白雲去来

蜷川正大の日々是口実

大行社のお祝いへ。

2022-10-04 15:22:35 | 日記

10月2日(日)晴れ。

午後1時からの大行社の40周年記念式典に出席するために東京行き。朝食を取っていなかったので保土谷の駅のコーヒーショップでサンドイッチとアイスコオヒイで朝食。9時39分の横須賀線で東京駅。新しくできたバスの発着場で大熊雄次氏と待ち合わせ。八重洲のバスターミナルで11時10分発の鴨川・東京線に乗車し、約1時間20分で、会場となるホテルの正面に着く。会場はさすがに大行社のお祝い、大勢の人で溢れていた。三本菅先生や諸先輩にご挨拶して席に着いた。

こういった大きな宴席はコロナ禍では久しぶりのことなので、久しぶりにお会いする人ばかり。そこでお世話になっ方の訃報を聞いたり、しばらくお会いしていない人の消息を聞いたりと、参加したことに意義のある宴席だった。終了後に、大行社、横浜の内川氏の後輩の運転する車で、義勇軍の清和崇氏らと一緒に送って頂いた。ちょうど夕暮れ、富士山が夕日に照らされて赤く染まっていた。しかし、アクワラインは大渋滞。海ほたるを抜けてようやく普通に走れた。

自宅に戻り、愚妻と一緒に「オアジ」へ。仲良しさん夫妻とバッティング。しばらく飲んでから「やまと」に転戦。久しぶりに「やまと」のご夫妻と長話。九時過ぎに帰宅。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりに小樽の青塚食堂へ。

2022-10-04 13:24:06 | 日記

10月1日(土)晴れ。札幌から帰宅。

ルームのエアコンを切り忘れたために寒くて夜中に目が覚めて、慌てて切った。時計を見たらまだ三時。寝ようと思ったら、なぜオーストラリアは漢字で豪なのか、サンフランシスコは何で漢字で「桑港」と書くのか、などと下らんことを考えていたら眠れなくなってしまった。

その内に眠くなって、七時に起床。八時に朝食会場に行けば、群青の会の大熊雄次氏と合流。お互いに、「早く寝て良かった」と慰めあう。大熊氏の話によれば、I氏、O氏の両氏は、昨夜は泡まみれになって(風俗ではありません)転戦を続けていたという。結果、うなだれてコーヒーだけを飲んでいたという。猪木風に「現金があれば何でもできる。10万、20万、30万、ダァー」。若いうちだけです。10時半にロビーに集合して小樽へ。藤巻強、竜馬の両氏は梶浦直樹さんに送られて午前中に千歳へ。

11時30分、小樽の祝津という海岸にある「青塚食堂」へ。ここに初めて来たのは平成2年のこと。以来、札幌に来るたびに訪れている。民宿を兼ねている食堂は、新鮮な海の幸を提供するので、いつも地元や観光客で一杯である。札幌で群青忌を開催した時は宿泊したこともある。正午に、先生の奥様や泰子さん、宮崎の熟女軍団が到着。昨日の酒は何だったのかと思うくらい、皆さんの顔と同じ大きさの「ウニ・いくら丼」を無言で食していた。そのパワーにあやかりたい。

海鮮料理で有名なお店なのに、「あんみつ一家」の横山、志村の両君は、「カツカレー」に「ラーメン」。完全に店を間違えている。1時20分。お店の前で記念写真を撮って解散。私と大熊、I氏は雪田君に送られて千歳へ。O氏とほかの男性陣と女性陣は余市へ。

3時前に千歳着、後輩の石澤博文君が待っていてくれた。フライトまで時間があるので、空港内のレストランで最後の酒。石澤君にお土産を頂き、一便遅い大熊氏を残して機上の人となる。5時過ぎに羽田着。自宅で安着祝いをやろうと思ったら、誰もいない。そうか愚妻は、お付き合いのあるサリーファミリーの方の通夜へ行っているのを思い出した。上の子供は名古屋へひいきのグループのライブに行っている。ハムエッグと冷食のグラタンを肴に、一人で安着祝い。寂しい。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする