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風のゆくえには~ あいじょうのかたち27(慶視点)

2015年10月06日 20時38分36秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち

 浩介と三好羅々という19歳の女が裸で抱き合っている映像が頭から離れてくれない。

 写メが送られてきてから一週間、ふとした拍子にその映像を思い出しては吐き気がしていた。

 その写真は、眠っていて力が抜けた状態の浩介の体を無理矢理にもたれかけさせているものと、爆睡中の浩介の腕枕に勝手にのっているものなので、浩介の意志は全くないということは分かる。浩介は騙されて睡眠薬で眠らさせられていたのだ。だから浩介を責めてもしょうがない。

 でも、それでも、おれではない奴に触られた、ということは事実としてあるのだ。

 そのまま家に帰るのが嫌で、その日はホテルに泊まった。そして、あの女が触れたであろう浩介の洋服も下着もすべて処分した。あの女が触ったであろう浩介の肌を全部引き剥がしてやりたいけど、そんなことできるわけがないので、塩で洗う、という暴挙にでてみた。それでも気は収まらない。

 浩介には申し訳ないのだけれど、口を開くとそのことを責めてしまいそうになるので、ホテルから帰った次の日までは、ちょっと素っ気なく接してしまっていた。

 火曜日、休みで家に一人でいて、冷静になり……

「塩……痛いな……」

 浩介にしたのと同じように自分の腕に塩をぬってみて、ヒリヒリすることに気が付いた……。
 昨日も一昨日も、浩介は風呂から上がってくるの妙に早かったし、スポーツジムにも行かないのは、肌がヒリヒリして水に浸かってられないからなんじゃないか……。

「…………」
 申し訳ない、と思ったけれど、そのことを話したら、浩介のことを責めてしまいそうで、謝らなくては、と思いながらも、そのことは話せず……
 触れると痛いだろうから、触れないようにしつつ、なるべく普段通りにしながら、また数日が過ぎ……


 ちょうど一週間後。スポーツジムのスタッフさんと飲んで帰ってきた夜。

 酒が少し入っていたせいもあって、どうしても我慢できなくて、寝ている浩介を後ろから抱きしめた。一週間ぶりの感触。心地いい……。

「おれ、大人げなかったよな。あの日は頭に血がのぼってて、それで塩なんかで……ごめん」

 ようやく謝ると、途中から唇を重ねられた。一週間ぶりの唇……。

「全然痛くないよ? 確かに次の日まではちょっとヒリヒリしてたけど」

 優しく頬を触ってくれながら言う浩介。

 ……だったら、もう、どこ触ってもいいんだよな?

 ここも、ここも、あの女が触れたのかもしれないと思うと腹が立ってしょうがない。

「んんっ、慶……」

 その腹立ちのまま、首筋に痕がつくくらい強く吸いつくと、浩介がビクビクッと震えた。
 体中にしるしをつけてやりたい。あの女が触ったであろうところ、すべてにしるしをつけたい。
 こいつはおれのもの。おれだけのものなんだと。

「お前はおれのものだからな……」

 いいながら、肩に胸に腰に唇を這わせる。指の先から足の先まですべてに口づける。

「慶……大好き」

 うわごとのように言う浩介。そういえば、睡眠薬で眠らされている最中も言ってたな……。あの女、目の前で聞いていた。ざまあみろだ。

「浩介……」
「んん……っ」

 浩介の中心を咥えて、味わうようにゆっくりと舌を絡める。
 切なげに揺れる浩介の瞳。ほら、こんな目をさせられるのも、おれだけだ。


『独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがり』

 そう心療内科医に診断されたが、それはもう大当たりも大当たりで。
 おれは独占欲が強くて嫉妬深くて束縛したがりだ。

 浩介は誰にも渡さない。


***


 浩介の写真の衝撃が強すぎて、それまで散々悩んでいたはずの、カミングアウト問題が本当にどうでもよくなってきた。

 あからさまにおれとの接触を避けている職員もいるし、ことあるごとに嫌味をいってくる医師もいるけれど、でも、本当にもう、どうでもいい。

 一番関わりの多い看護師軍団は、ほとんど皆、カミングアウト前の状態に戻ってくれた。患者数にも減少はない。それで上出来だ。


「雑誌の取材、断っておいたからな」
「………」

 院長である峰先生に言われ、ゾッとする。取材? なんだそりゃ……。

「あれから、メールしてきた奴の書き込みはないみたいだけど、そこから派生して色々、まあ……」
「……ご迷惑おかけして申し訳ありません」

 頭を下げると、峰先生はカラカラと笑った。

「別にたいした迷惑じゃねえよ。それにちょっと宣伝にもなってるしな。知ってるか? 今、うちの病院、あの有名な掲示板でスレッド立ってんだよ」
「あー……」
「はじめは批判も多かったけど、途中から流れが変わって、今は、S先生見に行きたい、だの、受付の女の子が可愛いだの、結構いい感じだ」
「……………」

 実はこの「流れを変えた」のは、おれの妹の南と、息子の守君と、娘の西子ちゃん、西子ちゃんの彼氏てっちゃん、及びその周辺、の仕業らしい。
 おれは『気分悪くなるから読まない方がいいよ』という忠告に従って読んでいないから知らないのだけれど、本当に上手くいったんだな。

『こういうことはプロにまかせなさーい』

との南の頼もしい言葉に頼って正解だった。


 峰先生がふと表情をあらためた。 

「で、一番はじめにメールしてきた奴、やっぱり心当たりないか?」
「それが……」

 実は、先週思ったのだ。メールの犯人は、三好羅々なのではないか、と。
 話すのも胸糞悪いけれども、万が一、今後三好羅々が病院側に何かしてきたことにも備えて写真のことを報告すると、

「お前も色々大変だなあ」

 峰先生に苦笑気味に言われた。

「………すみません」

 あの女のせいで頭下げてると思うと本当に腹が立ってきた。19の女の子に対して大人げない? いや、相手がいくつだろうとムカつくものはムカつくのだからしょうがない。


***



 帰宅すると、もう晩御飯の用意ができていた。浩介は最近わりと帰りが早い。

「おかえりなさい。鮭が安かったから買ってきたんだ。ムニエルにしたよ」
「ん」

 ふわりと微笑む浩介に、今さらながら胸がきゅっと締め付けられる。
 手を洗ってうがいをした時点で、もう我慢ができなくなった。

「浩介」
「え……ちょっ」

 台所にいる浩介の腕を無理矢理ひっぱってリビングまで連れてきて、ソファに強引に押し倒す。

「慶? ご飯……」
「あとでいい」
「でも……」

 何か言いかけた唇を唇でふさぐ。
 この唇もあの女に触れられたのだろうか。この首は?鎖骨は?

「……っ」

 ビクっと震える浩介にはお構いなしに、唇を這わせながらシャツのボタンを外していく。
 この胸は、腰は……? そして……

「慶……っ」

 ズボンのボタンを外し、浩介のものに直接触れようとしたところで、

「ねえ、慶ってばっ」
「……なんだよ?」

 切迫した声に手を離すと、浩介は着乱れたまま、身を起こした。ジッとこちらを覗き込んでくる。

「慶……変だよ?」
「なにが」
「だって……昨日も一昨日もその前もしたよ?」
「悪いか」
「悪くはないけど……」

 浩介が眉を寄せる。

「慶……怒ってるの?」
「怒ってねえよ」
「でも……」

 浩介の指がツーッとおれの眉間から鼻、唇に落ちてくる。

「慶、こわい顔してる。最近、ずっと……」
「…………」

 普通にしてるつもりなんだけど、やっぱり表情にでてるのか……
 浩介が恐る恐るというように続ける。

「やっぱり……怒ってるんだよね? あの……写真のこと」
「……………」

 写真のことを話題にしたのは初めてだ。黙ってしまうと、浩介が悲しげに目を伏せた。

 やっぱりこういう顔すると思った。だから言わないようにしていたのに……。

 浩介がポツリという。

「おれ………どうしたらいい?」
「どうしたらって……」

 どうしたらも何もない。何もしようがない。おれの気持ちの問題だ。

「どうしたら許してもらえる?」
「許すって……お前別に何も悪くねえだろ」
「でも……」

 うつむく浩介……。

 ああ、自分が嫌になる。


「………ごめん」

 大きなため息と共に本音が出てくる。

「おれ、昔っから成長してねえな」
「え?」

 きょとんとした浩介の大きな手に手を絡ませる。昔から変わらない、大好きな手。おれの気持ちも昔から何も変わっていない。 

「高校の時もさ、お前がバスケ部の連中と仲良さそうにしてるの見るの、すっげー嫌だったし」
「………慶」
「美幸さんのことも、大っ嫌いだったし」

 美幸さんというのは、浩介が高校2年の一学期の間だけ片思いしていた一つ年上の先輩。ふわふわしている可愛らしい女性だった。
 あの頃のおれは、浩介と美幸さんが話しているのを見るだけで気が狂いそうになっていた。彼女がバスケ部キャプテンの田辺先輩と付き合うことになったおかげで、その気持ちは止んだけれど、もし、浩介と美幸さんが結ばれたりしていたら本当に狂っていたかもしれない。

「慶、それは……」
 困った顔をした浩介に、首を振ってみせる。

「まあ、それは昔の話だな……。今は、あの写真の映像が頭にチラついて、もうどうしようもない」
「慶……」

 浩介の額に、頬に、唇を落とす。

「どうしようもなくて……、お前はおれのものだと確認したくなる」
「慶………」

 ぎゅうっと強く浩介の頭をかき抱く。浩介の髪。浩介の腕。全部おれのものだって分かっているはずなのに……。

 どうして、こんなにも苦しいんだろう……。


「慶……おれは慶のものだよ?」
「……分かってる」
「大好きだよ」
「知ってる」

 でも、苦しい。
 映像が消えてくれない。

 ふと、思いついた。

「写真っていうのは、脳裏に焼きつきやすいのかもしれないな」
「あ、じゃあさ」

 おれのつぶやきに、浩介が明るい声をだした。

「写真、撮ろうよ」
「は?」

 写真?

「おれ達、二人の写真って全然ないじゃん。撮ろう撮ろう」
「写真って……」

 浩介は立ち上がり、自分の携帯を持ってくると、ストンとおれの横に再び座った。

「んーと……自撮りってしたことないからなあ……これかな? おおっこれだっ」
「へえ。画面側にもカメラ付いてるんだな……」

 今までの深刻な雰囲気から抜け出せてホッとしつつ、一緒に携帯を覗き込む。

「あ、ほら、画面に写ってる自分は見ちゃダメなんだよ。もうちょい視線上」
「って、シャッターどうやって押すつもりだ?」
「んーと……ここでこう押さえれば……、わっ何?!」

 いきなり大きな電子音がしたのでビックリして手を離した浩介。その瞬間にパシャリ、とシャッターが切られた。天井が写っている…。

「ああ、ビックリした……」
「自動シャッターってことか?」
「うーん……」

 色々いじってみて、浩介が「なるほど」と肯いた。 

「画面のどこかしらに触れれば3秒後にシャッターが切られるって仕組みみたい」
「へえ。よく考えられてるなあ」

 せっかくのスマホの機能、まったく使いこなせていないおれ達……。なんだか笑えてくる。

「んじゃ、あらためて」

 浩介がコツン、と頭を寄せてくる。小さな画面に二人の顔が並ぶ。

「……プリクラみたいだな」
「うん。懐かしいね」

 大昔に一度だけ、浩介に、どうしても、どうしても、と乞われて撮りにいったことがある。あの時も画面に写る自分の姿が恥ずかしくてしょうがなくて、仏頂面になってしまったけど……

「慶……笑ってよ」
「笑えねえ」

 顔が引きつる……

「笑って」
「だから笑えねえ……うわ、お前、何……っ」

 いきなり、頬に、耳に、こめかみに、キスの嵐。

「くすぐったいって……浩介っ」
「んー、慶、大好きー」
「だから……っ、え? うわっやめろっ」

 カシャリ。

「お前っ」

 勝手にシャッター押されてた。浩介が嬉しそうに画面の確認をしている。

「んーと……、わ。慶、かわいー」
「……げ」

 画面には、こめかみのあたりにキスをされて、くすぐったそうに首をすくめているおれの姿が……

「うわーなんだこれっ恥ずかしいっ削除だ削除っ」
「えーいいじゃーん。かわいいかわいい」
「かわいくねえっ消せっ」
「やーだーよー」
「お前……っ」

 いきなり後ろから抱きしめられ息が止まる。背中全部に浩介のぬくもり。耳元に浩介の息遣い。

「ねえ、見て。慶」

 あらためて、画面を見させられる。

「おれ、すっごい幸せそうな顔してるね」
「…………」

 本当だ。おれにキスしている浩介の横顔。幸せそうな笑顔……。

「慶と一緒にいるときのおれっていつもこんな?」
「………そうだな」
「幸せだね、おれ」
「…………」

 そうだ。そうだな……

「慶は……幸せ?」
「…………」

 画面の中のおれは、くすぐったそうに笑っていて……
 
「浩介」
「ん?」

 浩介の唇に、そっと触れるだけのキスをする。

「慶……」

 ふにゃっと笑う浩介。かわいい。
 頬に、耳に、額にキスをする。大好きな浩介がここにいる。ああ、もうそれだけで十分だ。


 勢いよく立ち上がり、振り返る。

「飯、食おうぜ」
「…………………は?」

 浩介が途端に眉を寄せ、嫌~な顔をした。

「ねえ、なんで今の流れで、どうやったらご飯食べようって話になるの?」
「へ? だって腹減っただろ?」

 言うと、浩介がブチ切れた。

「あとでいいって言ったの慶でしょ!」
「あーまあ、いいじゃねえかよ。先食おうぜー」
「もー!」

 浩介の頬が最大限に膨らんでいる。

「なんでそうなるの! 先にする!」
「なんでだよ。だいたい、昨日も一昨日もその前もやっただろー、今日はもういいよ」
「はあああああ?! 意味わかんない!!」

 浩介が叫び、おれの腕を引っ張った。そのままソファーに押し倒される。さっきの逆だ。浩介、本気で怒ってるっぽい……。

「今日もするし明日もするし明後日もするから!」
「何言ってんだお前……、ちょ……っ、あ」

 両手首を頭の上で押さえつけられる。
 浩介はキスをしながら片手で器用におれのYシャツのボタンを外し、脱がせる……のかと思いきや、腕のところでYシャツをとめた。そのまま、グルッと手首にYシャツをまかれる。

 これは……縛られた、ということ……?

 見上げると、浩介の攻撃的な目がそこにはあった。

「何も考えられないようにしてあげる」
「こう……」

 ゾクリとする。

 時々出てくる、浩介の攻撃的人格……。スイッチが入ってしまったようだ。

「……っ」
 首筋に唇が下りてきて、ビクッとなる。

「慶は我儘。慶は自分勝手。慶は……」
「んんんっ」

 浩介がブツブツ言いながら愛撫を続けてくる。手の自由が利かない分、体が敏感になっている気がする。

「おれは慶しかいらない。慶だけが欲しい」
「やってるじゃ……ねえかよっ」
「足りないよ。もっと欲しい」
「……っ」

 ゾクゾクゾクっと快感が足の先まで伝わってくる。

「全部、ちょうだい?」
「やるよ……全部。だから、お前も……」

 全部が欲しい。お前の全部がほしい。

 求めて、求められ、また求めて……。縛られたまま、貪りつくす。


 写真の女なんて、もうどうでもいい。
 写真の中には、浩介とおれの幸せな笑顔しかない。

 おれは、浩介がそばにいてくれれば、それでいい。



----------------------


い、以上です。
お読みくださりありがとうございました!
切るに切れず……そして、R18指定にならないよう、具体的な表現を避けたので、なんだかズルズルと……。
前半は、あいじょうのかたち26の慶視点バージョンでした。

慶は元々、とても嫉妬深い性質でして……
大好きな姉に彼氏ができた時にも、妹と母親に「暗黒時代」と名付けられたくらい、ものすっごい荒れました。
だから、特定の友達がいなかった浩介ってのは、慶にとってすごく居心地が良い存在でした。

そんな感じで。次は……
物語の中の時計を一ヶ月くらい進めたいので、一つ短編挟もうかなあ……。

→→挟みました。27と28の間のお話。『カミングアウト~同窓会編』。お時間ある方、28に行く前にこちらを先にお読みいただければと…

ということで。次回もよろしければ、お願いいたします!

---

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風のゆくえには~ あいじょうのかたち26(浩介視点)

2015年10月03日 13時07分17秒 | BL小説・風のゆくえには~ 愛情のかたち
 失態も失態。大失態……

 19歳の女の子に、一服盛られて眠ってしまい、その子と性行為をしているように見える写真を撮られてしまった……らしい。

 その写真が慶に送られてきたそうで、慶は仕事を早退して助けにきてくれた。写っていたソファーが、陶子さんの家のものだとすぐに気がついたそうだ。

 眠っていて記憶がないし、その写真はすべて削除してくれたらしいので現物も見ていないから、いまだに信じられない。でも、半端ない慶の怒り加減を見ると本当のことなんだと思う…。


 慶はものすごく怒っている。陶子さんのマンションから駅に向かって歩く間もずっと黙っていた。慶は本気で怒ると話さなくなるので余計にこわいのだ。罵倒されたほうがまだマシだ。

「……慶?」
 一番近くて、うちの最寄り駅へも一本で行ける駅への入り口を素通りし、歩いていってしまう慶。
 なんだなんだ?と思いながらついていくと、そのまま歩き続け、コンビニに入り、下着とYシャツを購入…。

「???」
 そして、コンビニを出て、歩きながら携帯をいじっていたかと思ったら、クルッと振り返った。

「今日帰らないけど、大丈夫だよな?」
「……え?」

 帰らない? 帰らないというのは……

「慶、どこ行くの……?」

 怒りのあまり、おれとは一緒にいたくないということだろうか……
 そうだよな……一服盛られて記憶がないとはいえ、他の女に触れられたおれなんて……

 地の底に落ちていく感覚にとらわれて、立っているのもやっとのおれに、慶が携帯の画面をつきだしてきた。

「ここ。今、予約取れた」
「え」

 画面に写っているのはホテルの予約完了を知らせるメール。

「ホテル……?」

 宿泊予定人数、大人2名。2名……。


「お前、今着てるもの全部捨てるからな」
「!」

 慶のトゲトゲした声にハッとする。さっきコンビニで買ってたのは、おれの着替えだったのか。

「全身、擦り切れるまで洗ってやる。覚悟しとけ」
「慶………」

 泣きたくなってきた。
 思いっきり抱きしめたくなった。
 でも、今は我慢……汚れたこの体で慶に触るわけにはいかない。

「塩買うか、塩。やっぱりお清めといったら塩だよな……」
「………」

 慶はブツブツいいながら歩いていく。

 塩……。痛そうだけど、もう、なんでもいい。慶の気が済むならなんでもする。

「あと、ズボンも買うから、そこ入るぞ。帰ったらそれも捨てるから安いのでいいな」
「う、うんっ」

 なんでもいい。慶が許してくれるなら……。


***


「………で?」
 あかねが、コーヒーのカップを持ち上げ、首を傾げた。

「慶君、許してくれたの?」
「……わかんない」
「わからない?」

 眉を寄せたあかねにコクコク肯いてみせる。

「前に目黒さんがおれに怪我させたときも、慶ものすっごい怒って大変だったけど、結局は、おれが目黒さんのこと助けたいって気持ちを理解してくれて……」

 しかも、今やおれよりも慶の方が頻繁に樹理亜と連絡を取りあっているので、ちょっと嫉妬してたりする。

「でも今回は……」
「んー……樹理が言ってたけど、かなり衝撃的な写真だったらしいわよ? あんた見てないんでしょ?」
「うん……」

 そんな写真を見た時の慶の気持ちを思うといたたまれない。おれだったら相手の女を殺しかねない。

「あれからこの話してないんだよ。こわくてできない」
「そりゃそうね……」

 あの日、塩で洗われながら(本当に塩一袋使った)、

「お前は隙がありすぎる。ちょっとは警戒しろ」

と、怒られたのが最後、この一週間、全くこの話題には触れていない。

「なんとなくギクシャクしてる気もするし……」
「うん」
「普通な気もするし……」
「どっちよ?」

 呆れたように言うあかねに、頬を膨らませてみせる。

「だから、わかんないんだって」
「あーそう……。ねえ、このことあってから、した?」
「………」

 ぐっと詰まる。人が気にしてることを………。

「……一週間しないことなんて普通だし」
「あっそう。してないんだ? できない雰囲気?」
「………」

 黙ってしまったおれに、あかねがひらひらと手を振る。

「ギクシャク解消にはスキンシップが一番手っ取り早いわよ? 明日日曜だし、今晩誘ってみたら?」
「………断られたら立ち直れない」
「その時はその時。あんたがどっぷり落ち込んだら、慶君助けてくれるでしょ。それはそれであり」
「他人事だと思って………」
「他人事だもーん」

 にっこりと笑ったあかねだったけれど、ふいに表情をあらためた。

「ララから連絡は?」
「ラインすぐにブロックしたからもうない」
「賢明ね」

 肯くあかね。

 あの子は慶の心を傷つけた。それはどうしても許せない。
 あの子の今後が心配……と、教師魂が疼きはするのだけれど、これ以上慶を傷つけることだけは絶対にできない。

「三好羅々にはもう二度と関わらないつもり」
「そうね。陶子さんもその方がいいっていってたわ」
「うん……中途半端に関わって申し訳なかったよ。……あ、そうだ」

 ふと、以前から気になっていたことを聞いてみる。

「三好羅々って、陶子さんとはどういう関係なの?」
「あー……」

 ちょっと躊躇してから、あかねが答えてくれた。

「姪っ子、らしいわよ。歳の離れた妹の子供って聞いてる」
「姪………」

 全然似てないな……。三好羅々に陶子さんみたいな一本筋の通った強さがあれば……。


 あかねはこの話題を続けたくないらしく、パッと口調を変えた。

「ねえ、お母さんの件はどうなったのよ?」
「あー……それね……」

 先週の土曜日は、この騒ぎで、心療内科クリニックの予約をすっぽかしてしまったので、二週間ぶりに今日行ってきた。そこで、内心複雑になることを聞かされた。

「なんか……あの人も通いはじめたらしい。心療内科」
「ふーん?」

 あかねは実母と縁を切っている。おれとあかねを結びつけたのは、親との確執という共通点なのだ。あかねには、慶にも話すことのできない本音を話すことができる。

「正直さ……おれ、今でも両親には二度と会いたくないって気持ちに変わりないんだよね…」
「でも、会いにくるかもしれないって怯えて暮らすのも嫌よね」
「そうなんだよね……。それに、また慶の家族に迷惑かけたら困るし」

 慶には絶対に言えないけれど……おれは両親が死ぬまでは日本に帰らないつもりだった。冷たいといわれようと、受け入れられないものは受け入れられない。
 でも、そのおれのわがままに慶を付き合わせるわけにはいかない。慶が帰国したことを喜んでいる慶のご両親を再び悲しませるわけにもいかない。

 なんとか、落としどころを見つけて、日本でも平穏に暮らせるようにならなければ。慶のために。

「まあ……とりあえず、自分の精神状態を安定させることが先決ね。でも、それはずいぶんいいんでしょ?」
「うん。おかげさまで。……でも、せっかく上手くいってたのに、この騒ぎでさ……」

 生まれて初めて、こんなに安定した精神状態でいることができていたのに……
 自分のガードの甘さにうんざりしてしまう。
 あの日、三好羅々から、「カレー作ったから食べに来て」と誘われマンションを訪れ、「樹理もすぐ帰ってくるから先に食べよう」という言葉を鵜呑みにしてカレーをいただき……気がついたら、ソファーに寝ていて、慶と樹理亜に心配そうにのぞかれていて……。

 まさか、カレーに睡眠薬が入っていたなんて……そんな変な写真を撮られていたなんて……
 思い出せば思い出すほど、あの日の自分を殴って止めたくてしょうがない……。

 どーんと落ち込んでいるおれに、あかねが明るく言う。

「まあ大丈夫よ。塩でお清めして慶君だって気がすんでるってきっと。今晩頑張んなさいよ」
「………」

 慶が帰ってくるまであと少し……。
 慶の好物の一つであるビーフストロガノフも作った。お気に入りのケーキ屋のケーキも買った。あとはなんて切り出すかだ……。


***

 慶は普通に「ただいま」と帰ってきた。
 そして、普通にご飯を食べ終わって、食器を片付けている最中に、あっさりと言った。

「これ片付け終わったらジム行ってくる」
「……………あ、うん」

 やっぱりおれと一緒にいたくないんだ……いやいやいや、慶がスポーツジムにいくなんていつものことじゃないか。いつも通りに過ごしてるだけだ……頭の中でぐるぐると色々な思いが回ってクラクラしてくる。

「あと片づけるからいいよ? いってらっしゃい」
 内心のぐるぐるを押し殺して普通の顔をして言うと、慶は「おー悪いな。さんきゅー」と言って、出ていってしまった。

「…………大丈夫」
 平日は、ジムは11時までやっているけれど、土曜日は10時までだ。いつもよりも早く帰ってきてくれる……。

 さっさと片づけて、風呂にも入り、読みかけの本を読んで待っていたけれど……10時を過ぎても帰ってこない……。

(何かあったのかな………)

 電話しようかな………うるさいって思われるかな……。

 そう思いながら携帯をみていたら、メールの着信があった。慶だ。

『浜中さん達と飲みに行くことになったから先寝てて』

「…………」
 浜中さんというのは、ジムのトレーナーさん。おれたちと同年代だと思われる女性。『達』ということは、他の若い女の子達も一緒ということだろう。

「………そうですか」
 浜中さん達と飲みに行くこともたまにある。だから特別なことじゃない。ことじゃないけど……。

「…………」

 さすがに落ち込む……。
 おれの定休日は土曜と日曜。慶は火曜と日曜。だから唯一、二人とも翌日が休みである土曜の夜は貴重なのに……。

 普段の日は、翌日の仕事に響かないよう、あまり夜更かししないようにしてるため、この一週間、何もしなかったのは特別なことではなく、普段通りのことといえば普段通りのことなのだ。
 でも、あんなことがあったあとなので、ちょっとは何かあってほしかった。でも、一切触れてもこなかった慶……。だからせめて、あれから初めての土曜の夜である今晩は、おれのこと気にしてほしかったのに……。

(いや……違うな)

 気にしてるからこそ、おれに触れたくなくて、帰ってこないってことなんじゃないか……?

(どうすればいいんだろう……)

 でも、もう、どうしようもない。起こったことは取り消せない。
 慶がやっぱり許せないというのなら………もうどうしようもないじゃないか。

 慶はやっぱり、他の奴に触れられてしまったおれに、触れたくないんだろうな……。

(………寝よう)

 ほとんどふて寝状態でベッドに横になったけれど、全然眠れない。今頃浜中さん達とどんな話してるんだろう、とか悶々と思ってしまい、ますます眠れない……

(慶………会いたいよ)
 触れたい。抱きしめたい。声が聞きたい。

(帰ってきてくれなかったらどうしよう……)

 そんな不安を胸に抱えたまま、どれくらい時がたったのだろうか……

「!」

 鍵を開ける音がして、ハッとする。 
 慶! 帰ってきてくれた!

「ただいま……」

 小さな声。それから時計を外す音、携帯を置く音。手を洗う音、うがいをする音……。すべてが愛おしい。布団の中で、慶のたてる音に耳をそばだてる。それだけで幸福感に包まれる。慶がいてくれる……。
 しばらくして、シャワーの音がしてきた。そしてドライヤーの音。歯磨きの音……。

「………」
 それから、足音も立てずにベッドの脇に気配が移った。じっと見下ろされている気配……

「……浩介」

 小さく、つぶやくように、名前を呼ばれた。今さら起きているなんていえず、寝たふりを続ける。
 すると、慶はベッドを迂回して、反対側からそっと布団の中に入ってきた。

 いつも右におれ、左に慶が寝ている。なんでそうなったのかは覚えていないのだけれど、若い頃からの定位置なのだ。

「…………」
 このまま寝ちゃうのかな……。慶、いつも即寝なんだよな……。さりげなく慶の方を向いて、今起きたアピールすればいいのかな……

 そんなことを心の中で思っていたら……

「!」

 慶の手が腰に回ってきて、背中からぎゅうっと抱きつかれた。

(慶………触れてくれた)
 心臓がつかまれたように痛くなる。
 愛しさが溢れて、涙が出てくる……

「…………慶」
「あ……ごめん。起こしたか」

 背中におでこをくっつけたまま慶が言う。

「ううん。起きてた」
「なんだ。だったら返事………、浩介?」

 上から顔をのぞきこまれ、あわてて背けようとしたけど遅かった。

「お前………泣いてる? どうした?」
「…………」

 優しい慶の声、涙をぬぐってくれる白い指………

「なんでもないよ」

 なんとか平静を装った声で答えたが、慶はハッとしたように触れていた手を離し、なぜかおもむろにベッドの上で正座した。

「なんでもなくて泣くかよ」

 慶の真剣な顔。目を合わせられない……。

「だからなんでもないよ」
「本当のこと言えよ」

 逃げられない瞳。真っ直ぐにこちらを見下ろしてくる。

 そして、慶は言った。

「お前、やっぱりまだ痛いのか?」
「だから………………え?」

 え?

「え?」

 痛い?

「痛いって………?」
「だから、触るとまだ痛いんだろ?」
「え……?」

 ……なんの話?

 おれも起き上がって、慶の真似をして正座する。

「なんの話?」
「なんのって……」

 眉を寄せたまま慶が言う。

「だから、塩なんかでゴシゴシ体擦ったから、触られるとまだ痛いんだろ?」
「……………はい?」

 なんだそれ?

「おれ、大人げなかったよな……。あの日は頭に血がのぼってて、それで塩なんかで……」
「…………」
「ごめん」

 正座のまま、頭を下げてくる慶……

「あの……」

 声が乾く。

「それで慶、この一週間、おれに触れてこなかったの……?」
「だってお前、痛そうだったから。まだ痛いなんて、やっぱり病院に……」
「………慶」

 言葉の途中の慶の唇をふさぐ。驚いたように離れようとした慶の頭を抱え込む。一週間ぶりの唇……

「こう……」
「ん………」

 ゆっくりとベッドに押し倒し、その愛おしい頬を囲って、おでこを合わせる。

「お前……」
「全然痛くないよ? 確かに次の日まではちょっとヒリヒリしてたけど」
「じゃあなんで……」

 慶が遠慮がちにおれの頬に触れてくる。

「じゃあなんでここ最近、風呂から出てくるの早かったんだよ?」
「………え」
「それにジムにも行かなくなったし」
「それは……」

 お風呂から出てくるのが早かったのは、慶との時間を少しでも長く取りたかったから。
 ジムに行ってないのは、ジムで他人のように接するのがつらかったから。

「なんだ……そうだったんだ」
 正直に答えると、慶はホッとしたように息をはいた。

「おれはてっきり、水に浸かると痛いからなのかと……」
「…………」

 顔を見合わせ、苦笑してしまう。

「ダメだな。おれ達。何年付き合ってんだって話だな。思ってることちゃんと言わないとだな」
「うん……」
「ごめんな」

 触れるだけのキス。心が震える。

 慶……慶。大好きな慶。


「あ、そういえばな」

 ついばむようなキスの嵐をとめて、慶が思いついたように言った。

「スポーツジムのスタッフには、おれたちのことバレてたぞ」
「え」

 バレてた?

「住所一緒だしな」
「そっか……」

 一応気をつかって、慶は丁目番地は棒線でつなぎ、マンション名も書いてないって言ってたから、おれは〇丁目〇番ときっちり書き、マンション名も記入したんだけど……意味なかったか。

 慶はおれの指を軽く噛みながら話を続ける。

「でも最近、おれたちジムの中で他人のフリしてたし、この一週間お前が来ないから、喧嘩でもしたのかって心配してくれててな」
「え……」

「今日の帰りにそのことで浜中さんに呼び止められて……まあそれで立ち話もなんだから飲みに行ったんだよ」
「…………」

 なんだかなあ……わかってしまえばすべて納得のいく話で……
 悩んでたおれ、何だったんだろう……

「気にしないで一緒にくればいいっていってくれてたぞ? だから明日一緒にいかねえか?」
「………うん。行く」
「でもくれぐれも人前でイチャイチャベタベタはするなってさ」
「なにそれ」

 笑ってしまう。慶も笑いながら再びおれの腰に腕をまわした。

「だから今のうちにイチャイチャベタベタしようぜ?」
「……ん」

 一週間分を取り戻すような、長い長いキスのあと、慶の唇がおれの首筋に下りてきた。

「んんっ、慶……」

 痕がついてしまいそうなくらい強く吸われ、足の先まで電流が走る。

「お前はおれのものだからな……」

 ささやくようにいいながら、慶の唇は肩に胸に腰に下りてくる。
 優しく包まれながら、おれは幸福に浸る。

「慶……大好き」
「ん………」

 土曜の夜はゆっくりと更けていく……。


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以上です。長くなってしまいました。……って、いつものことですね。
お読みくださりありがとうございました!
何でも話せることがいいってわけではありませんが、大切なことはちゃんと話しましょうって話でした。

まあ、そんなこといいながら、慶さん、本心は言ってません。
本当はララとのこと、まだまだムカついてます。最後のキスマークも、「お前はおれのものだからな」ってセリフもそこからきてます。
でも浩介には言いません。言ってもどうしようもない話だしね。

そんな感じで。次は慶視点ですかね。
次回もよろしければ、お願いいたします!

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