前回の大晦日の投稿で、「いつものように暮れていく…」と書いたが、その延長線上で、いつものように今年も明けた。「貫く棒の如きもの」(虚子)かどうかは知らないが、一夜明けて世界が激変すはずもあるまい。
ただ、今月の予定表を見ると、新年会が五つ、催しへの参加が二つ(オペラと落語)、それに酒蔵訪問(茨城県笠間市の須藤本家)まであるので結構忙しく、例年になくあわただしい年初となりそうだ。4月で83歳になる爺さんにとっては、ちょっと過密スケジュールかもしれない。
それにつけても、今年はどうなるのだろうか? あまりいい予感はしない。
先ずは北朝鮮とトランプだ。北朝鮮は民意に頼ることができないから、ひたすら金正恩が自爆することのないように祈るのみだ。まあ、あの力では、世界を相手にして勝てるはずはない、ということぐらいには気が付くのではないか?
問題はアメリカだ。こちらは、トランプはどうしようもないが、国民に目覚めてもらいたい。20世紀以降、世界をリードしてきた大国アメリカの国民は、今こそ大国の果たすべき責任に目覚めて、平和と民主主義の旗手としてトランプの暴走を抑えてくれないか? これだけが願いである。
もちろん、願ってばかりではいられない。日本も安倍晋三首相の暴走を抑えなければならない。アメリカ・ファーストとトランプに盲目的に追従する安倍首相は、年頭早々「今年こそ憲法改正を発議する」と息巻いている。何としても自衛隊を軍隊に仕立て上げ、戦争法を肉付けして戦争のできる国にしたいようだ。これには、絶対反対の声を上げ、阻止の行動を起こす必要があろう。
齢をとったなど言ってられないあわただしい年になりそうだ。
明日は早くも松がとれる。