娘の企画するミャゴラトーリコンサートがやっと終わった。「やっと・・・」という裏には、それなりの「生みの苦しみ」を見てきたからだ。
手ごろな会場探しに始まり、出演者の依頼――決定、練習の積み重ね・・・しかも忙しい各人の合間を縫っての練習、そして何よりも観客動員、と日々娘の苦しみを見ていると、まさに「やっと・・・」と言う感がするのだ。
しかし、この暑いさなかに約150人の方々が来てくれた。いろんな会合や旅行などで御一緒した方々、過去の職場を含めて長くお付き合いを頂いている方々、そして何よりも、このコンサートを下支えしてくれている常連の方々・・・、本当に涙の出るほど嬉しかった。そして来てくれた方々は本当に喜んでくれたと思い、それが何よりの喜びであった。
今回はオペラ評論家のS氏にお出でいただき、終了後短時間であったがご意見を頂いた。山ほどいただいた厳しいご指摘の最後に、「立派な質をもった出演者があんなに頑張っているのに、わずか200の席を満員に出来ないようではダメじゃないですか」と、後援者の私にとって一番痛いところを突れた。
出演者たちは立派な力を持っていると思う。そしてこのような小さいコンサートでも、長い時間をとり全力を挙げて練習する。しかし観客収入が少なければ満足なギャラも払えない。一番胸の痛むところだ。
娘の企画趣旨である「少しでも多くの人に音楽の素晴らしさ、特にオペラの素晴らしさをを伝えたい」からすれば、確かに観客動員は重要な要素でもある。過去3回を教訓に、戦略を練る時期に来ているのであろう。
それにしても、冒頭に書いたように、懐かしい方々に「音楽を絆に会える」ということは素晴らしい。W夫妻は闘病中のご主人が車椅子に乗ってきてくれた。合唱団で長くバスを歌い続けている人だ。2年前トルコツアーで初めて会ったM夫妻も来てくれた。また5年前にシチリアを旅したときに初めて知り合った22人の中から8人の方々が来てくれた。コンサートを大変ほめていただいた上、思わぬ「シチリア同窓会」とみんな喜んでくれた。
これもまた音楽の素晴らしさの一つであると思っている。