狼魔人日記

沖縄在住の沖縄県民の視点で綴る政治、経済、歴史、文化、随想、提言、創作等。 何でも思いついた事を記録する。

肋骨9本折られても気がつかない男!

2010-08-17 19:14:04 | 未分類

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友人達から時々こんな電話やメールをもらう。

「毎日沖縄ネタだけで良く毎日話題が続くな」とか、「沖縄ネタでランキングを維持するのは大変だろう」などと。

たしかに沖縄ネタだけで政治ブログのランキングを維持するのは厳しい。

その厳しさを承知で、又しても今回も沖縄、それも交通事故つながりのお笑いネタでは、学習能力がないと叱られそうだが、懲りずにお付き合いのほどを。

沖縄が酔っ払い天国であることはつとに知られたことだが、「路上寝天国」でもあることを知る人は少ない。

酔いつぶれた挙句路上で寝てしまい、車にひかれてそのまま天国に行くから路上寝天国と言うわけではもちろん無い。 中には地獄へ行く人だっているはずだから。

この場合、ひかれた人はある意味自業自得の面もあるが、ひいた人はたまったものではない。 深夜に路上に人が寝ているとは想定外だろうが、道交法によるとほとんどが前方不注意でひいた人の罪は免れないのだ。

路上寝が多い沖縄でも特に多いのは、あの南の島のペンギン王国の石垣市だという。⇒ペンギン王国は酔っ払い王国だった!

去年の石垣市はペンギン市長のご乱行(婦女暴行疑惑)でその名を全国にしらしめたが、今年二月末の王国の崩壊以来、今度は「食べるラー油」でペンギン夫妻が石垣市を全国に知らしめたというから、石垣市も名誉回復で先ずはめでたしめでたしというところか。

ペンギン夫妻といっても、もちろんあのペンギン市長ではない。

石垣島ラー油 銀幕デビューへ ペンギン夫妻の半生描く

沖縄の食べ物が全国区になるのは嬉しいものだが、なかでも「ソーキそば」は特に有名だ。 

ソーキそばとは豚の肋骨肉が具として入ったそばだが、「抜かれたソーキ骨」を補充するためにソーキそばを食う、と勝手な理屈を言いながら食べる男もいる。

その男の屁理屈は「ソーキ骨(ブニ)を抜かれる」という沖縄独特の表現にある。

脱線ついでに「ソーキそばとソーキ骨を抜かれる」について、過去エントリー「男はソーキそばを」より一部加筆して引用する。

<沖縄では女性に現(うつつ)を抜かすことを、「ソーキ骨を抜かれる」と例えることから「ソーキ」とは「正気」からの訛りだという説もある。

突然下品で恐縮だが「尻の毛まで抜かれる」という言葉がある。

男が女の手練手管にかかって身も心も、有り金も、すべて巻き上げられることの例えだが、沖縄語ではこれを「ソーキ骨を抜かれる」と例える。

骨の無いタコやイカがふにゃふにゃな様子は、女に現(うつつ)を抜かし骨抜き状態を言い得て妙で、間抜けな男を例えるには沖縄式のほうが的を射ている。
 
それにユーモアもあると思うのだが・・・、少なくとも、ケツの毛を抜かれるよりはましだとも思う。
 
さて、「ソーキ」を「正気」から来たというのはあくまで「説」があるというレベルの伝聞、それも主に酒場の伝聞の類ゆえ、その信憑性に責任はもてない。
 
酒場で流布する伝聞には「ソーキを抜かれる」を、更に想像力巧みに「精気を抜かれる」に由来するという伝聞もあるが、ある意味この方が酒席では面白い。 
 
沖縄では、男は女よりソーキ一本足らないと信じている女性が今でもいるという。
 
で、ソーキの本当の語源はというと、M君の「笊(ざる)説」も尤もだと思うが正確なところは良く分からない。
 
更に流布する伝聞によるとその昔女性を見るとすぐデレデレする嘉陽宗喜(そうき)という男の名が語源ともいう説が・・・これも怪しい。
 
こうなるともはや伝聞というより沖縄の「都市伝説」だ。

この手の話は酒の肴には好適だが、由来、来歴が不明なところがよ酔い、じゃなく、良いのではないか。>
 
話が当初の「路上寝」からソーキ骨まで止め処も無く脱線したが、世にソーキ骨を抜かれても自覚しない男は多いが、ソーキ骨を9本も折られ、おまけにほお骨まで折られても気がつかなかったというウソのような本当の話を沖縄タイムスの記事から紹介する。
 
昨日、終戦記念日の8月15日、前稿で紹介した「バイクに衝突 けがさせ逃亡」の下のベタ記事である。

駐車場で路上寝 ひかれて骨折か

14日午前4時30分ごろ、浦添市伊祖2丁目のボウリング場駐車場内で、酒を飲んで寝ていた男性(38)が、車にひき逃げされされたとみられる事件が起きた。 
浦添署によると、男性は当初、近くにいたタクシーの乗務員に「人に殴られたかもしられない」と助けを求め、110番通報していたが、詳しく事情を聴いたところ、近くで飲酒後に駐車場で寝ていた際、車にひかれた可能性が高いという。 男性は肋骨(ろっこつ)9本、ほお骨など折る重傷。 
同署は場内に設置された防犯カメラの映像から、現場にあった車が男性をひいた可能性があり、車の所有者を調べている。(沖縄タイムス2010年8月15日)

                         ◇

自分が車にひかれても気がつかない男も男だが、逆に自分が人をひいても気がつかず「逃走」し、平気で信号待ちしていて、人に注意され現場に戻った77歳のオバーもいる。

 小1はねられ死亡 ひき逃げ容疑で77歳逮捕
豊見城の県道
2010年8月13日 09時32分      

 豊見城署は12日、普通乗用車を運転中に女児をはね、逃走したとして、自動車運転過失傷害と道交法違反(救護義務違反)の容疑で那覇市真地の無職、中村千代子容疑者(77)を現行犯逮捕した。「ぶつかったのは気が付いたが、人とは思わなかった」と容疑を一部否認しているという。女児は病院に搬送されたが、午後7時15分、死亡が確認された。死因は調査中。

 同署によると、女児は豊見城市上田に住む小学校1年生、山口夕葵(ゆずき)ちゃん(6)で、学童クラブからの帰宅途中だったという。

 同署によると中村容疑者は12日午後5時5分ごろ、豊見城市宜保の県道68号で、我那覇方面から上田交差点向けに普通乗用車を運転中、道路を横断中の女児をはねたが、そのまま約350メートル逃走したという。

 事故を目撃していた後続車の運転手が、信号待ちをしていた中村容疑者を呼び止めたところ、現場に戻ったという。

 

このオバーが本当に気がつかなかったのか、それともオバーがウソをついているのか。

「沖縄のオジーやオバーがウソつきというのですか」と、

「11万人集会」の壇上で絶叫した男女高校生は、今頃どうしているのだろう。

 

【追記】 20:20

興南高校、ベスト8進出おめでとう!

甲子園、春夏連覇に驀進中!

 

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毎度、沖縄タイムスのダブスタ報道!

2010-08-17 06:59:47 | 未分類

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今年の三月に米兵が酒気帯びで起した当て逃げ事故を、沖縄タイムスが「ひき逃げ」と報じたことに疑念を呈したら、コメント欄が盛り上がった。

当て逃げに見えても被害車両にけが人がおれば、「ひき逃げ」と報ずるという沖縄タイムスを援護するしつこい常連さんがいたからだ。

だが、沖縄タイムスの主張は、その場限りの言い逃れで、加害者が米兵の場合に限り人目を引く「ひき逃げ」と差別報道をすることを自ら暴露してしまった。

全く同じ条件で沖縄人が起した事故を「ひき逃げ」ではなく、「当て逃げ」と報道したのだ。

その詳細は沖縄タイムスが差別報道!に記してあるが、要約し引用するとこうなる。

引用文に入る前に何度も繰り返してきたことを、しつこくくり返す。

日本語の分からない方々向けの一種の儀式ですので飛ばしても結構です。(笑)

米兵の事故・事件に絡むエントリーで、筆者は容疑者が米兵という理由だけで歪曲報道される卑劣な沖縄メディアの報道姿勢を批判するのであり、米兵の事故や事件そのものを擁護する気は毛頭ない。

悪質な事故・事件を起した犯人は、米兵、沖縄人を問わず厳しく断罪されてしかるべき、これは改めていうまでも無い。

 

で、引用文に入る。

<米兵が起した「ひき逃げ」の報道と同じ日の沖縄タイムスに、次のような記事があった。

酒飲み当て逃げ

容疑の男を逮捕   嘉手納署

酒気帯び運転でバイクに追突し、現場から逃走したとしたとして、嘉手納署は8日、道交法違反(酒気帯び運転・事故不申告)の疑いで、那覇市辻の会社員、上地栄太郎容疑者(22)を現行犯逮捕した。 追突されたバイクの運転手は、右ひざを打撲したという。 同容疑者は酒を飲んだことは認めているが、バイクへの追突については「何かにぶつかったような気がする」とあいまいな供述をしているという。(沖縄タイムス 2010年7月9日)

二つの「事件」は同じ追突事故で、事故の状況は次の条件のどれを取っても全く同じである。

(1)酒気運転、(2)追突事故、(3)逃亡、(4)被害車両に怪我人

ただ一つ違いを挙げれば、片方は容疑者が米兵で、一方が容疑者沖縄人という違いである。

沖縄タイムスは人種によって報道の姿勢が大きくことなる、つまり人種差別主義者であることを自ら暴露したのが二つの追突事故の報道である。

沖縄タイムスは同じ追突事故であっても容疑者が米兵というだけで、一面のトップを使って大々的に報道し、しかも違和感のある「ひき逃げ」と決め付けている。

一方の沖縄人による同種の事故は、第二社会面の最下部に見逃しがちなベタ記事で、しかも「当て逃げ」と報じている。

これこそ人種、国籍による差別報道ではないのか。>

                    ◇

3月に起きた米兵の交通事故を、8月になっても大見出しで報じる沖縄タイムスはしつこく続報を報じていたのだが、沖縄人が起した同種の事故にもこのように執拗に報道するのか。

否である。

ひき逃げ米兵を起訴、身柄引き渡される、那覇地検   2010年8月13日

 今年3月、名護市辺野古であった米軍車両によるひき逃げ事件で、道交法違反(酒気帯び運転、事故不申告、救護義務違反)と自動車運転過失傷害の容疑で書類送検されていた在沖米海軍の女性3等兵曹ウェンディー・フォスター容疑者(26) ...

米兵を書類送検へ 辺野古ひき逃げ 2010年7月9日
来週にも県警方針 車両実験など終了

終戦記念日の昨日の沖縄タイムス社会面の目立たぬ場所に次のベタ記事があった。

バイクに衝突 けがさせ逃走

酒気帯び容疑の男逮捕

宜野湾署は13日、酒を飲んで車を運転し、オートバイに衝突して男性けがさせ逃亡したとして、自動車運転過失傷害と道路交通法違反(酒気帯び、救護気味違反)の疑いで、中城村北上原の自営業、瑞慶覧朝盛容疑者(53)を現行犯で逮捕した。 同署の調べでは、瑞慶覧容疑者は13日午後9時ごろ、中城村北上原の剣道29号で、酒気帯び状態で普通貨物乗用車を運転してオートバイに衝突、乗っていた男性(24)を転倒させ、擦過傷を負わせた上で、逃走した疑いがある。 同署によると、目撃者からの通報を受けて現場付近を調べたところ、瑞慶覧容疑者は現場から約1㌔離れた場所に車を停車させ、車内に座っていたという。 飲酒検知では、基準値の約2倍アルコールが検出されたという。(沖縄タイムス 2010年8月15日)

                     ◇

まぁ、次々と同じような事故が起きるのも呆れるが、これも赤文字で示したように沖縄タイムスが主張する「ひき逃げ」の条件を全て満たしている。

おまけに酒気帯び運転まで問題の米兵と全く同じではないか。

沖縄タイムスがいうところの「ひき逃げ」報道の次の4点セットである。

(1)酒気運転、(2)追突事故、(3)逃亡、(4)被害車両に怪我人

ん? 実際は5点セットで、(5)は米兵が条件だって。

だったら沖縄人の場合は「ひき逃げ」の栄誉?を得る資格が無いことになる。

やはり、サンマは目黒に限る・・・ではなく、「ひき逃げ」は米兵に限る、というわけだ。

読者をバカにしているとはまさにこのことだ。

敢えて引用と同じ文を用いて、沖縄タイムスのダブスタ報道を批判する。

沖縄タイムスは同じ追突事故であっても容疑者が米兵というだけで、一面と社会面のトップを使って大々的に報道し、しかも違和感のある「ひき逃げ」と決め付けている。

一方の沖縄人による同種の事故は、第二社会面の最下部に見逃しがちなベタ記事で、しかも「当て逃げ」と報じている。(今回は衝突とだけ報じて、「当て逃げ」とも書いていない)

これこそ人種、国籍による差別報道ではないのか。

沖縄タイムスよ、恥を知れ!

ん?カエルの面に小便、と言う言葉もあるか。

 
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続・笛に踊らぬ宜野湾市民

2010-08-16 07:00:39 | 普天間移設
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興南高校16強、三回戦進出おめでとう!

甲子園、春夏連覇へ驀進中!

                *

「ヘリ事故」を再発させないように、学生達が運動することに異論はない。

だが、マスコミやプロ市民に扇動され、イデオロギーを前面に出し過ぎるとかえって逆効果にもなる。

沖国大内で開かれた抗議集会に、学生や地域住民の姿がほとんど見られなかったのが何よりの証拠だ。

「ヘリ事故」を「原爆遺構」とを同レベルで扱おうという運動があったが、これは明らかに行き過だ。

「ヘリ墜落」は事故であり、「攻撃」ではない

沖国大構内に墜落した米軍ヘリコプターの油煙跡の残る壁を保存する運動も、ある意味理解は出来る。

だからと言って、一人の死傷者もない事故の“壁”と、死者数10万にも及ぶ広島、長崎の原爆遺跡とを同列に扱う神経を疑う。

基地被害を訴える余りに「航空事故」と「大虐殺劇」を同列に扱うことは、広島、長崎の被爆者を冒涜することになる。

原爆遺跡と沖国大の“壁”を実際に見た筆者は、その余りにも大きな“意味”の差に、この文章をコラムとして報じる琉球新報に怒りさえ感じた。

原爆遺構と沖国大の“壁”

ヘリ事故も原爆投下も主体はアメリカ軍だが、ヘリ事故の操縦士に事故を起こす意思はなく、ましてや「住民虐殺の意思」など全くなかった。

ところが原爆投下機の操縦士は明らかに「加害・虐殺の意思」で原爆を投下をしている。

ここで再び言おう。

一米兵の起こした「航空事故」と、人類が犯した最大の罪である「原爆投下」を同列に扱う「ヘリ事故跡保存運動」は、原爆被害者への冒涜だ。

 

■「抗議集会」は辺野古の「プロ市民」に向かって行え■

これも何度もくり返すが、住宅密集地に隣接する普天間基地は危険である。

これに異論はない。

従ってジュゴンのことを心配する前に、まず危険なモノはとりあえず移転させるのが、人命を考えた緊急の優先順位だ。

だとしたら「基地撤去抗議集会」で拳を突き出す相手は、辺野古でピケを張る「プロ市民」集団や基地固定化を助長している伊波宜野湾市長ではないのか。

 
ここらで、前稿の続きに入る。
 
14日の沖縄タイムス社会面の次の記事も爆笑物である。
 
2010年8月14日 09時18分     
 【宜野湾】通常は駐車場として無料開放されている普天間飛行場施設内の空き地について、米軍は13日の使用を認めなかった。
 この日は、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した日に当たり、市民団体などによる抗議集会が近くで開催された。米軍は使用不許可の理由を明らかにしておらず、同市は「これまで(ヘリが墜落した8月13日に)開放されなかったケースはなかった。今年は普天間移設問題がこじれ、米軍への県民世論がさらに厳しくなっているためではないか」とみている。
 宜野湾市役所向かいにある通称「市民広場は、基地の運用に支障がないことを条件に、1970年代から市に開放されている。おおむね午前5時から午後11時まで利用でき、200台前後の車が駐車可能な広さがあるため、広く市民に利用されている。ゲートの開閉は米軍が管理している。
 1日を通して利用が許可されないのは年に1、2回程度あるが、今年に入ってからは初めて。翌14日からは通常通り開放されるという。
 13日だけ閉鎖する理由について米軍は明らかにしていない。
 普天間爆音訴訟団の高橋年男事務局長は「抗議集会への嫌がらせとしか考えられない」と話している。
 
                     
この記事は二つのお笑いを含んでいる。
 
先ず、「世界一危険な基地」の撤去を求める集会に、こともあろうその「危険な基地」の中にある駐車場を利用しようとしたプロ市民が、米軍にシャットアウトされたことに怒りを露にしているのだ。 それが怒りの「火に油」ということらしい。
 
 
 
吉本喜劇もビックリの大喜劇ではないか。
 
「世界一危険な駐車場」を使用禁止にしたのなら、感謝こそしても怒るのは可笑しくは無いのか。 無料駐車できないのがそんなに悔しいのか。(爆)
 
次に、怒りのあまりに沖縄タイムスは、宜野湾市民が常日頃危険な基地内の駐車場を「市民広場」という親しみやすい名を付けて、広く使用してきた事実を暴露しているのだ。 
 
笑いを堪えて、ウェブには載っていない次の記事を読んで欲しい。
 
撤去求め集会 市民団体 県内移設に反対
 
【宜野湾】沖縄国際大学への米軍へリ墜落から6年となった13日、「動かせ普天間!許すな県内移設!8・13抗議集会」が宜野湾市役所前広場で開かれた。 労組員ら約250人(主催者発表)が参加し、米軍普天間飛行場の即時撤去などを訴えた。 集会後、参加者らは「県内移設絶対反対!」などと書かれたプラカードを掲げてキャン瑞慶覧石平ゲートまでデモ行進した。 集会は、平和運動センター、中部地区労組、普天間爆音訴訟団、同市職労の4団体の主催。 (略) 
                       ◇
 
250名という少ない参加者(実数は100名足らず?)の集会にしては仰々しく、四つも主催団体が名を連ねているが、その中の普天間爆音訴訟団には、確か原告だけでも390名いたのではなかったか。
 
裁判するほど怒りがあるなら、原告団全員で「抗議集会」に参加すべきではなかったのか。
 
やはり多額の賠償額が決定したので、「食い逃げ」したのか。(爆)
 
遠いヤンバルの地からはるばる抗議集会に参加した地元の「知識人」、芥川賞作家の目取真俊氏は、自身のブログで集会の様子を次のように記している。
 
その後、主催団体の代表や地元宜野湾市の伊波洋一市長照屋寛徳衆院議員、8月6日に社大党委員長に就任した糸数慶子参院議員社民党の渡嘉敷きよ子県連副委員長、ヘリ基地反対協の安次富浩共同代表などの挨拶があった。
 普天間基地撤去や「県内移設」反対の呼びかけ、政府や仲井真県政への批判のほかに、
11月の県知事選挙に向けての
発言が目だった(沖国大への米軍ヘリ墜落から6年
 
目取真先生も「抗議集会」が、伊波市長の「選挙後援集会」であることにやっと気がついたようである。 「普天間基地」は伊波市長にとって知事選用の「売りもの」なのですよ、目取真先生。

結局13日の「ヘリ墜落抗議集会」は現場の沖国大でも宜野湾市役所でも、宜野湾市民は「笛吹けど踊らず」の賢明な態度を示した。

踊っていたのは、プロ市民だけ?

いや、遠くから駆けつけた作家先生も入れなきゃ失礼になる。

 

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笛に踊らぬ宜野湾市民!ヘリ墜落抗議集会

2010-08-15 08:16:49 | 普天間移設

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今日の沖縄タイムス、25面トップは「沖国大ヘリ墜落事故」に関するシンポが13日の夜、那覇で行われたことを写真入で大きく伝えている。

沖縄の平和学習のリーダーらしき四人のパネリストが発言したようだが、記事の見出しはこれ。

平和 次世代へどう継承

若者視点で「学習」模索

沖国大ヘリ墜落から6年  那覇でシンポ


 

更に同じ紙面にこんな記事も。

米軍ヘリ墜落の写真や新聞展示

宜野湾市役所ロビ

新聞は6年前の墜落事故の日(13日)を二日も過ぎた紙面に、このように関連記事継続報道しているが、

シンポの参加者は約50名と伝えているが,半分以上はマスコミを含む関係者だったとも聞く。

では、その日(13日)の宜野湾市民の動きはどうだったのか。

13日の各種抗議集会を大きく伝える沖縄タイムス記事から、その実態を検証してみた。

                         ◇

昨日(14日)の沖縄タイムスは、前日の13日が沖国大ヘリ墜落から6年目に当たるということで、一面と二つの社会面のトップを、ヘリ墜落関連記事で埋め、更に「普天間基地撤去」の集会や抗議行進の報道がてんこ盛りである。
 
おどろおどろしい大見出しだけで判断する読者なら、沖縄国際大学を中心にした宜野湾市界隈は、怒りに燃えた地元市民の大群衆で溢れていたかのような印象を受けるであろう。
 
ところが、沖縄タイムスが各紙面総動員で扇動したにも関わらず、宜野湾市民は粛々と普通の生活を続けていた。
 
笛吹けど踊らずとは、まさに宜野湾市民のことである。
 
先ず一面トップはこうなっている。

<市内各地では沖国大や市民団体の集会やデモ行進があり、固定化の懸念さえささやかれ始めた同飛行場の早期閉鎖・返還や飛行中止を国内外に訴えた。
 沖国大は事故が起きた時刻にあわせて午後2時10分から飛行中止を求める集いを墜落現場で開いた。米軍機が爆音を響かせる中、大学関係者ら約200人が参加した。>
 
                       ◇
新聞が報じる参加人数は大幅な水増しが相場だが、僅か200名の参加人数の正体を、ウェブには載っていない次の記事で、「200名でも報道陣だけが目立っていた」と、沖縄タイムス自身が暴露しているから驚きだ。
 
◆沖縄タイムス 2010年8月14日
  
告知甘く 参加者少数 沖国大集会
 
消極姿勢に疑問の声
 
沖縄国際大学で開催された集会は昨年に続き少数の学生や教職員らの参加にとどまり、地域住民の姿はほとんどなかった。 大学側の消極性に疑問を投げかける声もあり、告知の仕方や記憶の継承に課題が残った。
同校が在校生に集会開催を告知したのはちょうど夏休み入る今月9日、学内掲示板への張り出しではなく、電子掲示板への掲載だった。 また、地域の案内も宜野湾区など一部の自治会にとどまり、卒業生への連絡もなかった。 参加者数は表向き昨年と同水準だったが、実際には報道関係者が目立った。(略)
 
                       ◇
参加人数が少ないのを「告知が甘い」だの「学校側が消極的」だのグダグダ責任転嫁をしているが、あれほどマスコミが騒いでいるのに、学校側が耳を引っぱってこなければ集まらないようでは、沖国大は小学校並みということか。
 
いやいやそうではあるまい。
 
良識ある沖国大の学生は、死亡者はおろか一人の負傷者も出ていないヘリ墜落事故で大騒ぎするマスコミを騒ぎ過ぎだと判断し、マスコミやプロ市民の扇動に乗らないだけではないのか。
 
記事では他にも「夏休みだった」とか「告知が遅れた事」もイロイロ理由にしているが、実態はほとんどの沖国大生は関心が無いということに尽きるのではないか。
 
その証拠に昨年も「ヘリ墜落抗議集会」は同じ日に行われているが、参加人数は判で押したように200人となっている。
 
昨年の8月14日のエントリー沖国大ヘリ墜落 事故と虐殺の混同!主客転倒の基地移設論を抜粋するとこうなっている。
 
 
◆引用開始
 
<今朝のタイムスの見出しを見てもヘリ墜落事故一色である。

一面トップ

米ヘリ危険放置に抗議 

墜落5年で沖国大集会  普天間封鎖訴え

社会面トップ

今も危険の真下

住民・学生怒りの声

ところが第二社会面には小さな次のような見出しの記事が・・・

そして「街の声」ならぬ近所の商店主の声としてこんな記事が掲載されている。

参加者、一握り

《「沖国大は教官と事務員あわせて約200人いるのに、集会には数えるほどしか来ていなかった。 学生もあまりいなくて報道陣が多いくらい。 びっくりした。」》

おいおい、記者さん、こんな真実を報道して大丈夫ですかね。

抗議集会は、「報道陣の方が多い」というのに、一面の大見出しや三面の「住民・学生怒りの声」とは、どんな声だったのだろう。>

◆引用終了

驚いた!

昨年も今年と同様約200人の内ほとんどが教官と事務職員で学生はあまりいなく、相変わらず報道陣が多いくらいだというではないか。

結局、例年行われている沖国大のヘリ墜落抗議集会は、去年に続いて今年も、

「マスコミの、マスコミによる、マスコミのための集会だった、ということになる。

つづく

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朝日の捏造だった皇居前の号泣写真、終戦の日

2010-08-14 07:20:39 | 歴史

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朝日新聞が捏造したウソの記事が、後にそれがウソであることが論証されても「歴史」として一人歩きした例は「南京大虐殺」「従軍慰安婦強制連行」等など枚挙に暇が無いほどである。

捏造記事の帝王とも言える朝日新聞の子会社テレビ朝日が「8月15日の捏造写真を暴く」と大上段に構えてはみたが、それが親会社のブーメランとなるオソマツ劇だったとは・・・。

コメンテーターの 山口一臣さん、あなた朝日のOBでしょうが。

昨日(13日)のテレ朝「スーパーモーニング」は、「終戦は本当に8月15日だったのか、その真相に迫った」と題する終戦特集番組を組んだ。

6月15日の玉音放送に聞き入りながら号泣する国民の写真。 終戦の象徴ともいえる心に迫る光景である。

ところが、「スーパーモーニング」によると、それがねつ造だった可能性があるというのだ。

番組は昭和20年8月15日付「北海道新聞」に掲載された「玉音放送に、頭を垂れて聴き入る坊主頭の子供の写真」から本人を付きとめ、カメラマンに頼まれ意味も分からないまま写真のようなポーズを取ったいう証言を引き出している。

8月15日の「捏造写真」の後、番組は終戦の日以降も戦争が行われていたという占守島で、ソ連と戦った元日本兵の武蔵哲さんの証言を放映している。

占守島の戦争は、ソ連が「日ソ不可侵条約」を破って、一方的に仕掛けてきた理不尽な戦いであることはいうまでも無い。

コメンテーターの 山口一臣氏や大谷昭宏氏が、戦後行われたソ連の理不尽な攻撃に怒って見せ、もっと国民に知らせるべきだと主張していたが、

何を今頃寝ゴトを云っているのだ。

ソ連の理不尽さを意識的に報道しなかったのは彼らサヨクマスコミではなかったのか。

終戦後、粛々と武装解除した日本兵をシベリヤ抑留し、多くの犠牲者をだしたのは理不尽なソ連軍ではなかったのか。 

同じ外地でも台湾には残留孤児が出なかったのに、満州には多くの残留孤児が出たのは戦後のソ連の理不尽な攻撃のせいではなかったのか。

そして、そのソ連の狼藉を口をつぐんで批判しなかったのはサヨクマスコミではなかったのか。

ソ連軍の対日宣戦布告の理不尽さは、ここでの主題ではないので、これくらいにしておく。

捏造写真に戻る。

「8月15日の捏造写真」で、テレ朝「スーパーモーニング」は鬼の首を取ったように北海道新聞の「写真」を画面に見せていた。

終戦の日の象徴といえば朝日新聞が掲載した「皇居前の号泣写真」こそ、最も全国に知られた写真であり、これは教科書にも掲載されている。

だがこの朝日新聞が報道した終戦の日、6月15日の皇居前の「号泣写真」が捏造であったことを朝日新聞の子会社のテレビ朝日が知らなかったとなると、とんだ大笑いである。

手元に2005年発行の「文藝春秋」「戦後60周年総力特集」(2月号)があるが、その特集の中で、外交評論家の加瀬英明氏が、「捏造された『宮城前号泣記事』」と題する記事を書いている。 その年2005年から31年前の1974年には、既に朝日新聞の「終戦の日の皇居前の捏造記事」に気が付いていたと記している。

加瀬氏は今から36年前の昭和49年5月から翌年4月にかけて「週刊新潮」に、終戦の日から始まるノンフィクションを連載したが、資料として見た敗戦の日、8月15日の朝日新聞縮小版で、奇妙なことに気がついたという。

同誌から引用する。

<昭和20年8月15日の朝日新聞の1面は、「戦争終結の大詔渙発さる」という見出しが横切っている。 2面には二重橋の写真の下に「玉砂利握りしめつつ宮城を拝しただ涙 嗚呼(ああ)・胸底抉(えぐ)る6年の戦ひ」と見出しが、組まれている。
記事は「溢(あふ)れる涙、とめどなく流れ落ちる熱い涙、ああけふ昭和20年8月15日」と始まっている。 記者は「歩を宮城前にとどめたそのとき、最早私は立ってはおられなかった、抑へ抑へて来た涙が、いまは堰(せき)もなく頬を伝った、崩れ折て玉砂利に伏し、私は泣いた、声をあげて泣いた、しゃくり上げ、突き上げて来る悲しみに唇をかみ得ず、激しく泣いた」・・・>

加瀬氏が引用する朝日の、思い入れたっぷりな文章はこの後も情緒連綿と続くが、煩雑なので省略する。

朝日新聞は、終戦の日の一日前まではこのような感情に訴える文言で国民を扇動していたわけだから、終戦の日に一夜にして記者の文体が変るはずも無いが、

加瀬氏が奇妙に思ったのは朝日の誇張した文体ではなく、その描く皇居前の風景が朝日の捏造ではないかということである。

「文藝春秋」の引用を続ける。

<当時の新聞は物資が欠乏していたから、裏表2ページだった。 当時、朝日新聞社で働いていたOBを取材したところ、この日の新聞は正午前にすでに刷り上って、玉音放送が終わったころには、都内の販売店や、地方へ積み出しが始められていた。地方によっては、朝刊が夕方から夜になって配達された。 この日だけは前日の閣議で、終戦の詔勅が放送されてから配達されることに、決まっていた。
この記事は玉音放送の前に書かれていた捏造であったのである。(略)

私の連載誌が発行されて、すぐに青森市の花田省三から、この件について経緯を説明した手紙をいただいた。 花田氏は学校教員だったということだが、当時は学生で、工場動員によって福島市にある航空無線機工場で働いていた。 そして上司からいわれて、東京に外注部品を促進するため上京した。
花田氏の手紙から、引用しよう。
「14日、何時ものように栄養失調の足を引き摺(ず)りながら、宮城前の明治生命館6階にあった日立製作所の事務所へ、ネオン管の催促に行った。 (略)
そこを出て、『宮城を前に来たから拝んでいこう』という気持ちで二重橋の方へ歩いていったところ、丁度『写真』の位置で、腕章を巻いたカメラマンに呼びとめられ、『写真を撮りたいので、そこに」土下座して欲しい』と言われた。 他に写真のように多くの人が座らされ、『撮しますからお辞儀して下さい』といわれて撮られたのです。
後で振り向くと、件(くだん)のカメラマンが腕で涙を拭っていたので、『何か様子がおかしい』と思い、又、『何かの記念になるかも知れない』と思って、『写真が出来たら譲って欲しい』と頼んでみた。 すると、『この写真は特別のものだから呉れるわけにはいかない。 しかし、明日正午過ぎたら社に来てみれば、或いはあげられるかもしれぬ』と云って、又涙を拭った。
妙な気分で、その場を去ったが、それでも、まだ敗戦ということは思い浮かばなかった。(略)

それにしても、私が取材したところでは、玉音放送の数時間後に都内でこの日の朝日新聞を手にした読者のなかで、不思議に思った者がなかった。 当時も今も、従順な読者が多いのだ。 
ルビは世界で日本語にしかないが、新聞には「やらせ」とルビを振るべきだと思う。>

                       ◇

蛇足ながら加瀬氏の結語の皮肉は、新聞と書いて「やらせ」と読ますべきということ。

テレ朝の親会社の朝日新聞の終戦後第一回の発行紙が「捏造新聞」だったということは、その後の同紙の捏造体質を考えれば、さもありなんと言うべきだが、それを子会社のテレ朝がブーメラン報道したとはとんだ大笑いである。

テレ朝「スーパーモーニング」がブーメラン報道した同じ日(13日)の読売新聞が「捏造」を証明する記事を掲載しているのも皮肉である。

(上) 土下座写真は作られた?
8月15日 玉音放送 
 
 1945年8月15日、終戦の玉音放送を聞き、悲しみに肩を落とす人々を撮影した数々の写真は、終戦の瞬間として長く認識されてきた。しかし、この写真は前日に撮影された「ポーズ写真」との説もある――。

 青森市に住む花田省三さん(79)は、終戦前日の14日、仕事帰りに皇居前で腕章をつけた青年に声をかけられた。「写真を撮りたいので、土下座してください」。突然で訳が分からなったが、そのまま砂利の上で土下座した。19歳の時だった。

 花田さんは、旧制弘前中を卒業し通信技術などを勉強した後、福島市の工場に派遣された。東京大空襲があった45年3月ごろから、東京の工場にいた。

 周りでは、同様に10人ほどが土下座をさせられている。「何に使いますか」。思い切って聞いたが、教えてくれなかった。「写真、くれませんか」と尋ねると、「これは大事な写真。明日の正午を過ぎたらあげられるかもしれない」と意味ありげな言葉が返ってきた。写真を撮り終えて脚立を降りる時、青年は手で涙をぬぐっていた。

 翌15日。玉音放送は、工場のラジオで聞いた。「ニューギニアに連行される」と工場ではデマが飛び交い、逃げるように乗り込んだ路面電車で、乗客が持つ新聞を見て驚いた。午後に発刊されたばかりの新聞が敗戦を報じ、前日に写されたのと同じ「土下座写真」が掲載されていた。脇には、「宮城前にひれ伏す赤子(せきし)」とのキャプションが書かれていた。一瞬、「あの写真がなぜ…」と思ったが、逃げたい一心ですぐに忘れた。帰りの電車では、陸軍と海軍の兵士が「お前が弱いから負けた」と言い合っていた。「戦争はくだらないな」と思った。

 60年がたった今年、花田さんはある新聞記事で、8月15日に皇居前で土下座する人々を撮影した写真が、「前日14日に撮影された『ポーズ写真』の可能性がある」と指摘した記事を読んだ。「やはりあの時、カメラマンの青年は玉音放送が流されることを知っていたのでしょう。敗戦ムードが漂っていましたから」

 終戦の約1か月前、郷土は青森空襲でひどい戦禍を受けていた。その傷跡を目にしたのは戦後3年ほどしてからだ。奇しくも妻哲子さん(74)は青森空襲を経験していた。現在は、空襲を後世に語り継ぐ活動をしている。「彼女は火の下をかいくぐって助かった。その額には焼夷(しょうい)弾の傷跡があるんです」。終戦の日の前日の奇妙な出来事と、戦禍にあえいでいた市民の姿の隔たりが今も心に引っかかったままだ。

                      ◇

読売は「この写真は前日に撮影された『ポーズ写真』との説もある」と慎重な表現にしているが、

加瀬氏が朝日ОBに取材したところ、「その日の新聞は正午前にすでに刷り上って、玉音放送が終わったころには、都内の販売店や、地方へ積み出しが始められていた。地方によっては、朝刊が夕方から夜になって配達された」という。

朝日の捏造であることは間違いない。

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お花畑脳劇場!訴訟詐欺?

2010-08-13 18:52:14 | 普天間移設

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最近の沖縄タイムス「読者の声」欄が面白いということで、数日にわたって紹介したが、暑さも一段落したせいか本日あたりの沖縄タイムスは、いつもの「正気」に戻ったようだ。

ネタが無くて寂しいと思ったが、前回(8月11日付)紹介したU・Jさんの投稿「沖縄の扱いは植民地と同じだ」に、お花畑観賞団の団長とも言える石原昌光さんのコメントがありまし。

既に読まれて充分楽しまれた方もおられるとおもうが、より読みやすいように、編集して紹介いたします。

その前に、「正気」に戻った沖縄タイムスの各面を紹介すると、今日が沖国大ヘリ墜落から周年ということで、一面トップ、社説、社会面、コラムそれにオピニオン面の「論壇」といつもの沖縄タイムスらしい記事が満載である。

先ずは「正気」復活おめでとうと言うところか。

「普天間移設」関連記事で埋まった紙面から一面のこの記事について一言。 

国上告せず 賠償確定 普天間爆音訴訟原告10人除く
 
社会  2010年8月13日 09時44分      
 
 米軍普天間飛行場の周辺住民約390人が国に米軍機の夜間・早朝の飛行差し止めと損害賠償を求めた普天間爆音訴訟で、約3億6900万円の支払いを命じた福岡高裁那覇支部判決に対し、国側が期限の12日までに上告しなかったことで、上告した原告10人以外の判決が確定した。(略)
 
                        ◇
控訴審で一審の約2・5倍の賠償金、一人当たり約九十四万円の収入となると、充分引き合うと思ったのか、
390人の内380人原告が一斉に上告を辞退し、思わぬ収入で祝杯をあげドンちゃん騒ぎをしたかどうかは知らないが・・・、
とにかく原告団に残って上告したのはたったの10人だけ。
 
金が入れば、はいそれまでよ!
 
本当に現金な連中だ。
 
「1万円の投資で○十万円稼げる」という「訴訟詐欺」の噂もまんざらデタラメではないと思わせる原告団の激減振りである。
 
この辺でお待ちかね、石原昌光さんの「お花畑劇場」の開催です。
 
なお、新聞に掲載の投稿には本名が記されていますが、当日記では相手が新聞社等の組織や記者、大学教授等の「知識人」といわれる個人は遠慮なく実名で批判させてもらっているが、投稿欄の一般市民を批判する場合はイニシアルにして遠慮なく批判しています。 もちろん例えば久高さんの投稿文のように賛同する投稿はそのまま本名にさせてもらっています。
  

◆沖縄タイムス 2010年8月11日 オピニオン面

沖縄の扱いは植民地と同じだ

U・Jさん=70歳 (西原町)

普天間基地のある宜野湾市の伊波洋一市長は、移設先とされる名護市辺野古への米軍基地建設に反対して、結果的に早期移設をこ阻み、市民の身近な問題、騒音や安全の解決看過しているとの投稿があった。 これは、本質隠しのえせ論理である。
沖縄の米軍基地を考える時、沖縄返還時の密約を見落としてはならない。 有事という言い訳は付いているが、核の持込やそして基地の自由使用が沖縄の基地本質なのだ。 従って、基地から生ずる有害事象による汚染、騒音被害など住民の生活権や人権を侵害しても、沖縄住民は何一つ要求できないのだ。 これは先の普天間爆音訴訟の判決でも明らかではないか。
普天間基地の本質は、密約を暴露して、返還交渉の過ちを沖縄に謝罪し続けた故今泉敬氏が、命を懸けて訴えたかったこと、すなわち、沖縄に対する植民地扱いの不当性なのだ。 辺野古の基地建設は、それを受け入れることなのだ。

                      ◇    

以下は石原昌光さんのコメントです。                

 

沖縄の扱いは植民地と同等
ドライバー・J =70歳(西原町)

普天間基地のある宜野湾市の伊波洋一市長は、移設先とされる名護市辺野古への米軍基地建設に反対して、結果的に早期移設を阻み、市民の身近な問題、騒音や安全の解決を看過しているとの投稿があった。
これは、本質隠しのえせ理論である


>これは本質隠しのえせ理論である、、。、

ここまで大見得を切るからにはドライバー・J氏久高氏をギャフンと言わせる反論を用意しているのかと思いきや、、、

>沖縄の米軍基地を考える時、沖縄返還時の密約を見落としてはならない。

はぁぁ?

※リピートアフターミー
沖縄の米軍基地を考える時、沖縄返還時の密約を見落としてはならない。

それこそ本質隠しのえせ理論じゃないか!(笑)
何度書いても、お花畑脳のお歴々は見ないふりをするだろうがヒツコク解説する!そもそも普天間基地移設は

1.) 1995年に起きた在沖米兵による婦女暴行事件を受けて、高まった沖縄の反基地世論を日米両政府が受け止め普天間基地を期限付きで撤去することで合意し

2.) 紆余曲折を経て代替施設を名護市辺野古の海上に建設する事が決まり

3.) 15年の歳月をかけて、日米政府、名護市、沖縄県、辺野古住民の合意を取り付けて、まさに着工寸前だった計画である。
これと、沖縄返還密約(1972年以前~)となんの関係があるの?
久高氏や大部分の宜野湾市民は、そんな核密約なんかどうでもよくて、「兎に角、普天間基地をどかせるなら早くどかせよ伊波!辺野古の住民が引き受けるって言ってるだろ?何で邪魔するんだよ!」って真っ当な理由で怒っているだけで、久高氏はそれを代弁しただけなんだよ。
密約も結構だけど、普天間基地移設の為に日米政府や宜野湾市、受け入れ先の辺野古、名護市が重ねた苦労も見落としちゃあいけないよ。

有事という言い訳は付いているが、核の持ち込みやそして基地の自由使用が沖縄の基地の本質なのだ。

すでに論点ズラシを仕掛けているドライバー・J氏に反論するのも疲れるが一応言う。

「有事の際に自由に使用できない基地がものの役に立つかークルクルパー!!」

>従って、基地から生ずる有害事象、暴力的な集団による犯罪や環境破壊、有害物質による汚染、騒音被害などが住民の生活権や人権を侵害しても、沖縄住民は何一つ要求できないのだ。

これは、先の普天間爆音訴訟の判決でも明らかではないか。

基地からは、確かに多くのデメリットが生じる。しかし、以前よりもみすぼらしくなったとはいえ、世界の警察官米軍の抑止力があればこそ、日本南方の軍事情勢は他の地域とは比較にならない程安定している。
そして、何度も言うが普天間基地移設は、1995年の米兵婦女暴行事件に激怒した沖縄県民の意思がその出発点になっている。
従って、沖縄住民は何一つ要求できないというドライバー・J氏の主張は誤りである。

それから、
沖縄住民は何一つ要求できないのだ。これは、先の普天間爆音訴訟の判決でも明らかではないか。

ヘイ!ドライバー・J?日本の民事訴訟っつーのは、アレか?原告が損害賠償を請求しなくても、司法が被告に3億円も金を払うように命じられるのかい、、、
しっかり大金をガメテおきながら、
沖縄住民は何一つ要求できないのだ。だと?
起きたまま、寝言をほざくな!!

>基地問題の本質は、密約を暴露して、返還交渉の過ちを沖縄に謝罪し続けた故若泉敬氏が、命を懸けて訴えたかったこと、すなわち、沖縄に対する植民地的扱いの不当性なのだ。
辺野古の基地建設は、それを受け入れる事なのだ。

要するに沖縄は差別されている。日本は沖縄の要求を無条件で呑むべきだ!沖縄はなにも悪くない!と主張している訳か、、、
私の好きな人物に柴五郎(★註)という陸軍軍人がいる彼は賊軍の会津藩出身ながら陸軍大将まで栄達した。
彼は、晩年に言っている
「私は、賊軍出身者として何の差別も受けた事はない。」
嘘だと私は思う、明治初期陸海軍の主要ポストは薩摩・長州閥でしめられ、賊軍出身者は酷い差別を受けていたからだ。
じゃあ、何で柴五郎は、差別など受けていないと言ったのか?
それは、多分、差別を逃げ道にして自分の矜持(プライド)が折れるのを恐れたからじゃないのか、、、
被差別感情は人間から決定的な何かを奪う、それは確実に自立から沖縄を遠ざけるだろう。

◆引用終了

                      ◇

【おまけ】

★註 柴五郎

筆者が高校生の頃見た映画に「北京の65日」と言うハリウッド映画があったが、それに柴五郎が登場している。

そのとき(義和団の乱)北京に篭城した欧米各国軍隊の中で最も勇気があり軍人の規律を示し、世界の軍人に尊敬されたのが柴五郎中佐である。

最近DVDで久し振りに見たが、何しろハリウッド映画のためチャールトン・へストン扮するアメリカ軍人が主役となり、我が柴五郎中佐は主役の引き立て役としてしか扱われていなかった。

しかし半世紀も前のアメリカ映画で伊丹十三扮する柴中佐が当時の映画としては、敬意を持って描かれていたのは柴大佐の実像が立派だったからである。

ロンドンタイムスは其の社説で「籠城中の外國人の中で、日本人ほど男らしく奮闘し、その任務を全うした國民は居ない。日本兵の輝かしい武勇と戰術が、北京籠城を持ちこたへさせたのだ。」と記した。

映画「北京の55日」(1963年)

柴五郎大将の写真

イメージ 1 

実物のほうが伊丹十三より立派な顔していませんか。

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国を売る「菅談話」

2010-08-13 08:32:39 | 歴史

 

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民主党は、自民党政権が決めた政策は、その内容のいかんに関わらず、「踏襲しない」というより「否定する」という姿勢でやってきた。 インド洋の給油タンカー派遣は言うに及ばず、普天間移設民では「踏襲しない」にこだわるあまり、14年にわたる模索の結果である「辺野古移設」を踏襲しなかったため、寝た子を起す羽目に陥り、墓穴を掘った鳩山首相のルーピーぶりはまだ記憶に新しい。

麻生政権が行って思わぬ経済効果を生み始めたエコカー減税も9月で打ち切るというから、やはり「踏襲しない」にこだわるつもりなのか。 これでは折角増えた自動車メーカーの「エコ減税利益」も迫り来る円高で消し飛んでしまうどころか、更なる円高不況が懸念される。

そんな経済オンチの菅首相はノンビリ中夏休みとしゃれ込んでいるが、「注意深く見守る」でけでは済む問題ではないだろう。

この緊急時に休暇とは、「菅談話」で歴史に名を刻んだとでも錯覚しているのであろう。

そう、売国奴としてわが国の歴史に名を刻んだことだけは間違いない。

閣議決定に署名した各閣僚も間違いなく一蓮托生で「売国奴」の汚名を歴史に刻むことになる。

菅首相は談話発表前に、内容は「村山談話」を踏襲すると発言していたが、ならばわざわざ「菅談話」などと寝た子を起すような大愚を行わず、

歴代自民党政権が行っていたように「村山談話を踏襲する」の一言で済まさなかったのか。

「併合100年」だからだから、首相談話が必要だという向きもあるが、一体日本の首相は何度謝罪を続ければ済むのか。

桜井よし子氏によると陛下を含む日本の歴代首脳が実に36回も謝罪しているというではないか。

櫻井よしこ 菅首相に申す】36回…なぜ謝罪続ける

「歴代内閣を踏襲する」の一言で済むことを、閣議決定による首相談話として新たに謝罪文を公表すれば、それが「個人賠償」という新たな火種になることくらい小学生でもわかること。

何を今さら屋上屋を築き新たな火種を作る必要があろう。

早速、韓国側に不満が続出でこの有様だ。

 韓国市民団体、日本首相「謝罪談話」に失望表明(聯合ニュース 8月10日)

植民地支配の被害者の補償問題に対する言及もない、言語的修辞にとどまったことが残念だとし、全体的な流れから見ると、韓国と日本間の不信と障壁を乗り越えるには不十分だったとした。

 太平洋戦争犠牲者遺族会も、「本当に期待に及ばない内容だ。日本が本当に反省しているのか疑わしい。談話にある『痛切な反省』も信じられない」と述べた


 文化財返還と関連しては、国際法改正で日本が保有したくてもできなくなっていると指摘し、日本は韓国から持ち出した文化財をすべて返還すべきだと強調した。

 
韓国挺身隊問題対策協議会もまた、植民地支配で苦痛を受けた被害者問題
に対する明確な見解を明らかにせず、謝罪だけするのはまったく意味がないと強調。歴史問題を真実で解決しようとするなら、被害者への補償と立法措置を行うべきだと提案した。

                      ◇


日韓併合100年:首相談話 「条約の強制性に言及せず遺憾」--民団コメント(毎日新聞 8月10日)

首相談話について、在日本大韓民国民団中央本部は、村山首相談話を踏襲した内容を評価する一方で「(日韓併合)条約の強制性に言及していないことは遺憾。
謝罪や反省より、条約自体が無効であることを認めることが、今後の日韓関係にはプラスだ。
併合の結果として日本に在住している在日韓国人の参政権の早期付与を望む」などとコメントを発表した。
在日本朝鮮人総連合会中央本部は「コメントなどを出す予定はない」としている。


                       ◇

火種はさらに中国にまで飛び火し、今度は中国にも謝り続けるとう構図が「菅談話」で出来上がりつつある。

【首相談話】中国紙も高い関心「日本のおわびは韓国だけでない」(産経 2010/8/11)>

中国の次は何処に謝ればいいのだ、菅首相。(怒)

                       ◇

ただ「菅談話」を発表したからといって直ちに「戦時売春婦」に対する個人賠償の動きがあるとは思わないが、「菅談話」によってわが国が韓国に対して弱みを持ったことを外交上認めたことはまぎれもない事実だ。

韓国側は謝罪に対する賠償として、金銭による賠償(日韓基本条約で決着済み)といった目に付く手段でなくともいくらでもある。

が、特に気になるのがこれだ。

在日本大韓民国民団中央本部は・・・・「併合の結果として日本に在住している在日韓国人の参政権の早期付与を望む」などとコメントを発表した

謝罪による日本側の弱味に付け込んで韓国が次々と要求してくると予想できる外交案件は、ざっと思いつくだけでも、このとおりだ。

1)竹島は韓国領土と認めよ。

2)日本海は東海と呼称変更せよ。

3)歴史教科書に従軍慰安婦の強制連行を記述せよ。

4)靖国参拝は止めよ。

効果てきめん、(4)に対しては売国閣僚が先回りして早速恭順の意を表している。⇒
全閣僚が靖国参拝見送りへ=菅内閣、終戦記念日に(時事通信 8月10日)

考えるだけで頭が痛くなってくるが、売国奴閣僚の靖国参拝見送りのコメントが振るっている。

国家観がスッカラカンの菅首相が靖国参拝をしない理由に「A級戦犯云々」を挙げているのはA級戦犯の意味が分からない無知のせいだと一応の納得はしても、

閣僚の中でも少しは骨があるかと思っていた前原国交相がスッカラ菅の言葉を踏襲するとは。

やはりこの男もただのクズであることが分かっただけでもよしとしよう。


閣僚の靖国参拝見送りに関するコメント>(時事通信 8月10日)

菅首相        A級戦犯が合祀(ごうし)。首相・閣僚の公式参拝は問題
原口総務相      内閣の方針に従う
千葉法相       公式参拝は控えるのが基本的な内閣の考え方
岡田外相       A級戦犯が合祀されており、閣僚の参拝は不適切
野田財務相      まだ判断していないが、多分行かない
川端文科相      静かな環境でその日を迎えたい
長妻厚労相      A級戦犯の合祀にかんがみて
山田農水相      カトリック信者のため
直嶋経産相      予定はない
前原国交相      A級戦犯が合祀されているため
小沢環境相      閣僚としては行かない
北沢防衛相      終戦関連の本を読んで思いをいたす
仙谷官房長官     閣僚は参拝を自粛するのが従来の政府の考え方
中井公安委員長    帰省中
荒井国家戦略相    参拝予定がない
玄葉公務員改革相   閣僚として参拝することはない
蓮舫行政刷新相    理由は特段ない
自見郵政改革・金融相 近隣の国が不愉快に思うことは閣僚として避けるべきだ

                         ◇

売国奴として日本の政治史に汚点を印した閣僚の「言い訳」を聞いて笑ってやって欲しい。

山田農水相のトンチンカンな勘違い弁明はおいても、あの蓮舫行政刷新相の言い草は一体なんだ。

一国の大臣という要職にありながら、何の信念も無く、ただなんとなく見送る、というわけか。

 

ここで今流行の謎かけを一つ。

◆蓮舫とかけて,

ジェームスディーンと解く。

その心は・・・・。

どちらも「理由無き反抗」をしています。

お後がよろしいようで。

 

【追記】

先ほどテレ朝「スパーモーニング」のインタビューで「貯蓄税というのがあることは寡聞にしてしらない」と発言し、全国に恥を晒した野田財務大臣。

一般の人ならともかく経済通のエリート官僚を「政治主導する」という財務大臣が、貯蓄税の実行の当否はさておいても、貯蓄税の存在そのものを知らないとは、経済オンチの菅首相をはじめ飛んだ学級委員内閣に国の運営を任したことを、悔やむべきだ。(民主党支持者へ)

その野田大臣、売国奴閣僚の中では比較的まともな国家観を持つ言動をしていたが、靖国参拝に関して「まだ判断していないが、多分行かない」とは一体どういうことか。

その時々で国家観が揺れ動くとでも言うのか。

野田大臣は過去には、こんなまともなことも言っていた。

小泉純一郎内閣総理大臣に宛てた質問主意書で「A級戦犯と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。戦争犯罪人が合祀されていることを理由に首相の靖国神社参拝に反対する論理は不可思議」、「南京大虐殺肯定派の論理は破綻している」と政府の戦後史観の対応の甘さを批判した。>(ウィキペディア)

「A級戦犯合祀」を理由に参拝拒否をした、菅首相、岡田外相、長妻厚労相、前原国交相に対して、そんな論理で参拝拒否は不思議」だと批判できるのか。

どうせ何もいえないクズだということが分かっただけでも収穫だが、いずれにせよクズの集団でよく内閣を作ったものだ。

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コメント (7)

沖縄タイムス「読者欄の変」!基地撤去後のフィリピンの惨状

2010-08-12 08:02:47 | 普天間移設

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昨日(11日)の沖縄タイムス「読者欄」に普天間基地に関して対立する二つの意見が掲載されたので紹介する。

両論併記でバランスを取った格好の沖縄タイムスだが、最近の沖縄タイムスは何かヘンだ。

◆沖縄タイムス 2010年8月11日 オピニオン面

沖縄の扱いは植民地と同じだ

U・Jさん=70歳 (西原町)

普天間基地のある宜野湾市の伊波洋一市長は、移設先とされる名護市辺野古への米軍基地建設に反対して、結果的に早期移設をこ阻み、市民の身近な問題、騒音や安全の解決看過しているとの投稿があった。 これは、本質隠しのえせ論理である。
沖縄の米軍基地を考える時、沖縄返還時の密約を見落としてはならない。 有事という言い訳は付いているが、核の持込やそして基地の自由使用が沖縄の基地本質なのだ。 従って、基地から生ずる有害事象による汚染、騒音被害など住民の生活権や人権を侵害しても、沖縄住民は何一つ要求できないのだ。 これは先の普天間爆音訴訟の判決でも明らかではないか。
普天間基地の本質は、密約を暴露して、返還交渉の過ちを沖縄に謝罪し続けた故今泉敬氏が、命を懸けて訴えたかったこと、すなわち、沖縄に対する植民地扱いの不当性なのだ。 辺野古の基地建設は、それを受け入れることなのだ。

                       ◇

沖縄タイムスの「読者の声」ファンなら先刻ご承知のことだろうが、名前こそ出してはいないが、文中伊波宜野湾市長批判の投稿としているのは、7月25日の「久高貞夫さんの投稿」のこと。

通常、自分の論調に反する投稿、寄稿に対して複数の批判文で袋叩きするのがお得意のはずの沖縄紙が、久高さんご本人の投稿文を再掲載するとは想定外であった。

それも昨日の沖縄タイムスは、何と上記U・Jさんの久高批判文と同じ紙面で久高さんの投稿を掲載しているではないか。 しかもご本人の顔写真つきの「論壇」で。

沖縄タイムスの投稿規程によると、オピニオン面の「読者の声」(主張・意見)は400字、「論壇」は1000字とあるので、久高さんの「論壇」による反論は「批判文」の二倍半にも及ぶ。

これでは久高さんがどう見ても有利ではないか。

沖縄タイムスのオピニオン面に一体何が起きたのか、不可解である。

◆沖縄タイムス 2910年9月11日付 オピニオン面

「論壇

久高貞夫さん  (宜野湾市、会社員、75歳)

安全保障の認識は必要

米軍基地は友好な抑止力

わたしは立派な抑止力だと思う。 民主党が去年の衆議院議員選挙で政権奪取の手段として沖縄の基地は」抑止力もなく無用の長物と、普天間基地は県外、国外移設とあおり今となってわが国の安全保障上米軍基地は不可欠、と結局辺野古案に回帰した。 民主党政権もようやく安全保障の重要性を認識し現実的な対応策を選択した。 当然の帰結である。
日本の国土、生命、財産を守る安全保障に関しは、日本国民なら誰も依存は無いはず、にもかかわらず辺野古反対論調だけが突出し安全保障については語らず基地の弊害論だけが目に付く。 辺野古移設を容認するにはもちろん基地がある故に派生するもろもろの問題、危険性、騒音、環境等の最重要課題は、移設作業と並行して早急に解決すべきであることは言うまでもない。
抑止力ー何かしようとすることを抑えること「広辞林」-とある。 次元の低い例で恐縮だが幹線道路に速度監視カメラが設置されている。 違反すれすれに高スピードで運転している時カメラに気がつくと皆ブレーキを踏む。 次に町中にほとんど警察官不在の交番がある。 その周辺地域は空き巣狙いは無いと聞く。 カメラ、無人交番この二つの存在は、立派な抑止力の証拠である。

次に軍事的抑止力がなくなった例として、フィリピン、ベトナム、中国等が領有権を主張している南沙諸島に初めに漁船を送り次に調査船を派遣、最後は圧倒的軍事力を背景に軍艦を出動させ、関係国に有無を言わせず占拠し中国領と宣言、現在実効支配している。 
前原誠国交大臣野党時代の国会質疑=それはフィリピンのクラークとスーピック両米軍基地撤去後(★註)、軍事的抑止力を失った結果である。
沖縄の米軍基地の存在は領土拡張、資源略奪をたくらむ外敵の侵略を阻止する最も有効な抑止力といえまいか。 すでに日本の固有の領土である尖閣諸島を自国領土と法律で定めている中国の軍艦、潜水艦がわが国の領海を侵犯し調査、訓練し近い将来の侵攻に備えていることは容易に想像できる。 かような現実を直視し、世界に冠たる独立国でありながら米国に国防を委ねている世界に類のない変則国防策を国民は真摯(しんし)に受け止め、独自防衛力を備えるまでは米軍基地の存在は容認すべきだろう。
一党独裁の貪欲(どんよく)な国に支配されている新疆ウイグル族やチベット族のように抑圧されるのは、わが国民、県民、子孫にとって最たる悲劇だ。 ようやく防衛省は遅まきながら与那国に警備隊の派遣を検討しているようだ。 拍手を送りたい。

★註:文末の「おまけ」で基地撤去後の元クラーク米軍基の惨憺たる有様のレポートを紹介しています。

                         ◇

対立する二つの意見に、読者のコメントを期待します。

コメントは無くても、久高さんの意見に軍配を上げるかた、クリック応援お願いします。

 

【おまけ】

久高さんもご指摘のフィリピンの元クラーク米軍基地を昨年訪問した「加藤朗の目黒短信」さんの探訪記を以下に抜粋引用します。

「米軍基地出て行け!」を叫ぶ沖縄にとってはフィリピンの例は参考になるはずだが、フィリピンの基地跡の惨状を見ると沖縄タイムスも報道に躊躇するのだろう。

なお今回はスービック基地跡は探訪できなかった模様です。

September 25, 2009
元クラーク空軍基地訪問

 クラーク空軍基地は、スービック米海軍基地とともに冷戦時代には東南アジアにおける米軍の拠点だった。特にベトナム戦争時には重要な戦略拠点であった。しかし、冷戦が終わり戦略上の重要性は著しく低下した。また1991年にピナツボ火山の爆発で大量の火山灰が降り注ぎ、大きな被害を受けた。さらに同年、フィリピン上院1947年に締結され99年間の軍事基地協定の拡張を拒否した。こうした事情が重なって米軍はスービック海軍基地とともに1991年11月26日に返還した。
 元クラーク空軍基地訪問の目的は、米軍の基地返還後の跡地の利用がどのようになっているかを確かめることにあった
。>
 

< 米空軍が使用していた広大な飛行場は現在国際空港として使われている。とはいえ、私がいた間に離発着した航空機は全くなく、滑走路や駐機上にも飛行機の姿はみえなかった。ターミナルも外観を見るかぎりアメリカの田舎の空港にあるような見すぼらしい施設でしかなかった。
 ガイドブックには免税店やファースト・フード店、レストラン、ホテルなどの商業施設が掲載されている。たしかにあるにはあったが、とてもはやっているとは思えない。とにかく人が少ない。基地外には人があふれかえって、すさまじい喧騒なのに、基地内はシーンと静まり返り、アメリカのさびれた田舎街の静けさだ。
 カジノ付きのホテルもある。昼間だったせいもあるあるが人の出入りは全くなかった。恐らく夜でも、そんなにはやっているとは思えない。基地外の貧困にあえぐフィリピン人がカジノに来ることなど全く考えられない。マニラや外国からわざわざカジノを楽しみに来る金持ちもそれほど多いとは思えない。アメリカで言えばラスベガス近郊の、周囲には砂漠しかないモーテルのカジノのように、ホテルの周辺には何の娯楽もない。これではバクチにしか関心のない客しか来ないだろう。
 基地内を一時間近く走ったが、人にも車にも出会うことはあまりなかった。人の出入りがみられたのは、フィリピン軍の駐屯地と警察の訓練施設の周辺だけだった
 フィリピン政府は基地の返還に成功したものの、あまりに広大な基地をもてあましているようだ。たしかにこれだけ広大な敷地を再開発しようとすれば、莫大な資金が必要となるだろう。それだけの余裕は今のフィリピン経済にはない。>
 
< 基地の跡地利用というのは、一朝一夕には進まない。それにしても返還後18年経った今もほとんど再開発が進んでいないというのは、基地返還そのものが良かったのかという疑問さえ抱かせる


 

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コメント (12)

お花畑鑑賞団、

2010-08-11 19:48:13 | 未分類

 

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今や、知る人ぞ知る沖縄タイムスの人気コーナーになった「読者欄」。

そこに咲き乱れるお花畑には熱烈なファンが増えつつある。

人、これを「お花畑鑑賞団」と呼ぶ。

那覇市の会社員T・Tさんの投稿を石原昌光さんがドラマ仕立ての脚本にしてくださっているので、皆さんで鑑賞しましょう

なおT・Tさんの原作は下記で読めます。

続・沖縄近海波高し!沖縄タイムス読者の声

お花畑ファンのSugar Pie Guy さんとヒロシさんの関連コメントも掲載しておきました。

 

◆石原昌光さんのコメント

T家の人々

那覇市会社員T・T氏の主張をラジオドラマ風にしてみました。

あらすじ、T家の隣の一軒家に最近引っ越してきたS家、しかし、その直後からアジア町内では犯罪が増加し始めていた。

妻:あなた、ご近所の人から聞いたんだけど、Sさんの所、素性の分からない人がいつも出入りしているらしいわよ。

T:そんな物騒なことを言うもんじゃない!
Sさんは、町内友好を常々主張しているいい人だ

妻:でも、現にFさんの所なんか、自分名義の土地をSさんに不法占拠されたって怒ってたわ

T:お前はSさんに対する反応が過剰なんだよ!そうやって警戒すればする程、Sさんは頑なになるんだぞ!両家の間に無用な緊張状態をつくってどうするつもりだ!

妻:何よ!SさんSさんって、あなたが怒ると思ったから言わなかったけど、昨日なんか私、買い物帰りにSさんの家の前を通ったら、Sさんに「この道はS家の道路だ勝手に通行するなアル!」
って変な因縁をつけられて、自宅の玄関先まで追いかけられたのよ!!

T:それ位いいじゃないか、俺だって子供の頃はSさん家の庭の柿を盗んだり色々悪さしたが、Sさんは広い心で許してくれた、、、

妻:それは、Sさんの前の住人の話じゃないの!
もう嫌!私、警察に相談します。ウチにも監視カメラを設置して、警報装置も置いて、自分の身は自分で守ります!

T:馬鹿な真似はやめなさい!そうしてSさんをあからさまに敵視することが両家の間に余計な波風を立てる事につながるんだ!

妻:じゃあ、どうしろって言うのよ?

T:無防備だ!Sさんに敵意を抱かれないように窓は全て開けて中が見えるようにする!
玄関にも鍵はかけない!警察に連絡していると思われないように電話線は切断する!
それから、Sさんにウチまで来てもらって、我が家の情報は全て公開する、こうすればSさんは決してT家に敵意を持たない!S・T友好だ!!

妻:あなたとは、やっていけません。離婚します!

数日後、T家は原因不明の火災で全焼、T氏は行方不明になり、跡地にはS所有の賃貸アパートが建ったという、、、、

おそるべし、お花畑脳、クワバラ、クワバラ

                       ◇

       

◆Sugar Pie Guy さんのコメント

  笑いのツボに

石原さん

> 妻:それは、Sさんの前の住人の話じゃないの!

笑い死にさせないでください。 

                      ◇
 

◆ヒロシさんの「コメント

>日本の大罪って

支那へ巨額のODAを長年行っていた。
朝鮮半島を支那・ソ連の支配下にならないようにし、さらに文明を導入しインフラ整備をおこなった。
「苦情」対しては「謝罪」をという謝罪外交という概念を世界にさきがけて導入した。(しかしながら追随する国家は無い)

植民地となっていたアジア諸国が独立するきっかけを作ってしまった。
売春婦に仕事の機会を与え裕福にしただけでなく健康管理まで行った。
核兵器を使われても許されるという前例を作ってしまった。

などなど罪の巨魁ですね。(苦笑

 

 

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コメント (3)

「集団自決」歴博パネル 日本軍関与 記述復活

2010-08-11 08:43:45 | ★集団自決

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読者のなおさんからこんなコメントを頂いた。

こんな記事を見つけました。
>歴博、旧日本軍関与の記述復活へ 沖縄戦「集団自決」展示で (共同通信)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_war2__20100810_2/story/
10kyodo2010081001000297/


何か恐ろしいまでの執念を感じます

確かにサヨク勢力の恐ろしいまでの執念は感じるが、肝心の同じ日(10日)の沖縄タイムスが、この共同記事をスルーしているのが不可解だ。

「軍関与復活」とは」いっても、まだ結果は出ておらず、修正した展示が公開されてから独自取材で大々的に報道するつもりなのか。

ところが、驚いたことに一方の琉球新報はこれを一面トップで大々的に報じているではないか。

それがこれ。

歴博パネル 日本軍関与 記述復活へ   2010年8月10日       

  【千葉】国立歴史民俗博物館(歴博、佐倉市、平川南館長)の第6展示室「現代」で沖縄戦における「集団自決」(強制集団死)の解説文から日本軍の関与を削除したまま一般公開されている件で、同展示責任者の安田常雄副館長は9日、琉球新報社の取材に対し、日本軍関与の記述を復活させ、早ければ来月にも展示内容を全面刷新する考えを明らかにした。解説文については近く公表する。新たな展示では膨大な「集団自決」に関する証言記録も展示される予定で、安田副館長は「沖縄戦の持っている特質を明確に示す上でも、これが主になる」と話した。
 歴博では展示のリニューアル委員会を重ね、「集団自決」の関連文書や証言資料を検証し、史実と認定した。日本軍関与の記述復活について安田副館長は「21人いる委員のうち、討議や検証に参加した委員からは慎重論などは全体を通して出なかった」と説明した。
 これに伴い現行のパネルの記述を全面的に見直す。さらに、パネルの下段で「集団自決」に関する証言資料を展示する予定だ。証言は膨大なため、図書室などでも証言を閲覧できるよう検討する。安田副館長は「単なる文言の修正だけでなく、展示全体を動かす」との考えを示した。
 展示刷新について「委員会で討議は終え、方向性については了承を得た」ことから、今後、関連団体との事務的な手続きに入る。展示刷新に伴うパネル工事の業者入札も近く行い、休館日に作業を行うという。
 9日、歴博では、現代史の研究者ら100人以上を集めたセミナーが開催され、その展示解説でも安田副館長は「沖縄戦についてはパネルをかなり修正をする。7月の委員会で基本的方向性はほぼ確定したので、沖縄戦そのものの基本的性格をシャープに表す考え」と説明した。(斎藤学)

                                                        ◇

一面に載せることにより歴博側にプレッシャーを与えるのが目的だと思われるが、いずれにしても修正結果も見ないでこの派手な取り扱いは異様である。

最近「集団自決」に関する記事が少なくなったが、「軍命の有無」の核心部分については再三書いてきたように既に勝負はあった、というのが大勢である。

今回の歴博の修正も「軍の関与」の復活に止まると思うが、そもそも「軍の関与」は「軍命なし派」の論者も認めていることであり、勿論、教科書検定意見でも認めている事実である。

軍が管理すべき手りゅう弾で自決した人がいる以上、「軍の関与」が全く無かったとは言えず、「軍の関与の有無」には必ずしもこだわってはいないからだ。(ただし「軍命なし派」でも藤岡信勝拓大教授は、「軍命令」はおろか「軍関与」も認めていない)

手りゅう弾で自決した人のほとんどは、管理が不備だった弾薬庫から盗み出したもの手りゅう弾か、親しくしていた兵士から「ねだった」物だといわれている。

この場合軍が「手りゅう弾で自決せよ」と命令したことにはならないのは誰の目にも明らかである。

最近警察官が手錠を噴出し、拾った少年が届け出て大事に至らなかったニュースがあった。⇒機動隊巡査部長が手錠紛失 少年が届け出る(2010.8.10)

仮にこの場合、手錠の代わりに拳銃を紛失したとしよう。

偶然自殺手段を探していた自殺願望者が渡りに舟で拳銃自殺をしたとする。

警察が管理すべき拳銃で自殺したのだから、「警察の関与」は否めないとしても拳銃自殺を根拠に「警察が自殺命令をした」ということにはならない。

この場合警察が糾弾されるとしたら「拳銃保管の義務違反」ではあっても「自殺命令」ではないことは、軍隊における手りゅう弾と自決命令の関係と同じである。

                      *

例年、終戦記念日が近づくと沖縄二紙は沖縄戦特集を組んで、「残虐非道の日本兵」の印象操作記事を連載する。

沖縄二紙は、慶良間島の集団自決に関する「軍命」は、大阪高裁では証明できず、「軍命の有無」は事実上の敗訴となった。

そのせいなのか、最近の紙面に「集団自決」に関する記事は少くなってきている。

最近では、沖縄戦からさらに南に伸びて県民が多くいたといわれるサイパン、テニアンでの戦争体験を特集にしているが、時々オヤッと思うような証言を見ることがある。

「集団自決」が軍命であったと主張する重要な根拠に、「日本兵から手りゅう弾や、毒薬を手渡された」と言う証言があるが、この「手りゅう弾配布軍命説」はこれまで論破され尽くしているのでここでは深入りしないが、逃げ場を失った住民が「自決」する手段がなく大部分の人がカミソリや農具を使ったことは良く知られている。

そんな中読谷村のチビチリガマの例でも分かるように、死ぬための武器を持たない住民にとって看護婦上がりのCさんが配布した毒薬は、容易に死ぬための貴重な「宝物」であった。 毒薬配布の列に並んだ少年が、子供は駄目だと断られ悔しがったという証言もあるくらいだ。

下記引用記事もサイパンでの証言なので琉球新報も気が緩んだのか、自決用の毒薬は「貴重なお米と交換するほど」の「宝物」だったことを証言する記事であるのは爆笑物である。

これは「手りゅう弾軍命説」を主張する論者には、隠しておきたい「不都合な真実」のはずだが。

少し古い記事ではあるが自決を望む住民にとって手りゅう弾や毒薬がいかに貴重な(有り難い)「自決手段」であったかを示す証言を紹介する。

太平洋戦争時サイパン 大けがの子「おぶって逃げる」亡き家族に思い 2010年7月4日       
 1944年の太平洋戦争時、サイパンで砲弾の破片で大けがを負い、家族に一度は山中に置き去りにされた体験を持つ山口(旧姓座喜味)克子さん(76)=うるま市=がこのほど、66年前の体験を本紙に語った。4日に出発する南洋群島慰霊墓参団には喪中のため参加できないが、米軍の収容所で数え3歳で亡くなった弟の勝さんら戦争で失った家族・親類への思いを証言に込めた。
 44年6月、サイパンの山中は砲弾が雨のように降っていた。克子さんら家族5人は島東部・チャチャの家を出て山中に避難。安全な場所を求め歩く中、砲弾の破片が当時10歳の克子さんの右足ふくらはぎを直撃した。母・カマドさん=故人=が悲鳴を上げ、噴き出す血を手で押さえた。父・蔡善さん=故人=におぶわれた克子さんは「痛い、下ろして」と泣きじゃくった。
 蔡善さんは意を決して克子さんを下ろし、木の根元にもたれさせ、そばで線香をたき、手を合わせた。悲しみを抑え「必ず迎えに来るから、待っておきなさい」と声を掛けた。置き去りにされると思わなかった克子さんは「迎えに来てよ」と言い、山中に残された。
 家族は砲弾の中を北へ向かったが、カマドさんは「息をしている間はおぶっていたい」と訴えた。数時間後、痛みに耐えていた克子さんの元に家族は戻った。
家族は島北端に追い詰められた。蔡善さんは日本兵から米と引き換えに譲り受けていた毒薬を水に溶かし、家族に飲ませた。しかし、避難の途中で他の家族に分けていたため毒の濃度が薄く、誰も死ななかった。
 家族と共に米軍に保護された克子さんは収容所内で入院し、一命を取り留めた。しかし弟の勝さんは下痢が続き、栄養失調で命を落とした。(略)(宮城隆尋)
                         ◇

蔡善さんは日本兵から米と引き換えに譲り受けていた毒薬を水に溶かし、家族に飲ませた。しかし、避難の途中で他の家族に分けていたため毒の濃度が薄く、誰も死ななかった。

死ぬ手段を持たない家族にとって、手りゅう弾はお米と引き返してもよいくらいの貴重品であったのだ。

この証言を聞いて「日本兵が手りゅう弾を手渡したことが「自決命令」の証拠だと信じる人はよっぽどモノをねじ曲げて考える人だろう。

沖縄タイムスの子(孫)会社の琉球朝日放送の「QABテレビ」でも、場所が慶良間でなかったせいなのか、「軍命」による自決を意味する「悪意の手りゅう弾配布」というより、むしろ証言者の方から手りゅう弾を「ねだった」(★註)て隊長に断られ生き延びよ、と助言している。

仮にこのようなケースで手りゅう弾を手渡していたとしても、万が一に備えて貴重な手りゅう弾を配布するという「善意」が読み取れるではないか。

(★註)隊長命令説を否定!沖縄タイムスが

 

【おまけ】

◆琉球朝日放送 65年前のきょうは1945年7月7日(水)

01-07-07-1945-01.jpg

65年前の今日、積徳女学校の看護隊のハルさんたちは解散命令のあと地獄をさまよい、捕虜になりました。積徳高等女学校の生徒25人が看護隊として入っていた糸州の壕。ここに、司令部の玉砕と「最期まで戦え」という命令が伝わったのは6月23日のことでした。

ハルさん「隊長がこんなことになるんだったら君らを預からなかった本当に許してくれと。自分から死ぬことはない。絶対に生きて帰ってお父さんお母さんにあいなさい。そしてこの悲惨な戦場のこと、後世に伝えてほしい。これが隊長の最期の言葉」

01-07-07-1945-02.jpg

長野県の住職だった小池勇助隊長は、兵士には北部で持久戦をせよと命じる一方、非戦闘員の看護隊員には投降するよう命じました。女生徒たちは一緒にいたいと号泣しました。

ハルさん「北極星っていうのは変わらない必ず自分より北にいるから、北に向かって進んで行ってくださいって。隊長殿の言葉よ、これ。」

26日の夜、言われた通り北極星を目当てに、ハルさんたちは3人で壕を出て行きました。小池隊長は翌日、ここで自決しました。しかしハルさんもアメリカ軍の黄燐弾にやられます。

ハルさん「上にはアメリカ兵がテントを作って音楽鳴らしているの。私なんかドクガスやって死のうとしているのに、これをうま乗り体制っていうの」「やられた春ちゃん助けて逃げないで。やられた。やられた」「みんな助けて。助けて。してるけど、みんな血の海」

01-07-07-1945-03.jpg

地獄をさまよい、何も見えなくなって死んだと思ったハルさん。アメリカ軍のトラックに乗せられて水を飲まされた途端、ようやく景色が見えるようになったと言います。動員された3月6日から4カ月がたっていました。


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コメント (9)

続・沖縄近海波高し!沖縄タイムス読者の声

2010-08-10 19:37:52 | 未分類

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興南高校、初戦突破おめでとう。

春夏連破を目指して頑張って欲しい。

大阪へ嫁いだ筆者の次女が中学、高校と興南出身である。

で、それがどうしたかって?

いえ、ただそれだけのことです。

スミマセン。(汗)

                *

北朝鮮 黄海へ130発砲撃 韓国訓練に対抗か

2010年8月10日 毎日朝刊

 【ソウル=城内康伸】韓国軍によると、北朝鮮西岸から九日、黄海に向けて砲撃が行われ、韓国の聯合ニュースによると、約百三十発に達した。

 韓国が北朝鮮による攻撃と断定した軍哨戒艦沈没事件が起きた三月二十六日以降、北朝鮮の挑発行為は初めて。

 韓国軍は九日、哨戒艦沈没事件を受け、黄海で展開していた大規模な軍事訓練を終了したばかり。八日には日本海で操業中の韓国漁船が北朝鮮当局に拿捕(だほ)される事件も起きており、南北の緊張が高まっている。

 聯合ニュースによると、砲撃は午後五時半ごろから同六時十五分ごろまで二度にわたり、韓国側が黄海上の南北軍事境界線と位置付ける北方限界線(NLL)の韓国側に向かって撃たれた。

 砲弾の一部はNLLを越えたが、韓国側に被害はなかった。韓国海軍はただちに警戒態勢を取り、北朝鮮側に無線で警告。韓国軍関係者は砲撃について「黄海での軍事訓練への対抗措置とみられる」と語った。

 北朝鮮軍は韓国の軍事訓練に対し、「強力な物理的打撃で鎮圧する」などと猛反発していた。

                         ◇

前稿で「沖縄近海波高し」と書いたが、「日本近海波高し」と訂正せざるをえないくらいだ。

最近の韓国・北朝鮮の確執を見るといつ何時日本に火の粉が降りかかってくるか懸念されるが、これ以上の脱線は止めて、波立い東シナ海、日本海の状況を眺めながら、話題を「沖縄タイムス読者欄」に移す。

仲井真県知事が、普天間基地の移設先を「国外がベストだが辺野古を容認」と主張するのは曖昧に見えて実は正論である。

自国の安全保障は自国の軍隊で護るのが筋であるが、現在の自衛隊の装備や法整備からいってやむなく同盟国アメリカに国防を委ね、その代償として国内に米軍基地を置くということは日米安保体制の下ではやむを得ぬことである。

つまり、将来自衛隊が単独で国防が出来る体制になれば、当然米軍基地は「国外移設」になる。

それが独立国としてはベストであるからだ。 

だが、それが出来ない現状では県内移設も容認というのが県知事の主張である。

現在でも米軍基地がカバーできない国境の要所は自衛隊配備でこれを補完するのが独立国としての最低の矜持である。

そもそも自国防衛のため自国の領土内のいかなる地域に自衛隊を配備しても、他国がとやかく言う筋合いのものではない。

が、沖縄タイムス「読者欄」には、次のような「声」も掲載される。

◆沖縄タイムス 8月9日 オピニオン面

国境警備配置 余計な波風に

T・Tさん=37歳 (那覇市、会社員)

防衛省が、陸上自衛隊の国境警備部隊を宮古・石垣へ、同じく沿岸監視部隊を与那国へ5~8年をめどに配備する方針方針で検討しているという。 これら配備の目的は、先島諸島で最近活発な活動を見せる中国艦艇への警戒心が理由にあるようだ。 しかし、これはあまりにも反応が過剰である。 このようなあからさまな対応で中国との間に余計な波風を生じさせ、無用な緊張状態をつくってどうするつもりなのか。 防衛省には慎重な駆動を期待したい。
尖閣諸島問題を抱えているとはいえ、日本と中国は友好関係にあるはずだ。 ところが、日本はややもすると彼らを敵対視する傾向が見られる。
かつて中国は、戦時中の日本の大罪を大きな心で許した経緯がある。 日本も、もっと広い気持ちで中国と接し付き合っていくのが国防上も一番賢明な方法だと思われる。

                      ◇

>日本と中国は友好関係にあるはずだ。

「友好関係にあるはずだ」で国防が出来るほど外交は甘くはない。

サヨク新聞が報道しないので無理も無いが、友好という言葉に騙され酷い目に遭った国がどれだけあるか、T・Tさんはご存じないようだ。

沖縄に限ってみてもこんな酷い目に遭っている。⇒消えた友好会館 沖縄と中国

>かつて中国は、戦時中の日本の大罪を大きな心で許した経緯がある。

中華民国と中華人民共和国との区別も分からず、現在の中国(中共)に「戦時中の日本の大罪を許してもらった」とトンチンカンな感謝をするのは、自分の無知を曝け出すだけなので深くは触れないが、これを平気で掲載し読者を惑わす沖縄タイムスの新聞としての矜持を疑う。

突っ込みどころ満載の「声」であるが、ここは堪えてお花畑ファンの読者の鑑賞のためそのまま供したい。

日本の領海等概念図

領海及び接続水域等図

 

次に紹介する「声」は、一見T・Tさんへの反論のようにも見えるが、どうも今ひとつ煮え切らない。

◆沖縄タイムス 8月9日 オピニオン面

武力が背景の国家戦略懸念

U・Aさん=70歳 (宜野湾市)

先日、たまたまテレビで中国の著名なジャーナリストや学者たちの時事問題に関する討論番組を見た。 その中で気になったのは、2020年ごろには中国は経済力、軍事力とも米国に追いつき、空母も5~6隻は保有することになり、近隣諸国は労せずに中国に屈することになるから、それまでは自重して共同開発等の懐柔政策を続けることが望ましい、と結論付けていたことだった。
このような平時に、公然と武力を背景にした国家戦略が論じられていることに慄然とした。 今、日米安保の行方を最も懸念しているのが東南アジア諸国であることが分かるようなような気がした。 なぜなら東南アジア諸国は、南沙諸島問題で中国の圧力に悩まされ続けているからである。
日米安保の効用は、日本のみならずむしろ東南アジア諸国に大きいようである。 日米安保が壊れたら、当然日本は自主防衛の名の下、核武装に走るだろう。 そうなれば東南アジアは、日米中のせめぎ合いで一気に混迷化するであろう。

                        ◇

U・Aさんの「声」は、論理的部分と文章のニュアンスが微妙に異なる珍しい文章である。

くり返すが筆者は自分の国は自分で守るのが当然と考えるが、現状の自衛隊の装備や法整備を考えれば、当面日米安保に頼らざるを得ないという立場である。 その文脈からこれまでも普天間基地の県内移設に賛成の立場でブログを発信してきた。

従って現在でも宮古島や与那国のような米軍基地がない地域は、当然自衛隊を配備して自国の防衛を計ることに賛成である。

>このような平時に、公然と武力を背景にした国家戦略が論じられていることに慄然とした。

平時に、公然と武力を背景にした国家戦略を論じるのが外交の要諦である。 それどころか論じるに止まらず、沖縄近海に接近し公然と武力による示威活動をする軍事大国がお隣に存在するのも事実である。

中国軍のの最近の動向を見れば、何も今さら論じるだけで慄然とすることもないはずだ。

>日本は自主防衛の名の下、核武装に走るだろう。

このくだりには、「日米安保が壊れたら」という条件がついているので、自主防衛は当然であり、安保の核の傘をでるのなら核武装も当然視野に入る。

だが、この当たり前のことを「自主防衛の名の下に」とか、「核武装に走る」、といった否定的ニュアンスで書く文章と、全般的な安保肯定の論旨とは必ずしも一致していない。
 

日米安保を「ビンの蓋」として捉えているのだろうか。

読者の意見を待ちたい。

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沖縄近海波高し!沖縄タイムス「読者の声」

2010-08-10 07:46:13 | 普天間移設

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最近、中国海軍の沖縄近海での示威行動は、中国共産党の太平洋進出へ野望を露骨に表したものだが、ついに、これを世界に公言した。 その証拠が次の記事。

中国軍、第1列島線突破を断言 海上摩擦増加も

 中国国防大学の戦略研究所所長を務める楊毅少将は7日までに、中国メディアに対し「中国の海洋進出は必然で、どんな包囲網も海軍の歩みを阻止できない」と述べ、沖縄、台湾、フィリピンを結ぶ「第1列島線」に沿った米軍による海上包囲網を突破する考えを明確にした

第1列島線について軍の内部文書では最近「国益拡張にとり最大の障害」と反発が強まっているが、軍幹部が公言するのは珍しい。

沖縄近海の東シナ海や太平洋で今後、海上摩擦が頻発しそうだ。

楊少将は中国紙、国際先駆導報に語った。軍のシンクタンク、軍事科学院の研究員を務める羅援少将も同紙に「第1列島線を中国台頭の障害にさせない」と強調し、「中国の国家利益が及ぶ海域はどこでも海軍が保護するべきだ」との認識を示した。

同紙は、中国海軍艦隊が3、4月に沖縄と宮古島の間の宮古水道を通過し、軍事演習を実施したのは
「日米に対し中国海軍に列島線の概念はないことを示す狙いがある」と解説した。 (
共同通信 )

                         ◇

普天間移設に関連する議論が白熱し、今、沖縄タイムスの読者欄が面白いと書いたが、問題を突き詰めると、結局わが国の安全保障、国防をどう考えるかに行き着く。

昨日(9日)の沖縄タイムス読者欄も安全保障に関し二つの異なる意見を掲載しバランスを計ったようだが、やはりサイレント・マジョリティの声を抑えることは出来ず覚醒した「読者の声は」燎原の火のように広がりつつある。

二つの「読者の声」は後ほど紹介するとして、先ず冒頭の記事だが、中国共産党の楊毅少将が太平洋の進出レーンとして突破を公言した第一列島線と第二列島線を図で示すとこうなる。

 
 

中国が国威発揚のため死に物狂いなった北京オリンピックが終わり、そして進行中の上海万博が終わると、更なる国威発揚のため中国海軍による太平洋への進出が予想されていたが、その予想が現実となってきたようだ。

最近では中国艦艇10隻が沖縄本島と宮古島の間を分断して南下し、沖の鳥島を二度も周回した。 

監視のため追尾した自衛隊護衛艦に対し中国哨戒ヘリが二度近接飛行し挑発した。 しかも自衛隊哨戒機にロックオン(銃器の照準を合わすこと)し、あからさまな軍事的示威行動で挑発した。

中国の軍事膨張に晒されるわが国にとって、沖縄の持つ地政学的価値は益々重要性を増している。

だいぶ前に見たテレ朝の「TVタックル」で、森永卓郎氏が米軍基地不要論をぶち上げ、「フィリピンから米軍基地を追い出してもフィリピンは平和である」とネゴトを言ったことを思い出したが、

フィリピンでは米軍基地を追い出した後一体何が起きたか。

森永氏の脳ミソは中国は常に「友好、友好」を叫ぶ平和的友好国と刷り込まれているのだろう。⇒消えた友好会館 沖縄と中国

米軍基地が撤去されるの待っていたかのように、中国軍は南沙諸島を占拠した。

沖縄タイムス「読者欄」にたどり着く前に、少し回り道して「南沙諸島問題」に触れておく。

南沙諸島問題

戦後沖縄を占領した米軍の中にはフィリピン人の兵隊も多くいた。

当時の沖縄人にとって、フィリピン人の兵隊も持てる国アメリカの軍隊の一員であり、フィリピン人も金持ちに見えた。 

フィリッピン兵と結婚して、除隊後フィリッピンに帰り、予想と違った貧乏生活に驚いて逃げ帰った戦争花嫁の話もはよく聞いた。

戦後、独立したフィリッピンには米軍基地が当然のごとく居座っていた。

フィリピンの米軍基地は植民地時代以降、約100年に渡って米軍基地があり、沖縄の米軍基地と共に、冷戦期のアメリカの重要な軍事拠点であった。

ベトナム戦争や湾岸戦争の際にも利用され、沖縄と同様、米軍基地は地元の人々に雇用をもたらしたが、

その一方、負の遺産としての基地犯罪、事故、騒音、環境汚染など 様々な問題が住民の基地撤去運動が加速した。

フィリピンの人々は根強い米軍基地撤去運動の結果、冷戦の崩壊や1991年のピナツボ火山の噴火を機に、両国は米軍基地の撤去に合意し、 1992年 フィデル・ラモス、大統領に就任と同時に米軍撤退が完了した。

フィリピン政府は基地跡の経済開発を進め、代表的な基地であるスービック海軍基地は大工業・リゾート地帯に姿を変え、

クラーク空軍基地はその広さと空港設備を利用し、アジア 太平洋のハブ空港を目指し開発が進められている。

そして、産経新聞にはこんな記事も出た。

フィリピン、スービック米海軍基地跡地 再開発加速 経済特区の対象拡大http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/asia/122486/

<■クラーク国際空港と連携

 クラーク空軍基地とともに米軍が1991年に
フィリピンに返還したスービック海軍基地跡を管轄するスービック湾開発庁(SBMA)は、免税措置が受けられるスービック自由貿易港(フリーポート)を中心とした経済特区を周辺地域にも拡大するなど、複合的な再開発をめざす新たな20年計画を12日までにまとめた。クラーク空軍基地跡の本格的な国際空港化とも連携して、官民合同で東南アジアの経済開発ハブ(中核)をめざす。(河崎真澄)

(中略)

 ≪国際物流一体化≫

 一方、マニラ市内から近いニノイ・
アキノ国際空港の機能を、ほぼ全面的に移転することが決まったクラーク空軍基地跡の国際空港も、経済特区として再開発が進んでいる。スービックからクラークを経てルソン島中部のタルラックを結ぶ総延長約90キロの有料道路が近く開通する予定となっており、港湾インフラを中心とした商工業のエリアと、空港インフラが整う国際物流エリアが“一体化”する環境が調う。>

                      ◇

跡地利用では、「経済特区」、「自由貿易港(フリーポート」、「国際物流」、「官民合同で東南アジアの経済開発ハブ(中核)をめざす」、・・・

どこかの新聞で良く見るような「夢のような文言」が踊っているが、実際はどうなっているのか。

夢は幻に終わった。

沖縄はフィリピンの成功を学ぶべきなのだが、成功は幻だったのだ。

沖縄の新聞でフィリピンの米軍基地跡地利用についての成功談を聞いたことが無い。

米軍基地撤去でフィリッピンが得たものは何だったのか。

得たものは、相も変らぬ「貧困」と「不安定な治安」だったのだ。

もう一つ、沖縄紙が触れてほしくない重大な「不都合な事実」が、

これだ!

米軍がフィリッピンから引き揚げた途端に、中国は南沙諸島の軍事基地化を加速した。http://asyura.com/0401/senkyo2/msg/903.html

米軍がいなくては打つ手のないフィリピンは、恥も外聞も無く「ラバーカンバック」を歌いだした。

追い出した恋人に⇒在沖海兵隊訓練 比、受け入れ表明(2008.8.2)

脱線が続いて「沖縄タイムス読者欄」にたどり着く前に紙面が尽きたので、続き(読者の声)は夕方のエントリーで紹介します。

つづく

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夏の宵の幻?普天間基地フェア

2010-08-09 08:25:22 | 普天間移設

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昨日は「普天間飛行場滑走路のドライブ」を枕にして、「普天間フェスタ」を報告するつもりだったが、「強姦魔と殺人凶器」が棲息すると報道する地元紙につられ、つい強姦魔による「わいせつ致傷事件」に話が脱線してしまった。

体勢を立て直し、本日は下記ポスターが案内する通称「普天間フェスタ」の簡単な体験記を報告したい。

「普天間フェスタ」は毎年夏に開催されているにもかかわらず、地元紙が一切報道しないのと、プロ市民への遠慮なのか、ポスターなどの告知が街に張られているのを見たことはない。

それ筆者も今回初めて正式名称が「普天間フライトライン・フェア」というのを知ったくらいだ。

ではどのようにして情報を得るかというと、県内には「普天間フェスタ」を毎年楽しみにしている人が多く、口コミで開催日等の情報は伝わっている模様。


futenma flight line fair 2010

 

毎年8月の土曜、日曜と二日間にわたり開催されるようだが、今回は一昨日の8月7日と、翌日曜日の8日の二日間行われた。

筆者はその初日(7日)の午後5時頃からおよそ一時間ほどもっぱらフーズとドリンクで楽しませてもらったが、ホットドッグ早食い大会や後で紹介するプログラムでもわかるように県内外のアーチストによるイベントもあった模様。

会場内に張られたスケジュール表によると二日とも夜のイベントに先立ち基地の軍司令官の挨拶も予定されていた。

来年参加したい方の参考のために今年の詳細を記しておく。

◆Futenma Flightline Fair 2010
普天間フライト・ライン フェア2010

MCAS Futenma
普天間海兵隊基地

●初日: 7 August at 3 p.m. - 10 p.m.
2010年8月7日(土) 15:00~22:00


Stage Giveaway ステージ
Ryujin Densetsu 龍神伝説
Brown Inc  ブラウンInc.
RO4 featuring
Stephanie, Chard Walker
 アールオーフォーfeat. ステファニー、チャド・ウォルカー


●二日目: Sunday, 8 August at 1 p.m. - 22 p.m.
2010年8月8日(日) 13:00~22:00

Stage Giveaway ステージ
Eisa crew CROWN
エイサークルークラウン(元、創作締太鼓 舞心幻心)
Hot Dog Eating Contest ホットドッグ・コンテスト
Brown Inc. ブラウンInc.
Hatena Dou 
U-DOU & PLATY
RO4 アールオーフォー
Fireworks 花火!

問い合わせ: (098) 970-5828

 

来年は辺野古に移設してしまい、今年が最後だろうって?

いやいや、伊波宜野湾市長が辺野古移設を反対しているおかげで、来年も普天間基地は存在すると思うのだが。

はたしてどうなるのやら。

 

普天間基地野正面ゲートは、国道58号の大山小学校の向かいあたりから坂道を上った所にあるが、そこで車両は一時止められて運転免許証の提示を求められたが、セキュリティーチェックは思ったより簡単だった。

だだっ広い滑走路をドライブしてイベント会場に向かうわけだが、滑走路の要所要所に米兵が案内のため立っておりその指示に従うと広大な駐車場に到着。

場所が広いので混雑感はなかったがざっと目視で3000台前後の車が既に駐車していた。(午後5時前後)一台3人で計算してもその瞬間に約1万人の来場者がいたことになる。

正確な数字は不明だが二日間の延べ参加人数は「4・25県民大会」を上回るのではないのか。

少なくとも県外プロ市民を動員して行った「人間の鎖」よりも多くの県民が参加したことは間違いない。

駐車場からイベント会場に入る時米兵によるボディチェック(女性には女性兵士が対応)が行われ、カバンを持ったものは中のチェックがあったが、それほど厳密なものではなかった。

会場は最初に軍用航空機が展示され内部見学に人気が集まっていたが行列が出来ていたので迷わずパスしてお目当てのフーズコーナーへ。

マッチョの黒人兵が分厚いステーキを網焼きしているの旨そうであったが(10弗、1000円)これも行列が出来ていたのでパス。 お隣で沖縄青年が汗だくで焼いていたヤキトリコーナーはお気の毒に閑古鳥が鳴いていた。

そりゃそうだろう。 お祭りの定番のヤキトリを何も普天間基地内で食うこともない。 お客は米兵の家族向けなのだろうか。

お目当てのビールコーナーではビールは一種類だけだったが、久し振りに飲むミラービールはおいしかった。 (何しろ最近はもっぱら発泡酒だけなので)

不思議なのはビール売り場はビール以外には何も販売しておらず、オヤジ風におつまみで一杯、と言うわけには行かず、離れたところにあるヤキトリコーナーまで行くのも面倒くさい。 つい、つまみ無しで一気飲みしてしまった。

いくらおいしくてもやはりビールはつまみがなくちゃ。 うーん、枝豆、ヤキトリが欲しい。 ビールは一杯3ドル、300円。 丁度ドル相場は1㌦=85円前後なので、ドルで買った方が少なくとも約一割以上安くつくことになる。

お土産にピザ(1200円)とビーフバーガー(600円)を買ったが、ピザは通常の宅配ピザなら3000円くらいの大きさで厚みも三倍あるので一切れで満腹状態。 ビーフバーガーはローストビーフがこれでもかと言うほど入っている巨大バーがだが、全くのビーフだけでピクルスの一欠けらも入っておらず完食するのに往生した。

筆者が子供の頃はこのような基地内の巨大フーズは豊かなアメリカの象徴として憧れの的であったが、沖縄の食生活が贅沢になった昨今では、味はすべて大味のデカイだけがとりえの「基地内フーズ」には辟易させられた。

ちなみにお土産に持ち帰ったビーフバーガーを20代前半の愚息に食べさせたら半分以上残した。

オヤジが苦労しながらも完食したのに。

最近の若いヤツはだらしない!

帰るとき、イベント会場の出口にも米兵が立っていたが一人一人に「Have a nice day」と笑顔で挨拶していたのには好感が持てた。

見たところまだあどけなさの残る二十歳前に見える黒人兵だった。

何しろお隣さんなので二日目も参加して今度は花火を見ながらステージを観て、ステーキか少なくともヤキトリでミラービールを楽しもう、そして最後はアップルパイで締めようかと思ったのだが、翌日は本当に野暮用が出来てしまい参加できなかったのは残念。

「強姦魔が徘徊し、殺人集団が跋扈する世界一危険な普天間基地」での楽しい夏の夜の一時でした。

 

【追記】 書きもらしです。

米軍基地撤去の「県民大会」や「人間の鎖」には、地元マスコミが総動員で参加動員に躍起となり、無料バスまで提供しても人数が集まらず、会場はまばらで、人間の鎖もつながることはない。

だが一方の「普天間フェスタ」は、地元紙が徹底的に黙殺し、主催者の米軍基地側も遠慮してポスター張りや、横断幕による告知が無いにもかかわらず、口コミで県民が自動的に集まってくる。

沖縄の新聞のみで沖縄を理解しようとすると大きな誤解に陥る、と何度も書いてきたが、「世界一危険な基地」と喧伝される普天間基地のお祭りを毎年楽しみにしている普天間住民が多くいるのはまぎれもない事実である。

これも地元紙にとっては報道したくない「不都合な事実」なのである。

当日は小学生連れの家族も多く見られたが、近所に住む「世界一危険な小学校」の生徒に聞くと、毎年「普天間フェスタ」への参加を楽しみにしているという。

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普天間飛行場でドライブ?普天間フェスタ

2010-08-08 11:11:21 | 普天間移設

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毎月第一土曜日は高校時代の同級生の飲み会がある。

昨日はその当日であったが、野暮用を理由に断って、連れ合いと二人でドライブとしゃれ込んだ。

いい歳こいて飲み会を断ってまで、何を今さら古女房とドライブでもあるまい、と誰でも思うだろう。

しかもドライブしたのが普天間飛行場の滑走路だというと、大部分の読者は眉にツバをつけるだろう。

狼魔人日記も暑さで脳が茹で上がってしまい、ついにウソや妄想を書くようになったか、と。

そりゃそうだろう。

「世界一危険な米軍基地」と喧伝された普天間基地の滑走路を、夫婦でドライブなんて・・・。

まともに考えればウソに決まっている。

だが、夏の夜の「眉唾話」も、宜野湾市民なら納得してくれるだろうし、少なくとも沖縄県民なら、多くの人が「あぁー、またあの季節がやって来たのか」と理解してくれるはずだ。

例年、普天間基地を解放して行われる「普天間フェスタ」のことだ。

住民に解放された普天間基地のゲートを通って、会場を設営してある地域に至るまでに広い飛行機の滑走路を通って駐車場へ向かう。

「滑走路のドライブ」というウソのような話も本当の話なのだ。

SSC_2117.JPG
普天間基地の滑走路をドライブ!
普天間フライトラインフェスタ 2009 レポート)より

「世界一危険なドライブ」というわけだ。

民主党が政権を取って以来、「普天間飛行場」がマスコミの話題になっているので、「米海兵隊」が急遽行った宣撫活動だという向きもある。

だが、「普天間フェスタ」は今年だけの特別行事ではない。

普天間基地では毎年夏の年中行事になっており、エイサーにも負けぬ賑わいを見せる普天間地域のの夏の風物詩なのだ。

昨年も鳩山政権に変る直前の8月、普天間フェスタが行われ多くの沖縄県民がこれに参加し海兵隊との交流を楽しんだ。

これに参加したことを書いたブログは、ざっと拾っただけでもこのとおりだ。

『普天間フライトラインフェスタ』~宜野湾市普天間基地

普天間フェスタ 基地内 飛行場 ゲートイン 年に一度

普天間フェスタ

沖縄タイムスや琉球新報が喧伝する「強姦魔や殺人集団」、米海兵隊の巣窟である普天間基地。

そこで、海兵隊と宜野湾住民の交流が行われている事実を信じる県外の人は少ないだろう。

だが「普天間フェスタ」は、沖縄紙が「不都合な事実」として報じないだけであり、多くの宜野湾市民が「普天間意フェスタ」を楽しみに待っているのはまぎれもない事実である。

その一方、元岩国基地所属の海兵隊員が折りしも休暇で来沖中、わいせつ事件を起したということで、沖縄タイムスは大騒ぎで、当初の報道では女性が胸を触られただけの「わいせつ事件」が、「わいせつ致傷」にエスカレートしている。

今のところ容疑者は容疑を否認しているので、真相解明が待たれるところだが、例によって、高里鈴代氏や糸数慶子氏といった人権派の面々が登場し、「この悪質な海兵隊の凶行」を県知事や首相、挙句の果てには米大統領にまで抗議の手紙を出すというからオバマ大統領も大変だ。

琉球新報などは社説で米海兵隊のことを「殺人のための凶器」と、次のように罵倒している。

海兵隊は、・・・日々の訓練の中で「人殺し」「暴力」を「仕事」「任務」として学ぶ。彼ら自身が「凶器」となるよう訓練されているのだ。それが海兵隊員、兵士の本質だ。》(米兵送検 「凶器」の管理を徹底せよ 2010年8月7日付社説 )      

「殺人の凶器」といえば、読者のタマさんが指摘するように、大浜前石垣市長が「自衛隊は殺人装置」と暴言を吐き、議会で追及され前言を取り消したことは記憶に新しい。

ところで海兵隊のこの手の「わいせつ事件」には登場する女性人権派の面々は、石垣市長が起した「婦女暴行疑惑」には、石垣市議会でも問題になったにもかかわらず徹頭徹尾頬被りで通した。

人権派の偽善と沖縄紙の狂気

容疑者が「反戦平和」の首長や、「平和教育」の教師だった場合、頬被りを決め込むのは沖縄のサヨク新聞の通例だが、人権派と称する婦人団体も同じ穴の狢。

この偽善者達は、米兵の「ナンパトラブル」や「買春トラブル」を、「米兵女子中学生暴行事件」、「比女性暴行事件」と捏造し騒ぎたてる。

「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」が「海兵隊所属兵士による少女への性暴力に抗議し軍隊の撤退を求める要求書」を県知事に。

◆米兵の犯罪には敏感で、革新市長の犯罪疑惑には鈍感な人権派の面々↓



 
写真は右から、糸数慶子参議議員高里鈴代那覇市議
 
下記引用は幻の「米兵女子中学生暴行事件」を報じる、地元二紙の狂気!
(実際は不良米兵と不良女子中学生の単なるナンパのトラブルだった)

                    ◆

最近の異常天候で「豪雨警報」を何度も聞いたが、沖縄では「台風警報」というより「県民大会警報」の発令が気になる人も多いようだ。

石原昌光さんが「県民大会警報」を鳴らしているが、不良米兵と不良女子中学生の「ナンパ・トラブル」を、「米兵女子中学生暴行事件」と、でっち上げ「県民大会」を開いた例から言えば、「米兵が胸を触ったことに抗議する県民大会」の開催もまんざら考えられないわけではない。

以下石原さんのコメントです。 なお段落など一部編集しました。

マスゴミには、こんな格言があるとか、、、
犬が人を噛んでもニュースにならないが、
人が犬を噛むとニュースになる。
これは沖縄では、間違いなくこうなります。
県民が事件を起こしてもニュースにならないが
米兵が事件を起こすとニュースになる。
那覇で、休暇中の米兵が猥褻容疑で逮捕されました。

8/5日付け沖縄タイムス
米兵わいせつ容疑逮捕
那覇市内のアパートに侵入し、20代女性の胸などを触ったとして、那覇署は4日、強制わいせつと住居侵入容疑で、※自称※・米海兵隊岩国基地所属の3等軍曹フィリップ・ソウヤー容疑者(28)を現行犯逮捕した。中略
同署の調べでは、同容疑者は同日午前3時50分ごろ、室内に侵入し、この部屋に住む20代女性の口を手でふさいだ上、胸などを触った疑いがある。
※女性にけがはなく、同容疑者と面識はななかったという。※後略

次に翌日

8/6日付け沖縄タイムス
わいせつ致傷容疑で送検
現行犯逮捕の米兵否認続ける
那覇市内のアパートに侵入し女性の胸などを触ったとして、強制わいせつ容疑などで米兵が現行犯逮捕された事件で、那覇署は5日、※容疑を強制わいせつ致傷と住居侵入容疑に切り替えて、※自称・米海兵隊岩国基地所属(山口県)の3等軍曹、フィリップ・ソウヤー容疑者(28)を送検した。
同署によると同容疑者は「何もしていない」と依然容疑を否認しているという。
同署によると、被害者が抵抗して同容疑者ともみ合って倒れた際に、※頭部打撲などの軽症を負っていたという。※以後略

まず第一に、卑劣な性犯罪被害に遭われた女性
には、本当にお気の毒としか言いようがありません。現行犯逮捕された米兵には、法の裁きの元、相応の償いをさせるべきです。

一方でタイムスの報道、鼻につく胡散臭さが充満しています。
自称米兵、妙な言い回しです。
「本当かどうか分からないが米兵絡みなら記事にしておこう、性犯罪だ、うまく転がれば1995年の県民大会に匹敵する大スクープになる。仮に米兵じゃなくても、ちゃんと自称って付けてあるから、、、、」
そんな確信犯のニオイがします、穿った見方かも知れませんが、恐らくタイムスは、容疑者が米兵と名乗ったから大きく記事にしたのではないでしょうか?
その証拠に、8/5日の記事では怪我はなかった筈の被害者女性が、翌日には、頭部打撲を負った事になり、、
容疑もわいせつ容疑から
わいせつ致傷にグレードアップしています。
そして、8/6日あたりから、社大・結の会や公明党、共産党などの左翼政党の抗議が紙面を賑わすようになり
8/7日、この手の人権蹂躙事件には必ず顔を出す
「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」
(高里鈴代、糸数慶子共同代表)が県庁を訪れ仲井真知事に宛てて、女性への性暴力事件に抗議し、軍隊の撤去を求める要望書を出しています。(
首相・外務・防衛相・米大統領・駐日大使にも送付)
そして同日の沖縄タイムスの記事には、自称、米海兵隊の容疑者の所属基地が、在沖縄米軍牧港補給地区(キャンプキンザー)と判明した事が掲載され、自称が取れます。

同日の沖縄タイムス、ベタ記事
那覇市議会抗議決議へ
那覇市で起きた米海兵隊員による強制わいせつ事件で、那覇市議会(金城徹議長)は6日、議会運営委員会を開き、米軍に対して加害者の厳正な処罰や被害の完全補償などを求める抗議決議と意見書を提出することを決めた。
9日の臨時議会で抗議決議と意見書の両案を全会一致で可決する見通し。

前述の女たちの会は、要求書に1.被害女性のプライバシー保護、2.被害女性への謝罪と加害米兵の厳正な処罰、3.すべての基地・軍隊の撤去を要求し、那覇市議会は被害の完全補償を求めていますが、被害女性がこれらの事を望んでいるとの情報は聞きません。
彼等は、被害女性と、ちゃんと話合っているのでしょうか?
私の目には、ただ、イデオロギー闘争に利用できる餌
が転がり込んで来たと狂喜し、暴走しているようにしか見えません。
北谷町の軟派トラブルでは、沖縄タイムスが、「1995年の県民大会再び、、」と、火を付けた加熱報道で被害者が深い心の傷を負ったと伝え聞きますが、今回も被害者そっちのけで県民大会まで暴走するつもりでしょうか?

                  ◇
 
>被害女性がこれらの事を望んでいるとの情報は聞きません。

被害者の迷惑より自分のイデオロギーのことを重視する面々は、この手のセックス絡みの報道で「致傷 」と報道されることが、どんなに被害者に対し迷惑と侮辱を与えるかは全く考慮の外である。

事件に抗議「軍撤退を」 わいせつ致傷
(沖縄タイムス8月7日)

「わいせつ致傷」だって。(怒)

 

関連エントリー:

破廉恥教師が名誉毀損だって

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米軍基地は差別ではない!

2010-08-08 00:07:23 | 外交・安全保障

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「小指の痛み」は沖縄の宿命論と連動し、例えば次のコラムのように沖縄の新聞には頻繁に出てくる。

琉球新報 コラム2009年11月9日

  宜野湾海浜公園屋外劇場で開かれた「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」は、通路まで参加者で埋め尽くされていた。一言も聞き漏らすまいと発言者の言葉に耳を傾けていたのが印象的だ
▼鳩山政権に県外・国外移設の実現を迫り、「辺野古でしか解決策はない」と発言した松沢成文神奈川県知事を糾弾するあいさつを聞いていて、戦後史を象徴するあの言葉を思い出した
▼「沖縄同胞の心情を人ごとと思わず、小指の痛みは全身の痛みと感じ取ってください」。1969年2月、衆院予算委員会の公聴会で、祖国復帰協議会会長の喜屋武真栄さんが発した
▼喜屋武さんは「他国に軍事基地を提供している国が幾多あるが、人民まで売っている国家があることを知りません。(中略)そこに生存している人民の生命も、財産も、人権も無視」されているのは「地球上で沖縄県民だけ」、米国の不当な支配を許している日本政府も「同犯者」と訴えた
▼発言から40年たつのに差別的な状況は解消されていない。しかし解決が困難であっても決して不可能ではないはずだと、県民は政治に期待し続けた
▼鳩山由紀夫首相は7日配信のメールマガジンで「これまで基地問題で犠牲になってきた沖縄県民の思い」を「考慮する」と述べている。「小指の痛み」を感じ取れるかどうか、「友愛」政治が試されている

                        ◇

■米軍基地は差別か

「小指の痛み」は、「沖縄切捨論」や「沖縄捨石論」と同様の情緒的言葉だが、

これを持ち出されると、論理は封じ込められ情緒的論議に引き込まれることになる。

さらに情念が過熱するとサヨクお得意の「沖縄差別論」が飛び出してくる。

そうなるともはや冷静な議論は不可能である。

7月25日に読谷村で行われた「県民大会」でも壇上で叫ぶ発言者の興奮した言葉の中に、「差別」という言葉が何度も繰り返された。

他県に比べて沖縄に基地が多いことが事実だとしても、果たしてこれが差別なのか。

「基地差別論」を持ち出したのは、筆者の知る限り琉球大学教授時代の大田昌秀元県知事だと記憶する。

だが、これをマスコミに大きく取り上げたのは、2005年沖縄に来た左翼活動家ドゥドゥ・ディエン氏が引き金になった。

これに対しては当時の麻生外相が、大田昌秀参議院議員(当時)の国会質問に答えて次のように否定している。

外相「基地集中、差別ではない」 県内から批判

2006年5月19日        
 【東京】国連人権委員会の特別報告者・ドゥドゥ・ディエン氏が那覇市の講演で「狭い県土に米軍基地が集中する実態が差別を物語る」と指摘したことに麻生太郎外相は18日、参院外交防衛委員会で、「米軍専用施設の75%が沖縄に存在していることは事実だが、地政学的な需要、もしくは事実上の要請に基づくものであり、差別的な意図に基づくものではない」と反論したディエン氏が調査報告書を国連人権理事会に提出する意向に対しても、「日本として事前に反論書を提出したい」と述べた。大田昌秀氏(社民)への答弁。
 これに対し琉球大学の島袋純助教授(政治学)は「地政学上の理由を根拠に、特定地域の住民に極端な負担を強いる政策や差別的な扱いは許されない、という考え方が国連の原則。日本の常識は世界の非常識だ」と指摘。「日本は人権後進国だ。外務省が反論書を提出しても人権理事会では通用しない」と強く批判した。
 ドゥドゥ・ディエン氏沖縄調査&講演をすすめる世話人会の
高里鈴代さんは「米軍基地の集中は歴史的な根深い差別が根底にある。政府は基地を置く状況が厳しくなると、知事の権限を奪う法律整備もしてきた。単純な地政学上の問題ではない」と憤慨した。
 麻生外相が「(ディエン氏の)個人的見解であり、国連の見解ではない。法的拘束力も持っていない」と発言したことについても高里さんは「訪問は非公式とはいえ、特別報告者の立場で現地調査した。国連組織への認識があまりにも欠けている」と批判した。
 ディエン氏は、日本での調査に協力する反差別国際運動日本委員会を介し、「国連人権理事会に調査結果を報告する」と述べ、外相発言へのコメントは控えた。

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国連と名がつけば何でも正義だと妄信するグループがいるが、このドゥドゥ・ディエンがいかにいかがわしい人物であるかを知る人は少ない。 

詳細は長くなるのでここでは省略するが、興味のある方は過去エントリーで確かめて欲しい。⇒06・5・20基地は差別か ドゥドゥ・ディエンって何モノ?

さて、話題を戻すが、「沖縄差別論」がさらに狂気を帯びてくると、今度は「沖縄奴隷論」へと、日本政府への恨み辛みは止めどもなくエスカレートしていく。

八重山毎日新聞 2010年4月22日

ドイツの哲学者ヘーゲルに「主人と奴隷」…

 ドイツの哲学者ヘーゲルに「主人と奴隷」という言葉がある▼主人は自分は何もせずいろいろと奴隷に命令し奴隷は忠実にそれを実行する。主人は何もしないのだからそのうち無能力者となり、一方仕事に励んだ奴隷はさまざまな能力を身につけるという話▼われわれ沖縄人は激しい歴史的重圧にひしがれてきた。特に沖縄戦、米軍占領、異民族支配、また沖縄に対するヤマトゥの徹底的無責任、無関心など▼そしてただ今現在では普天間基地移設問題に矮小化されてしまった基地問題群(それは嘉手納基地をはじめとする米軍の圧倒的威圧感からすれば矮小化と言わざるを得ない)その矮小化された問題さえまともに考えようとしない日本政府と日本人。彼らは主人よろしく「日米安保は日本を守る」と涼しい顔だ。奴隷沖縄はその苦境に耐えそれを乗り越えようと艱難辛苦、その結果おのずから透視力、分析力、論理力、構想力、判断力などがついてくる▼さて来たる25日に開催される普天間基地県外移設要求大会は、今や政治的無能力化しつつある主人・日本政府に対する奴隷・沖縄の決定的「否(ノン)」である▼それは必ずや人格となった沖縄がその歴史経験を鍛錬して得た平等、人権、平和、倫理感覚とその思想を総結集する場となるにちがいない。(八重洋一郎)

沖縄の知識人に多いのだが、沖縄にいる時は優越感の塊のくせに、本土へ行くと一変して劣等感とヒガミ根性の塊に変身する人物が多い。 

その好例が上記コラムである。

これに対し次のような読者のコメント八重山新報のサイトに寄せられている。

 《本土が「主人」で「沖縄県」が奴隷なのでしょうか??それではあまりにも卑下しすぎじゃないですか。また、「ヤマトゥの徹底的無責任、無関心~」ではなく「政治の徹底的無責任、無関心~」じゃないですか?沖縄の人と本土の人の闘争を煽るようなことをコラムに書くのってどうなの?
内容が抽象的だったり、知識の披露にすぎなかったりで何を伝えたいのかよく分かりません。詩の心のない私に理解するのは難しい・・ furuike: [2010-04-23 13:46:24
] 》

コラム執筆者の感情的恨み節に対して、読者のfuruikeさんの方が、よっぽど冷静に物事を見ているのが分かる。


ここで前稿で引用した沖縄タイムスの社説「[歴史の節目に]宿命論と決別するときだ」を批判しようと思うのだが、脱線が過ぎたので簡単に済まそう。

沖縄が「太平洋の要石」といわれるように戦略的にも交易上も重要な位置に存在するのは、変える事の出来ない宿命である。

ただ、その宿命には二つの側面がある。

メリットとデメリットの側面だ。

石原昌光さんのコメントを借りてで結論付けるとこうなる。

「メリットもデメリットも背負うのが愛郷心」。

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