学校周辺の町を地名の由来や史跡をたずねながら散策し、最後に学食で学生時代を思い出しながら食事をするという、「学食めぐりの会」に行ってきました。
本来の趣旨は上記のようなことなのですが、ヘソ曲がりの私は史跡に興味がないわけではないのですが、ついつい町の「なんでやねん」な事象、物件に興味をそそられてしまうのです。
今回はそういう意味では見所満載で面白かった。
晴明神社
一頃の爆発的ブームは去ったようですが、相変わらず修学旅行生や若い女性には人気の様子。境内になにやら告知掲示(クリックで拡大)が...。要するに「隣の土産もん屋で売ってるグッズはうちとは関係おまへん、迷惑してまんねん。持ち込まんといとくれやっしゃ」と書いてある。
で、隣の土産もん屋
結構修学旅行生らしき一団で賑わっていました。
さすがの晴明さんの怨力も及ばないようで
微笑ましい町名板
武者小路千家の「官休庵」がある武者小路通り沿いに隣り合って「武者小路町」と「西無車小路町」があるんですが、「西無車小路町」の町名板の「武者」が手描きで「無車」に訂正してある。
おそらく町名板を製作した会社が、まさか「武者小路町」と「西無車小路町」とで「ムシャ違い」であるとは夢にも思わず、「西武者小路町」としてしまったんでしょう。看板屋に文句を言うのでなく、自分で手描きで直してしまった住民のおおらかさがなんとも微笑ましかったです。
ちなみにこの町名板、定番の仁丹ではなくフジイダイマル(京都人にしか分からない)。仁丹より新しいのでしょう、郵便番号までちゃんと書いてありました。
思わず一礼二拍してしまいそうな隣どうしのお宅
左は「神田」さん、そして右はなななんと「神」さん!!
“ろうじ”の表札
この辺りは「~図子町」という町名が多いのですが、「図子」は「辻子」の意で、「辻子」とは街区(英語で言うところのblock)を通り抜けられる区画のこと。通り抜けられず行き止まりになっているところは「路地」(京風に読むと“ろうじ”)と言いますが、その“ろうじ”入り口に、路地に並ぶ家々(いわゆる長屋)の住民の表札が並んでいる。木屋町や先斗町の飲み屋街にもこんなのがあったなあ。
ど根性!?
電柱の支えワイヤーのカバー内を伸びて頭を出したど根性植物。
とある民家の軒先に置かれた木彫りネコ
限りなく上手いヘタウマ木彫り。
「う」と「ん」があるからなんとか推測で読める看板、「うどん そば」
ひらがな草創期はこんな感じ(漢字)だった?
府立病院御用達!
このあたりは井上牛乳だらけの独占地域
壁のデザインが秀逸。
角材の隙間を短材で埋めて木をデザイン。
トマソン。(路上観察学会)
小川児童公園にある、コンクリートの円の真ん中に装飾された鉄柱が立つ???
帆布カバン屋さん
帆布カバンは、例のお家騒動の会社だけの専売特許じゃない。
水火天満宮のお守り
神様も単メニューでは商売になりません。
「安産」「厄除」「学業成就」「心願成就」「出世成就」「就業成就」「家内安全」...例によって、なんでもありの~、
左から2番目は「和合成就!」。「わごう」って、もしかして、あれ? キャー、恥ずかしい。
写真を撮り忘れましたが、大谷大学の正門に、
「・・・・本学では、読み書き教育に力を入れております」とあった。大学生にもなって「読み書き教育」って....ダイジョウブ?
なお、正規散策ルートは、武者小路千家→晴明神社→一条戻橋→小川河川跡→報恩時水子地蔵→表・裏千家→水火天満宮→紫式部のお墓→夜泣地蔵、安産地蔵→大谷大学食、途中に堀川改修碑、水害記念碑、欄干跡、その他地蔵尊多数と見所盛りだくさんでした。