ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

肉体を盗んだ魂(終)

2016-09-07 20:52:42 | 小説


潮の香りが漂うようなファミレスの壁際で、若い女性がひとり座っている。そこへウエイトレスがやってきた。

「ご注文は」

「オムライスひとつ、お願いします」



・・・寂しそうな海ね・・・

ー人気がないからじゃないか。波もずいぶん荒いね、この時期になるとー

・・・でも、最後の食事がオムライスだなんてね・・・

美由が少し笑った。

ーそんなもんだよ。一致したのがそれしかなかったじゃんー

・・・まあ、それなりにおいしかったからいいや・・・

ーうん。ほんとにうまかったー

・・・今、誰かに背中を押されたらアウトだね・・・

ーいっそ、押してもらったほうが楽だよ。覚悟が省けるからー

・・・そうだね・・・



ー美由には感謝してるよー

・・・感謝なんてしなくていいよ・・・

ー母にも会えた。姉にも会えた。それから、麻理にもー

・・・私はいれてくれないの・・・

美由が微笑みながら、小さく頬を膨らませた。僕は少し慌てた。

ー美由はまた特別だよ。一心同体というか、いや、二心同体かー

・・・ありがとう・・・

ーなんで涙が流れるんだろうー

・・・どっちの涙・・・

ー分からない。どっちでもいいよ。じゃあ、そろそろ行こうー

・・・うん・・・



海が呼んだ。僕ら二人にはそれがはっきりと聴こえた。



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思っていたよりはるかに、たくさんの方に見ていただきました。有難うございます。







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肉体を盗んだ魂(33)

2016-09-07 19:18:10 | 小説

ー僕が入ってきたばっかりに、つらい思いをさせたね、美由ー

・・・恨んでなんかいないよ。気にしないで・・・

ーありがとう。うそでも嬉しいよ。ところで、自殺とか考えたことある?ー

・・・さあ、どうだろう。あんまり深くはないかな・・・

ー僕はもう限界みたいだ。やっぱりあの時、天に召されなければならない魂だったんだー

・・・麻理にフラれたから・・・

ーフラれたってレベルまでいってないけど、いい記念になったよ。麻理と二人きりになれたのは。だからもういいかなー



・・・いいよ、一緒に死んであげる・・・

ー死ぬって、そんな簡単にー

・・・君を受け入れた事は後悔していない。でも、やっぱり無理がある。ひとつの体にふたつ魂があるなんて・・・

ー僕の魂が出て行くことさえ出来れば、問題ないんだけどー

・・・万一、その方法が見つかっても、出て行く必要なんてないよ。何回も言ってるでしょ。後悔してないって・・・

ーでも、辛いんだろ?-

・・・うん、辛いよ。でも君のせいじゃない。君が来る以前から辛かった。私の今までの、20年近くの生き方に問題があったから。その罰だわ。もっと懸命に生きてたら、君を受け入れることもなかった・・・

ー美由は優しいんだねー

・・・違うよ。それは本当に違う・・・

ーどっちにしても選択するのは美由だー

・・・だから死ぬって言ってるでしょ・・・

ーもし美由の気持ちが変わらなかったら、夏休み中に実行に移そうー



麻理からメールが入っていた。

「どうしたの?私、避けられてる?美由に嫌われたのかな?」

僕は久しぶりに麻理へ返信した。

「嫌いな訳ないじゃん。大好きだよ。また二人で遊ぼう。幸せになってね」






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肉体を盗んだ魂(32)

2016-09-07 16:29:51 | 小説

梅雨明けを思わせる強い日差しだ。そのせいもあるのか、黒のワンピース姿の麻理の白い肌が、ますます透き通っている。

「どこへ行こうか美由」

「映画でも見ようよ」


優雅な瞬きを繰り返しながら、けだるい恋愛映画にはまっている様子の麻理。僕もそのリズムに合わせてゆっくり首を回し、彼女をぼんやりと見る。幸福な時間だった。


映画館を出て、近くの公園へ場所を移した。

「水や緑があるってやっぱり落ち着くね」

麻理は大きく息をついて言った。

「まあ、その周りはビルが取り囲んでいるけど」

「だから価値があるんじゃない。水や緑だらけのところで暮らしてたら、こんなに感動する気持ちにはならないって。かえって退屈するかもね」

「なるほどね。麻理、その辺に座ろうか?」

「もう少し歩こうよ。なんだか気持ちいい」

「土曜日、上手くいくといいね」

「うん。まあね」

「好きなんでしょ、加藤君のこと」

「好きになりかけているって感じかな。向こうも同じだと思う」

「緊張してる?」

「いや、まだしてない。多少ワクワクはしてるかも。でも、今は美由と過ごしているこの時間が、大切に思える」

「それはどうも。なんだか少し照れるなあ」

「私に恋人が出来ようが出来まいが、美由は変わらず友達、いや親友でいてね。これからもずっと」


池の水面が日差しを浴びて、キラキラと揺れている。僕は麻理との約束は守れそうにない。このまますべてが終わってしまえばいい。さよなら麻理。


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肉体を盗んだ魂(31)

2016-09-07 16:16:54 | 小説

前期のテスト期間も終わろうとしている。

「美由、出来はどうだった?」

「まあ、半分ぐらいかな。麻理は?」

「そこそこだね」

「へえ、凄い」

「半分ぐらいの方が凄いよ」



しばらくは他の友達も交えて、テストの話題が続いた。そして、徐々に夏休みの過ごし方へと移行した。

「私はバイト、バイトだよ」

「サークルの合宿が楽しみだね」



友人たちはそれぞれに自らの夏休みを想像している。しばらくして麻理が口を開いた。

「私、今度の土曜日、加藤君と約束してるの」

「いよいよデートですか」

「がんばってね。最初が肝心だから」


麻理は友人のアドバイスに頷きながら、僕を見ている。

「美由・・・」

「えっ、ああ、そうだ。麻理、明日でもいつでもいいけど、土曜日になる前に、予行練習しておかない?」

「美由、それはいい考えね」

「シュミレーションしといた方がいいんじゃない。ぶっつけ本番よりも。加藤君って、強くリードしてくれるタイプじゃなさそうだし」


黙っていた麻理が口を開く。

「いいの、美由?」

「バイトはあるけど、麻理の都合に合わせられると思う」

「それなら美由の言葉に甘えようかなあ」






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