ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

将王 5手目「初挑戦」

2015-12-28 21:41:06 | 小説
小倉が初めて将王への挑戦権を手にしたのはプロ入りから5年、19歳の時だった。相手は川野将王である。

川野は25歳。色白で端正な顔立ちをしている。小倉同様、10代から天才棋士と言われ続け、昨年、初めて将棋界最高峰である将王の座を手にした。今回が初防衛戦となる。

下馬評は川野優位が大勢だった。いかに小倉が強いとはいえ、まだ19歳。他のタイトル経験もない。それに対し、川野は将王位に就いたのを皮切りに、5大タイトルのうちの3つまでを保持していたのだから、無理もなかった。

この大方の予測に小倉は苛立っていた。育成倶楽部時代の一時期は、川野に憧れの気持ちを抱いたこともあった。しかし、川野との初対決こそ敗れたものの、2度目の挑戦で彼を倒した時、小倉は川野も大したはないと思い始め、憧れの気持ちは次第に失せていった。

川野将王対小倉六段の7番勝負は、2勝2敗のタイで迎えた第5局を小倉が制し、王手をかけたものの、初挑戦ということもあってか、6局目以降は小倉のミスが目立ち、結局、4勝3敗で川野が辛くも初防衛に成功した。

負けた日の夜、床に就いても小倉は寝付けなかった。ミスで負けた悔しさと、次は川野に間違いなく勝てるとの確信で、自らの興奮を抑えることができなかった。
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将王 4手目「恋心」

2015-12-28 21:20:59 | 小説
出席日数に縛られない単位制の高校に進学した小倉はますます将棋に没頭していった。伸び盛りの勢いも手伝って、快進撃を続けた。

通学用のバスを降り、校舎の敷地内に入ると、後ろから「小倉君」と明るい声が聞こえた。彼がひそかに恋心を抱く女子生徒だった。

「凄いね。私はぜんぜん、将棋のことは分からないんだけど」
「いや別に、そんなに凄いわけじゃ・・・」

小倉は頬を赤らめ、言葉を詰まらせた。その間、女子生徒は何かを発見したようで目を輝かせた。「じゃあ、がんばってね。応援してるから」との言葉を残し、足早に立ち去った。

駆けていった場所は、背が高く、よく日焼けした男子生徒の隣だった。何を話しているのかは聞こえない。しかし、彼女の楽しげな横顔は確認できた。小倉は男子生徒を遠巻きに睨み付けるぐらいしか術がなかった。
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