キャンパスの並木道
学生たちの若い声色に包まれながら
彼はベンチに腰掛け、遠くを見ていた
人に上り目線と下り目線があるならば
彼は下りを向いていた
学生時代の恩師が余命幾ばくもないと聞き
彼は地元に戻り、恩師の自宅を訪れた
最近、病院から移されたらしい
大きかった体は枯れ木のようだった
すでに点滴も受け付けない状態だが
わずかに意識はあった
「世話になったな」
小さな声で恩師は言った
「はい」と彼は短く応じた
そのやり取りは、20年前の出欠確認に少しだけ似ていた
本当は聞いてみたい事があった
「先生は幸せでしたか?」と
学生の頃、幸福は漠然としていた
しかし、根拠なき未来への自信はあった
今はそれが具体化され
大学教授になり、新しい家族にも恵まれた
それなのに幸福感が足りない
イコールにならない
「先生、これは難問です。簡単なようで難しく、難しいようで簡単な気はするのですが」
彼は足早に大講義室へ向かった