白雲去来

蜷川正大の日々是口実

雪の降る街に、想い出だけが通り過ぎて行く。

2018-02-04 11:43:07 | 日記
二月二日(金)雪。

雨戸をあけるとまた雪である。野村先生の句に、「残刑はまだ十年もある 『明日も雪か』」がある。先月二十二日に降ったほどではなく、さほど通勤や通学に難儀しないだろう。雪国の人たちには申し訳ないが、たまに降る雪も良いものだ。「美は一度限り」ではないが、何年かに一二度降るからこそ美しいなどと思うが、これが連日のことだったら、当然ながら誰も美しいなどとは思わない。私も、わずか数年だが、雪の寒さに耐え、雪と格闘しながら過ごしたことがある。

随分前のことだが、先日急逝した正田秀幸ご夫妻と、私と愚妻とで網走を旅したことがあった。二月のことだったと思う。お互いの思い出の能取岬や、苦労した切通し農場などを見て回った。最も冬の切通し農場へは、雪が深くてたどり着けず遠望するにとどまった。網走湖荘や天都山にある友愛荘に泊まり、お互いに往時を偲んだことが懐かしく思い出される。「雪の降る街を」という歌を聴くと、網走の、それも仄かな灯りの街灯に照らされた雪と、網走の町に降る雪。そして究極は、農場の一面の銀世界と防風林を思い出す。横浜に降るたまにの雪に、様々な感慨が巡る。雪の降る街に、正に、想い出だけが通り過ぎて行く・・・。

夕方近くには、幹線道路には雪もなく、車を走らせることが出来たので、スーパーに行き買い物。偶然藤巻強氏親子に会う。夜は、ゆっくりと風呂に入ってから「豚肉鍋」を囲んだ。

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