3月20日は24節気の春分、冬至から起算すると一年の4分の1が過ぎたことになる。夏至(一番日が長い日)までのちょうど中間で、つまり昼と夜の長さがほぼ同じ日である。春を分ける、まさに春たけなわの時節を迎えたわけだ。
それに応えてか、翌21日は東京でも桜の開花を迎えたようだ。温暖化にともなう異常気象の影響か、中旬に迎えた博多と宮崎の開花は観測史上最も早く、開花予想が間に合わないくらいと言うことだから、もはや季節のけじめもなくなったというべきか・・・。
私はこの日、三重県名張市の「而今」という酒を造る木屋正酒造の蔵に居た。二泊三日で計画した「愛知三重酒蔵ツアー」(「而今」、「瀧自慢」、「奥(尊皇)」、「醸し人九平次」の四つの蔵めぐり)の最初の蔵として、純米酒普及推進委員会の5人の委員と、利き酒師としてならす5人の女性を加えた総勢10名でお邪魔した。
名張市商店街の一角に位置する木屋正酒造は小じんまりした仕舞屋(しもたや)風の佇まい、石高も230石の小蔵であるが、今や知る人ぞ知る人気蔵。2005年の秋に純米酒フェスティバルに出店したときの記録では「石高130石」となっていたが、瞬く間に二倍近くまで増えた。そのときの“銘柄冊子”を見ると、「而今」のペ-ジに「うまさ抜群」とメモってあるので、出展50蔵の中でも印象に残っていたのだ。1818年創業というから文政年間の蔵である。
座敷に通されると、床の間に而今という見事な掛け軸が掛かっている。大徳寺の管主による揮毫と聞いたが、「いざやこれから!」という気風に満ちた筆捌きだ。庭に目をやると大きな緋鯉の泳ぐ池に石の橋が架かっており、その橋の袂に石柱が建っている。字が刻まれているので読むと「下戸は渡るべからず」とある。蔵元の大西唯克氏(専務兼杜氏)に「首藤さんは渡る資格がありますよ」とおだてられてホッとしたのであるが。
実はその夜、この専務兼杜氏の若き(30代半ば?)蔵元が、わずか二人の蔵人と3人で、すべて手作りで醸し上げる「而今」を、心行くまで飲んだ。近くの赤目温泉の宴会場に持ち込まれたのは、山田錦、八反錦、千本錦などで造られた純米吟醸を中心とした6本の一升瓶。これを10人で飲んだのだから一人5~6合の酒量となるが、そのいきさつは、酒の説明も含めて次回に譲る。
ただ、豊かに米の味を引き出した香味は、“春分――春たけなわの酒”というにふさわしく、心底から満足したことだけは記しておく。