スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。
㉓ で示したように,天龍は全日本プロレスを退団した後も,ジャンボ・鶴田 のことを気にしていました。鶴田は三沢光晴 たちと戦うようになった後,1992年11月に,おそらく㉒ で示した,流血戦を拒否した原因であったとされるB型肝炎を発症することによって,セミリタイアに近い状況になりました。そして1995年4月に筑波大学の大学院に入学。運動生理学を専攻して1997年に卒業。その後は大学で教鞭をとる傍ら,全日本プロレスのリングへのスポット参戦を続けました。
この間に鶴田は,両国国技館ですべての幕内力士を相手にスポーツ医学の講演を行っています。天龍はこのことを聞いて,鶴田には勝てない,鶴田は生き様としてはるか遠くに行ってしまったと感じたといっています。これは天龍らしい感じ方といえるでしょう。元々は力士で,三役まで昇進していた天龍は,相撲という競技には特別のプライドを持っていました。輪島大士 に対して天龍がかなり厳しい攻撃を仕掛けたのは,輪島が横綱まで務め上げ,幕内最高優勝を何度も獲得していたからであって,横綱という地位まで務めた人間に対する,天龍のこの上ない敬意があったからだと推測されます。つまり横綱まで務めた人間は,どんな攻撃にも耐えられる,というか耐えられなければならないとか耐えてほしいといった天龍の気持ちが籠っていたのであって,それは相撲という競技に対する天龍自身のプライドであったのは間違いないと僕は思います。その横綱を含めたすべての幕内力士を相手に,教授として講義したということに,おそらく天龍は感嘆したのでしょう。それは自分には与えられることがない,中途で相撲を止めてプロレスラーになった天龍には依頼されることがあり得ない仕事であると天龍は感じたのだと思います。
天龍はそこには生き方の違いがあったといっています。天龍は明日はないその日暮らしのタイプで,鶴田は明日を見据えるタイプだったといっているのですが,このその日暮らしの生き方を教えられたのは相撲協会からだったと天龍が回顧しているのは面白いところです。
これは基本中の基本に該当しますが,スピノザの哲学では神 Deusと世界の関係は,実体substantiaとその変状affectioすなわち様態modiという関係で示されます。要するに実体と実体の変状substantiae affectioすなわち様態の関係は,僕たちが通常に解するような創造主creaturaと被造物creatorの関係とは異なっているということです。
実体は第一部定義三 でいわれているように,それ自身のうちにありそれ自身によって考えられるもののことをいいます。ただしこれはあくまでもスピノザの哲学における定義 Definitioであって,実体という語自体は哲学においても一般的にも使われている語であり,スピノザがその哲学用語をそのように定義し直したと解するのがよいでしょう。
一般的に実体という語が用いられる場合は,その上で様ざまな変化が生じるけれども,それ自体は同一に留まるもののことを意味します。実際にはいくつもの規定がそこに付加されることになるのですが,それ自体がその規定から分けて考えることができるのであれば,そのものは実体といわれるということです。いい換えれば付加される規定というのは実体がなければ意味をなさないことになるのであって,規定自体を意味づけるものが実体といわれてきたのが歴史における実体の意味だと吉田はいっています。このことの是非はここでは問いません。
吉田の解釈を採用すると,そもそもこの世界のうちに数多くの実体があるという結論になります。たとえばネコは,白いのもいれば黒いものもいれば三毛もいるというように多種多様です。そしてネコは歩いているかもしれませんし,日向ぼっこをしているかもしれません。しかしどのような色をしていようと,またどのような行動をしていようと,それがネコであるということは否定できません。このように考えれば,ネコは実体であるということができることになります。どのような色をしているのかとか,どのような行動をしているのかといった諸々の規定は,この場合はそれがネコであるということによって意味づけられているのであって,ネコという実体がなければ諸々の規定は何の意味もなさないという関係がここでは成立しているからです。そしてこれはネコの場合だけ妥当するわけではありません。
新潮文庫版の『カラマーゾフの兄弟 』の「大審問官」の中に,キリストという意訳 がみられるということが『生き抜くためのドストエフスキー入門 』では指摘されているわけですが,この意訳が生じる要因がどういうところにあったのかということを,佐藤は推察しています。一言でいえばそれは,日本におけるキリスト教の理解の限界だというのが佐藤の見解です。
キリスト教では,人間は神の似姿として創造されたけれども,自由意志を悪用してしまったので罪の中に沈んでしまったという考え方があります。いわゆる原罪といわれるものです。この原罪を人間は自力で解消することができません。そこでそれを解消するために,神はイエスを地上に送り,そこから原罪からの救済が始まるのです。ただしこれは救済が開始されるということを意味するのであって,救済が完了するということを意味するのではありません。
イエスは十字架に架けられた上で処刑され,その後に復活します。復活したイエスはすぐに来ると言い残して天に上ります。しかしイエスは未だに戻ってきていません。救済の完了とはイエスの再来を意味するのですが,イエスは再来していないので救済は完了しておらず,現在もまだ終末期にあり,佐藤のいい方に倣えば,終末が遅延しているのです。
この間に,自分こそがイエスの再来であると自称する者が現れたとしたら,その人間は偽イエス,偽キリストということになります。ここでは仮定としていいましたが,実際にそうした人間はいたのであり,ロシアにはとくに多かったのだと佐藤は指摘しています。佐藤によればドストエフスキー はこのことを踏まえて「大審問官」を書いているのです。したがって,原卓也によってキリストと訳されている部分は,偽キリストという意味かもしれないのであって,確かにキリストという解釈も可能ではあるのですが,偽キリストという解釈も可能な文章になっていると佐藤はいっています。
この指摘は心得ておかなければならないでしょう。「大審問官」を読むときに,キリストという文脈だけで理解するのは危険があるようです。
これとは別の見方として,デカルト René Descartesもそれに従っている,ユダヤ教あるいはキリスト教的な創造主としての神Deusを,世界に対して外的なものでなく内的なものとしてみる解釈もできます。すなわち,神の自由意志voluntas liberaを想定して,その自由意志の下に神によって産出されることになる被造物としての世界が,創造主としての神のうちに余すところなく含まれているので,被造物としての世界が神の外部に出ることはあることも考えるconcipereこともできないとする見方です。ただこの見方は,第一部定理一五 については十全に説明しているといえますが,第一部定理一八 については十全には説明しきれません。神があらゆる被造物の内在的原因 causa immanensとして働くagereのであれば,包み込む存在existentiaである筈の神が,部分的にではあれ世界の内に包み込まれる事態も想定しなければなりませんから,これでは神が世界を包み込むこと自体が成立しなくなってしまうからです。
吉田はここではいっていませんが,ここには重大な指摘が含まれているといわなければならないでしょう。第一部定理一五を理解するときに,ここでは神の自由意志をもち出しましたから,というのは吉田がそのように説明しているからなのですが,第一部定理三二系一 により,それがスピノザの哲学に該当しないということはそれ自体で明らかです。しかしこの説明は,神の自由意志を,神の本性 naturaの必然性necessitasといい換えても成立するでしょう。そしてスピノザは第一部定理一六 では,神の本性の必然性necessitate divinae naturaeから無限に多くのinfinitaものが無限に多くの仕方で発生するといっているのです。なのでこのときにこれらの定理Propositioを,ユダヤ教あるいはキリスト教における神と世界の関係にあたる,創造主と被造物という関係でみること自体が,実は誤解なのであるということがここでは指摘されているのです。神がなければ何もあることも考えることもできないということはスピノザの哲学においてもその通りではあるのですが,それは神が創造主であって世界が被造物である,あるいは世界を構成する各々の個物res singularisが被造物であるという関係を,十全に示しているというわけではないのです。このような仕方で神と世界の関係を解さないように注意しなければなりません。
第69回金盃 。本田正重騎手がこのレースの馬場への入場のときに落馬して肋骨を4本骨折したため,クリノドラゴンは安藤洋一騎手に変更。
ヒミノフラッシュ,セイカメテオポリス,ローズボウル,クリノドラゴンの4頭は発馬後にすぐ控えました。好発はアイブランコでしたがすぐ外からヒーローコールが前に出ての逃げ。ラッキードリームとリベイクフルシティが2番手で追い4番手にタイガーチャージ。4馬身差でミヤギザオウ。1馬身差でヴィアメント。2馬身差でキリンジ。1馬身差でアイブランコ。2馬身差でカイルとヴェルテックス。1馬身差でローズボウル。2馬身差でヒミノフラッシュ。1馬身差でマンガン。2馬身差でセイカメテオポリス。最後尾にクリノドラゴンで発馬後の向正面を通過。正面に入ってペースが落ちたので各馬の間隔は縮まり,最後尾だったクリノドラゴンが9番手まで進出しました。最初の1000mは66秒1の超スローペース。
2周目の向正面ではヒーローコール,リベイクフルシティ,ラッキードリームが半馬身の間隔で前を占め,3馬身差でタイガーチャージとミヤギザオウとヴィアメント。さらに3馬身差でキリンジ。3コーナーでは前の3頭が横並びになりましたが,一気にスパートしたキリンジが外から捲り,勢い余ってかなり外に出てしまいましたが,直線の入口では先頭。そこからは離す一方となって圧勝。2着争いは前で粘った馬と差し込んできた馬で大激戦になりましたが,好位からしぶとく脚を使ったミヤギザオウが制して6馬身差の2着。逃げたヒーローコールが半馬身差で3着。
優勝したキリンジ はこれが南関東転入初戦。JRA時代はジャパンダートダービーでの2着があり,その後に転入した兵庫では昨年のJBCクラシックで3着に入りました。実績からは南関東重賞では上位ですから優勝候補の1頭とみていましたが,圧勝になりました。ただこれは距離が影響したための着差という面があり,額面通りに受け取っていいかは分かりません。とはいえ重賞や大レースでも通用する馬ですから,距離が短くなっても今後も好走は必至の馬だと思います。父はキズナ 。母の父はルーラーシップ 。母の5つ上の半兄が2014年に鳴尾記念と毎日王冠を勝ったエアソミュール で3代母がアイドリームドアドリーム 。
騎乗した大井の笹川翼騎手は戸塚記念 以来の南関東重賞21勝目。金盃は初勝利。管理することになった大井の渡辺和雄調教師は南関東重賞13勝目。第61回 以来となる8年ぶりの金盃2勝目。
吉田はスピノザの考え方を,その本性 essentiaに存在existentiaが含まれている何か,いい換えれば第一部定義一 により,自己原因 causa suiである何かが,世界の内側から働いているから,自己原因ではない世界は存在するというように説明します。いうまでもなくこの何かは神Deusです。これだと結局のところスピノザも神をもち出しているのですから,吉田が例に挙げているデカルト René Descartesと変わるところはないようにみえるでしょう。しかし第一部定理一八 には意味があるのであって,超越的原因causa transiensとして神をもち出すのと内在的原因causa immanensとして神をもち出すのとでは,意味が異なるのだと吉田はいっています。そこで,内在的原因としての神というのが,どのような神であるのかということ,とくにそれは超越的原因としての神とはどのように異なるのかということを検証していきます。
第一部定理一五 は,存在するすべてのものは神のうちにあるといっています。神が内在的原因であるということは,世界のすべてのものの内側で神が原因として働いているということを意味しなければなりません。これはそれ自体で明らかですから,これ以上の説明は不要でしょう。その一方で,すべてのものが神のうちにあるのだとすれば,このふたつ,つまり第一部定理一五と第一部定理一八は矛盾するのではないかという疑問が生じておかしくありません。ですがスピノザの哲学ではこれらは矛盾なく両立するのです。
神が世界に内在するというのは,たとえば山には山の,海には海の神が,同様に台所には台所の神が,便所には便所の神がというように,無数の神が世界のうちに内在するということを意味するのではありません。スピノザの哲学はそう理解してはいけないのです。むしろそのような仕方で第一部定理一八でいわれていることをイメージしてしまうと,スピノザがこの定理Propositioでいわんとするところを正しく理解することが困難になると吉田は指摘しています。このようなイメージで理解される神,正確にいうと無数の神ですから神々はというべきでしょうが,こうした神々は世界の全体を包摂するのには貧弱すぎる,吉田のことばをそのまま用いれば,そのような神々は世界の全体を包み込むにはしょぼすぎるです。
スピノザがフォールブルフ Voorburgから出した最後の書簡として『スピノザ往復書簡集 Epistolae 』に収録されているのが書簡四十一で,1669年9月5日付でイエレス Jarig Jellesに宛てて出されています。遺稿集Opera Posthuma にも掲載されました。原書簡は発見されていないのですが,スピノザとイエレスとの間の書簡は,宛先がはっきりしていないけれどもイエレス宛であろうと推測されている書簡八十四を除くと,オランダ語でやり取りされていたので,この書簡も原書簡はオランダ語であったと推定されます。他面からいうと,書簡八十四の原書簡がラテン語であったということは,もしかしたらこの書簡はイエレス宛ではなかった可能性もあると想定しておく必要があるでしょう。
この書簡はイエレスが最初は口頭で,後に書簡によって質問した事柄の解答になっています。ただしその書簡は遺稿集に掲載されていないので,具体的にどのようなものであったのかは不明です。もっともスピノザの解答から,水圧に関連するものであったのは間違いありません。この書簡に限らず,イエレスとスピノザの間の書簡は,スピノザからイエレスに宛てたものだけが遺稿集に掲載されていて,イエレスからの書簡は何も掲載されていません。そして後にイエレスからの書簡が発見されるということもなかったので,現行の『スピノザ往復書簡集』にもイエレスからスピノザへの書簡は掲載されていません。一般的にいってスピノザからの返信を遺稿集に掲載するのであれば,その返信の元になった書簡も掲載する方が分かりやすいでしょうから,こうした事情になったのは,編集者のひとりであったイエレス自身の意向が働いたからであったと思われます。
内容は自然科学に関するもので,スピノザの思想とは一切の関連をもちませんからここでは詳細は省略します。ただスピノザ自身が科学実験を行っていたということは,この書簡から確定することができます。これはこれで意味あることでしょう。
スピノザはこの後でハーグDen Haagに居を移します。書簡から確定できるのは,1669年9月にはスピノザはまだフォールブルフのダニエル・ティードマンの家に寄宿していたということだけです。
このように考察すれば,このこともまた内在の哲学と深い関係を有していることが理解できると思います。もしある属性attributumとそれとは別の属性が,数によって区別することができるとすれば,ある属性の世界と別の属性の世界も数によって区別することができることになります。したがってある属性からは別の属性の世界が外部の世界であることになりますし,別の属性の方からある属性の世界は別の世界であることになります。つまりそれぞれの世界の外部に別の世界があるということになるでしょう。つまり自身の世界には外部があるということになるでしょう。しかし実際にはある属性と別の属性は数によって区別することができるわけではなく,各々が唯一の属性ですから,各々の属性の世界もまた唯一の世界ということになるでしょう。したがって唯一の世界の外部に別の世界があるということは不条理です。あるいは同じことですが,唯一の世界に外部があるということは不条理です。つまり数の区別distinguereがいかなる区別であるということと,外部があるかないかということは大いに関連しているのです。つまり数という概念notioと内在という概念の間には,一定の関連があるのです。そして僕たちはこうした論理構成の下に,僕たちの世界,いい換えれば物体的世界の外部に別の世界があるということを否定するnegareようになるのですし,同じことですがこの物体的世界の総体としての全宇宙の姿facies totius Universiには外部はないと確知するcerto scimusことができるようになるのです。
僕が吉田のこの部分の考察からいっておきたかったのはこのことだったのですが,吉田の考察そのものはここで終わっているわけではありませんし,このままでは中途半端ですから,そちらを先に進めていきます。
世界の外部がないとしても,世界の原因causa自体は求められなければなりません。これは第一部公理三 から明白です。外部がない以上はその原因を外部に求めることはできないのですから,当然ながらそれは内部に求められることになります。世界は自己原因 causa suiではありませんが,それが現に存在しているということ自体はだれにも否定することができません。これを両立させるスピノザの理論を,吉田は説明していきます。
一昨日と昨日,伏見稲荷大社 で指された第74期王将戦 七番勝負第二局。
藤井聡太王将の先手で永瀬拓矢九段の横歩取り 。実戦的には後手の方が指しやすい将棋であったように僕には思えました。
ここで先手が☗2四歩と打ったのですが,この手は後手の予想になかったようです。
☖同歩と取るのは当然で,☗同飛。そこで☖2二歩 と下から受けたのですが,この手が問題だったようです。
これはいずれ☗2三歩と打たれたら☗2二歩成を放置するわけにはいかないので☖同歩と取ることになるでしょう。ただ☖2二歩の局面ですぐに打つ必要は先手にはなく,いずれ好機に打てばよく,実戦はそのように進みました。
☖2二歩でなく☖2三歩だとそのようにはいかず,先手は☗同角成を決行するか,☗9二歩成☖同飛☗8四飛のように進めるかすぐに決めなくてはなりません。その分だけ後手に得があるので,ここは☖2三歩の方が優っていたことになりそうです。
藤井王将が連勝 。第三局は来月5日と6日に指される予定です。
第一部定理一四系一 では,神 Deusは唯一 であるといわれています。これを理解するときに重要なことは,この唯一というのは数を示すわけではないということです。つまりこれはふたつでもみっつでもなくてひとつであると解するのは危険なのであって,むしろ神は数によっては示すことはできないと解する方が安全なのです。なぜなら,これは『スピノザと表現の問題 Spinoza et le problème de l'expression 』でドゥルーズGille Deleuzeが強調していることですが,もしもあるものを数によって区別することができるのであれば,その区別distinguereは様態的区別であって実在的区別ではないからです。他面からいえば,実在的にrealiter区別されるものは,本来的には数によっては区別することができないのです。
ある属性attributumとそれと別の属性は実在的に区別されます。なので本来的にはこのある属性と別の属性はふたつの属性であるというのは,あまり好ましくないいい方なのです。むしろある属性は唯一の属性であり,別の属性もまた唯一の属性であると解する方が適切です。僕たちはことばの上ではこのようにある属性と別の属性を示すことはできますが,第一部公理五 によって,これらの属性の認識 cognitioにそれらの属性は関連しません。ある属性を認識するcognoscereことによって別の属性を認識することができるわけではありませんし,別の属性の方を認識することによってある属性の方を認識することができるようになるわけではないからです。
このことから理解できるのは,第一部定義六 により,神の本性essentiamは無限に多くの属性infinitis attributisによって構成されるわけですが,この無限に多くのというのは数を示すわけではないということです。むしろ無限に多くの唯一の属性がある,あるいは同じことかもしれませんが,唯一の属性が無限に多くあると解する方が適切なのです。僕たちは延長の属性Extensionis attributumとその延長の属性に対応する思惟の属性Cogitationis attributumだけを認識するので,その延長の属性と思惟の属性によって本性を構成される実体substantiaとして神を認識することになります。このことは延長の属性にだけ妥当するわけではなく,一般にXの属性の様態はXの属性とそれに対応する思惟の属性によって神を認識するのであって,そのような仕方で神は唯一であるという認識に最終的に至るのです。
松坂記念の決勝 。並びは深谷‐郡司‐岩本の南関東,古性‐岩津の西日本,山田‐小川の九州で佐藤と浅井は単騎。
古性と郡司がスタートを取りにいきました。その後でちょっと牽制になったのですが,古性は最初から前受けをするつもりはなかったようで,誘導の後ろに入ったのは郡司。深谷の前受けとなり,4番手に古性,6番手に浅井,7番手に佐藤,8番手に山田で周回。残り3周のバックから山田が上昇し,ホームの入口では深谷の横に。深谷が突っ張ったので山田は引きましたが,外に出した古性が追い上げて,山田の外に並んで打鐘。4番手は山田,小川と順に古性を弾き,山田が確保。浅井がインから追い上げて小川の後ろに入り古性は7番手に。バックから浅井が捲っていくとそれに合わせて山田も発進。浅井は内に下りようとして佐藤と接触。佐藤,小川,岩津の3人が落車。残り1周のホームの出口から深谷との車間を徐々に開けていった郡司は山田を引き付けてから踏み込んで優勝。山田が半車身差で2着。郡司マークの岩本が4分の3車身差で3着。
優勝した神奈川の郡司浩平選手は小田原記念 以来の優勝で記念競輪21勝目。松阪記念 は連覇で2勝目。2019年の共同通信社杯 も当地で勝っています。このレースの注目点はふたつで,ひとつは深谷‐郡司という強力な並びを分断しにいく選手がいるかということで,もうひとつは仮に南関東勢がすんなり先行となった場合に古性が捲れるのかといううこと。だれも分断策には出ず,古性の位置取りが悪くなりましたので,郡司には最高の展開になりました。引きつけずに発進すれば岩本とのワンツーになったと思われますが,これは先行した深谷をなるべく上位に残すための走り方で,基本的に郡司はこのような走行をします。古性は深谷が突っ張ることを見越して,動かずに岩本の後ろを回っていた方がよかったでしょう。これは作戦の失敗だと思いますが,山田がよく頑張ったともいえると思います。
このように考察を進めてくると,このことはこれまでに探究したことがあるいくつかの事柄とも深く関連しているように僕には思えてきました。
第二部定理七系 でいわれているように,神が思惟する力Dei cogitandi potentiaは神が行動する力agendi potentiaと等しいので,ある形相的有esse formaleが何らかの属性attributumのうちに存在するなら,その観念ideaが思惟の属性Cogitationis attributumのうちにあることになります。このとき,書簡六十四 および書簡六十六 でスピノザがいっていることは,Aの属性のある個物res singularisの観念と,それとは別のBの属性の個物の観念は,同じように観念という思惟の属性の個物であるのだけれど,それらは様態的にmodaliter区別されるのではなく実在的にrealiter区別されなければならないということであると僕は解しました。もしもそれらが様態的に区別されるのであれば,たとえばAの属性の個物はAの属性の様態modusだけを認識するcognoscereのではなく,Bの属性の様態も認識することになるでしょうし,そればかりではなく無限に多くのinfinitaすべての属性の様態も認識されることになります。しかしそれらの書簡でスピノザは明確にそれを否定しています。ということは,各々の属性の観念の区別distinguereは様態的区別ではなく実在的区別でなければならないのです。
もしもそれらが様態的区別であれば,僕たちは僕たちにとっての未知の属性の個物の観念も有することができるといわなければなりません。チルンハウス Ehrenfried Walther von Tschirnhausはこの路線でスピノザの主張を解していたのです。そしてこの場合は,僕たちは僕たちの世界と別の様態によって構成される別の世界を認識することができるようになりますから,僕たちの世界の外部に別の世界があるというように認識することになります。いい換えれば僕たちの世界には外部があると認識します。ところが実際にはこのチルンハウスの解釈は誤りerrorで,物体corpusの観念と未知の属性の個物の観念は実在的に区別されるのですから,僕たちの精神mensがそうしたものを認識することはありません。よって僕たちは僕たちの世界以外の世界を認識することがないので,僕たちの世界の外部には別の世界はないと結論することになります。つまり僕たちの世界には外部はないという結論に至るのです。このように,この区別も内在と関連するのです。
昨年の競輪の表彰選手 は22日に発表されました。当ブログに関連する選手を紹介していきます。
最優秀選手賞は大阪の古性優作選手。オールスター ,寛仁親王牌 ,グランプリ とビッグを3勝。和歌山記念 ,松山記念 ,函館記念 ,富山記念 と記念競輪は4勝。グランプリを勝ってGⅠも2勝ですから当然でしょう。2021年 ,2023年 に続き2年連続3度目のMVP。
優秀選手賞はふたり。まず福井の脇本雄太選手。ウィナーズカップ ,競輪祭 とビッグは2勝。福井記念 ,向日町記念 と記念競輪は2勝。2018年 と2019年 に続き優秀選手賞は5年ぶり3度目の受賞。
もうひとりは神奈川の郡司浩平選手。全日本選抜 を優勝。川崎記念 と小田原記念 を制覇。優勝以外の安定した成績でふたり目に滑り込んだ感です。2020年 と2021年に続く3度目の優秀選手賞。
優秀新人選手賞は愛知の纐纈洸翔選手。ヤンググランプリ を優勝。脚力的にはヤンググランプリ出走選手の中にはもっと上の選手がいましたが,実績を得たことでの受賞でした。
特別関東選手賞は神奈川の北井佑季選手。高松宮記念杯 を優勝。北井は選手歴は浅いですが若いわけではないので,これからの数年が本当の勝負どころだと思います。
国際賞とガールズ競輪はこのブログで扱っていないので割愛します。
第一部定理五 から内在の哲学が必然的にnecessario帰結することになっているとはいえ,この定理Propositioは僕がいうところの名目的定理であって,複数の実体substantiaが存在することが否定されているわけではありません。実際は第一部定理一四 にあるように,実在する実体は神 Deusが唯一なのですから,このこと自体に大きな意味がないように感じられるかもしれませんし,このような論理的帰結に何か意味があるようにも思えないかもしれません。なので実在的な意味からも説明を加えておくことにします。
神という実体が唯一の実体として存在しているのですが,この神の本性 essentiaは第一部定義六 から分かるように,無限に多くの属性infinitis attributisから構成されています。僕たちが認識するcognoscereことができるのは延長の属性Extensionis attributumと思惟の属性Cogitationis attributumですから,僕たちが認識することができない無限に多くの属性があるわけです。これを神からみれば,それらの属性のどれを抽出したとしても,それが神の外部にあるということはできません。たとえばその属性のうちでどのようなことが生じたとしても,やはり第一部定理一八 にあるように神は内在的原因 causa immanensとしてその事象に対して働くagereのですから,神には外部がないということは明白でしょう。
では僕たちにとって,僕たちに未知の属性において生じるある事象は,僕たちの外部にあるといえることができるのかといえば,そうではありません。もしも僕たちがその事象を認識することができればそれは僕たちの外部にあるということができないわけではありませんが,それは僕たちには認識することができないからです。だから僕たちが認識することができる世界には外部がないのであって,これは僕たちが認識することができない属性の内部にある事物からみても同じことです。その属性の内部にある事物は,延長の属性を認識することができないのですから,僕たちの世界はその事物にとって外部にあるわけではなく,その事物の世界には外部がないということになるからです。なお,第一部定理二一と第一部定理二二 から,どのような属性にも直接無限様態と間接無限様態があると解さなければなりませんから,僕たちが認識しているような世界は,すべての属性のうちにあるでしょう。
ダイオライト記念トライアルの昨晩の第61回報知グランプリカップ 。岡村健司騎手が一昨日の3レースで落馬し左の骨盤を骨折したためホウオウトゥルースは沢田騎手に変更。
キングストンボーイは立ち上がって2馬身の不利。外からジョーパイロライトがハナを奪い,2番手にリンゾウチャネル。2馬身差でムエックスとギガキング。2馬身差でホウオウトゥルースとサンテックス。あとは差がなく,ユアヒストリーとキングストンボーイ,アドマイヤルプス,テンカハルとジョエル,キタノオクトパス,ナニハサテオキ,マコトロクサノホコの順で発馬後の正面を通過。向正面に入ってギガキングが単独の3番手に上がり,ムエックスの直後までキングストンボーイが巻き返してきて,2馬身差でサンテックス。この後ろが4馬身ほど離れました。最初の800mは49秒9のミドルペース。
3コーナーを前にリンゾウチャネルがジョーパイロライトに並びかけていき,コーナーの入口ではリンゾウチャネルが前に出てジョーパイロライトは後退。ギガキングとキングストンボーイが2番手を併走で追い,ムエックスが内から,サンテックスは外から追撃。直線に入る前にギガキングは後退。ムエックスが外からリンゾウチャネルの前に。内を回ってきたムエックスと外を回ったサンテックスが追い上げてきて,3頭の争い。直線先頭のキングストンボーイが追い上げを振り切って優勝。内のムエックスが4分の3馬身差で2着。外のサンテックスは2馬身差で3着。
優勝したキングストンボーイ は勝島王冠 からの連勝で南関東重賞2勝目。このレースは能力だけでいえば半数以上の馬が勝っておかしくないと思えるメンバー構成。近況も加味すれば上位は3頭と思われましたが,その3頭で上位を独占しましたので,概ね現状の力通りの決着になったとみていいでしょう。上位馬が力を出し切った中で勝ち切ったことは評価に値しますが,2着馬と3着馬はそれほどの差はない筈で,次は逆転というケースもあり得ると思います。父はドゥラメンテ 。母は2005年のフェアリーステークスと2006年のフィリーズレビューを勝ったダイワパッション 。3つ上の半兄が2018年の皐月賞 を勝ったエポカドーロ 。
騎乗した大井の御神本訓史騎手は勝島王冠以来の南関東重賞73勝目。第47回 以来となる14年ぶりの報知グランプリカップ2勝目。管理している大井の渡辺和雄調教師は南関東重賞12勝目。報知グランプリカップは初勝利。
これはこの部分の吉田の探究とは無関係ですが,この指摘は重要だと思われますので,詳しく検討しておきましょう。第一部定理五 は,スピノザの哲学の特徴のひとつである内在の哲学と関連するのです。
第一部定理五がいっているのは,同一の属性attributeを有する複数の実体substantiaeは存在しないということです。この定理Propositioは複数の実体が存在するとしても,それらの属性は同一の属性を有することはないという意味であって,実際には後の第一部定理一四 でいわれているように,実在する実体は神 Deusだけですから複数の実体は存在しないのですが,そのことは前提されていません。それでもこのことが論証されると,ある実体がほかの実体の原因 causaであったり結果effectusであったりすることはできないということは出てきます。これは次の第一部定理六 でいわれていることであり,ここでも複数の実体が存在すればという仮定の下にいわれているのであって,複数の実体間では因果関係が発生することはないといわれています。これはそれ自体で明らかだといえるでしょう。というか,そういう仮定がなければ第一部定理六は何も意味を有することができなくなってしまいます。
このことから理解できるのは,仮にふたつの実体が存在すれば,ある実体の外部に別の実体があることになるでしょう。このふたつの実体の間には因果関係が生じようがないからです。したがってこれらの実体をAとBであるとすれば,Aの外部にBがあり,Bの外部にAがあるということになります。よってAにもBにも外部があるようにみえるのですが,ことはそう単純ではありません。というのもAとBは同一の属性によって本性 naturaを構成され得ないので,Aの内部からBを認識するcognoscereことはできませんし,Bの内部からAを認識するということもできないからです。これは第一部公理五 から明らかです。よってAの内部からは外部があるとの認識 cognitioはできず,それはBの内部からも同様です。したがってそこにはふたつの内在世界だけがあることになり,それぞれは外部を有さないことになります。よって同一の属性を有する複数の実体が存在しないという第一部定理五から,内在の哲学が必然的にnecessario帰結されることになるのです。
昨晩の第51回ブルーバードカップ 。福原騎手が個人的都合で騎乗できなくなり,ノーブルプラチナは室騎手に変更。
バリウィールが内に寄るような発馬になり,クァンタムウェーブはやや不利を被りました。ミストレスが逃げて2番手にメルキオル。リヴェルベロと巻き返してきたクァンタムウェーブが並んで3番手。4馬身差でウィルオレオールとバリウィール。3馬身差でジュゲムーン。1馬身差でカセノタイガー。6馬身差でテディージュエリー。4馬身差の最後尾にノーブルプラチナと,早い段階で縦長の隊列となって発馬後の正面を通過。向正面に入りミストレスのリードが2馬身くらいに。メルキオルの後ろはクァンタムウェーブが単独の3番手になり,2馬身差でリヴェルベロとバリウィールに。最初の800mは48秒6のハイペース。
3コーナーでメルキオルが外からミストレスに並びかけるとミストレスは後退。メルキオルが先頭に立ち2番手にクァンタムウェーブ。直線にかけて3番手との差が6馬身くらい離れ,2頭の優勝争い。メルキオルが直線に入ってすぐに差を開くとクァンタムウェーブがまた差を詰めましたが,フィニッシュにかけてまた差を広げていったメルキオルが優勝。クァンタムウェーブが2馬身差で2着。ミストレスの外から追い込んできたウィルオレオールが4馬身差で3着。ミストレスが1馬身半差の4着でミストレスの内から追い上げてきたジュゲムーンが4分の3馬身差で5着。
優勝したメルキオル は重賞初挑戦での優勝。デビューから2戦は芝で大敗。3戦目のダート戦で2着に2秒3もの差をつけて勝ち上がると続く特別戦も5馬身差の圧勝。今年に入って芝のオープンは大敗でしたが,ダートでは底を見せていませんでした。ここは同じようにJRAのダートで2勝をあげているクァンタムウェーブとの優勝争いとみていましたがその通りのレースに。クァンタムウェーブは発馬直後にやや不利があったのも事実ですが,レース内容はメルキオルの方が上でしたので,現時点では2頭の間には着差以上の能力差があるように僕には感じられました。母が2014年にフローラステークスを勝ったサングレアル でその父がゼンノロブロイ 。祖母がビワハイジ で3代母がアグサン 。Melchiorは新約聖書の東方の博士の名前。
騎乗した川田将雅騎手 はブルーバードカップ初勝利。管理している松永幹夫調教師は第50回 からの連覇でブルーバードカップ2勝目。
スピノザはこのような考え方を採用しません。第一部定理一八 で明言されているように,神 Deusは超越的原因causa transiensではないからです。なのでそういう考え方を採用しないというより,そういう考えを斥けるといった方が的確でしょう。これは,ここでは次のように理解するのがよいと思います。
世界の外的原因として神があるとすれば,世界の外部に神があって,その外部の神が世界の存在existentiaおよび作用の原因となるという意味です。このとき,世界の外部に神があるのですから,神の側からみたら,世界は神の外部にあるということになるでしょう。これに対して第一部定理一八がいっているのは,神は超越的原因ではなく内在的原因causa immanensであるということなので,神の側からみたときは,世界は神の外部にあるのではなく神の内部にあるということです。しかしこれはただそのことだけを意味するのではなくて,神の外部には何もないということ,より正確にいえば,神には外部がないということも意味するのです。そしてそのことが,世界の側からみても同じなのです。すなわち世界は神の内部にあるということになるのですが,それはそのことだけを意味するわけではなくて,世界の外部に何かがあるというわけではないということ,これもより正確にいえば,世界には外部そのものがないということを意味するのです。スピノザは第四部序言 の中で神と自然Naturaを同一視するようないい回しを用いていますが,ここでいわれている自然は世界と読み替えてもよいわけで,神の外部には何もないということと,世界の外部には何もないということは,スピノザの哲学では事実上は同じ意味を有することになるのです。実際に当該部分の探究で,吉田はスピノザの哲学では世界の外部には何もない,というかより正確に世界には外部はないといういい方をしています。
これは,第一部定理五 からの必然的なnecessarius帰結であるという説明を吉田はしています。もしも僕たちの世界の外部に別の世界があれば,その世界ももうひとつの世界にほかならず,同じ属性attributumを有する複数の実体substantiaが存在しない以上は,そういう世界は存在しないか,そうでなければ僕たちの世界と同一の世界であるかのどちらかになるからです。
⑧ でいった東京都体育館 での一件についての馬場に対する進言について,谷津は次のように説明しています。
このシリーズの終了後に谷津は全日本を退団してSWSに移籍したわけですが,この日の時点でそれはもう決定していました。これは馬場が知っていたかどうかは別であって,谷津にとっては決定していたということです。馬場はもしかしたらそれに感づいていたかもしれませんし,むしろ何も知らず,次のシリーズ以降も谷津は出場し続けると思い込んでいたかもしれません。どちらであるかによって馬場の対応は変わってくる筈なので,この点は重要なのですが,不明なので仕方がありません。
谷津は全日本でお世話になったので,移籍するにあたって置き土産を残したいと考えました。そこで馬場に,天龍源一郎 が退団したのでタイガーマスクのマスクを取った方がいいのではないかと進言したそうです。このとき全日本のブッカーはザ・グレート・カブキ が務めていました。これは重大な事案,というのはタイガーがマスクを外せばその後の全日本のリング上での出来事が変じてくるので,馬場の一存では決められず,馬場はカブキに相談したそうです。するとカブキがいいのではないかと言ったので,そういう方向に進んだというのが谷津の説明です。
カブキもすぐにSWSに移籍したのですが,この時点ではそれが決まっていて,谷津もそれを知っていたそうです。このことについては馬場はたぶん知らなかったのだろうと推測できます。カブキがブッカーを務めていたということについて谷津がここで噓を言う必要はありませんから,これはたぶん事実だったのでしょう。なのでこの件について,馬場がカブキに相談したというのも事実であったのだろうと僕には思えます。しかしもしもカブキが退団するということを馬場が知っていたとすれば,この時点でカブキにそのような大役を任せるわけがありません。なので谷津の場合とは異なり,カブキについては,SWSに移籍することが決まっているということを馬場は知らなかったと確定してよいのではないでしょうか。
同一の本性 essentiaを有するものはそのものが存在するために外部に原因causaを有するわけですが,第一部公理四 により原因の認識 cognitioは結果effectusの認識を含むのですから,原因さえ正しく認識するcognoscereことができるなら,吉田が示しているような集落に20人の人間が現実的に存在しているという結果も正しく認識されることになるでしょう。したがって,原因,原因の原因,その原因というように無際限に辿っていけば,この結果を正しく認識することができるというのが論理的な帰結になります。そしてその論理的帰結がこの集落が現実的に存在している原因であることになります。
ここでは集落が例として挙げられていますが,これはもっと大きな集団と規定しても同じ論理的帰結となります。したがって,現にこの世界が存在している原因というのも,このように辿っていけば正しく認識することができるという論理的帰結となるのです。いい換えればこのような原因と結果の因果的連結の総体のことが,スピノザがいっているような世界であるということになり,他面からいえばスピノザは世界というものをそのように規定していることになります。ただし,この世界というものも,自己原因causa suiとして存在しているわけではありませんから,問題が解消されることになるわけではないのです。つまり,ある集落に20人の人間が現実的に存在しているかという問いと,世界はなぜ現実的に存在しているのかという問いは,本質的には同一であることになります。ではなぜ世界は存在するのでしょうか。
デカルト René Descartesはそこで世界の外的存在としての神Deusをもち出してくると吉田はいっています。ただこれはこの部分の講義がデカルトの部分から地続きになっている影響があると僕はみます。むしろ僕たちはこういう場合に神というものをもち出しがちなのであって,それがデカルトに特有のことであるというようには僕は考えないです。ただここでひとつ重要なのは,この神が世界に対しての外的な原因として設定されているという点です。こうした原因は超越的原因causa transiensといわれます。つまり一般にこのような仕方で神を世界の原因としてもち出すときには,神は世界の超越的原因と設定されているのです。
スピノザは『エチカ』の第一部付録の中で,帰無智法 は帰謬法とは異なるのだという主旨のことをいっています。スピノザがいっている帰無智法というのがいかなる方法を意味するのかということはすでに説明しましたから,ここで帰謬法というのがいかなる方法であるのかを説明しておきましょう。なお,スピノザ自身はそこで帰謬法がどのような方法であるのかを説明しているわけではありません。これは,帰謬法というのは一般的な方法であるのに対して,帰無智法というのはスピノザが命名したある方法のことを指すからです。つまり用語としていえば,帰謬法というのは一般的な用語ですが,帰無智法というのはスピノザがそこで使用した以外にはほぼ使われることがない用語です。
少なくとも哲学や数学,論理学などでは一般的用語ですが,僕は帰謬法という用語を使用したことはたぶんなかったと思います。当該部分で帰謬法と訳されているからここでも帰謬法といっただけであって,僕は基本的に背理法といいます。帰謬法と背理法はもしかしたら厳密には差異があるのかもしれませんが,僕は同じものと解しています。なので僕が背理法という用語を使っている場面は,それを帰謬法といい換えても成立すると僕は考えています。分かりやすい例をあげれば,スピノザは第一部定理一四証明 で,神 Deusのほかに実体substantiaが存在するという仮定を与え,第一部定義四 によってその実体の本性essentiamは何らかの属性attributumによって構成されるけれども,第一部定義六 によって,神が無限に多くの属性infinitis attributisによってその本性を構成する以上は,仮定した実体の本性は神の本性を構成する属性と同一になる筈であり,これは第一部定理五 に反するから,そのような実体は存在しないとし,実在する実体が神だけであると結論しています。このように,立てた仮定が不条理であるからそれは成立しないことを論証する方法methodusは背理法といわれ,それを帰謬法と同じ意味に僕は解しているということです。
帰無智法は論証Demonstratioには何の役にも立ちません。他面からいえば帰無智法による論証は無効です。しかし帰謬法すなわち背理法は,論証の方法として有効なのです。
スピノザは第一部定理八備考二 で,同一の本性 essentiaを有する複数のものが存在するなら,そのものの本性には存在existentiaが含まれず,すなわち第一部定義一 により自己原因causam suiではないので,それが存在するためにその外部に原因 causaを有していなければならないという主旨のことをいっています。このことをスピノザは次のような例で説明しています。たとえば20人の人間が現実的に存在するとします。この20人はいずれも人間ですから,人間の本性 natura humanaという同一の本性を有します。このとき,20人の人間が現実的に存在する,より正確にいえばひとりでも19人でも21人でも100人でもなく20人であるということは,人間の本性には含まれません。これは20人ではなく何人であっても同じであって,一般に人間の本性には何人の人間が存在するということは含まれていないのです。しかし第一部公理三 により,結果effectusが存在するためにはその原因も存在するのでなければなりません。よって20人の人間が現実的に存在する場合は,その20人それぞれが外部に原因をもっていなければならないということになります。
吉田はこれをさらに進めます。たとえばある山間部の集落に20人が現実的に存在すると仮定しましょう。このときこの20人はすべて,集落を設立した人びとの子孫であったとします。これでこの20人が現実的に存在する原因が明らかになったかといえば,そうではないと吉田はいいます。なぜなら,集落を設立したのも人間なのですから,その本性に存在が含まれていないということは,現実的に存在しているとされている20人と同じです。したがってその人たちもかつて現実的に存在するようになった原因を外部にもっていなければなりませんし,またこの集落が設立されたのであれば,その人たちが集落を設立した原因といったものもこの人たちの外部にあることになるでしょう。なので,特定の集落を抽出して,その集落にある一定数の人間が現実的に存在するということを説明するために,現に存在しているその人びとの存在するようになった原因だけを特定しても不十分であることになります。そうしたことはすべて人間の本性には含まれていないからです。
昨年の11月のことになりますが,亀山郁夫 の『ドストエフスキー 五大長編を解読する』という本を読み終えました。これはNHKの100分de名著というテレビ番組の別冊として出版されているもの。この100分de名著のシリーズは何冊か出ていて,その中には読んでみたいものがいくつかありました。最初にどれを読むのがよいかと考えていたのですが,これを選択しました。出版されたのは2022年1月です。
亀山は100分de名著の講師を2回務めています。最初が2013年2月に放送された『罪と罰 』で,次が2019年12月に放映された『カラマーゾフの兄弟 』です。この本の第1章は『罪と罰』,第3章が『カラマーゾフの兄弟』で,このふたつはそのときの番組のテキストに加筆と修正を加えたもの。五大長編のうち残るみっつの『白痴』と『悪霊 』と『未成年』は第2章にまとめられていて,この部分はこの本のために書き下ろされたものです。
テレビ番組という不特定多数を相手にしたものですから,とても難解な内容が含まれているというわけではありませんが,だからといってドストエフスキー の小説を読んでいないという人には十分には理解できないと思います。したがって,テレビでの講義とはいえ,入門書のような性格を有した本ではありません。
一方で,亀山がどのようにドストエフスキーの小説を読解しているのかということを,ある程度以上には知っているという人にとっては,やや物足りなく感じられるかもしれません。亀山は同じNHK出版から『ドストエフスキー 父殺しの文学 』を出版しているわけですが,たとえばそちらをよく読みこんでいたとすると,こちらの内容はそれほど深みが感じられないということになるかもしれません。なので読む順番からしたら,こちらを先に読んで,その後に『ドストエフスキー 父殺しの文学』を読む方がいいかもしれません。この本はその導入というような性格を明らかにもっていますから,いきなりそれを読んだら難しく感じられるかもしれない『ドストエフスキー 父殺しの文学』を,より容易に理解できるのではないかと思います。
内容でとくに気になった部分に関しては,これから順に紹介していくことにします。
デカルト René Descartesの方法論的懐疑 doute méthodiqueを振り返れば,デカルトは自身の思惟Cogitatio,とくに思惟した内容はとにかく疑ったのです。それは,自身の精神mensが能動的に考えるconcipere場合も,受動的に表象するimaginari場合も含めて思惟作用とその思惟内容をすべて疑ったという意味です。その結果effectusとして疑い得ないとした事柄が,すべてを疑っている自分の精神は確実に存在しているということでした。ですからデカルトがこのことを発見したときは,自分の精神が,とくにすべてを疑っている自分の精神が,それ以外のすべての事物から切り離されたものとして発見されたのです。これに対して第二部公理二は,自分が思惟することを現実的に存在する人間は知っているということをいっているのであり,そのことだけを確実に知っているということを意味しているわけではありません。これはそれ自体で明らかといえるでしょう。ですからデカルトが発見したすべてを疑っている自分の精神というのは,デカルトが確実に存在すると認識できる唯一のものですから,確実に存在する自分の存在existentiaのすべてを意味します。しかしスピノザの場合は,確実に存在する自分の存在のすべてを思惟する精神に還元できるわけではありません。それは自分が確実に知っている事柄のすべてではなく,その一部であるからです。ですからこの場合は単に自分が思惟していることを知っているからといって,自分の思惟内容まで疑う必要はありません。要するに方法論的懐疑を実行する必要はないのです。よってそうした疑いを解消するための何か,デカルトの場合でいえば完全な存在としての神Deusのようなものをもち出してくる必要もないのです。
吉田は,スピノザがこだわっているのは,むしろ私も私が思惟している内容も存在しているということの不可思議さにあったといっています。そしてその理由を,私も私が認識している世界も,その本性essentiaには存在が含まれていないからだとしています。いい換えれば,第一部定義一 により,自己原因causam suiではないものが現実的に存在しているということの不可思議さにスピノザはこだわったと吉田はみているわけです。このことの正当性はここでは問うことはせず,吉田のさらなる探究をみていきます。
大宮記念の決勝 。並びは佐々木悠葵‐武藤の関東,寺崎‐脇本‐村上の近畿の番手に佐々木真也の競り,嘉永‐徳永‐嶋田の九州。
村上がスタートを取って寺崎の前受け。寺崎の後ろは内と外が入れ替わりながらの周回。中団を取ったのは佐々木悠葵で後方が嘉永という隊列に。残り2周のホームに入ったところで寺崎の後ろは佐々木真也が内で脇本が外。バックから嘉永が上昇していって寺崎は突っ張る構えからすぐに引き,嘉永が前に出て打鐘。まだスローペース。武藤の後ろになった寺崎がホームに戻って巻き返し,嘉永を叩いて先行。内にいた佐々木真也が番手に入り,脇本は佐々木真也の後ろに。バックに入って脇本が自力で動いていきましたが,それほどスピードが上がらず,後方から発進した佐々木悠葵があっさりと捲り切りました。ただこのスピードに武藤はついていかれず,徳永と接触して徳永と嶋田は落車。単騎の捲りになった佐々木悠葵が抜け出して優勝。捲られはしたものの逃げ粘った寺崎が1車身半差の2着。寺崎マークになった佐々木真也が4分の3車身差で3着。
優勝した群馬の佐々木悠葵選手は昨年7月の宇都宮のFⅠ以来の優勝。記念競輪は2022年12月の高松記念 以来の2勝目。このレースは佐々木真也が事前から競りのコメントを出し,実際にそのようなレースに。脇本は引くような形で3番手になったので,脚は残っているかと思ったのですが,意外なほどスピードが上がりませんでした。車体に何か問題が生じたのかと思うほどでした。佐々木悠葵の捲りはマークの武藤が離れてしまったほど素晴らしいもので,このレースは展開が向いたという感じはありますが,この開催の調子のよさを十分に生かしきったと思います。
第二部定理一三系 では,人間の身体Corpus humanumは僕たちがそれを感じている通りに存在するということが証明されています。デカルト René Descartesは,自分の身体が存在するということは確実視できなかったので,神Deusを通してこのことを論証するに至りました。それに対していえば,スピノザはそのような論証過程を経ずとも,人間の身体が現実的に存在するということを論証したことになります。ただ一方で,このことは,定理Propositioとして論証されているわけですから,僕たちが思惟しているということ,したがって思惟している僕たちの精神mensが現実的に存在するということが公理Axiomaとして,すなわちそれ自体で明らかなこととして示されているのとは異なり,それは自明ではなく,論証されなければならないことであったことも確かです。自分の身体が存在するということについては論証Demonstratioによって確実視されることであるけれど,自分の精神が存在するということについては論証を経ずともそれ自体で確実視できることであるという相違がスピノザの哲学には確かにあるのであって,そのことを僕たちに教えてくれるというだけで,吉田が第二部公理二を援用していることは意味のあることだと僕は考えるのです。
前もっていっておいたように,第二部公理二を援用することによって,吉田はスピノザが私は考えているということを肯定していることを示し,「我思うゆえに我ありcogito, ergo sum」を単一命題と解することによって,精神としての私が存在する私の一側面であるといっていました。いい換えれば,精神としての私が,私としての全存在を意味するのでなく,全存在としての私は精神としての私には汲み尽くされなくなったといっていました。なぜ吉田がそのようにいうのかといえば,私が考えつつ存在するというのであれば,考えている私というのは他と何らの関係も有さないような私ではなく,現に存在し,多くのものと刺激し合っているような私が,考えつつ存在しているということになるからです。これはどこか分かりにくいような説明に感じられるかもしれませんが,僕には正しい指摘であると思えます。これはデカルトがそのことによって考えていたことと比較すれば,容易に明らかにできるでしょう。
書簡十九は1665年1月5日付でスピノザからブレイエンベルフ Willem van Blyenburgに出されたもので,ランゲ・ボーハールトという地名が記されています。これはおそらくシモン・ド・フリース の兄弟姉妹の家の地をより詳しく記したもので,書簡二十一 と同様に,スヒーダム Schiedamから出されたものと考えて差し支えありません。スピノザはここにこれから3~4週間は滞在すると書いていますからこれは確実です。遺稿集Opera Posthuma に掲載されました。
ブレイエンベルフがスピノザに送った最初の書簡が書簡十八で,これはそれへの返信になります。前にもいったように,僕はスピノザとブレイエンベルフの間の書簡を詳しく分析するのは労が多いわりに益が少ないとみていますので,ここでもこの書簡の内容については触れません。ただ重要なのは,この書簡を書いたときにはスピノザがブレイエンベルフは自身と概ね意見opinioが一致しているとみていました。この書簡はそういう前提で書かれているのであって,スピノザがこの書簡で自身の思想の意を尽くそうと努力しているのは,そういう理由に依拠しています。
ここでいう意見の一致というのは,後にスピノザが『神学・政治論 Tractatus Theologico-Politicus 』で示した,聖書は必ずしも真理 veritasを明らかにするものではないということと関連します。つまりスピノザは,ブレイエンベルフと自身の間で,哲学上の結論の相違はあるかもしれないけれども,聖書に従えば真理を確実に知り得るというわけではないという点では一致しているとみていたわけです。
『神学・政治論』では懐疑論者scepticiだけでなく独断論者dogmaticiも非難されています。スピノザがその考えをこの時点でも有していたかどうかははっきりとは分かりませんが,仮にこの時点でそう考えていたとすれば,スピノザはブレイエンベルフが独断論者であるかどうかは分からないけれども,少なくとも懐疑論者ではないと評価していたことになります。実際にはそれはスピノザの思い込みで,ブレイエンベルフは強硬な懐疑論者であったのですが,そのことにスピノザが気付いたのは,書簡二十を受け取ってからだったのです。
吉田の議論が錯綜しているように僕にみえるのは,吉田がこのふたつを地続きで議論しているからです。吉田が地続きで議論することができたことには理由があることを僕は認めます。なぜなら吉田は,デカルト René Descartesが「我思うゆえに我あり cogito, ergo sum」という結論を出したときに,思うということはあるということだという暗黙の前提があって,その前提に基づく三段論法として結論したのに対して,スピノザがそれを読み替えて,これは単一命題であると解釈し直したと解しているからです。しかし,たとえその吉田の説が正しいものであったとしても,「我思うゆえに我あり」というときの思うということについては,デカルトに対して施した解釈と,スピノザに対して施すべき解釈の間に差異があるので,本来は別個に議論されるべき事柄であると解釈しておくのが安全であると僕は思います。よって僕は,吉田の講義は明らかに地続きになっていますが,実際はデカルトに関連する部分とスピノザに関連する部分は個別に考察されているという解釈を採用します。
一方で,吉田がスピノザもデカルトと同じように,私は考えているということについては肯定しているというときに,第二部公理二に訴求しているという点はとても重要で,これは大いに参考になると思います。というのはこの公理Axiomaは,単に現実的に存在する人間は思惟するということだけをいっているのではなく,現実的に存在する人間が思惟するということを僕たちは知っているという意味も同時に含んでいるからです。これは取りも直さず,僕たちは僕たち自身が思惟していることを知っているという意味なのであって,このことが定理Propositioとして証明されているのではなく,公理として示されているということは,このことがそれ自体で明らかであるとスピノザが認めていたということを意味することになるのです。つまりデカルトは確実な事柄を追い求めてついに疑っている自分の精神mensが存在するということは疑い得ないという結論を出したのですが,スピノザも思惟している自分自身が存在することは疑い得ないといっているのであり,これは思惟している自分の精神が存在することは疑い得ないと読み替えられるでしょう。
⑲-17 の下図で後手が☖3九角と打つと,先手は玉を5七に逃げ出すことができません。
3八に逃げるか3七に逃げるかの二者択一ですが,検討していく手順ではどちらに逃げても同じです。なので変化が少なくなる☗3七玉の方にします。
ここで後手に鬼手があります。それが☖2八角成です。
この手があるなら先手玉の逃げ場が3七であろうと3八であろうと同じなのは明白でしょう。
① でいったように,この将棋を取り上げたのは,時間を掛けて検討したにも関わらず,結論に誤りが含まれていたからです。ただ当該記事 から理解できるように,この☖2八角成という手自体は,僕は自身の検討で発見していました。この手を発見したときは我ながら興奮したことを今でもよく覚えています。
この部分の吉田の考察については,議論が錯綜しているように僕には感じられます。
まず吉田は,スピノザがデカルト René Descartesがいった「我思うゆえに我あり cogito, ergo sum」を読み替えたといっていますが,僕は必ずしもそう考えていません。少なくともデカルトがいっていることを三段論法と解すれば,デカルトの主張が通らないということをスピノザは指摘しているのであって,デカルトがそれを単一命題であるということを意識していたかは別として,これを三段論法と解してはいけないということ,いい換えれば単一命題として解さなければならないということは事実だと思います。ただしこの点については僕は争いません。スピノザがデカルトがいった命題は単一命題であると解説したという事実が重要であるからです。
次に,デカルトが仮にそれを三段論法と思っていたとしようと単一命題であると思っていたとしようと,そこでいわれている思うということが,思惟作用一般を意味することはできません。ここまでの考察から理解できるように,このことは吉田も認めています。ここでいう思うというのは,精神の能動actio Mentisを意味するのでなければならないのであって,精神が受動するaffici場合,スピノザの哲学でいえば,たとえば精神が事物を表象するimaginariような思惟作用は思うということには含まれません。その場合はそこから我ありという帰結が導出されなくなるからです。つまりデカルトは私の精神は考えつつあるといったというようにスピノザは解説したのですが,この考えるconcipereというのは精神の能動だけを意味するのであって,たとえば私は表象しつつあるというようにはデカルトは主張してなかったということになるのです。
そして,スピノザが,私は考えるということを肯定するというときに,吉田は第二部公理二に訴求していますが,この公理Axiomaは思惟Cogitatio一般について言及されている定理Propositioですから,精神の能動だけを意味するわけではなくて,精神の受動passioも同時に含みます。つまり概念conceptusと知覚perceptioの両方を意味しているわけですから,スピノザは,デカルトがいっている,私が概念するconcipereということだけを肯定するaffirmareわけではなく,私は知覚するpercipereということも同時に肯定していることになるのです。