久しぶり(一年近いか?)に秋田八郎潟を訪ねた。厳しい経済情勢の中で、関係会社といろいろ話し合う必要が生じ会議を持った。それを終えて、折角の訪問ゆえ八郎潟の各方面の方々と接した。
異業種交流会の人々、「こめたび」に関わる連中、「浦城を守る会」など地元の文化を守り育てる方々、はては秋田の酒を育てる農業者、酒蔵の蔵元たち・・・。
ほんの二泊三日で数十人の人たちと交わりを持った。大変にうれしいことだと思った。このような人々との関係の中で、私自身も私が関わる会社も存続しているのだとつくずく思った。
書きたいことは山ほどあり、次々と書いていくが、最初にひとつだけ書いておく。
実は、事情があって「秋田歳時記」なるものを書いているが、過去10年毎月一回は訪ねていた秋田の印象でそれなりに書けると思っていたが、現実に書くとなるとさっぱり書けないということだ。
「四月」は山菜をテーマに書いた。もちろん山菜は4月から6月にかけて採れる。しかしその最初の印象を強調するため、雪解けとともに接する「ふきのとう」から書いた。自分が好きであることもあり、「先ずふきのとう」としたのであるが、この二日間で話した地元の人々から出た言葉は、「・・・悪いがふきのとうは、秋田の人はあまり好まない」ということであった。それにしては「バッケ(ふきのとうのこと)」や「バッキャ味噌(ふきのとう味噌)」を随分食わされたが・・・、という思いがあるが。
では、春一番の山菜は何か?、と問えばそれは「シノハ」だという。雪が解けて小川に流れ落ちるその野辺に、最初に顔を出すのはシノハとふきのとう。秋田の人が先ず採るのはシノハだという。
そのシノハ(別名ギシギシ)の酢味噌和えを食べさせてもらった。
なるほど・・・、ふきのとうの苦さや灰汁の強さは無く、まさに雪解け水が小川の清流に注ぐようなさわやかな味があった。
何事もその地に行かなければその地のことは分からないのだ。