、ひたすら、今のこの幸せを誰にも壊されたくない、とだけ思う。


**


「そろそろ一度、お母様とお会いになってみますか?」
「………はい」

 戸田先生に言われ、渋々肯く。正直、憂鬱以外のなにものでもない。でも、手を打った方がいいということは分かっている。

「渋谷さんにも同席お願いしますか?」
「………いいえ」

 慶には迷惑をかけたくない。おれがどんよりしているのを見て、戸田先生は首をかしげた。

「ご無理なさらなくて大丈夫ですよ? まだ時間をかけて……」
「いえ、あの母がこの数か月何もしてこなかったのは奇跡なんですよ。何かされる前にどうにかしないと、また前みたいに彼の職場に押しかけたり探偵を雇って見張らせたりされたらたまらない。もうこれ以上彼や彼の家族に迷惑をかけたくないんです。おれがなんとかできるのなら何とかしたくてそのためならおれはなんでも……っ」
「桜井さん?」

 戸田先生に目の前で手を振られてハッとする。

「………すみません」
「いいえ」

 戸田先生は軽く首をふると、真剣な瞳をこちらにむけた。

「でも一つだけ言わせてください。お母様も変わろうとなさってますよ?」

 戸田先生……パンダみたいなメイクはあいかわらずだけど、やっぱり美人だな、とこんな時なのに思う。

「では……お母様の主治医とも相談して、日程を決めましょう」
「………お願いします」

 深々と頭を下げると、「あ、そういえば」と戸田先生が口調を変えた。

「来週ですよね? お二人の同級生の方とのお食事会」
「あ! はい! そうですそうです!」

 同窓会で再会した同級生二人に合コンの設定を頼まれたのだ。

「あの、見た目はおれみたいな感じでパッとしない奴らなんですけど、一人はメーカーで研究員をやってて、一人は役所勤めで……、性格その他には特に問題ないんですが、何しろ女性に縁がないというか何というか……」
「渋谷先生も全く同じことおっしゃってました」

 クスクス笑っている戸田先生。

「私も友人も楽しみにしてますので、よろしくお願いします」
「お願いします!」

 思わずおれも笑ってしまう。
 美人女医とのお食事会。会場は夜景の綺麗なオシャレなレストラン、らしい。そこに慶と一緒に行けるなんて最高だ。

 ほら、これからも楽しい予定がいっぱいだ。おれは今の幸せを守りたい。そのためなら、何でもしよう。


 そう思いながらクリニックを出たところで、

「浩介先生………」

 控え目な小さな声に呼び止められた。
 おれの中で今、会ってはいけない人物トップ3の一人………

「三好さん………」

 おれに睡眠薬を飲ませて、変な写真を慶に送りつけた張本人、三好羅々がポツンと立っていた。




------------


このまま書いたら長くなるので、いったん切ります。

お読みくださりありがとうございました!!
カミングアウトした同窓会の話はこちら→「カミングアウト・同窓会編」
になっております。ご参考までに……

次は、今回の続き・浩介視点28-2になります。
次回もよろしければ、お願いいたします!

---

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(BL小説)風のゆくえには~ カミングアウト・同窓会編

2015年10月08日 11時02分27秒 | BL小説・風のゆくえには~ 短編読切

 律儀に5年ごとに開催されている高校二年生の時のクラス会。

 二十歳の時は、クラスの女子がやたらと慶にベタベタしてくるのにムカついて、途中で慶をトイレに連れ込んで一発やっちゃったんだよなあ。若かったなおれ。

 二十五歳の時は、余計な虫が付かないよう慶の横に張りついていて、女子からひんしゅくをかい、男子からは誉められた。

 三十歳の時は、おれはアフリカ在住だったため欠席。慶は出席したらしい。

 三十五歳の時は、二人とも東南アジアの某国に住んでいたため欠席。

 四十歳である今年の同窓会には、二人で出席する。今回の会場はカラオケ付貸切パーティースペースだそうだ。



 乾杯の挨拶のあと、あちこちのテーブルでフェイスブックやラインやメールのアドレス交換がはじまった。

「桜井、ラインやってる?」
 バスケ部で一緒だった斉藤が、バスケ部OBのラインのグループに招待してくれた。懐かしいメンバーの名前が連なっている。

 ライン嫌いの慶の反応がちょっとこわいな……と思いながら慶をみてみたら………

(ハエにたかられてる………)

 失礼ながらそんなことを思ってしまった。慶に群がる女性達………まるでハエだ……。

(……あ)
 おれの視線に気が付いた慶が、席をつめて手招きしてくれた。こういうの本当に嬉しい。そそくさと飲み物片手に隣に座る。
 このテーブルの話題の中心はやっぱり慶だった。みんなに質問攻めにされている。

「渋谷君、今どこに住んでるの~?」
「都立大学からちょっと歩いたとこ」
「私今、代官山! 近いじゃーん」

 きゃっきゃっとはしゃいでいるかつての女子達。あいかわらずだな……。

 ああ、腹立つ。おれの慶に馴れ馴れし過ぎるんだよお前ら。………なんて言えるわけないけど。

 このクラスって、本当にみんな良い奴らなんだけど、人懐っこすぎるというか……。当時それでおれは救われたけど………。でも、でも!みんな慶にくっつきすぎだ!

 ムカムカしていたところ、毎回幹事をしてくれている委員長に後ろからツンツンとつつかれた。

「桜井は今どこ住んでんだ? 同窓会の案内、実家に出しちまったけど、今住んでるとこにした方がよければ次から変えるぞ?」
「え、あ…………」

 詰まってしまう。実家に出され続けるのも困るけど、今の住所は……。

「ああ、こいつ、さっき教えたおれの住所と一緒」
「!」

 慶! なに言ってんの!!

 ぎょっとして慶を見返すと、慶がちょっと肩をすくめた。

「いいだろ? 隠してんの面倒くせーよ」
「で、でも」
「おれはもう職場にもバレてるし、って、あ、お前はまだか。まずいか?」
「あ、ううん。知ってる人は知ってる話だからそれは別に………」

 二人で話していたら、当然、周りがざわめきだした。

「え?今の話どういう意味?」
「二人一緒に住んでるの?」
「ルームシェアってやつ?」

 矢継ぎ早の質問に、慶がケロリと答える。

「いや、同棲? 普通に一緒に暮らしてる」
「同棲って………」

 乾いた笑いを浮かべるかつての女子達。

「それを言うなら同居でしょ」
「ホント昔から仲良いよね~」
「ホントホント。恋人かって突っ込みたくなっちゃう」
「だから恋人なんだって」

 再びケロリと言う慶。

 微妙な空気があたりを漂う。おれはどうしたら………
 隣のテーブルの奴らもこちらの異変に気がついて集まってきてしまった。

「渋谷君、いつもの、やめたの?」
「そうだよ。いつもは、桜井君がそういうこと言って、渋谷君がやめろ!って突っ込んでたじゃない」
「あ、ボケとツッコミ逆になったとか?」
「そしたら桜井君、ツッコまないと~」

 きゃはははは……と笑う女子達。信じないらしい。慶と顔を見合わせ苦笑する。まあ別にいいんだけど。

「で? お前ら住所一緒ってことな」

 委員長が名簿に書き加えている。このデジタル全盛の時代に、昔ながらのハガキを出すのは委員長のこだわりだそうだ。

「あ、委員長~。沙織は~?」
「下の子が熱出したから来られなくなった。皆によろしくって」

 委員長と川本沙織は別れたこともあったらしいけれど、10年前に無事結婚したそうだ。

「今お子さんいくつ?」
「小2と年中」
「うちも一番下の子、二年生だよ~」
「上の子いくつになったんだっけ?」
「中3と小6。二人とも受験生」
「うわ、大変だな」

 テーブルの話題が子供の話にうつった。
 クラス40人もいると、みな人生それぞれだ。結婚して子供がいる人もいれば、いない人もいるし、まだ独身の人もいるし……

「ねえねえ、渋谷君は結婚してないんだよね? 彼女はいるの?」
「…………」

 こんな感じの、絶賛彼氏募集中、同窓会に男探しにきましたオーラ満載の女子もいる………
 こんな女子にしてみたら、慶みたいなイケメンの医者なんて、喉から手が出るほど欲しい存在だろう。

 慶は苦笑して、おれのことを指さすと、

「だから、おれにはこいつがいるから」
「…………」

 うわー……ほ、ほんとにいいの?
 いつか言いたい、言ってほしい、と思っていたけれど、実際言われると、嬉しいというより、いいの?大丈夫なの?という心配の方が先立ってくる。

 女子たちが、あはははは、と笑い声をあげる。

「またまたーそれはもういいよー」
「なになにー? 渋谷君まだネタの続きしてるのー?」

 再び慶に注目が集まりはじめた。

「ようは彼女いるってことでしょ?」
「だから、桜井君のことダシにして誤魔化そうとしてるわけね?」
「いや、だから、ダシじゃなくて」

 まいったな……と、苦笑いの慶。
 そりゃそうだよな。約四半世紀、ネタっぽくやってきたんだもんな。いまさら本当だなんて、信じられないよな。

 勝手に皆が盛り上がっているところに、

「ねえ、渋谷君って、もしかして今、〇〇病院の小児科のお医者さん?」
「あ、うん」

 いきなり冷静な声が話に割って入ってきた。元美術部の浜野さんだ。あいかわらず小さくて色白で、でも眼光は鋭い。

「スレ立ってるよね。『超イケメンの小児科医に男の恋人がいるらしい』ってやつ」
「……………」

 そ、そういう名前なんだ……

 何何? とザワザワしている中、何人かがその掲示板を検索して見はじめた。それをまわりの人間が覗き込む。それが伝染していき、次第に会場内がシーン……となっていく……。

 みんなの反応がこわい。おれはどうでもいいけど、慶は……。

 ドキドキしながら、慶の表情をうかがってみたら……

「……慶」

 思わず笑いそうになってしまった。
 慶、文句があるならかかってこい!っていう好戦的な目をしてる。この人のこういうところが、背が小さかろうが女顔だろうが、イジメられたりしなかった秘訣なんだろうな。おれはダメだ。おどおどして、人の顔色ばかりうかがって。おれも慶みたいに強くならないと……。

「この掲示板の話……本当なのか?」
「だから本当だって」

 当時いつもつるんでいた溝部の問いに、慶が大きく肯く。

「相手は!?」
「だからこいつだって」

 溝部がおれと浩介を見比べ、つめよってくる。

「いつから?!」
「高2の冬」

「えええええ?!」

 一斉に悲鳴があがる。

「ちょっと待て。お前ら、ずっとおれ達のことだましてたのか?!」
「だましてねえよ。隠してただけだ」
「いやいやいやいや、だましてるって」

 溝部がワアワア騒ぎはじめたが、またまた浜野さんが冷静に突っ込んできた。

「でも、桜井君はいっつも、渋谷君のこと好き好き言ってたし、渋谷君は女に興味ないって言ってたよね」
「た、確かに……」

 ざわざわざわ……とさざめく中、「ショック過ぎる……」と落ち込む女子もいたりして、非常に気まずい……気まずい。

と、そこへ、幹事である委員長が突然マイクを持ちだした。


「んーじゃ、これから全員マイク回すからな。今だから言える話! 一人一個は必ずな」
「えええっ」

 みんなの動揺を置いて、委員長は「まずおれから!」と宣言した。

「オレは高2の時に、川本沙織に一目ぼれしました!」
「みんな知ってるぞー」

 誰かのツッコミにドッと笑いがおこる。……助かった。あの気まずい雰囲気が一変した。

 さすが委員長。おれと慶が小さく手を上げると、委員長はニッと笑ってから、溝部にマイクを渡した。

「次、溝部!」
「おおっオレか……。えーとオレは……、今だから言います! 鈴木さん、好きでした!」
「えええっ」

 鈴木さんが「ないない」と手を横に振り、みんな大爆笑。
 このクラスの、こういう妙にノリのいいところ、すごく好きだった。

「古典の竹田先生の教科書を隠したのは私です」
「当時付き合ってた先輩と教室でキスしました」
「頑張ってカンニングしてました」
「実はオレ達、3ヶ月だけ付き合ってました」

 ほんの小さなことから、えええ!とみんなが驚くようなことまで、一人一人発表していき……

 最後(たぶん、わざと最後にしてくれたのだろう)におれ達にマイクが回ってきた。


 慶がちょっと笑ってマイクを手に取った。スポットライトを浴びてキラキラしてる。慶が穏やかな声で告げた。

「今だから言います。おれと桜井浩介は、高校二年生のクリスマス頃からずっと付き合ってます」

(慶…………)
 胸が締めつけられる………。

 途端にコソコソと皆が話し出す。

「高2からって何年だよ?」
「24年?」
「うわ、長っ」
「あやしいと思ってたぜおれは」
「わたし二人が手繋いでるの見たことあるよっ」
「マジかよ~」

 …………。

 ざわめきが収まってから、慶は再びマイクを口元に寄せた。

「隠しててごめん。偏見の目でみられるのが怖くて、今まで言えなかった」
「大丈夫だぞー」

 当時つるんでたメンバーから声が上がり、ホッとする。慶もニコッとそちらに笑いかけると、

「ありがとな。ようやく言えて気が楽になったというか……」
「馴れ初めとか聞きたーい!」

 遮るように、女子の誰かが叫んだ。

「渋谷君、桜井君の猛アタックにやられちゃったのー?」
「あれだけ付きまとわれてたもんねー」

 再びざわざわしたが、慶が「いやいや」と手を振ったので、シンとなる。

「違うよ。元々おれが一年の時から浩介に片思いしてて……」
「ええええっ」

 もう、超ショックなんですけど……と落ち込んでいる女子もいる中、肘でつつき合い笑っている男子もいる。こいつら絶対下ネタ言ってる……。

 慶はふわりと微笑むと、

「高2の冬にようやく両想いになれて、それからずっと……」
「…………」

 おれをまっすぐに見てくれる瞳。なんて綺麗な………吸い込まれそうだ。

「あっついねえ!」
 お調子者の溝部が、ひゅうひゅうと口笛を吹き、みんなが笑ったので我に返る。

「はい!次、桜井! 最後だから締めろよ!」
「えええ!」

 委員長にマイクを手渡され、叫んでしまった。締めろ、と言われても……

 皆の前に立ち、見渡す。ニヤニヤしている男子ども、きゃあきゃあ手を握りあってる女子たち、そして大好きな慶。高2の時に戻ったようだ。

 高校二年生……はじめてまともな学校生活を送ることのできた一年間……

 今だから、言える……

「今だから言います」
「よっ」

 あいの手を入れてくれた溝部に軽く手をあげる。

 そして、息を吸い込み、思い切って、一息に言う。

「おれ、中学のときイジメられてて、ほとんど学校に行けなかった不登校児でした」
「え………」

 みんな、おれが慶とのことを言うと思っていただろうから、ポカンとした顔になった。慶もちょっとビックリしたような顔をしている。
 でも、今、どうしても言いたくなった。

「高1の時もクラスに馴染めなくて、休み時間とかいつも図書室にいて……」
「…………」

 シーン……とした中、言葉を続ける。

「でも、高2のこのクラスのみんなは、こんなおれを強引に引きずりこんでくれて、それで毎日すごく楽しくて……。みんなには本当に感謝してます」
「桜井……」

 バシバシっとおれの肩を叩いてくる溝部に、えへへ、と笑いかける。

「それから……渋谷君とのこと、ずっと隠しててごめんなさい」
「いや、お前は隠してないぞ!」

 何人かから声が上がった。

「そうだ!隠してたのは渋谷だ!渋谷が悪い!」
「うっせーよっ」

 慶が笑いながら言い返している。

 慶、大好きな慶。高校の時から変わらない。いつもみんなに囲まれてる。でもそんな慶がおれを選んでくれた。

 そして、クラスのみんなも、こんなおれを認めてくれた。

「本当にありがとう」

 感謝をこめて深々と頭を下げる。

「みんなだから、きっと、渋谷君とおれとのことも、受け入れてくれると…………信じてます」
「大丈夫!」
「大丈夫だよー」

 みんなの声に再び頭をさげると、

「桜井、飲むぞー!」

 あとはみんなからもみくちゃにされて、お酒もいっぱいつがれて、ぐてんぐてんになって……、結婚式の新郎みたいだね、と浜野さんに言われたことは覚えている。


***


 次の日の朝……

 ものすごい頭痛と吐き気と共に目を覚ました。

「………慶?」
 左手をのばしてみたけれど、空っぽだ。

「あれ……今何時……」
「起きたか」

 水の入ったコップを手に、慶が部屋に入ってきた。
 いつもは開けっ放しにしているリビングと寝室の間の仕切りが閉められているので、部屋が妙に暗い。

「なんでそこ閉めてるの?」
「そっちで溝部と山崎が寝てるから」
「え、2人来たんだ?」
「やっぱり覚えてないか」

 苦笑した慶。

「お前が立てなくなったから、溝部と山崎に手伝ってもらってタクシーに無理矢理のせて、ここまで運んだんだよ」
「わー……ごめん。全然覚えてない……」

 渡された水を飲もうとしたけれど、寝起きだからか手が思うように動かない。重症だ。

「しょうがねえなあ」

 慶がおれの手からコップを奪い、水を自分の口に含めると、おれのあごを押さえて、顔を寄せてきた。

「ん……」
 慶の柔らかい唇から水が送られてくる。ゴクンと音を鳴らして水を飲みこむ。

 飲み切ったところで、もう一度、慶が水を口に含んだ。そして、こぼれないように、ゆっくりゆっくり、水を送ってくれる。ゴクン、とノドが鳴る。

「………慶」
 水が終わり、離れようとした唇を追いかけて、重ねる。柔らかくて弾力がある唇……気持ちいい……。

「こう………」
「ん……」

 なおも離れようとする慶の頬を抑える。

「ちょっと、待……」
「待てない……」

 そして再び深く唇を重ねようとした……のだが、ガタガタガタッという大きな音にビックリして飛び上がってしまった。
 音のした方をみると……溝部と山崎が折り重なるように倒れている。仕切りが外れてる……

「溝部? 山崎?」
「くそー……リア充め……」

 よろよろと二人が起き上がる。

「渋谷、合コンの約束忘れてないだろうな?」
「分かってるよ」

 慶が苦笑いで肩をすくめる。
 合コン? と問いかけたおれに、慶が頷く。

「お前を連れて帰るのを手伝ってもらう代わりに頼まれた」
「あ、ごめん……」
「お前も一緒にこいよ? 戸田先生にお願いしようと思ってるから」
「ああ、戸田先生。いいね」
「ちょいちょいちょい」

 溝部が手を振ってくる。

「戸田先生ってのはどんな方で……」
「心療内科の医者で……歳は……」
「三十前半ってとこじゃない? 美人だよ」
「美人女医……」

 溝部と山崎がニヤリと顔を見合わせている。二人とも学歴も収入も平均以上のものを持っているが、何せ女に縁がない。きっと戸田先生みたいな女性には上手いこと手のひらの上で転がされてしまうだろう……。

「策士桜井、協力してくれよ?」
「え、策士?」

 溝部の発言に首を傾げる。なんで策士?

「策士だろ~。昨日もあんな風に言われたら、お前らのこと受け入れない、なんて誰も言えなくなっただろ~」
「……………」

 た、確かに……。そんなつもりはなかったけど……いや、心のどこかであったのかもしれないな……。

「お前ら、メシ。食うよな?」

 いつの間に台所に移動していた慶が、朝食の用意をはじめている。

「食う食う」
「ご飯、パン、どっちだ」
「オレ朝はパンって決めてる」
「山崎は?」
「んじゃ、オレもパン」

 こんな賑やかな朝、初めてだ。 

 並べられていく皿をみて、二人がおおっと感嘆の声をあげた。

「わ~慶奥様の手料理って感じ?」
「誰が奥様だっ」

 ムッとした慶。

「だいたい、これもこれもこれも、浩介が作った晩メシの残りだ。おれはパン焼いただけ」
「え、そうなのか?」
「そうそう」

 コーヒーを運びながらおれも頷く。

「うちはどっちかというと、おれが奥さん。慶は亭主関白の旦那さん」
「え、マジかよ」
「浩介、余計なこと言うな」

 にらまれて、エヘヘと笑う。嬉しくてたまらない。

「なーんだ。渋谷みたいな美人嫁だったら、男ということ除けばうらやましい~って思ってたけど、桜井じゃうらやましくない」
「言えてる」

 溝部と山崎がうんうん頷くと、慶がこわい顔をしながら二人の前に皿を差し出した。

「そういうことはこれ食ってから言うんだな。絶対にうらやましいって言うぞ、お前ら」
「おお、うまそう」
「いただきまーす」

 黙々とロールキャベツを食べはじめた二人………。

 半分まで食べたところで、溝部が「ははー」と大袈裟に頭を下げた。

「うちのかーちゃんのよりずっとうまいですっ」
「ホントな~。こりゃうらやましいわ」
「だろ?」

 満足気にうなずく慶。かわいい。

「確かにこれは嫁に欲しいレベル」
「これ毎日でてきたらめちゃめちゃ嬉しい」
「だろ?」

 慶はにーっと笑うと、

「でもこいつはおれのもんだから誰にもやらねえよ」
「!」

 ぐしゃぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられ、息が止まりそうになる。

 幸せ過ぎる………。 

「野郎の嫁なんかいらねえよ」
「そーだそーだ。オレ達には美人女医が待ってるんだからな」

 ブーブー言う溝部と山崎。慶が、ああ、と頷く。

「そういやそうだな。お前ら、いつがいい?」
「オレ、今週は出張だから来週以降がいい」
「オレはいつでもいいぞ~」

 楽しそうな3人を見ていて気が遠くなる。おれ達の家に、高校時代の友達が遊びにくるなんて。そんな日が来るなんて………。

 愛しい慶を見つめると、視線に気がついた慶が柔らかく微笑み返してくれた。

 ああ、なんて幸せなんだろう……。

 次の同窓会はまた5年後。
 きっと今と変わらず幸せな日々を過ごしていると信じたい。



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以上です!
長~い話、最後までお読みくださり本当にありがとうございます!

同級生のみんなに二人は受け入れられたのか?
表面上は受け入れられましたが、慶を狙ってた女子達は荒れて大変だったでしょう。合言葉は「若い女と結婚されるよりは、桜井の方がマシ」に決定。
そして、今後も裏では色々言われると思いますが、表立って言われないなら別にいいって感じです。
今回の同窓会をきっかけに、高校時代の友人との親交も復活しまね。きっと。これで浩介の視野が少し広がるといいなあ……

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クリックしてくださった数人の方々、本当にありがとうございます!
どのくらい嬉しいのかということを表現する技量がないことが悔しい。
とにかくものすっごく(←何とかしたいこの語彙力のなさ……)嬉しいです。
本当にありがとうございました!


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してくださった方、ありがとうございました!

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