きのうはやあるきのじいさんにおいぬかれる

犬と酒依存症のおっさんが、車椅子を漕ぎながら、ネガティブに日々見たり聞いたり感じたりした暗めの話題を綴ります。

年表の端の越えたところにある景色

2018-10-18 20:08:35 | 徒然に2018-2020
このことは妙にはっきり覚えているのだが。

昔、中学の頃にノートの最終ページに書いてみた自分の年表。「自分の未来を想像して」みたいな何かの課題が出て作ったものだと思うが、それには、50歳から先がなかった。
何でそんな年齢設定をしたのかははっきりしない。
体があまり丈夫ではなかったから、そんなに持たんだろうと、ない頭なりに計算したのだろうし、それ故に将来結婚して家庭ができて、みたいなイメージがなかったからなのかもしれないし、単純な中学生らしく織田信長は50歳手前でだから、儂もみたいなのがあったのだろうし。

実際には、50歳で確かに端まで来たのかもしれない。
先日無事に51歳になった。
それでもしがみつくように生きている。
端まで来た割には成長曲線が遅くて、まだやり残しの課題もたくさんあるような感じで。
ただ、ここ一年に関していえば、まだ今までのルーティンや考え方を引きずっている部分がありながらも、今まで積み上げてきたものにさほど執着していない自分も垣間見えるようになっている。
年表の端のその向こうは、余白に綴っているのか、それとも別の紙に綴っているのか、まだ自分でもわからないのだが。

何のかんのいいながら、祝ってくれる間は綴っていけるようにせねばと。

こいちは朝御飯で。美味かった。