六月六日(水)雨。
森本氏が、議席を持たない、いわゆる「民間人」として、初の防衛大臣となった。そのことで与野党から批判が起きているが、これは全く的を得ていない。自民党の石破とかいうアホウが、「政治家でないと、政治的な責任を取れない」とか発言していたが、笑わせては困る。一体、政治家が政治的な責任を取ったことなどあるのだろうか。そんな責任を取ったことがないから、今日の日本の体たらくがあると言うことを、こいつらは分かっていない。政治家の「政治的責任」とは、何なのか。命を懸けることも、いや命懸けの仕事もできないくせに、何が政治的責任だ。靖国神社の社殿の前で正座して、英霊に感謝の誠を捧げてみなさいよ石破君。
かつて、自分の犯した罪に対して「万死に値する」といった政治家がいた。野村先生は、「万死に値する」とは、「一万回も死ぬことだ」と言った。一度も死ねないくせに、一万回死ぬとは、正に笑止である。「それならこの野村秋介が見せてやろう。責任を取るとはどういうことか・・・。義のために死ぬと言うことがどういうことなのか・・・。戦後、政治家も含めて、誰も、そういった責任の取り方をしなくなった。」と言って、野村先生は、朝日新聞社の東京本社社長室で自決なされた。政治家の「政治的責任」が聞いて呆れる。
以下は、四宮正貴先生のブログからの引用です。
森本氏の防衛大臣任命は間違っていない。
森本敏氏が防衛大臣に任命されたことに対して、民主党内、野党自民党、そしてメディアから批判が起こっている。
民主党に人材がいないことに対する批判は大いにやるべきだが、変な政治家が防衛大臣になるより森本氏の方がずっといい。防衛と外交は政争の具にしてはならない。
森本氏を民間人とは言えない。長く政府部内にあって、防衛・外交問題に携わってきた人である。選挙で選ばれた人に見識があるとは限らないことは田中直紀氏を見れば火を見るよりも明らかだ。姫井何とかという参院議員にどんな見識があるのか。田中直紀氏は政治家だが、民間人よりも見識がなかった。そもそも「民間人」の定義は何か。
鳩山由紀夫元総理まで今回の人事を批判していたが、宇宙人やペテン師が総理大臣になるより、専門家が防衛大臣になる方が比較にならないくらいましだろう。鳩山氏に今回の人事を批判する資格なし。
鳩山氏は総理を辞めた直後、「自分は愚かかもしれない」と言った。「かも知れない」のではない愚かなのだ。
今回の人事に対して防衛省内にも批判があるという事だが、自分たちが操縦できない人、言いなりにならない人が大臣になるのが嫌な連中が批判しているのだろう。
「核のボタンを押し、武力を行使する責任者が選挙の洗礼を受けた政治家でないのはおかしい」という意見がある。それなら、人を検挙し、身柄を拘束する権力を有し、且つまた、武力を行使する権力を有する「警察」という官庁のトップに、選挙の洗礼を受けていない人がなるのはおかしいということになる。警察庁長官は、大臣並みの権力を有している。検事総長も然り。※引用終わり。
今月末に行く、沖縄の旅行費を支払いに本牧へ。ついでに、マイカル本牧のスーパーで買い物をしてから帰宅。今日の夕食のメインは「ネギ塩牛タン」。長ネギをみじん切りにして、ごま油と胡椒を少々入れて和える。そのねぎを牛タンの中に入れて、二つ折りにしてから楊枝で留める。こうして焼くのである。体調が良くないので、軽く飲んで寝た。