白雲去来

蜷川正大の日々是口実

野村先生の生誕祭。

2018-02-16 13:16:32 | 日記
二月十四日(水)晴れ。

今日は、野村先生の誕生日である。ご健在ならば八十三歳となる。しかし八十三歳の先生を当然ながら想像できない。何年か前の生誕祭で、野村先生の奥さんが、「二十年も過ぎて、私が行ったら、野村は私のことを分かるかしら」と言われホロッとしたことを覚えている。

野村先生の生誕祭は、群青の会の大熊雄次氏が主催して、当初は、先月に急逝された正田秀幸さんが建立した、「わが生の須臾なるいのち如何にせむ」という野村先生の句碑のある、群馬県の雷電神社にて斎行していたが、諸般の事情から、現在は川崎のレンタルスペースにおいて開催している。

六時より、厳粛なる神事にはじまり、来賓として民族革新会議の犬塚博英議長と國の子評論の横山孝平市氏より追悼の挨拶を頂いた。私も一門を代表して挨拶。野村先生の晩年の歳をとおに超えてしまったが、生前、野村先生は、「二十歳で死んでも、五十で死んでも、八十で死んでも、死ぬ一年前は等しく晩年である。従って、人間は、どれだけ生きたか、ということよりも、どう生きたか、と言うことが大切である」と仰っていたことを話した。

野村先生が亡くなられてから、今年で二十五年となる。以来、お世話になった方、親しかった方たちの多くが幽明境を異にした。野村先生のことを思う時、先に逝った人たちのことが重なる。終了後に、直会。それこそ思い出話に花が咲いた。松本佳展君に送って頂き帰宅。※写真は、群馬県の雷電神社にある野村先生の句碑。

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