白雲去来

蜷川正大の日々是口実

我が酔狂亭が奇襲攻撃を受ける。

2010-09-14 14:23:36 | インポート

九月十三日(月)晴れ。

 午前中は歯医者。そのまま事務所に行こうと思ったら、関内に出来たインドカレーの店の「焼きたてナン」の看板が目に入り、思わず入ってしまった。キーマカレーを頼んだが、私的には、伊勢佐木町の入り口にある「モハン」の方が好きだ。

 

 一時前に事務所着。片づけをしていたらお客さんが来訪。運動論など、一時間ほど語らう。再会を約して、関内駅までお送りする。その後帰宅。途中、スーパーに寄って晩酌の肴を購入。カツオにおでん種を少々。

 

 のんびりと本を読んでいると、大行社の小針政人君から連絡があり、酔狂亭に来訪の予定とのこと。もちろん諾。六時過ぎに大行社の横浜支部長の内川徳彦君と共に来訪。戦爆連合による奇襲である。近くの焼鳥屋にでも行こうかと思ったが、面倒なので酔狂亭で問答無用の酒となった。十時過ぎに解散。

 

 内川、小針連合軍に完敗した夜だった。


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尖閣諸島は我が国の固有の領土。

2010-09-14 14:04:21 | インポート

九月十二日(日)晴れ。

 良い天気。暑さもいくらか和らいだ気がする。下の子供は、百人一首の大会に出席するために朝から家を出て行った。私達は、上の子供のベッドを買うために、自宅近くに出来た「ニトリ」へ。シングルベッドが随分安いと思ったら、木の枠の値段で、マットレスは別売りで、ベッドとほぼ同じ値段がする。合計五万五千円が安いのか高いのか分からんが、私は高いと思うのだが・・・。

 

 尖閣列島で中国の漁船が不法に操業して、警告した日本の保安庁の船に体当たりをして捕まったという。中国は、尖閣はわが領土と、盗人猛々しい論理を展開して、日本に抗議をしたそうな。産経新聞の九月十一日の「くにのあとさき」の中で湯浅博氏は、中国の盗人行為には一定のパターンがあると書いている。

 

 それは、「一九九二の領海法で勝手に線を引くと、まず海洋調査を開始し、次に漁船を装った海上民兵が登場する。(今回のように)その後に控えているのが、国家海洋局の武装艦船であり、やがて海軍の艦船が登場する」。これが中国の島嶼分捕りの常套手段だそうだ。

 

 尖閣諸島周辺の海底に石油などの資源があると国連が発表してから、中国や台湾が、わが領土、領海と主張しだした。とんでもない話だ。まだ台湾を日本が植民地する以前、すなわち台湾が中国の領土であった時代。台湾の漁船が台風で遭難し、尖閣諸島、魚釣島の島民が彼等を救助した。魚釣島を管轄する石垣島の村長に台湾の県長が、この行為に感謝して、感謝状を出しているのだ。手許にその資料がないので、正確ではないが、その感謝状には魚釣島がれっきとした日本の領土であることが示されている。(今週中に資料を探してアップします)

 

 我が国の政府も、魚釣島を沖釣りの一大レジャー基地にするとか、キャンプ場を作るとかして多くの国民にその存在と意義を知らしめさせたら良い。日本人が魚釣島に行くことを規制していると言うのだからあきれた話ではないか。

 

 夜は、酔狂亭で月下独酌。早めに寝た。


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牧田吉明氏の偲ぶ会だったが・・・。

2010-09-14 12:50:11 | インポート

九月十一日(土)晴れ。

 いわゆる9・11テロから九年目。我が家には愚妻が独身時代にニューヨークを訪れた際に倒壊したツインビルを背景に撮った写真がある。今となっては貴重な写真でもある。私も何度か訪れた韓国のソウルで、焼失した南大門をバックに撮った写真があるが、南大門は再建されるが、世界貿易センタービルは再建されることがない。愚妻のは貴重な一枚でもある。その後、アメリカはイラクやアフガンなどへ派兵して泥沼に入り込んだ。イラクからは撤兵するが、一体あの戦争は何だったのか。いずれ検証されるに違いあるまい。

 

 今日は、亡くなられた牧田吉明氏の偲ぶ会が、平河町のビストロで行なわれるので出席した。本当は、ビストロなどと聞いて行くのを止めようと思ったのだが、犬塚先輩に背中を押されて出席。久し振りに赤坂見附に降りた。平成二年から三年間、赤坂のみすじ通りにあった野村事務所に通うため、そして先生の死後、乃木坂近く(赤坂七丁目)に移った二十一世紀書院へと行くのに利用した駅だ。外には出なかったが懐かしかった。そのまま永田町まで歩いて行き、プリンスホテルを通り抜けて、砂防会館近くのお店にたどり着いた。

 

 店は狭いし、人が多くてクーラーが全く効かない。来る人は皆汗がダクダクである。牧田さんの同級生の主催と言うのだが、六十を過ぎたオッサンの集りに、もう少し知恵がないものかと、嫌になった。成蹊とかいうお坊ちゃん大学を出て、それなりに功成り名を遂げた人たちが多いのに、こんな場所しか思い当たらないのか。本当にセンスのない人たちだと、私の周り(殆ど右翼)の人たちから文句が出たが、私も同じ思いだ。あんまり退屈なのと、くだらんので牧田さんには悪かったが、岐阜の細川先生と共にも途中で退席した。

 

 細川先生のリクエストで、電車で蒲田へ。「爆発さん」の先日のブログに影響されたわけではないが、久し振りに「八幸」へ顔を出した。オヤジもママさんも元気そうで安心した。最近はAKBのプロデューサーの秋元康氏が常連とのこと。たらふく食って、飲んで解散した。


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嬉しいことが二つあった。

2010-09-14 10:57:20 | インポート

九月十日(金)晴れ。

 最近嬉しいことが二つあった。まず始めはそれは「爆発五郎」さんのブログ、「爆ちゃん吼える」の九月五日の東京横浜B級グルメの記を読んだこと。浅草の天丼屋さんやいろいろな店が紹介されているが、しかしながら昼間に一食3500円の天丼を食べるのには、私には少々勇気を必要とする。家族四人で食べたら14000円か、うーん。

 

 私の住む横浜の下町の商店街に横浜橋商店街がある。(そう言えば上海の旧日本人街として有名な虹口(ホンキュウ)に横浜橋があるが、全く関係ないとの事)その商店街の大通り公園側の入り口のすぐ横に「豊野」という地元では知られた天丼屋がある。ここの黄金丼は、天ぷらとご飯が山盛りで、覚悟をして行かないと完食できない。値段も安いし、正に庶民の味方である。

 

 天ぷら屋さんの良し悪しは、個人的な判断だが、天丼でしか食べられないか、天ぷらだけでも食べられるかにあるかと思う。なぜか天丼屋の天ぷらは、酒の肴にならない。天つゆとご飯がなければ美味くないのだ。野村先生の愛した日の出町駅近くの「天作」は、同じ京急・戸部駅近くに移ったが、まだ一度も行ったことがない。近いうちに顔を出してみるか。

 

 爆ちゃんのB級グルメの旅は、蒲田のもつ焼き「八幸」へ。この店は野村先生のファンならば知らない人はいない。私も大好きな店である。興味のある方は、「爆ちゃん吼える」をクリックして九月五日を読んでみて下さい。

 

 もう一つの嬉しいことは、敬愛する後輩の一人である横山孝平君のブログが頻繁に更新されていることだ。才能があるのに使わないのは怠慢以外のなにものでもない。「オレンジ」つながりでダブってしまったが。もとより他意はない。

 

 夜は、小針政人が発行している月刊「志気」の発行五周年の集いが、ヨコハマの某ホテルにて行われた。お笑いのディナーショーを堪能した。終了後は、有志らとサリーの店へ。その後、一軒転戦してから帰宅。


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