四月七日(木)晴れ。
今日は、道の兄である岐阜の花房東洋先輩のご招待で、京都行き。祇園と並んで京都では有名な花街の上七軒の舞妓、芸者衆による「北野をどり」が、上七軒歌舞練場にて開催されるので、隠岐康氏と共にご招待に与った。
昼過ぎの新幹線にて京都行き。うとうとしている間に着いてしまう。京都へ来るのは随分と久しぶりの事である。最後に来たのは、まだ子供が生まれる前の事だから十七八年も前の事。初めて来たのは中学の修学旅行で、当時は、座席の硬い、夜行列車に乗って来たものだった。新しくなった京都駅に降りて、確か駅前に京都タワーがあったと思って、上を見れば、あった、あった。昭和四十九年ごろに、学純同の関西遊説の一員として、京都の駅頭で演説をしたことを思い出した。その時の写真の後ろに京都タワーのあるホテルが写っている。
※宣伝車の上で、マイクを持っているのが、前田伏樹氏、隣が私。車のドアに手をかけているのが大場俊賢先生。分かりづらいが、車の後部でかがんで、何かしているのが長谷川光良氏である。もう三十年以上前の事だ。
※上の写真の同日、京都にて。左から、私、長谷川氏、前田氏(現学純同総裁)と。
ホテルにチェックインしてから、上七軒に向う。タクシーの運転手さんの話では、大地震以来、京都から外国人の姿が消え、桜の季節だというのに、外国人はおろか日本人の観光客も少ないと嘆いていた。
上七軒は、祇園よりも古い花街だそうだ。通りも中々風情があって良い。「北野をどり」が開催される歌舞練場に着くと、すでに花房先輩が、友人と共に待っていてくれた。この「北野をどり」は「京をどり」と並んで有名らしい。入り口には、黒紋付を着た芸者衆が受付を手伝っている。艶やかでいい。庭の満開の桜と、舞妓さんが競い合って、どちらも華やかである。
「北野をどり」の第一幕は「元禄京紙衣(げんろくかみやつし)という演目。江戸時代の芸談集「役者論詰」に収められた歌舞伎役者・坂田藤十郎の逸話、不義の男を演じるために茶屋の女将に偽りの恋を仕掛ける、有名な「藤十郎の恋」を題材にしたもの。二部は、舞妓、芸者衆の「をどり」である。
※「をどり」を演じた芸者衆。
※舞妓と芸者さん。
京都のお茶屋で芸者遊びなどしたこともないが、まあ目の保養になりました。約、二週間の公演で集った義捐金を今回の大震災の被災者の方に寄付をしたとのこと。
終了後は、花房先輩のお世話で上七軒の小料理屋で一献。上七軒では最年長の芸者さんと、郡上八幡出身の舞妓さんが挨拶に来て酒席を共にした。
※舞妓さんです。
その料理屋のあとは、怒涛の酒席。十二時まで、五軒をハシゴしたのには、さすがにマイッタ。へろへろでホテルに戻れば、また宮城で大きな地震があったと隠岐氏が知らせてくれた。前回は北海道で、今回は京都と、家を空けると地震が起きる。テレビをつけたまま寝てしまった。