ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

肉体を盗んだ魂(18)

2016-09-03 22:32:15 | 小説
午前1時過ぎ。自宅へ帰ると、美由の父親の心配そうな眼差しと、母親の険しい顔があった。

「美由、いま何時だと思っているの」
早速、母親の叱責が飛んだ。激しい口調だった。

「まあまあ、そんなに怒らなくても」
父親はあきらかに困惑している。

「そんな甘い顔しないであなたからも叱ってください」

「うん、そうだな。美由、遊ぶのも結構だけど、電話の一本ぐらいはかけてきなさい。お父さんやお母さんは心配していたんだよ」

「すみませんでした」
美由が小さくなって、頭を下げた。

「まあ無事に帰ってきてよかった。もういいからゆっくり休みなさい」

「あなたは甘すぎます。今日に限らず最近、この子おかしいわよ。悪い友達でもいるのかしら。アルバイトの事だってお母さんは許した訳じゃありません。お小遣いだって十分与えているでしょ」

「それは・・・」

母親のヒステリックな様子に、美由はすっかりひるんでしまっている。そろそろ僕の出番だ。

「だったらお小遣いはいりません。その代わり、アルバイトは続けるつもり。お金のことだけでなく、社会勉強にもなるし」

「何もアルバイトだけが社会勉強じゃないわ。それにそうした社会勉強なら、大学を卒業してからだって、いくらでも出来るじゃない。一流企業に就職すれば、一流の社会勉強が出来るわ。それに一流の男性とも出会えるの」

母親の眉間のシワがさらに深まった。唇が小刻みに震えている。これ以上の反論は危険だ。この家族はガラスの絆だ。わずかな衝突で壊れてしまう。

「とにかく、今日はもう遅いから、また改めて話し合えばいい」

父親は娘が心配というより、とりあえずこの場から一刻も早く逃げたいようだ。

「何かこの子、急に別人になったみたい」

最後に母親が呟くように言った。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

肉体を盗んだ魂(17)

2016-09-03 22:28:33 | 小説
予想通り、車はホテルの前で止まった。美由の体の中の僕は、男とホテルへ入る。

「なんかこの部屋少し暑いね」

「そうですね」

男は部屋に置いてあるゲームに興じている。僕はソファーに浅く座り、やや背中を丸めている。

「ああ駄目だ。終わりにするか」

男は独り言にしては少し大きな声で呟き、タバコを灰皿に押し付けた。

「先にシャワー、浴びてくるから」

男は一人でバスルームへ向かった。シャワーの音が聞こえ始める。さらに、しばらくして女の声が大音量で聞こえてくる。どうやらシャワールームに備え付けられているテレビが原因のようだ。AVをBGMにしながら男はシャワーを浴びている。

「君も来いよ」

そんなように聞こえた。もうすぐ美由の体、すなわち僕の上に男が圧し掛かってくる。美由は何も言わない。どういう気持ちなのかわからない。でも僕はやっぱり駄目だ。逃げよう。僕は急いで外を出て、ホテルからも脱出した。結局、僕は女になりきることは出来なかった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

肉体を盗んだ魂(16)

2016-09-03 21:56:43 | 小説
時間は30分、1時間と過ぎていく。麻理たちは少し離れた所で勝手に盛り上がっていて、男と僕だけが話を続けていた。その間、男の視線は品定めするかのように纏わりついている。

「外に出ようか」

「ええ、はい。いいですよ」

「じゃあオレ、先に出るから。1,2分経ったら店の出口のところに来て」

「わかりました」

「頼んだよ」

男は席を外した。

僕は楽しそうにはしゃいでいる麻理に声をかけた。

「先に帰るね」

「何で?まだ一緒に楽しもうよ」

「うん。また今度誘って」

「あれ、もしかして、さっき話してた人いたよねえ」

「そんな訳ないじゃん」

僕は何とか麻理をごまかし、店を出た。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

肉体を盗んだ魂(15)

2016-09-03 21:50:01 | 小説
「頭のいい人たちだし、みんなそれなりにイケメンでしょ」

「うん。そうだね」

やっぱり麻理は男が好きだ。細長いテーブルを挟んで男子学生が何人も並んでいる。美由との相談で、久し振りにスカートをはいてきたけれど、落ち着かない。はっきり言って嫌だ。スカートははくものでなく、眺めるものであったはずなのに。でも今日は徹底的に美由になる。



最初の自己紹介では皆ぎこちなかったが、男の側にも、女の側にも盛り上げ役がいて、アルコールが入ったこともあり、場は次第に打ち解けていった。そしていつの間にか僕の目の前にいる男が変わっている。

「キミ、名前はなんていうんだっけ。聞いたはずだけど忘れちゃったよ」

「松本美由です」

「少し緊張している。別に緊張することなんてないよ。もっとリラックスして楽しまなきゃ」

目の前の男は、僕にビールを継ぎ足した。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

肉体を盗んだ魂(14)

2016-09-03 21:20:54 | 小説
「麻理、ちょっとごめん。トイレ行ってくるね」

僕は精一杯、ぎこちなく微笑んで言った。麻里は「早く戻ってきてね」と寝ぼけた声で甘えるように頼んだ。

「うん、わかった」

僕は少しふらふらした足取りで教室から出た。そして廊下で大きく息をついた。言いようのない気持ちが絡み合う。麻理が好きだ。はっきりと自覚した。しかし自覚してどうなる。「好きだよ」と告白できる訳がない。

麻理も僕、すなわち美由に好意を持ってくれているようだ。ただ、僕が抱いている好意とは全く意味合いが違う。気の置けない友達としてしか麻理は見ていない。美由、黙ってないで何とか言ってくれ。

このままではいけない。彼氏を作ろう。合コンでも何でも参加して。本音はそんなことはしたくない。しかし、麻理への気持ちを断ち切るためにも、この先、女として、美由として生きていくためにも、それが最良の手段だ。教室に戻らなければ。麻理が待っている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする