白雲去来

蜷川正大の日々是口実

詩は「志」であると思う。

2010-09-17 23:37:36 | インポート

九月十五日(水)晴れ。※一日間違えて更新しました。

 午後から大行社の執行部会議に出席。山口申、四宮正貴の両先生と共にご挨拶を述べる。三時過ぎに終了。直帰した。

 

 民主党の代表者選びで、菅直人が小沢一郎に大差をつけて当選した。もちろん、こちとらカンでもビンでもどちらでも一緒。非日か反日を選ぶに等しい代表者選びなどにもとより興味は無い。正に蝸牛角上の争いである。

 

 最近、また中国の古典詩を読み直している。漢詩の全集や古典詩のダイジェストを随分と読んだが、俗に辺塞詩と言うものが好きだ。辺塞とは、辺境にある防備のとりでのことで、遠く故郷を離れて、万里の頂上の果ての辺塞に赴く兵士の心情を詠んだものが多く、読む者の胸を打つ。特に唐代の辺塞詩が良い。王昌齢、岑参、李益そして李白、王維、白居易もいい。有名なのは王昌齢の「出塞」ではないか。

 秦時の名月 漢時の関 

 万里長征 人未だ還らず

 但だ竜城の飛将をして在らしめば

 胡馬をして陰山を度らしめず

 

 秦の時から照る明月、漢の時にもあった関所。はるばる万里の道を出征してきた私人は中々故郷に帰れない。いまもしあの盧竜城で飛将軍名をとどろかせた漢の李広にここを守らせたならば、えびすの騎馬にむざむざ陰山を越えさせたりはしないものを。(佐藤保訳)

 

 私が個人的に好きなものは、岑参の「君聞かずや胡茄の声最も悲しきを」で始まる、「胡茄の歌、願真卿の使いして河隴に赴くを送る」と題した七言古詩。

胡笳曲送顔真卿使赴隴西
君不聞胡笳聲最悲  君聞かずや胡笳の声 最も悲しきを
紫髭緑眼胡人吹  紫髭緑眼胡人吹く
吹之一曲猶未了  之を吹く一曲猶未だ了らず
愁殺楼蘭征戊児  愁殺す 楼蘭征戊の児
涼秋八月蕭關道  涼秋八月蕭關の道
北風吹断天山草  北風吹断す 天山の草
崑崙山南月欲斜  崑崙の山南にて 月は斜めならんと欲す
胡人向月吹胡笳  胡人月に向かって胡笳を吹く
胡茄怨兮将送君  胡茄の怨みまさに君を送らんとす
泰山遙望隴山雲  泰山遙かに望む 隴山の雲
邊城夜夜多愁夢  邊城夜夜 愁夢多し
向月胡笳誰喜聞  月に向かって胡笳 誰か聞くを喜ばん

 「征戊の児」とは出征する兵士の事である。はるかシルクロードの果てに赴く、盟友の願真卿に対して贈った詩である現在の共産党政権下の中国は嫌だが、古(いにしえ)の中国は好きだ。漢詩を読んでいると、人生の別離、送別といった悲哀が感じられて心に沁みる。特に唐詩はそんな詩が多い。

 

 夜は、酔狂亭にて月下独酌。肴は、札幌の石澤博文君の心づくしの「いくら」に「たらこ」とシラスおろし。


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電信柱を捨てて共同溝へ。

2010-09-17 18:56:29 | インポート

九月十六日(木)雨のち曇り。

 雨の音で目が覚めた。我が陋屋はことのほか雨音が響く。若い頃にファンだった小林麻美さんの歌に「雨音はショパンの調べ」というものがあるが、この歌のイメージは、木造家ではなく、都会の、それも裏通りに面したマンションの一室で聴く雨、という感じがする。その小林麻美さんの影響か、今でもスレンダーで背が高く、ストレートなロングヘアの女性が好きだ。そんな女性を見かけると、つい見とれてしまうことがある。もちろん他意はありません。妻ですか・・・。小林麻美というよりも、今では小林亜星似です。

 雨の中を朝から東京行きである。駅までバスに乗ったが、ものすごい混みようである。普段めったにバスなど乗らないのだが、こんなに混んでいるのは珍しい。下山した盟友と待ち合わせて、公私共におせわなになっている方にご挨拶。いつも何かと勉強させて頂いているが、今回特に教えて頂いたのは、景気回復のための公共工事の特効薬には、「共同溝」の全国的な施設が良いのでは、ということ。

 確かに、巷の電信柱は街の景観を損ねる。美しい田園風景や武家屋敷が残る場所の景観には電信柱はつや消しである。歴史の浪漫に浸っていても、電信柱があるとすぐに現実に引き戻されてしまう。災害の時にも危ないし、地下にあれば安心である。

 なぜ日本に電信柱が普及したのか・・・。それは地下に施設するよりも簡単であることに加えて、日本は世界に有数な森林を持つ国で、昔から植林の知恵もあった。安価な森林資源である木を使うことが自然であったと、お世話になっている方は仰っていた。

 くだらぬ空港や、ダム、高速道路を建設するよりも共同溝を全国に作ることの方が、よほど良い。これには目からウロコが落ちた。

 朝食をとっていなかったので、盟友氏と御徒町へ。あのエリカ様も着たと言うスカジャンのお店を経営している大熊雄次氏を無理矢理誘って日本蕎麦の「越後屋」へ。三人揃えば、まず一献。

 その後、アメ横では有名と言う「大統領」というもつ焼き屋へ。「佐藤」をロックでしたたか飲んだ。隣のジャンボ餃子を家族のお土産に買って帰宅。


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尖閣諸島は日本の固有の領土の証拠。

2010-09-17 08:50:48 | インポート

九月十四日(火)晴れのち雨

 今日は、恒例の「蜷川政経懇」という名前だけ真面目な会合を、友人の尼野保氏の経営する生簀炉端焼き「花笠」(045-251-4852)にて開催した。「一粒の麦」という焼酎を刺身や土瓶蒸しなどで堪能。終了後は、友人とサリーの店へ。その後、一軒転戦して帰宅。後輩のS氏にスペシャル・サンクス。

 先日、尖閣諸島が日本の固有の領土である証拠の資料を入手いたしましたので、アップ致します。

 ※貼付自由です。多くの人達に見せてあげて下さい。

Img418 ※クリックしますと拡大します。中華民国政府が尖閣諸島を日本領とした確たる証拠が分かります。

Img419 

  上の資料は、中国の正統政権であった清国政府も尖閣諸島を日本領として自国の漁民を救助した魚釣島の島民に感謝状を送っていたのである。そこには尖閣諸島が日本の領土であることが明確に書かれている。

 

  下の資料は、中国政府発行の地図帳には尖閣諸島を日本領として書いてある。(台湾政府の地図帳も同様)1960年4月発行の北京市地図出版社発行の「琉球諸島」部分のものである。尖閣諸島・魚釣島として日本名の表記がなされ、国境線も台湾本島と与那国の中間に引かれている。

 


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我が酔狂亭が奇襲攻撃を受ける。

2010-09-14 14:23:36 | インポート

九月十三日(月)晴れ。

 午前中は歯医者。そのまま事務所に行こうと思ったら、関内に出来たインドカレーの店の「焼きたてナン」の看板が目に入り、思わず入ってしまった。キーマカレーを頼んだが、私的には、伊勢佐木町の入り口にある「モハン」の方が好きだ。

 

 一時前に事務所着。片づけをしていたらお客さんが来訪。運動論など、一時間ほど語らう。再会を約して、関内駅までお送りする。その後帰宅。途中、スーパーに寄って晩酌の肴を購入。カツオにおでん種を少々。

 

 のんびりと本を読んでいると、大行社の小針政人君から連絡があり、酔狂亭に来訪の予定とのこと。もちろん諾。六時過ぎに大行社の横浜支部長の内川徳彦君と共に来訪。戦爆連合による奇襲である。近くの焼鳥屋にでも行こうかと思ったが、面倒なので酔狂亭で問答無用の酒となった。十時過ぎに解散。

 

 内川、小針連合軍に完敗した夜だった。


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尖閣諸島は我が国の固有の領土。

2010-09-14 14:04:21 | インポート

九月十二日(日)晴れ。

 良い天気。暑さもいくらか和らいだ気がする。下の子供は、百人一首の大会に出席するために朝から家を出て行った。私達は、上の子供のベッドを買うために、自宅近くに出来た「ニトリ」へ。シングルベッドが随分安いと思ったら、木の枠の値段で、マットレスは別売りで、ベッドとほぼ同じ値段がする。合計五万五千円が安いのか高いのか分からんが、私は高いと思うのだが・・・。

 

 尖閣列島で中国の漁船が不法に操業して、警告した日本の保安庁の船に体当たりをして捕まったという。中国は、尖閣はわが領土と、盗人猛々しい論理を展開して、日本に抗議をしたそうな。産経新聞の九月十一日の「くにのあとさき」の中で湯浅博氏は、中国の盗人行為には一定のパターンがあると書いている。

 

 それは、「一九九二の領海法で勝手に線を引くと、まず海洋調査を開始し、次に漁船を装った海上民兵が登場する。(今回のように)その後に控えているのが、国家海洋局の武装艦船であり、やがて海軍の艦船が登場する」。これが中国の島嶼分捕りの常套手段だそうだ。

 

 尖閣諸島周辺の海底に石油などの資源があると国連が発表してから、中国や台湾が、わが領土、領海と主張しだした。とんでもない話だ。まだ台湾を日本が植民地する以前、すなわち台湾が中国の領土であった時代。台湾の漁船が台風で遭難し、尖閣諸島、魚釣島の島民が彼等を救助した。魚釣島を管轄する石垣島の村長に台湾の県長が、この行為に感謝して、感謝状を出しているのだ。手許にその資料がないので、正確ではないが、その感謝状には魚釣島がれっきとした日本の領土であることが示されている。(今週中に資料を探してアップします)

 

 我が国の政府も、魚釣島を沖釣りの一大レジャー基地にするとか、キャンプ場を作るとかして多くの国民にその存在と意義を知らしめさせたら良い。日本人が魚釣島に行くことを規制していると言うのだからあきれた話ではないか。

 

 夜は、酔狂亭で月下独酌。早めに寝た。


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